やっぱり芸術家コンビは最高ですね。
午後の訓練を終え多くのマスター候補者たちが雑談を交わす食堂にその少年はいた。
身長は160前後と周りの候補者に対して頭一つ分低いにも関わらず中性的な童顔と血のように赤い髪の毛をもち、黒の生地の上に所々赤い雲が浮かぶ独特なマントを羽織った少年は周囲から少し浮いていた。
成績は優秀。
他とは一線を解す独自の能力を有していながらその能力を誇ることも、他者を嘲ることもしていないにも関わらずしかし少年は周囲から距離を置かれていた。
いや、はっきり言おう少年は周囲から嫌われていたのだ。
そこには彼の能力に対する嫉妬や、僻みといった負の感情からくるものも存在するだろうが一番はやはり口数少ない彼が口を開けば罵倒の言葉しか言わないことが原因だろう。
けれど、マシュ・キリエライトは知っている
少年の優しさを
オルガマリー・アニムスフィアは知っている
少年の正しさを
ロマ二・アーキマンは知っている
少年の強さを
だからこそ彼は、彼女達は少年と言う存在に惹かれていったのだ。
マシュ・キリエライトが少年と初めて出会ったのは事故が発生する2週間前のことだった
その人生の大半を病室で過ごしていた彼女は外の世界というものを知らなかった。
出会って来た人間だって両の手があれば数えられるくらいしかいなかった。
だからこそ彼女にとって不謹慎だが人理の崩壊によって幾らかの魔術師達がカルデアを訪れることは喜ばしいことだった。
けれど同時に彼女は知っていた。
魔術師というものがどこまでも血統を重んじ、そのためなら非道徳的な躊躇わずに行う存在だということを。
魔術の素養や才能こそあれ血統をもたないマシュでは彼らに疎んじられることは避けられないことであることを彼女は知っていた。
だからこそ、その噂を聞いた時彼女は衝撃を受けた。
曰く、血統も過去も不明な独自の魔術を使う魔術師がいる、と
曰く、その魔術師は所長のお気に入りであると。
マシュはオルガマリー所長のことを少なからず知っている。
だからこそ理解できなかった。
あの所長がいくら独自の魔術を使うとはいえ血統をもたないような魔術師を気にいるようなことがあるのか。
所詮は噂だときって捨てることも可能だったが、純粋なマシュはどうしようもなくその魔術師に会いたくなった。
(身長は160前後。赤い髪。黒の生地に所々赤い雲が浮かぶ独特なマント)
カルデアで支給される礼装ではない独自のマントを着用する赤い髪の少年。
周りに比べ身長が低いとはいえマシュと同じかそれ以上はある上に目立つ見た目をしている魔術師なら簡単に見つけられる。
そう思ってかれこれ1時間もカルデアないを探索しているが一様にその魔術師は見つからない。
初対面の彼女がいきなりマイルームに行くのも憚られたのでこうして歩き回っているが思わずその魔術師の外見を反芻し本当に存在するのかと疑ってしまうくらいには彼女は疲れ果てていた。
「あれ?マシュ、こんなところでどうしたの?」
声を掛けてきたのはカルデア医療班のリーダー、ロマ二・アーキマンだった。
いつものようにどこかフワフワとした雰囲気を感じるその青年に思わず気が抜けてしまうがそこで本来の目的を思い出し、彼なら知っているのでは、と軽い気持ちで聞いてみる。
「......もしかして芸術家くんのことかい?彼なら今所長の部屋にいると思うよ」
芸術家?
「ああ、いきなり言われても分からないか。あのダヴィンチちゃんですら認める作品を作っていたから僕たちの中ではそう呼んでいるんだよ。まあ百聞は一見に如かず、気になるなら会いに行ってみるといい。きっと今頃は所長の絵を描いているからね。それに.......」
?
