車輪の下のC   作:一ノ原曲利

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 天の光は 星産む輝きと

 戦火の花






第一次静止軌道戦線

 

 

 

「シンヤさん火星だよ火星! うわー本当に赤いんですね!」

「ああ、そうだね」

 

 宇宙港のシャトルに乗り込んだはいいものの、火星からの発進ともなると誰であってもシートベルト付きの座席に座る他ない。となると、シンヤの場合は車椅子が必然的に邪魔になる。漸く火星の重力の縛りから解放され静止軌道上に出たことを確認し、はしゃぐアトラを横目に窓から見える火星を見下ろした。

 

 火星が赤く見えるのは、火星表面の大部分が酸化鉄を含む土や岩で覆われているからだ。人間が移り住むより遥か昔は水が豊富にあったと考えられていたが、当時は大気が希薄で気温は低く、そのままではとてもではないが人が住める環境ではなかった。

 平均気温マイナス58度、大気0.006気圧。この関係もあり太陽光が吸収できず、地球有数の砂漠地帯と呼ばれるエジプトのように気温が上がることがなかった。

 

 時の科学者は、火星の地中に大量の二酸化炭素が凍っていることから、その二酸化炭素を苔とゴキブリの力で大気中に放出し火星の地表を温めようと考えていたらしいことはコラムで読んだ覚えがある。実に滑稽だが発想の仕方は感心するものだった。

 

 現在ではあくまでも資源採掘という目的をほぼ終えてしまった、正しく出涸らしと呼ぶに相応しい惑星ではあるが、移民し、採掘して働いた人々が集まり、コロニーを作り、そこで住む人々が増えてしまったため今に至る。

 

 当時の問題としては、地球から出稼ぎに来た移民がそう易々と地球へ戻る手段が確立していなかったことだ。その頃は地球と火星間の民間船を狙う宇宙海賊が屯っており、同時に未だギャラルホルンによる宇宙航路〝アリアドネ〟が確立する前の黎明期だ、戻りたくても帰れなくては生きて住むしかなく、住めば都の言葉通りになったのだろう。

 

「思えば遠くへ来たものか…これはまだ早いかな」

「何か言いました?」

「いいえ、フタミンさん」

「フミタンです」

 

 火星からまだ見ぬ地球があると思われる方向に視線を移す。するとどうだろうか、本来であれば低軌道ステーションで合流するはずの船が見えた。だが予定時間より早く、おまけに色も違う。カタログで確認した限りでは、旧CGSが保有していた船は赤色だったとシンヤは記憶している。

 

「あれはオルクス商会の船かな?」

「…いや、待って! あのMS(モビルスーツ)ギャラルホルンのだよ!」

「何ィ!?」

 

 よくよく見れば、MSのエイハブ・リアクターが輝くその奥にギャラルホルンの船がこんにちはしていた。そんな挨拶要らないですと丁寧に返しながら、急ぎ車椅子に乗り換えて操縦室へ駆け込んでいたトドを轢く。

 

 轢いた。

 

「ゴハァ!?」

 

 鉄華団の全員がシンヤの剣幕に引いた。オルガ達は知っていた。無闇矢鱈に、日常茶飯事で暴力を与える大人たちよりも恐ろしいのは、車椅子に乗る彼であることを。

 

「トードーさーん? オルクス商会さんと話つけたの貴方ですよね? クーデリアが居ることを教えたのも貴方ですよね? もしかして大人の怖さを教えちゃう! とかそんな動機で私達をハメたんですかハメたんですねそうなんですね…はぁ、ダメな大人ですね貴方は。だからそんなにメタボ認定されちゃう体型になるんですよ、睡眠薬入りスープ飲まされて怖い思いして、少しは改心したと思った私の良心を返して下さい。そうでないと直ちに貴方の頭をツルッツルに仕立て上げますよ」

「いデデデデデデタイヤが! タイヤが髪の毛毟ってる! 頼む、髪の毛だけはやめてくれ! そ、そうやって前に後ろに動かすんじゃねぇよ!」

「髪の毛だけはやめて、だとよ!」

「んじゃ他ンところはやりたい放題って訳だな!」

「ぎゃぁああああー!」

 

 車椅子の下から伸びたトドが、ユージンとシノにしこたま殴られ始めた。結局、此方を嵌めたトドを締め上げたところで現状が変わらない以上、折檻はここまでにしてシンヤは操縦室に入る。

 

