車輪の下のC   作:一ノ原曲利

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撃鉄の幕開け

彼のせんじょう





開幕のガン・パレヱド

 

 

 

 それは突然来た。

 火星の夜。静寂の暗闇を引き裂くように照らす照明弾。間髪入れずに遠くから唸るように響く機械の駆動音。

 デスクで作業をしていたシンヤは飛び跳ねるように部屋を出た。すぐさま襲撃が行われている方角に最も近い窓に張り付き、デスクから引っ掴んだスコープとインカムを片手に〝敵〟の存在を視認する。

 攻防を繰り返すMW隊。明らかに過剰とも言える止まない砲撃。

 土煙から飛び出した一機から、組織の象徴たる刻印が目に入る。マイクを口元に近付け、声を張り上げた。

 

「ラッパを吹く獅子と七つ星の星条旗を確認、敵の正体は『ギャラルホルン』! 繰り返す、敵の正体は『ギャラルホルン』!」

『ギャラルホルンだと!?』

『何だってそんな連中がウチに!?』

『口より先に体動かせェ!』

 

 館内放送に施設内の団員が慌ただしく叫び始める。外していたインカムを取り出して付けると回線を開き、各部の現在の状況を把握する。数十人分の声が飛び交うが、シンヤはその全員の声と名前、そしておおよその現在地と状況を掴む。

 

『撃て撃て撃て撃て撃『バカヤロウそんな近付いてんじゃね『三機目仕留めたぞォ! って数多す『ダメだ弾数が足りないッ!『痛ェ! ックショウ前輪やられたァ!』

『襲撃は!?『正面からだ、裏口からなら逃げら『おい、アイツ等に何て説明すんだよォ!『挟撃作戦とでも言って適当に誤魔『社長!早くこれに乗ッ『このウスノロがッキリキリ動けネズミ共ッ!『何やってんだ早く行『アホ! 通信切っとけヤツに傍受されるぞ!』

 

 ―――選択的注意の一つとして、大衆の中から特定の声を聞き分ける『カクテルパーティ現象』と呼ばれるものが存在するが、シンヤの場合はこの選択的注意を一括し数十人分を並行処理して情報収集している。かの地球で、旧時代に名高い上宮王(かみつみやおう)も、数多の発言を一語一句聞き漏らすこと無く聞き入れ、理解したという。

 応急処置セットを膝上に置き、車椅子を阿頼耶識を用いて走らせながら、通信チャンネルを切り替える。

 

「オルガ!」

『シンヤか! 負傷者の手当てを…いや、その前に別件頼めるか!』

「何!?」

『壱番組が逃げ出すってビスケットが言っててな、格納庫にあるウチの照明弾を』

「積めってか」

『流石シンヤ話が早い!』

「請け負った!」

 

 偶然にも、シンヤが今現在走っている位置はCGSの裏口に繋がる通路への入り口に近かった。車椅子を走らせて間も無く格納庫に着くと、人間大の大きさの箱に敷き詰められた数発の照明弾と、それを発信させるリモコンが備え付けられていた。転がっていたワイヤーで箱と車椅子を繋ぎ、リモコンを懐にしまい再び走り出す。

 

「うおっ、凄い馬力だ!」

 

 見掛けは車椅子であるが、雪之丞とシンヤの改造によって車椅子は通常のMWに勝るとも劣らない馬力を得ていた。ただその速度が反映されていなかったのは今まで〝この速度が限界だ〟という既存の常識に当てはめたら意識で走らせていたからであった。阿頼耶識は良くも悪くも使用者本人の資質に左右されやすい。その一端を掴んだ。

 ギャリギャリと耳障りな金属音と共にホイールが回転して格納庫を突っ走る。すると裏口から出るであろう一団に遭遇し、丁度偶に話すトドと出会った。

 

「トドさんはいこれ!」

「うおっシンヤかよ驚かせんなってー! って、何だコリャ」

「社長の資産の一部ですって! 積んどいて下さい!」

「おお、わざわざ運んで来てくれてありがとうな…ってお前も乗れよ! 死んじまうぞ!」

「私にゃ怪我した子たちを診なきゃいけないんでー!」

 

 上部の言葉だけだが心配をしてくれるのは有り難かった。その厚意を裏切るのは良心が痛む、と思いながら振り向くと朗らかな顔で手を振る悪い大人の姿が見えて思わず中指を突き立てた。

