それはある日の午後1時をすぎたあたりに起きた出来事だった。
昼食を終え特にやることもなかった俺は各々が自由に寛いでいる食堂の様子を眺めながら隣に座るマシュとともに特に中身のない雑談に興じていた。
前の席で子供サーヴァントとともに起爆粘土を使って何やら熱心に作品を作っている芸術バカに今日は絵は描かないんだな、なんて思いながら何気無く視線をやれば、普段利用している簡易なデフォルメのドラゴンではなく鱗の一枚一枚まで拘ったトグロを巻いた龍がそこには出来上がっていた。
まさしく東洋の龍といったそれは現在もなおあいつの手によってさらに洗礼された姿に変わっていく。
雄々しく空を駆ける姿を思わず思い浮かべてしまうほどの存在感を発揮するそれに男心が擽られてしまうが仲間に入れてもらうのはなんとなく癪なのでグッと我慢してチラ見をするだけに留める。
その間にもあいつの手は止まらず、ついに完成したのか満足げな様子を浮かべるあいつは何度か作品を眺めた後そっと横にずらし新しい粘土を手元に生成しまた何かを作り上げていく。
出来上がった龍を子供達が楽しげに眺めていることも気にせず自分の作品に集中する姿は素直に感服するがなぜ食堂で作っているのかという疑問が残る。
まあどうでもいいけど。
気づけば食堂にいたサーヴァントの大半が粘土で作られた龍を感嘆しながら眺めている中「そういえば」とクーフーリンが問いかける
「芸術家の坊主はヌードは描かないのか?」
瞬間時が凍ったのを感じた。
一瞬クーフーリンが新たに固有結界を身につけたのかと疑うほど先ほどまでの騒がしい食堂の雰囲気はすっかりなりを潜めていた。
取り敢えず言わせてほしい。
なぜ今聞いた。
いやそりゃさ、誰かの絵を描いてる時に聞いたらもっとまずい空気になるかも知んないけどさ、だからって今言うことじゃ無いよね?
しかもあいつ今作品に集中していてまるで話聞いてないよ?
とまあ脳内ではいくらでも言葉を紡ぐことは出来るが残念ながら現実ではそうもいかない。
取り敢えず普段からはだけている着物をさらにはだけさせている狐を抑えてもはや形容しがたい空気が流れる中、から笑いを浮かべながら出来るだけ明るい声でいきなりどうしたと問いかける。
「だってよ、芸術家だぞ?ヌードの1つや2つくらい描くもんじゃねえのか?」
思わず死ねといいかけてなんとか我慢する。
そして思うやはりケルトはどこかおかしいと。
戦闘狂と親指と下半身しかいないとかもう滅んじまえよ。
いやもう滅んでるのか。
なんだよマジで、まともなのディルムットしかいないじゃ無いか!!
いや、スカサハさんもまともですよ!!
だからその槍しまって!!
危うく死にかけたが状況はまるで変わっていない。
そろそろ狐を抑えるのもきつくなってきたが手を離してしまえば何をしでかすか分からない以上無理にでも抑えるしか無い。
本当ならここで常識人たる我らがエミヤが止めに入るのだがあいにく現在は厨房でおやつのケーキを作っているためあてには出来ない。
かと言ってここで何事もなかったかのようにマイルームに逃げてしまえば最悪芸術バカが食われる(意味深)かもしれないのでそうもいかない。
どこか抜けているあいつを放っておけるほど俺はまだ落ちぶれちゃいないのだ。
だが、と周りの様子を伺い比較的常識的なサーヴァントを探す。
その際 初心でちょろい所長が顔を真っ赤にしてヌードという言葉を反芻していたが無視だ。
所長には悪いが今はそこには構っている時間は無い。
無駄に器用で製作が早いあいつはこうしている間にも作品を仕上げてしまう恐れがあるからだ。
因みにこうしている間にもクーフーリンの質問は続いている。
幸いなことにあいつが作品に没頭していて声が聞こえていないのと、子供達が初めて聞くヌードという言葉に反応して質問しているため事態は拮抗を保っているがそれも吹けば飛ぶほどに脆いものだ。
早々に打開策を打ち立てなければこれに乗じたサーヴァントの手によってあいつが美味しく頂かれてしまうのは明白だ。
っとそこで俺の視界に顔を真っ赤に染めたセイバーオルタがこっそりと食堂を抜け出そうとしているのが見えた。
まさかな。
そんなはずは無い。
なんてったってあの芸術バカだ。
性欲?睡眠欲?食欲?そんなことより作品つくろうぜ!!
