Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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流転

 寄り道をしたせいか、天の頂点にあった日は、既に役目は終えたと言わんばかりに傾いていこうとしていた。

 

 新都の郊外にある森の奥に、私たちの拠点はある。

 教会の近くということもあり、上手くやればそちらの霊脈も調査できるのだが、やはり危険を侵してまでする必要はないと判断し、おとなしく古びた館に向かうことにした。

 

「森の奥の館……か。なんだか幽霊屋敷みたいだな」

 

『はい。事実、そのような噂が一時期流行ったことがありまして、今でも時折この洋館を探しに来る輩も少なからず存在します』

 

「……人払い用の結界は張ってあるよな?」

 

『軽くですが。まぁルツ様がお使いになる間は誰も立ち入らないでしょう』

 

 ぶっちゃけ結界に関する知識はほとんどないため、この館は魔術師から見ればただの一軒家に過ぎない。そりゃあ多少の警鐘くらいは発動するだろうが、ここは工房のように厳重な罠や仕掛けは微塵も無いのである。

 

「……ま、いいや。さっさと荷物回収していけばいいんだし」

 

 サファイアがいるとはいえ、流石に一人で森の中にいるのは心細い。

 この館が自分の拠点、という安心感がなければ一刻も早く逃げ出したいという衝動に駆られていただろう。

 

 屋敷の玄関のドアノブに手をかけ、鍵代わりになっている呪文を詠唱する。

 カチャリと小気味の良い音が響くと、そのまま扉を開けようとし――

 

『――複数の魔力濃度を感知。敵、来ます』

 

 いつもの人間味が削ぎ落とされた機械音声で、サファイアがそんな警報を発した。

 

 

×

 

 

 変化はすぐに訪れた。

 僅かに残っている魔術回路が軋みを上げ、空間に次々と複数の気配が出現する。

 

 ――それらは私を、屋敷を囲むように立っていた。

 夕暮れの森の中、影法師の群れが地面から次々と湧いて来る。

 白い髑髏が並び立つその光景を見て、即座にその正体の答えに辿り着いた。

 

「アサシン――なるほど、()()()()()()か」

 

 複数人いながら個人であるモノ。

 おそらくそういった類の敵だろう。確かにこれなら、街中を監視下におくことだって可能である。

 

 ……昼間には来ないと思っていたが、まさか夕方になった途端来るとは思いもしていなかった。

 アサシンのマスターとアーチャーのマスターが同盟を結んでいる、というのはあくまで仮説に過ぎないが、やはり自分たちはライダー陣営にくっついているべきだっただろう。

 弱いモノを先に落とすのは戦の基本。一人になったところを狙われるとは、我ながら抜けていた。これでは慢心王を笑うこともできない。

 

「私を殺――」

 

「――貴様は抑止の使者か?」

 

 ……予想外の言葉に、一瞬思考を鈍らせた。

 抑止の使者。つまり私が抑止力側の何かだと思われている? いや、そもそも何故こいつらがそんな結論に至る? 昨夜のライダー陣営との作戦会議を盗み聞かれていても、そこまで話は飛躍するだろうか?

 

「……いいや? 私はただ師匠からの課題を果たしに来ただけだ」

 

 答えながら、逃走用の礼装(カード)を準備する。

 何かがおかしい。得体が知れない。

 目の前にいるこいつらは英霊だろう。それに間違いはないハズだ。

 けれど――闇に紛れる為とはいえ、こんな()()()を纏っているのは、少しおかしくはないだろうか。

 

「ソウ、か。でハ――」

 

「“夢幻召喚(インストール)”」

 

 相手が言葉を紡いだと同時、礼装を発動させる。

 瞬時にエルキドゥ(かれ)の能力が自分に付与され、続いてイメージ通りに地面から無数の剣が生成し、敵対者の軍を一瞬にして串刺しにしていく。

 血飛沫――は、飛ばない。力尽きた者たちから消滅しているようだ。

 だが足りない。仕留め損ねた者たちが、一直線に此方へ向かって突撃してくる。

 

「――此処デ、死ネ」

 

「――、」

 

 そして私が取った選択は、逃げの一手だった。

 迫った数人のアサシンの上を、付与された驚異的な身体能力を以って跳躍。

 礼装の効果が続くのは十五秒……とは聞いたが、魔力を注げば延長くらいは可能なはず!