「なっ、何を」

「少し失礼しますよ、っと」

 

 首後ろから伸びたQRSプラグ――別名Farelを車椅子から切り離し、シャトルの端末に繋ぎ機器系統を掌握する。その間、僅か3秒。

 

「三日月が出る! シンヤ!」

「はいはいっと」

「ちょっと勝手に、」

「失礼しますと」

 

 言いました、と言うと同時に頭の中に入って来たシャトルの機器系統に准え、操縦席にあるスイッチを押す。同時にレバーを引くことによってシャトルのバックパックに詰め込まれていた酸素と共に煙幕が放たれるはず。

 残念なことに、周囲数キロ先の宇宙領域を眩ます程の量は積み込めていない。

 

 そもそも煙幕如きでシャトルがMSから逃れるというのがどだい無理な話である。

 

 シャトルほど大きな対象であればMSに備え付けられている索敵機能は愚か、メインカメラから逃れることすら不可能である。だが、()()()()()の小細工ではなく()()()()()()()()()の煙幕であれば話は変わる。問題はそれさえバレなければ、正確には逃走のための煙幕は無意味であり息の根を止めるための煙幕であることを見抜かれなければ、初見で看破されなければ確実に仕留められる。

 

 数秒後、がぅいん(MSのコックピットを撃ち抜いた)と鈍く響く振動と共にシャトルに取り付いていたグレイズのアンカーから解放され、迎撃に成功したことを確信した。

 そして、シャトルが本来の目的である〝イサリビ〟の通信をキャッチする。聞こえたのは明弘の声だ。

 

『来たぜ大将!』

「いい仕事してるぜ、明弘!」

「シンヤだ。早速で悪いけど急ぎシャトルの隣に着いて欲しい。襲撃されている以上、迅速に乗り移る必要があってね」

『了解!』

「あ、シャトルの損害請求はオルクス商会にツケておいてください。先方が全責任を持って地球へ送ると契約しておりますので。こちら、その証書です」

「は、はぁ…」

 

 アフターケアに余念は無かった。

 

 

 

 

 

「状況は!?」

「後方からオルクスの船が、まだ着いて来やがる!」

「ガンガン撃ってきてるぞ!」

「こっちからも撃ち返せ!」

「オイ! なんでこの船がここにいる!? 静止軌道で合流するハズだろ!?」

「ヤダナァ、トドさん。貴方の企てを団長にリークしたのは私ですよ?まさかギャラルホルンまで連れてくることは予想外でしたが、オルクス商会がお姫さん目当てに襲撃することまでは読めてましたから」

「んなッ、シンヤテメェ!」

 

 シノに押さえつけられているトドの顔面で、いつも通り変わらない態度で変わらない薄ら笑いのシンヤの顔が上下逆さまに浮かんでいた。艦内のエイハブ・リアクターの重力が不十分な艦橋では、足を動かせないシンヤの格好の領域(フィールド)である。浮遊状態であれば、手を使い反動をつければ推進力は維持される。

 オルガが、戦場を見据えつつ鼻で笑った。

 

「ま、そういうわけだ。この話もハナっからシンヤと俺、ミカ、ビスケット、そしておやっさんぐらいしか知らねぇから無理もねぇよ。獲物を確実に仕留めるなら、味方も騙さねぇとな」

「テメェ… 特にシンヤ! お前ギャラルホルンが最初に来た時だってオレを騙しただろ!?」

「さぁて、なんのことですかね?」

「営倉にブチ込んでおけ!」

「アイヨ!」

「オメェ等赦さねぇからなぁオパッ!?」

「お黙り」

 

 ベシッと痛々しく腫れたトドの顔面を叩く。特に痛い訳でもない筈だが、シンヤの張り手一つでトドの騒音の如き罵詈雑言はピタリと止まった。その様子に抑えつけていたシノが目を丸くする。真っ逆さまに浮いているシンヤは、片手にパーの形のままにんまりと笑っている。

 

「スゲー…トドのヤロー、一瞬で黙りやがった。何やったんだ?」

「どんな人間でも、顎を叩かれれば黙るものだ」

 

 シンヤは、さして威力もない張り手でトドの顎を強打した。人体の構造上、顎に強い刺激が来ると頭部の対角線上にある脳が揺れるのは自明の理である。

 脳というのは本来柔らかく崩れやすい。それらを保護している要素は頑丈な頭蓋骨ともう一つ、脳脊髄液による。つまり、脳は頭蓋骨の中で液中にぷかぷか浮いているのである。本来人間が活動する上での揺れは問題ないが、脳震盪に匹敵する衝撃は外傷性脳損傷を誘発し易く、意識・記憶喪失または頭痛やめまいなどを引き起こすトリガーに成り得る。

