人理修復に芸術家を入れてみた   作:小野芋子

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ナイチンゲール編

人生には色々な出来事がある。

例えば偶々球場で野球をしていたら、それを偶々プロ野球選手が発見して、才能を認められてプロになることだったり。

なんとなくで始めた将棋が、気づけば自分の持つ最大の武器になったり。

ただの一般人だった男が、人理修復を成した立役者となったり。

 

無限の可能性に満ち溢れたこの世の中、何が起こるかも分からないこの世界。その中で生きることが、もしかしたら奇跡なのかもしれな「ま・す・た・ぁ?」あばばばばばばば

 

以上現実逃避終了(強制)

 

最近スキンシップの激しくなって来た清姫から逃げたと思ったらこれだ。

いや、あれが彼女にとっての普通なのかもしれないけれど『もっと触ってくださいまし』はアウトだと思う。

そんなわけで何度か説得を試みては失敗。

もう逃げるしかないよね?と言うわけで全力疾走。

隠れる

現実逃避

見つかる

の流れで今の状況に陥っている。

 

激しいスキンシップを正直鬱陶しいと思ったり、しつこいと感じることは無いけれど、そこは男と女だ。紳士たるもの淑女に対しては真摯に向き合わなければならない……とは思っているのだがやはり恐怖には勝てない。

今も俺の手をとって自分の胸に近づけている清姫を見ながら心底そう思う。

 

って何してんの!!

 

「胸がドキドキして苦しいので、ますたぁに撫でていただこうと思って」

 

それは多分鬼ごっこしたからだね。うん、だから大丈夫だよ

 

「いや、それは恋だな。清姫、そのまま続けろ」

 

お前も面白がってんじゃねえよ芸術バカ!!

 

今日も今日とて絵を描いている芸術バカに叫びながら自然な流れで手を離す。

寂しそうな顔を浮かべる清姫に思わないところがないわけでは無いが、ここで甘やかしたら彼女のために(ひいては俺のために)ならないと思い堪える。

このまま彼女にされるがままでいたら俺の身が危ない上に、芸術バカの格好の餌だ。

基本芸術のことしか頭に無いあいつだが、こういった状況に陥った俺を揶揄うか、バカにするかをするあたりなかなかいい性格をしている。

こちらはまるで笑えないというのに第三者とはお気楽なものだ。

 

そこでふと、本当に唐突に思いつく

 

清姫はヤンデレだ。

それはあの芸術バカも否定しないし、なんだったら清姫も否定することは無い。

だからこそ好意を向けている俺に、重すぎる愛情表現を向けてくるし、時には貞操の危機に陥ることも少なくは無い。

だからこそあいつが俺を揶揄う時は基本清姫との絡みが多い。

今さっきのように、清姫の行動を後押ししてそれによって焦る俺を見て楽しむことは今となってはそう珍しい光景でも無くなっている。

 

それと同時に、あいつはまた清姫の恐ろしさも理解している。

だからこそあいつは、後押しといっても俺自身が無事でいられる境界線を踏み外すほどのことはしない。

言い換えればあいつはヤンデレの恐ろしさを理解しているということでもある。

そしてあいつの余裕は、あいつ自身にはその重すぎるほどの愛情が向かないことを確信してのこと。

 

つまり、だ。もし仮にあいつに好意を向ける女性がヤンデレ化した場合、あいつは珍しく余裕を失うし、俺のこの危険さも理解するということだ。

 

ふむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

っというわけでダヴィンチちゃんに作って頂きました、ヤンデレの薬。

正確には人の持つ独占とか依存とかいう感情を増幅する薬らしいけど突き詰めて考えればヤンデレの薬だしそれでいいだろう。

効果はランダムというか、その人の持つ、いわゆる汚い感情と呼ばれるものの中で一番強いものを増幅させるために、誰がどうなるかは分からないらしい。

 

まあそこはどうでもいいだろう。

あくまで懲らしめるのが目的だが、もし暴走したら見捨てる心算だ。

いつだって現実は非情である。時には酷な選択をするのも人生には必要なのだ

 

まあ効果は明日からの3日間だから多分死ぬことは無いと……………思う。

 

 

 