な、あの芸術バカだ。
仮にだ、百歩…いや一万歩譲ってヌードを描いたとしよう。
果たして欲情するだろうか?
いやしない。
いつものように聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなセリフでその外見を褒めることこそすれど果たして手を出すような真似をするだろうか?
ちょっと想像してみたけど全然ダメだ。
襲いかかって来ようとしても
『今描いてるからじっとしてろ』
の一言で押しとどめる様子しか思い浮かばない。
いや、だとしたらセイバーオルタが顔を真っ赤にしてこの場から逃げ出す理由が分からない。
リリィあたりが真っ赤にして逃げ出してもある程度は納得がいくがあのオルタだぞ?
下ネタを口走った黒ひげに対して養豚場の豚を見る目を向けたあのオルタだぞ?
この程度の下世話な話なら無視してジャンクフード食べてるに決まってるだろ。
あれ?
ってことはそういうことなのか?
いやでも待て!!
結論を急ぐな!!
狭まった視野は時として判断を狂わせるとあいつも言ってたじゃないか。
冷静になって普段のあいつを思い出してみろ。
主観抜きにして客観的に分析してみろ。
朝、外の景色を眺めながらボーッとするあいつ。
昼、絵を描くか子供達と粘土で遊ぶかしているあいつ。
夜、【風影】の傀儡を弄って何やら細工をしているあいつ。
なんだよどこをどうみても変人じゃないか。
そうだよな、第1あいつは前に言ってたじゃないか、あいつにその気がないとはいえマイルームで男と女の2人きりになれば意図せずとも緊張して
………あれ?
それってつまりあれか?
そういう意味なのか?
そういう雰囲気になるという意味なのか?
そういうことちゃんと分かってますという意味なのか?!
いや待て!!
結論を急ぐな!!
もっと思い出せ!!
例えばそう、あいつがセイバーオルタに対して放った発言とか!!
そういえばあいつセイバーオルタに対して
『病的なまでに白い肌というのも美しいが、そこに朱色がのるとさらに美しいのだな』
………………………アウトォォォォオオオオオオオ!!!!!!
思わず叫んでしまった俺にこの場にいる全員がこちらを向く。
が、そんなもの気にせずいつの間にか作品作りを終えいつかみたファブニールの一万分の一スケールのような西洋のドラゴンの製作を終えたあいつに鬼気迫った表情で問いかける
お前、誰かのヌード描いたことあるか?
「あるが?」
それは、その………セイバーオルタか?
「ほう、よく分かったな。で、それがどうした?」
………………描いただけか?
「………どういう意味だ?」
だからその……なんだ、手は出さなかったのか?
「随分下世話なことを言うな?そんなこと聞いてどうする?」
いいから答えろ!!
「…まあいい。お前がそこまで食いつくのも珍しいからな答えてやろう」
おう。早くしろ
「手は出した。……これでいいか?……なんだその顔は?まさか俺が僧か何かだとでも思っていたのか?バカめ、俺にだって欲も煩悩もある。そもそもそれがなければ作品なんぞ作れないからな。俺がセイバーオルタを好ましく思っているのも事実だし、それに前にも言ったろ?セイバーオルタはあの白肌の上に朱色がのったほうが
ストップゥゥゥゥゥゥウウウウウウ!!!!
なんだ?質問してきたのはお前だろ?せっかく俺が今節丁寧に教えてやろとしているのにそれを止めるとはどういう了見だ?」
うるせえよ!!ここどこだか分かってんのか!!周りにどれだけ人いるか分かってんのか!!
「食堂だが、それがどうした?むしろこれだけの人数にセイバーオルタの美しさを語れるんだ場所としては最適だと思うんだが?」
誰かこの変人止めてええええええええ!!
え?あの後どうなったかだって?
そりゃもうヌード絵希望の嵐ですよ。
まあ「これから作ったドラゴン打ち上げるから後にしろ」の一言で黙らせましたけどね。
いや綺麗でしたよわざわざ固有結界発動させた時はこいつはバカなのかと思ったけど赤い空に向かい羽ばたくドラゴンが遥か上空で様々な色合いを出しながら爆発しその軌跡によってできた滝を龍が登っていき美しいと大輪を咲かせた時は思わず鳥肌が立ちましたよ。
セイバーオルタさんですか?
さあ?気づけば食堂から姿を消していましたら存じ上げないですね。
ただアルトリアズ並びに謎のヒロインXが出撃しましたから生存はちょっと厳しいかもしれないですね。
ぐだ男
むしろ人理修復終わってからの方が精神的疲労がやばい
唯一の癒しはマシュだけ。