 

 人体に詳しいシンヤだからこそできる芸当だ。

 

「さて」

「ペン?」

 

 白目を剥いて黙りこくった(気絶した)トドを連行し、シノに抑え付けて貰いながらマジックペンの蓋を口で噛んで外す。キュポンと小気味良い音と共に黒塗りのペンが晒され、トドの上着を剥がしてでっぷりと肥えた腹部にその先を走らせる。

 

「何書いてんだ?」

「ラクガキ。シノ、確かこの通路の奥に汚物処理用のボックスがあった筈だから、それ持ってきて貰えるかな? 詰めて捨てちゃおうか」

「お、いいアイデアだなそれ! よっしゃ任せろ!」

 

 シノが意気揚々と走り出す。カキカキと悪戯書きを、もとい拾ってくれるであろうギャラルホルンへのメッセージを記す。シンヤは最後の一文を書き終え、ふと偶然、気紛れに思い付いたことがあった。落書きという悪戯の延長線だからだろうか、火星の家々にある壁に塗りたくられた落書きの描き主の気持ちが、少しわかった気がした。

 

 そしてその何でもない気紛れが、悪戯の延長線が、そう遠くない未来で己の首を締めることになるとはまだ誰も思いもしないのである。それは壁に描かれた落書きから解析された筆跡が、主犯格の個人を特定するかの如く。

 

解剖(バラ)さなかったことに、感謝して欲しいね」

 

 

 ―――シンヤは、〝他者〟を正確に認識できない。

 

 

 勿論、誰が誰で誰と違うか外見的特徴からその差異を見極めることは苦ではない。ただ、生来の認識に対する欠損があるのか、シンヤは自分以外の人間(たにん)がどんな考えを持ち、どんな行動原理を持っているか理解をするのに膨大な時間が必要であった。

 合理的な行動の取捨選択は簡単だ。なぜなら合理性とは己が思い、行動していることと同意義であるから。

 であるならば、人間特有の合理性を超越したナニカに突き動かされるメカニズムが、未だに理解できずにいるのである。

 先のトド・ミルコネンに対しても同様だ。最初から仲間であるという認識が無いから、トド本人が鉄華団を売ることは当然であるし、その裏切りによる損害を少しでも減らすためにシンヤ達がトドを騙すことも当然のことだ。

 

 

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()理解できなかった。

 

 

 だから、目の前で五月蝿く喚き散らすトドの姿を見てシンヤの中で芽生えた感情はただ一つ、〝なぜそこまで怒り狂うのか〟であった。

 わからない。理解できない。ただ、シンヤには目の前にあるモノを理解する唯一の術を持ち合わせている。

 それは至極極端で、その方法を提案すれば万人が狂気の沙汰と疑うであろう手段である。

 

 例えば、富裕層が所持しているテレビという機械は機種にもよるがリモコン一つで動く代物だ。普通の人であれば、特定のスイッチを押すことでテレビが付き、チャンネルを変えることができると実際操作をすればそういう働きをするのだと理解できる。そしてそのまま使うのが一般的で、決してその先の理解に踏み込むことは有り得ない。

 

 しかし、シンヤにはそこで妥協を許さず、そして赦せない。

 

 なぜテレビは動くのか、なぜ遠方の情報が送られるのか、メカニズムは、仕組みは、どんな作用で動いているのか。それを確かめるためにまず分解する。

 気が済むまで、理解するまで、決してその手の中にあるモノを信用し全幅の信頼を置いて満足に動かそうとすら考えられない。

それは人間(たにん)に対しても同様だ。理解が出来ない、ならば()()して確かめるしかない。

 

 ただ、最近は人間を分解することが大衆にとって決して受け入れられない禁忌であるという認識があるため、昨今はそれなりに自粛している。

 

 理解できないならば、理解しなければいい。

 

 シンヤは諦観という一つの答えを持っていたのである。

 

「あったぜシンヤ!」

「ありがとう」

 

 未だ意識が朦朧としているであろうトドに別れを告げ、勢いをつけてシノが投げ出したボックスを片手で受け止めてさっさと箱詰めすると、艦内の廃棄物処理口がある一室に投げ込んだ。