そんなことを考えながら廊下を歩く。

未だに薬は使って無いが、出来れば普段大人しげで、あいつに好意を持っているサーヴァントが好ましい。

不意を突かれた時の反応が気になるというのもあるが、もしもの時を考えても比較的被害が少ないというのが一番の理由だ。

手元にある3本の試作品でどこまで暴走するかは分からないが、安全策を練っておいて損は無い。

そういう訳でその条件に見合うサーヴァントを探して廊下を歩いているのだが、なかなかいい人が見つからない。

英霊というだけあって皆が皆危険そうで仕方がないのだ。

特に源頼光さん。

既に三回は見ている

 

 

 

いい加減別の場所を探そう

 

そう思っていると靴音が近づいて来ていることに気付く。

取り合えずこの人で最後にしようと顔を上げ確認。

 

ナイチンゲールさんだった。

 

よし逃げよう。

 

「こんにちはマスター」

 

挨拶は返さないとね。よし、挨拶したら逃げよう

 

「手に持っているのは新しい薬ですか?」

 

うん、ある意味薬だけど、あなたに渡したらとんでもないことになりそうなんで薬ではありませんね。

 

「毒味します」

 

何故そうなった

 

 

手に持っていた全ての薬を飲み干したナイチンゲールさんを見て膝をつきそうになるのを堪える。

 

 

一応これでもナイチンゲールさんは芸術バカに好意を持っている。

それは彼女と出会った特異点で、大量に出た負傷者を自らの魔術を治したり、仮の医療施設まで起爆粘土で運んだりと1人でも多くを救おうと頑張っていたことも原因の1つだろうが、やはり一番はあいつの優しさだろう。

両親を失った子供を簡易な人形を使って笑わせたり、沈んだ表情を見せる現地の人々を得意の芸術で感動させたりしたあいつは、ナイチンゲールさんの『いつか病院が必要ない、全ての人が健康でいられる世界にしたい』と言う夢を聞いても決して笑わず『いい表情だ。夢を語るお前は、最高に美しい』そう言って微笑んだ。

 

あいも変わらずクサイ男だがそこまでされて、そこまで言われて惚れない人などいないだろう。

あまり表に出すことはないが、それでも今もカルデア内で人々の健康のために努力をしているナイチンゲールさんが、あいつの前だと雰囲気が柔らかくなることはここでは有名な話だ。

特に普段が厳しい彼女なだけにそのギャップは凄まじく、あいつを狙う女性サーヴァント達が戦々恐々としているところを何度か目撃しているほどだ。

 

もっとも、それでも厳しいことに変わりはないから生活リズムが壊滅的なあいつが苦手意識を持っていることは否めないが、まあそこは俺の干渉するところでは無いだろう。

 

 

うん。本日2度目の現実逃避はこの辺りにしてそろそろ目の前の現実に意識を戻そう。

普段は甘い感情を表に出さない彼女だが、人を殺してでも人を救おうとするレベルでは危ういことは周知の事実だ。

クラス、バーサーカーとして召喚されることからその辺のことは大体察してもらえるだろう。

 

じゃあその若干病んでる感のあるナイチンゲールさんが、ダヴィンチちゃん作のヤンデレの薬を飲んだ場合どうなるか。

 

あ、明日が楽しみだな(白目)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、普段よりも1時間早くに目覚めた俺は、既に厨房にいたエミヤに手軽に食べられる朝食と普通の朝飯定食を頼み、現在目にも止まらぬ速さで定食を胃袋に収めている。

 

一応言っておくがこれは決して逃げるためではない。

いや、逃げたくないかと言われたら嘘になるがそれでもタネを蒔いた手前、逃げると言う選択肢を取れるほど人間として底辺にまで落ちたつもりはない。

早々に朝食を片付けてエミヤに作ってもらったおにぎりを芸術バカのマイルームへと持っていき、そのまま籠城するために急いでいるだけだ。

少なくとも現在食堂にはナイチンゲールさんはいないから時間的余裕はあると思っていいだろう。

 

「今日は起きるのも食べるのも早いようだな、マスター」

 

残っただし巻き卵を口にしながら手早く食器を片付けつつ、今後について頭を巡らせていると、自らの朝食を持って隣に座ってきたエミヤが声をかけて来る。

 

今日はやけに目が覚めてね。

 

適当に言い訳しながら、そういえば、と今日の昼と夜は芸術バカのぶんの飯は俺があいつの部屋に持って行くことを伝える。当然昨日のことは隠した上でだ。

 

