トーテンコップは宇宙の暗闇から覗いている
「マクギリス? 何を調べているんだ?」
ギャラルホルン火星本部 静止軌道基地『アーレス』にて、地球から派遣されてきたガエリオ・ボードウィン特務三佐は同僚であり、同時に幼少期からの友でもあるマクギリス・ファリド特務三佐の端末を覗き込んだ。
それは今回の監査対象である時期とはかなり離れた、約六年以上も前の『アーレス』における記録である。
「余りにも早く監査が終わったのでな、少し此処での気になるデータを調べていた」
「有能過ぎる上官というのは訂正した方がいいかな?」
「それはこれを見てから判断して欲しい」
それは、コーラル・コンラッド准将が『アーレス』に就任して数年、地球から火星へ向かう民間船の救出に向けた出撃任務の報告であった。
「民間船の救助要請に応じるとは、この時のコーラル准将はお人好しだったのか? 若気の至りか、または少しばかりの温情というやつか」
「そんな訳がないだろう。それより六年前の事件は覚えているな?」
「覚えているとも。ギャラルホルン技術開発局本部主任夫妻の突然の死、だろう?」
当時ギャラルホルンの、特に上層部がかなり荒れていたことが記憶にある。実際に顔を合わせたことのない、あくまでもデータ上の顔と名前しか見たことがないガエリオであり、感覚としては近年ではあれど歴史の勉強で学ぶ一幕でしかなかった。
しかしマクギリスは違う。
「アレは確か…故郷であるドイツの病院で急死したという話ではなかったか?」
「ところが、私が調べたところによるとその病院でそんな患者が入院していた記録はないし、ましてや夫妻二人共同時に死ぬのは、些かおかしいとは思わないか?」
「…片方が亡くなればもう片方が自殺するケースというのは夫婦にあるが…それは自殺という不名誉な死因を隠すためではないのか? 仮にもギャラルホルン技術開発局の長、ニュースにでもなればさぞかし騒がれるだろう。勿論悪い意味でだが」
「そうだな、一局員であろうとなかろうとそういう不名誉な報道は規制されている。だが彼等の報道に関しては色々と裏で隠蔽工作がされていたらしい」
そう言ってマクギリスは端末から別の情報を表示した。それは地球から出発された、六年前の民間船に乗っていた乗客のリストとニュースで報道された死亡者のリストだった。
「此方に向かう前に調べたものと、ここ『アーレス』に残っていたデータでは、書き方や情報にそこまで誤差はないが決定的に異なるものがある」
「それは?」
「地球における報道では民間船の死傷者数と本救出任務における取って付けたような被害報告を挙げているが、こちらのデータでは民間船における生存者の有無のみが挙げられている。つまり、報道されていた海賊との交戦はでっちあげのデマだ。妙だとは思わないか? マスメディア向けの情報と軍の情報ではこうも違うものなのか? いやそうではない、単純にギャラルホルンでは目的が異なるんだ」
「目的?」
「ああ、ギャラルホルンは彼等夫妻の存命を第一に確認したかったのだ…
当時残された画像データを参照するに、民間船の損傷具合は酷いものだった。物盗りや人的資源の強奪以前に、乗組員の殲滅という明らかな殺意を持って破壊されたものだとガエリオも気付いた。
仮に賊に襲撃されたとしてもこうはならない。とすれば自ずと答えは見えてくる。
ギャラルホルンが、襲ったのだ。
「民間船の機体番号を照合すると、それは民間船に用いるような一般的なメーカーのものではあったが、ある個人の購入による船であることが判明した。その人物はギャラルホルンからの休暇という任務で火星へ赴いていたのだが、運悪く火星へ向かう航路を彷徨いている海賊による襲撃で命を落とす…怪しいとは思わないか?」
「…ギャラルホルンから、暗殺命令が出ていたということか。それにしては手が込んでないか?」
「ああ、込んでる。逆に混み過ぎていて暗殺という画策ばかりが前面に押し出されるほど怪しい」
「どういう意味だ?」
「……ここからは私独自の解釈だが」
マクギリスは一息つき、
「彼等は、暗殺されると分かっていてあえて策に乗ったのではないか」
「それはおかしいだろう、何故死ぬと分かっていて死地へ赴く。忠義と誇りある戦士としての生き様であれば素晴らしいが、彼等はただの開発者だろうに。そもそもギャラルホルンが暗殺する理由がない」