 

「サファイアァ!! 橋までナビ頼む!」

 

『掴まないで下さい。今の貴方では下手をすると握力で潰されます』

 

 それは困る、と思いつつナビ役を掴む力を緩め、指定されたルートを走り抜ける。

 難なく森を抜ければ人目のある場所にも出た。そこは建物の上へと跳んで回避し、未だ後ろから追跡してくるアサシンの群れとの距離を引き離して、ただひたすらに走り、跳ぶ。

 

 ……慣れていない内は、この身体能力で乗り物酔いのような状態が襲ってくる。

 しかしそれを押し殺し、今はただひたすら援軍との待ち合わせ場所に設定していた赤い大橋へと足を進めていく。

 

「っ、ぅ――くそ、やっぱり気持ち悪い……!」

 

『耐えて下さい。――橋はすぐそこです。今ライダーらしきサーヴァントの魔力も感知しました』

 

 視界の景色が早送りのように過ぎていく。

 超高速の新幹線に自分がなった気分。当然それは、人間が何時間も耐え続けられる感覚ではない。

 

「ハ、ァァ――――」

 

 礼装を発動して十秒は経っただろう。たったそれだけの時間で、森の拠点から橋の見える位置まで移動できる、世界最高の兵器と詠われた彼の性能は本物だ。

 ……まぁ、今にも胃から逆流しそうな吐き気は、ジェットコースターに乗ったときと似たような感覚を思わせてしまうが。

 

「……む? おぉ、来たかライターのマスターよ! しばらく見ない内になんだか英霊のような気配を纏っているが――」

 

 深山町と新都を繋ぐ大橋。

 新都側からそれに差し掛かる地点に、彼らはいた。

 ……そこで気付く。あの大橋はおろか、この周囲に人の気配がまるで無いことを。

 

 姿を捉え、最後の気力を振り絞ってなんとか近くまで走り寄る。そこで半ば倒れこむように膝をつき、効果が切れてしまう直前に最高ランクの「気配感知」で一番魔力濃度の高い場所を突き止めた。

 

「――チ、やっぱりあの山か……!」

 

 そこで効果が切れたのか、分離するようにカードが外に弾き出され、付与されていた能力も己の中から消えていく。

 ……一気に圧し掛かってきた疲労は想像以上だった。足を止めてしまった以上、もうまともに動くことすらできないだろう。

 

「お、おい……大丈夫か?」

 

 そんな此方の様子見て心配してくれるウェイバーに大丈夫だ、と片手を挙げてジェスチャーする。いや全く大丈夫ではないが、そうも言ってられない状況だ。

 喉元までせり上がってくる吐き気を噛み殺しつつ、結論だけを先に言う。

 

「アサシンに――」

 

 襲われた、と言葉を続けようとした矢先、その場の空間が濃密な魔力で支配された。

 一瞬前に発動させた気配感知には無かったモノ。まるでそれは、突然転移でもしてきたかのようだった。

 その魔力は先のアサシンと同じ性質だが、今度は次々と増加するというより、滝のように一気になだれ込むような膨大さ。

 アサシンが数で他者を圧倒する者ならば、今現れた者は一人で全てを圧倒せしめるもの。

 

「“十三拘束解放(シール・サーティーン)”――――“円卓議決開始(デシジョン・スタート)”」

 

『サーヴァントらしき魔力を感知。敵、上空から来ます』

 

 例の機械音声で報告されたサファイアの言葉で、次の行動は決まった。

 既に異変を察知していたライダーが武装し、戦車を召喚する。

 ウェイバーと共に素早くそれに乗り込み、やはり雷気を纏いながら二頭の牡牛が猛スピードで橋の上を駆けていく。空を行かないのは、そうしたところで意味はないと判っているからか。

 

「……くそ、電脳世界だったら最強の盾(アトラスの悪魔)があるんだが……!」

 

『アレ、ほぼチート性能ですよね』

 

「致し方あるまい。どれ、一瞬余の固有結界に避難するぞ!」

 

 そういやアンタもとんだ規格外宝具持ってましたね、と月の記憶が脳裏をよぎった時、天空から光の剛撃が迫ってきた。

 

 一点に収束された魔力の塊。

 直撃すれば、英霊だろうと助からない絶大な威力。

 その真名、果たして正しく聞き取れたかどうか。

 

「“最果てにて(ロンゴ)輝ける槍(ミニアド)”――ッ!!」

 

 光が迫る。

 視界が白に染まる。

 解放された魔力が此方を押し潰すような感覚と、橋が崩れるような轟音が消失したとき――景色は、全くの異世界に塗り換わっていた。

 

「これ、は――」

 

 眼下に広がるはどこまでも続く砂漠地帯。

 そして地上を埋め尽くすように、何千何万と、無数の軍勢が集結していた。

 

「――絶景だな」

 

「これぞイスカンダルたる余が誇る最強宝具、“王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)”よ。

 彼らのとの絆こそ我が至宝、我が王道。――ま、今回は回避のための展開であるが故、数秒しか持たぬがな!」

 

 そうライダーが言った途端、世界の風景が霞んでいく。

 やはり小規模な発動だったからか、そう長くは続かないようだ。

 そも、固有結界というのはとんでもなく魔力を消費する代物である。魔法一歩手前と称されることだけはあるものの、切り札は最後まで取っておくのが定石だ。

 