 ペンで一筆一筆書き込むたび、手のひらから伝わる肉感から掻き立てられる解剖への渇望に別れを告げるには、必要な措置であった。

 

「そういえば、最後まで寝ている間に右足の小指と左足の小指を入れ替えていたことは気付かなかったようだね。順調に縫合術は上達しているようだ」

 

 

 

 

 

「あっ、シンヤさん」

「やぁアトラ、状況は?」

「え、えぇー…私に聞かれても…あっ、三日月なら無事だよ! でも危ないの! ねっ、クーデリアさん!」

「え、えぇ…」

「んー、私が欲しい情報としては不十分だけど、まぁ誰も死んでないなら大丈夫かな」

 

 相変わらずアトラはぶれない(三日月ラブだ)なぁと思いながら、QRSプラグ(Farel)の接続を車椅子から外してイサリビの端末に接続し、力の入らない脚を無理やり伸ばして空いている席に座る。

 既に宇宙では複数体のグレイズの残骸が浮いている。それを三日月一人でやったかと思うとさしものシンヤでも背筋に冷たいものが走った。

 施術した首の後ろがキリキリと痛むのを我慢して、プラグを通じ脳へ送られてきた戦闘領域の映像情報を確認する。

 

「グレイズの中に、別の機体が二機あるね。変わった機体だ」

「相当な手練れだ! 多分、隊長機か何か特別なヤツだ…って、それよりオルクスの船を振り切れねぇ! どーすんだよこのままじゃいつかやられる!」

「ふむ…オルガ、アレ使わない?」

「…奇遇だな、俺も同じこと考えた」

「アレって?」

 

 ビスケットの疑問の声に応じて、シンヤがイサリビのカメラから捉えた一つの小惑星をメインモニタに映す。丁度、イサリビの進路上に浮かぶ資源採掘用の小惑星だ。それを見たビスケットは血相を変える。

 

「使うってまさか…やるにしても、問題は離脱の方法だよ。船体が振られた状況での砲撃はオルクスの船に対して有効打を得られない…!」

「アンカーを打ち込んで振り切ったところで、ベストタイミングで外さなきゃならねぇからな…」

「…例えば、例えばの話だよ。誰かが、アンカーの先端にMWで取り付いて、爆破して接続岩盤を破壊できれば…」

「ンなの自殺行為だ!」

 

 シノの言うことは最もである。この作戦のリスクは三つ。

 

 一つ、アンカーがしっかり小惑星に固定されず回頭途中で外れてしまえば機動制御は難しく、敵にとって格好の的にされてしまうこと。

 

 二つ、アンカーの固定が然るべきタイミングで外れなかった場合は小惑星に激突し自爆してしまうこと。

 

 そして三つ、アンカーがイサリビの回頭に耐えられる程度に固定されていて、尚且つMWによって然るべきタイミングで爆破し外すことができたとして、爆発の余波に巻き込まれたMWを無事に回収する保証はないこと。

 

 特に、三つ目に関しては乗り手の命が保証されていない。成功の可否が乗り手一人に背負わされたプレッシャーに耐え、その上で見事完遂するには相応の度胸と技術を持った人物でなければ不可能だ。

 

「それは勿論、俺が」

「いや、ユージンだ」「団長は黙ってろ」

「え?」「あ?」

 

 発言が被ったシンヤとユージンはお互い顔を合わせた。驚きはしたが、すぐに軽度の混乱から回復したシンヤがジェスチャアでユージンに発言を促す。

 

「ゴホン!…大将ってのは、どっしり自陣で構えておくもんだろ! ノコノコ死地に突っ込むような真似は俺が許さねぇ」

「おお、早速空き時間に遊んだ将棋やらチェスやらの知識を使えているようだね、感心感心」

「遊んでた…? ユージン?」

「ビスケット!?そっ、その話は今はカンケーねぇだろうがシンヤァ! だから何でもねぇって! そんな目で睨むなよっ!」

「ま、ユージンの言うことは一理ある。加えて」

 

 シンヤは息を吸い、

 

「鉄華団の門出で(オルガ)が指揮からいなくなっては格好が悪いだろう? そして、本作戦を成功させる度胸と秀でたMWの操縦スキルを持つのはユージン…いや、副団長。キミだ

 少なくとも、今この場でそれを可能とするのは副団長だけと私は確信している」

 