「.......マシュならきっと、彼に気に入られると思うよ。.......まあ彼は変人だから注意してね」
どこか嬉しそうに笑うロマ二を見て、ますますその芸術家と言う少年に会いたくなる。「廊下を走ったら危ないよ」と言う忠告を思わず無視して走ってしまう程にマシュは自分の気持ちを抑えられないでいた。
幸いにして所長の部屋は近場にあったため3分とかからず到着したはいいが、マシュにはこの部屋に入る口実がない。
ロマ二の話を信じるのであればここに自分の探している少年がいることは間違いないが別にその少年と面識がある訳ではないし、所長に用事がある訳でもない。
廊下ですれ違ったら話そうと楽観的に考えていたマシュはマイルームにいるのでは、と思うことはあるが所長の部屋にいるとは微塵も思っていなかったのだ。
こんなことなら部屋を行き来できるくらいに所長と仲良くなるべきだったと謎の後悔をするのマシュだがここまできて引き下がるつもりは毛頭ない。
(.....女は度胸です!!)
と自らを奮い立たせドアに触れる。
本来であれば入居に際して所長本人の許可を求める必要があるが、どういう訳か突然開くドアに思わず驚いてしまう。
少しの抵抗を感じつつも募る好奇心には勝てず小さな声で挨拶をしつつ恐る恐る部屋に入る。
周囲を見渡しながら部屋の中央に目を向けると、どこか上機嫌に椅子に座る所長と、その様子を正面から真剣な眼差しで観察しながら手元の用紙の上で素早くそれでいて丁寧に手を動かす、どこか幼さを感じる赤い髪少年が座っていた。
(赤い髪。それに黒の生地に所々赤い雲が浮かぶ独特なマント。身長は座っているから分かりませんがそれ以外の外見的な特徴は一致していますね)
もっともこれ程に特徴のある少年がこのカルデア、どころかこの世界に何人もいないことは明白だが世間知らずのマシュはそのことにはまるで気付かない。
少しの間所長を観察している少年を観察していたマシュだがそこでふと所長と目があった。
突然の来訪に驚く所長だが少年の「じっとしてろ」の一言ですぐに気を取り直す。
どれだけ時間が経ったのか暫く鉛筆の走る音をBGMに少年を観察していたマシュだが作品が完成したのか突然少年の鉛筆が止まる。
なんとなく出来上がった作品が見たくなって思わず覗きこんでみて思わず息を呑む。
絵と現実の区別がつかないほどに精巧に描かれたそれはまさしく芸術と呼ぶに相応しいものだった。
マシュ同様作品を覗きこんだ所長も先ほどよりも上機嫌なのがみて取れる。
だが少年はその作品がお気に召さなかったのかどこか不機嫌な様子でスケッチブックから描かれた絵を切り取り投げ捨てるように所長に渡した。否、投げ捨てたのだ。
その行動に理解が及ばず固まる二人だが早々に復帰した所長が食ってかかるが少年は気にした様子も見せず淡々と述べる。
「てめえの注文通り座ってるてめえを描いてはみたがやっぱりダメだな。こんなの真の意味で美しくねえ。てめえはちょっと背伸びをして偉ぶって指揮してる方がよっぽど美しくなる。素材はいいんだ、もっと自分が美しく輝ける役割を理解しろ。そのためなら俺はどんな協力も惜しまない。精一杯頑張るてめえを俺は肯定してやる」
聞いているだけのマシュですら思わず赤面してしまうようなセリフに当事者たる所長は今度こそ固まってしまった。
次第にゆでダコのように顔を真っ赤にしていくが当のセリフを吐いた本人は特に気にした様子もなく
「その表情もありだな」
とニヒルに笑う始末。
暫くの間マシュにとって少々居心地の悪い沈黙が続くがそこでようやく気づいたのか少年がマシュへ顔を向ける。
無表情とはいえその整った容姿で顔を覗き込まれ思わず目をそらすマシュ。
「お前、いつからカルデアにいる?」
突然なんの脈絡もなくそう問われたマシュは半ば叫ぶように一年前からここにいたと告げる。
そこでふと少年に目を合わせると心底後悔しているように
「これ程の素材を見逃すとは俺もまだまだだな。全くくだらない雑魚どもなんぞ相手にしなければよかった」
とそう呟いた。
素材とはどういう意味なのか思わず訪ねてみたくなったが突然体の自由が奪われてしまい開いた口はかわりに驚愕の声を発する。
そうしている間に気付けば先ほどまで所長が座っていた椅子に座らされていたが気が動転してうまく頭が回らない。
食い入るような目で少年が自分を観察しているが不思議と恐怖は無かった。
暫くの観察していた少年はおもむろに
「お前、家族はいないだろ?」
と楽しげに笑うとともに何気なく告げられたその質問にマシュは自身の目が見開くのを感じる。
質問のようなそれはしかし確信を持って告げられていた。
図星を刺されて驚くマシュのその反応がお気に召したのか上機嫌になった少年はしかし淡々と言う。
「お前の目は、愛情に飢えた者の目だ。毎朝嫌という程目にするからか、俺にはよく分かる」
と
その言葉に僅かな疑問を感じたがそれすらも見越していたのか
「俺にも家族はいない」
どうでもいいことのようにそう告げるその少年がなぜか泣いているように見えて
「お揃いですね」
とマシュは笑って言う。
そこで初めて少年の無表情が僅かに驚愕に染まる。
それは一瞬のことだったがマシュは見逃さなかった。
またしても訪れる沈黙。
先に沈黙を破ったのは少年だった
「お前は今日から俺の妹だ。拒否権はない」
唐突に告げられたやや強引だが優しさを感じるそのセリフにマシュもオルガマリーも思わず固まる。
いいんですか?