「また彼は作品作りのために部屋に籠るのか。やれやれ、その集中力は尊敬に値するが、ナイチンゲールのやつに見つかっても知らないぞ」

 

はは、全くだね

 

思わずから笑いが漏れる。確かに見つかったらヤバイ。

 

「まあいい。手軽だが栄養価の高いものを作っておこう。もっとも彼の肥えに肥えた舌で満足できるかは分からないがね」

 

サンキュー、エミヤ

 

「礼には及ばない。彼のおかげでサーヴァントとなった今でも、料理の腕が上がっているのだからな。これほどの充実感が得られるのは、いつかの出来事いらいだ」

 

楽しそうに笑うエミヤにもう一度礼を言って食堂を後にする。

手に持つおにぎりの暖かさを感じながらあいつのマイルームへと向かい暫く歩く。少し早歩きになってしまったが、おかげで予定よりも早くに着くことができた。

 

過去に何度か打ち込んだパスワードを入力し、開いたドアを潜ろうとした時、突如悪寒を感じてすぐに辺りを見渡す。

 

よく響くヒールの音がこちらに近づいて来る。

 

ああ、この音の正体を俺は知っている。

これは死神の足音だ。人々を救済する、地獄の番人の足音だ。

 

「おはようございますマスター。そこで何をしているんですか?」

 

案の定現れたナイチンゲールさんの姿に背筋が凍るのを感じる。

普段は暖かいその目がまるで俺を写していないことが、ここまで恐ろしいことなのかと心の底まで凍りついた体でぼんやりと思う。

言葉は出ない。

もはや俺程度でどうにかなるものではない。

 

「私はその部屋に用があるので退いていただけますか?」

 

すんなりと道を開ける自分に腹がたつ。

俺はここまで弱かったのか、仲間1人も助けられない男だったのかと自己嫌悪に陥る。

こんな自分が身の程知らずにもあいつを助けようとしたことが間違いであったと後悔する

 

でも。

それでも俺は………

 

『ん?誰だ朝っぱらから』

 

『貴方に会いにきました』

 

『は?』

 

……………い

 

『さあ、私に甘えてください。貴方をドロドロに甘やかしてあげますから』

 

『おい、何があった。取り敢えずそれ以上近づくな』

 

……………ない

 

『怖がらなくて大丈夫ですよ。私は貴方の味方ですから。私だけが貴方のそばにいますから』

 

『薬か?………だとしたらダヴィンチか』

 

…………じゃない

 

『それ以上逃げたら撃ちますよ?大人しくこちらに来てください』

 

『手荒な真似はできねえな。チッめんどくせえ』

 

………なんかじゃない!

 

『捕まえました。……さあ無駄な抵抗はやめて甘えてください』

 

『くそっ抜け出せねえ!!」

 

間違いなんかじゃない!!

 

『ああ、愛しいですね。もっと私に甘えてください、私だけに甘えてください』

 

『頭がうまく回らない。……意識がボーッとして来やがる』

 

例えどれだけ現実が非常であったとしても!!

 

『そうです。そのまま私に身を委ねてください』

 

『……クソ………が』

 

例え俺がどれだけ取るに足らない()般人であったとしても!!

 

『甘えてください。ドロドロに甘やかしてあげますから』

 

この想いは!!

 

『私だけのそばにいてください。私だけの貴方でいてください』

 

あいつを救いたいというこの気持ちだけは!!

 

『ああ、愛しい貴方。ずっとそばにいてあげますからね』

 

決して……

 

『早く私だけの貴方になってくださいね?』

 

間違いなんかじゃないんだから!!

 

 

意を決して部屋の中へと飛び込んでいく。

既にあいつはナイチンゲールさんの腕の中で半分意識を失っており自力で脱出は不可能な状態になっている。

そのあいつを愛おしそうに抱きしめながら絶対零度のような瞳でこちらを睨むナイチンゲールさん。

 

だが俺はもう逃げない。例えこの身が朽ち果てようとも、俺は絶対に……

 

「何か用ですか?ああ、朝食を持って来てくれたんですか。でしたらそこに置いておいてください。ご安心を、私が責任をもってこの人に食べさせてあげますから」

 

ああ、安心した。

 

 

 

いただきますと言う言葉を背に、俺は静かに扉を閉めた

 

 

 

 





名言を連発していくスタイル。

追記
次回はもしも主人公がデイダラversionだったらをお送りします

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