 現状、副団長という肩書きは伊達ではないと踏んでいる。それは単に言い出しっぺの問題ではなく、仮にオルガがいなくなった場合の鉄華団をまともに支えることができるのは、ユージンだと踏んでいるからだ。

 シンヤの真剣な眼差しから、今の発言が冗談ではないことは全員が分かっていた。その通りだと、艦橋にいた全員が頷く。だがその中で、その言葉を一番に受け止めたユージンは胸の内から湧く高揚感を抑えられなかった。

 

 ―――今までの人生で、他者からの賞賛が皆無であったユージンのみならず、現在の鉄華団の団員のほぼ全員が、他者からの承認欲求に飢えている。

 

 誰にも認められず、必要とされず、ゴミのように扱われていた旧CGSにおいて自己の価値を証明する術が無かった。ヒューマンデブリに関しては正にその通りで、端金で売買される自己への価値を見出すことは難しい。

 

 だが、団長(オルガ)がその手を取った。

 

 そして、シンヤが信じた。

 

 色眼鏡のない評価がこれほど嬉しいとは、ユージン本人でさえも予想しなかったであろう。その期待を一身に受け止めたユージンは声を荒げ、

 

「文句はねぇな、団長!」

「…あぁ、任せたぞ!お前等、準備しろ!」

「おぅ!」

 

 雀千声鶴一声とはこのことか、オルガの一声は鉄華団の気を引き締め直すに足るものであった。ユージンは急ぎドックへ駆け出し、ビスケット、ダンテ、チャドは火器管制の調整や艦内制御に着手する。シンヤは彼らの気合が入った顔を視界の端で捉えつつ、小惑星とのアンカーの接続及び切り離しタイミング、そして回頭に至るまでのコースを計算する。

 

「シンヤ! 計算頼む!」

「もうやってるよビスケット」

「あぁ、ありがとう。でも驚いたなぁ」

「何がだい?」

「シンヤがあそこまで言うなんて。今まで事勿れ主義だったシンヤが計画方針に口を挟むだけじゃなくてあんなことを言うなんて」

「それは、どういう意味かな?」

 

 だって、とビスケットは隣でアンカー射出の準備をしつつ頰を掻き、

 

「シンヤって…その、あまり他人を褒めたりすることがないから。その、珍しいなーって」

「………」

「シンヤ?」

「計算は終わったよ。現刻より状況開始、速度は維持、高度を上げ小惑星から距離300でアンカー射出、固定確認後続いてMW出撃、30秒後小惑星の裏側に回り込むと同時にアンカー固定部爆破、アンカーとMW回収と共に敵艦と会敵。閃光弾とチャフを目眩しに戦闘領域から離脱。三日月と昭弘の回収タイミングは戦況に依る。何か問題は?」

「な、ないよ…うん、これなら上手くいく!」

「ならこの作戦ファイルを全員に送ろうか」

 

 端末を操作して鉄華団の全員に本作戦のタイムスケジュールを送った。各メンバーのモニタに秒針タイプのタイマーがセットされ、正確な開始時間を把握することが可能になった。これも、作戦を成功させるための工夫である。

 ビスケットは一息ついたシンヤを横目で見て、

 

「…もしかして、照れてる?」

「百年早い」

「あでっ!?」

 

 頭蓋骨を揺らさんばかりのデコピンが炸裂した。危うく吹き飛ばされそうになった帽子を慌てて掴むと涙目で主犯(シンヤ)を睨む。

 

「痛いよシンヤ」

「軽口叩くのは、この後私達が生き残ってたら言うべきではないかね」

「大丈夫だよ、だって」

 

 ビスケットはズレた帽子を被り直しながら、後ろの指令席に座る団長(オルガ)を仰ぎ見る。オルガは歯を剥き出して、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「鉄華団の門出だ、景気良く前を向こうじゃねぇか!」

鉄華団(ボクら)なら、上手くやるさ」

「…そうだな」

 

 その言葉は、現実となった。

 

 

 

 

 

 

 







This looks like one of yours,(お前らの仲間らしいから) so youdeal with him(お前らでケジメをつけろ)…なんのことでしょうか? それにこのサインは…」
Luenley…ローレライか」
「ローレライ? それなら綴りはLoreleiでは?」
「いや、このサインは古ドイツ語で綴られている。ローレライと聞かれれば、誰しも()の人魚伝説を思い浮かべるが、古ドイツ語では待ち受ける(lauern)の語源でもある…しかし、そうか」
「特務三佐?」
()の者が、あの船には乗っているのか」


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