「ところが、彼等の死によってギャラルホルンが得することがあったんだ。ガエリオ、先日エイハブ・リアクターの話をしていたが、そもそも兵器や技術には付いて回るものがある。それは開発者の〝特許〟だ」
「〝特許〟…ああ、なるほど。だから六年前からギャラルホルンの資金が潤沢になった訳か。つまり彼等には自らが産み出した技術の〝特許〟があり、本人達が死んだことでギャラルホルンが横から掻っ攫っていったのか。如何にも上層部がやらかしそうなセコい手だ」
つまり、彼等にはギャラルホルンという組織の中で数々の開発による特許を取得していたが、問題はその特許により得る莫大な利益がギャラルホルンでは無視できない規模にまで膨れ上がっていたのだ。
「組織から睨まれれば、流石の一局員でもわかるか。しかし地球を牛耳っているギャラルホルンの手からは逃れられない…だから、暗殺も受け入れたってか。皮肉なものだな、組織の為を思ってひたむきに開発に取り組んでいたのに、その組織の手で殺されてしまうとは」
「そうだな…恐らく、六年前の時点でギャラルホルンの腐敗の温床は其処彼処に散らばっていたのだろう。だがその一方で唯一、彼等は守るべきものを守れた。つまり、彼等の目的は達せられたと考えられる」
「守るべきもの?」
「彼等には、子供がいたそうだ」
続けて、
「そして、この乗組員の名簿には記載されていない」
「…地球に、残ってるっていうのか?」
「いや、恐らくこの民間船に一緒に乗っていたのだろう。だが名簿には残っていない。そこで気になるのが積荷だ」
「積荷…まさか」
端末の一画面をタップする。そこに民間船に緊急時用に備え付けられている脱出艇の小型ポットが映し出された。加えて、当時発見された民間船の各スペースには不可解な空白がある。そう、一介の民間船にしては積荷に割り当てる空間が多過ぎた。
ガエリオには、マクギリスが言わんとしていることがわかった。
確かにもし夫妻の子供が地球に残っていたならばギャラルホルンの庭である以上、見つけることは容易だろう。況してや組織そのものが暗殺を企てていたならば、いずれ真相に気付かれるよりも先に子供も殺してしまえばいい。当時の情報を見るに、親戚筋は無く既に断絶していると考えられる。
「積荷に乗せて、火星へ送ったというのか?」
「その通り…と言いたいが、殆ど仮説でしかない。この仮説もギャラルホルンの救援部隊の先遣隊の内の一人が民間船から小型のポットらしきものを見かけた、というデータが此方に残っていたからこそだ。成人が入るには些か小さすぎる、所謂廃棄物投棄用のボックスとして認識していて、放って置いたらしい。因みにこの報告は本部には送られていなかった」
「…先遣隊の、それも一人だけの報告とあらば信憑性は低いから、か」
「或いは、当時赴任したばかりであったコーラルが、失態の指摘を恐れて伏せたか」
「100%そっちだな」
此れには流石のガエリオも納得のいく理由だった。マクギリスが部下を過労死させるほどのスピードで監査を続けたことで、あれよあれよとコーラルの汚点が掘り出されていき、既にガエリオの中ではコーラルへの評価は最悪と出ている。十分考慮に値する予測だ。
「そうなると…何だ、今回の監査はその遺児の捜索も本部から言い含められているのか?」
「いや、そうではない。我々の仕事は監査だ。つまり、私個人として調べていただけだよ」
「なんだよ驚かすなよ…ハァ、全くお前といると苦労が絶えないな。マクギリス」
「だが、仮にその遺児が火星に無事辿り着いていたとして…どんな人間に育っているか興味が湧かないか?」
資源の出涸らしとまで酷評されている火星は貧富の差が絶えない。もし仮に例の遺児が火星に辿り着き、ギャラルホルンの目を掻い潜って生きているのだとしたらどんな風に生活しているのだろうか。
その遺児は、ギャラルホルンが両親を殺したことを知っているのか、知らないのか。
その遺児は、貧富の格差が広がっている火星では富める者なのか、貧しき者なのか。
「確かに、あるな…でも仮に生きてて、それで見つけられたとしたらどうするんだ? もし向こうがギャラルホルンを目の敵にしていたとしたら会った瞬間殺されるぞ」
「それはないだろう」
「何故、其処まで言い切れる?」
「勘だ」
「…お前らしくない答えだな」