家族を知らないマシュはなんの抵抗もなくその言葉を受け入れていた自分に驚くがそれでも少年をまっすぐ見据える。
「お前はまだ蕾だ。だがただの蕾ではない、この俺が期待するほどの大輪を咲かせる蕾だ。いいんですか、だと?逆に聞くがお前の成長を兄という立場ほど、家族という立場ほど近くで見れる場所があるか?だから何も心配するな、俺はただお前という蕾の成長を特等席で観察するだけだ。そのための肥料は俺が用意してやる。水やりはオルガマリーやロマ二がなんとかするだろ。一番重要な太陽は、そのうち向こうからやってくる」
なんですかそれは.....
「いいか、本当に美しいものには向こうから来るものだ。花の蜜に蜂が誘われるように、お前という蕾に俺が誘われた。太陽よりも価値の高い俺が誘われたんだ、太陽がこない道理などない。俺の芸術家人生を賭けてそう断言してやる」
......レフさんはどうなるんですか?
「ああ?あんな全身緑の葉緑素がいたらお前の栄養まで取られてしまうだろ。だからこれからは絶対に近づくな」
なんですか.......それは......
「そういえばお前の名前を聞いていなかったな。兄であるのに妹の名をならぬというのもおかしな話だしな、聞こうお前、名前は?」
今日初めてその存在を知って、今日初めて出会って、今日初めて会話した。
にも関わらずよく分からない理由でズケズケと人の心の中に入って来る少年。
どこからどう見ても変人だ。
けど、なぜか安心してしまう。
そんな暖かさを持った少年でもある。
家族がいないことに不安を感じなかったわけじゃない。
けどロマ二がダヴィンチがそれに不器用ながら所長がいつも自分を気にかけてくれた。
だからそれでよかった。
それ以上を望む気も無かった。
けど、ただの言葉でも、ただの気まぐれでもどうしようもなく嬉しかった。
真剣な眼差しで自分だけを見てくれる少年が、態度が大きいのにどこか不安げな少年がどうしようもなく愛おしかった。
視界が滲む。
早く自分の名前を教えたいのにうまく口が回らない。
一度大きく深呼吸をして少しだけ落ち着いた。
念のためもう一度、先ほどよりも深く息を吸い込む。
俯きかけた顔を上げてまっすぐ少年を捉える。
「私の名前はマシュ・キリエライトです。あなたの名前はなんですか?」
「マシュどうしたんだ?所長室の前で立ち止まって」
先輩!!
「えっ!!な、なんですか?」
先輩は私の太陽ですね!!
「お、おう。............え?」
今日は桜が綺麗らしいですから、一緒にお花見行きましょう!!
「それはいいんだけど。さっきの太陽ってのはいったい.....ああうん、もうどうでもいいや。じゃあ行こうかマシュ」
はい先輩!!
「どうしたんだい芸術家くん?さっきからマシュちゃんの方じっと見て」
「......ダヴィンチか。いや何、美しい花が咲いたと思ってな。思わず見惚れてしまっていたんだ」
「ああ確かに、美しいね」
「当然だ。この俺が認めたんだからな。.......本当に、美しいな」
主人公
魔術を使った擬似チャクラ糸を使用して対象を操ることができる。
基本生成した傀儡はチャクラ糸なしで操れるが使用した場合能力が桁違いに上がる
指一本で操ることも当然可能