 

 ――そして、再び轟音が聞こえてきた。

 宝具の直撃は回避できたようだったが、崩れた橋の一部が頭上から落ちてきている。まぁそこは征服王の見事な操縦か、その幸運で避け切っていたが。

 大橋は……完全には崩れ落ちてはいないようだが、半壊くらいはしただろう。

 戦車を引く牡牛たちの足場は既にない。しかし、稲妻を走らせながら道なき道を駆けている。

 

「敵は!?」

 

『宝具を発動した後、撤退した模様です。先ほどの魔力の反応からするとランサーと思われますが、昨夜よりやや不純物が混じっているようです』

 

「ああもう、何なんだよ今日は!? 折角()()()()()()()()()()()()()()()と思ったのに!」

 

「――待て。今なんつったお前」

 

 とても聞き捨てならない情報が発されたような。

 

「だ……だから、アンタと合流する直前、遠坂邸が陥落したんだよ。たぶんアレ、昨日言ってた本物のキャスターだと思う、けど……」

 

「……おいおい」

 

 アサシンはともかく、英雄王(アーチャー)がやられた?

 そんな馬鹿な、と思いながらも、黙ってウェイバーの報告を聞く。

 

 ――曰く、それは今日の時刻が午後二時になった頃だったという。

 放っていた使い魔の異変に気がついたウェイバーは、街中のベンチに座りながらその視覚を共有し、顛末を見届けた。

 

 遠坂邸では、侵入者に対してまずアサシンが投入された。どうやら、その時にはもう遠坂邸に張られていた結界は木っ端微塵にされていたのだとか。

 そしてあっけなくアサシン達が落ちた後、その敵の影が蠢き、一瞬にして全てを呑みこんだ……と。

 

「それでその後、あの金色の英霊が出てきてたんだけど……映像はそこで終わった。ボクの使い魔も巻き込まれたんだと思う」

 

「……じゃあ、英雄王の安否は不明ってことか。あいつのことだから生きてそうなもんだけどなぁ」

 

 午後二時、というのなら丁度その頃はあの少年と別れた後……だろうか?

 しかしそこまでの大規模戦闘なら、私にだって分かりそうなものなのだが……

 

『ルツ様の体内魔術回路数は貧しいですからね。私の感知能力も、隣町までは届きませんし』

 

 あちゃあ、と少し反省しつつ、敵の考察を続ける。

 遠坂邸を陥落せしめた……のは、結界を破ったということからキャスターで間違いないだろう。

 だが、そうなるとあのアサシン達や、先ほど宝具を放ってきた英霊はなんなのだろうか?

 

「……呑み込んだ、っていうのは? 泥みたいなヤツか?」

 

「泥というか影というか……なんか、凄く気色悪かったよ。多分まともなものじゃないと思う……」

 

 だろうな、とその意見に賛同する。

 ここまで来ると、それが私が追っている事件と関係あるのは嫌でも認めるしかないだろう。

 正体不明のキャスター。

 呑みこまれた英霊達。

 得体のしれない何か。

 

 ……あと残った英霊は、征服王、アンデルセン、ナイチンゲールだろうか?

 

「こりゃあ黒幕に直接話を訊いた方が早そうだな……おーい征服王! 向かうなら円蔵山だ!」

 

「はぁ!? 何言ってんだよオマエ! わざわざ敵地に行くなんて死ぬつもりか!?」

 

「だが直接問い詰めた方が早いのは当然よな。戦そのものが狂って来ている以上、狂わせた何者かがいるということだろう? そしてそやつをついでに余たちが倒してしまえば、一気に聖杯に近づけるのはあるまいか?」

 

 そう簡単な話なら良いのだが……しかし、大聖杯のある円蔵山に潜んでいることからして、もう嫌な予感しかしない。

 そして極めつけは先のロンゴミニアドである。ランサーも沈んでいるというのなら、小聖杯を用意したアインツベルンも陥落したと見るべきだろう。

 

「……っと、行くのは良いが、あの物書きめはどうするのだ? 仮にも貴様のサーヴァントであろう?」

 

「……いや、なんか念話が通じないんだけど……」

 

 と、そこで戦車が深山町に入っていたことを確認する。

 これはつまり――黒幕は、既に一つの街を丸々支配下に置いたということか――?

 

「クソ、本格的に嫌な予感しかしないな……!!」

 

「お、おい、ホントに行くのか!? おーい!!」

 

「一足先に我らで元凶の正体を掴みに行こうぞ! いざ駆けろ、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!!」

 

 陽は沈んでいく。

 再び夜の時間帯が近づいてくる。

 私にはそれが――どうにも、不吉な予感にしか思えなかった。

 

 


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