 廊下を走り抜け、クーデリア達が寝泊まりしていたであろう一室の前で呆然としているササイの姿を横目で捉えては後ろに流れて消えていく。自分でも吃驚のドライブテクニックでドリフトしながら廊下の角を何度も曲がり、タイヤがいつ擦り切れるかヒヤヒヤしながら視線を巡らせる。そして、走っている目的の人物と会った。

 

「ビスケット!」

「サンキュシンヤ!」

 

 すれ違いざまにリモコンを放り投げる。受け取ったことを確認するよりも先にホイールが加速し、襲撃を受けているであろう正面玄関へ移動する。

 

 次第に増えていく団員。悲鳴と叫び声。痛み、苦しむ声。

 

 膝上の鞄が跳ねるように開いた。長い髪を全部後ろに纏めてゴムで縛り、マスクを付け、ボトルから溢れた消毒液を両の手にぶちまけて消毒し、ビニール手袋を装着して叫ぶ。

 

「私が来た! 安心しろ全ての命を救ってやる! 要救護者の搬送こっちに! 動ける奴は全員手伝え!」

 

 予定外の仕事を終え、漸くシンヤはシンヤの〝戦場〟に辿り着く。

 

 

 ――さぁ、治療の時間です。本格治療を開始します、覚悟は宜しいですか?――

 

 

 シンヤの中で思考回路が完全に切り替わり、目の前の患者しか見えなくなる。意識の集中によりそれ以外の一切合切への意識がいかなくなるのが欠点だが、それは何時ものこと。

 腹部に突き刺さったMWの破片を取り除き、破れた血管と皮膚の縫合を済ませて包帯を巻き、次に移る。

 患者は次から次へと舞い込んでくる。シンヤは迅速な判断を下して処置し、それを延々と続けた。

 

「は、速え…」

 

 そして、

 

「すごい…」

 

 既に治療を受け、傍で休み、見守っていた少年たちはその速度に息を飲む。少し動ける彼等はシンヤの言う通り、いつも通りに重傷度が高そうな怪我人から順に並ばせ、車輪付きの担架に載せていた。シンヤが車椅子という固定された位置にいる以上はどうしても不自由という壁がある。そのため、満足に動けないシンヤの代わりに少年たちが上手く怪我人の位置を調整することで、手を伸ばして十分治療行為を行えるようにしていた。形容するならば、工場のベルトコンベアーだろうか。

 無傷であるはずのシンヤが次々に赤く染まっていく。それは単なる言葉遊びではなく、そして同様にシンヤの血ではない、怪我人の血だ。

 本来ならば衛生環境上感染を防ぐために清潔な状態で治療行為に取り組まねばならない。が、肝心な人員が不足し反比例して怪我人が多い以上、仕方のないことだった。

 

「次!」

 

 

 

 

 

 そうやって終わりの見えない治療を延々と続け、遠くで一際大きく、重厚な金属音が響いた。それから銃声と悲鳴が止み、静寂と陽光が差し込む。目の前から患者の姿が消えて漸く全員の処置を終えたことを知る。

 

「ハァ」

「お疲れ様です、シンヤさん」

「あぁ…ありがとう」

 

 目の前の視野が広がり、極度の集中状態から解放されてシンヤは一息ついた。血塗れの手袋を外し、労いの言葉と共にタカキから差し出されたボトルを受け取る。耳に掛かったマスクを引き千切り、ボトルキャップを外し、たっぷり入った水を一気に流し込んで乾いた喉を潤す。気管に入るほど喉頭蓋は衰えておらず、須らく食道を通り抜けて胃を満たし、次第に体内で水分が吸収されていきシンヤに発言の活力が戻る。

 

「労基守れ、スタッフ増えろ」

「おおっと、いつものシンヤさんらしくない口調ですね」

「私だって吐き出したい時は吐き出すさ。ストレスを溜め込むことは体に毒だ。勿論ストレスが無さすぎるというのも問題だがね」

「アハハ…いつものシンヤさんだ」

 

 実際、シンヤはよくやっている方だとタカキは確信している。それこそ、他に医療スタッフがいないにしても数を見れば明らかだった。

 

 浴びた血の数が怪我人の数であり、同時にシンヤを救った数だ。

 

 医療の知識があまりないタカキにはあまり口出しすることが、そもそも口答えすること自体あり得ない。シンヤがいてこそ最低限の医療体制が整っていると言ってもいい。それに誰が文句を付けられようか。

 

「タカキ」

「何?」

「誰が亡くなった」

 

 だから、シンヤのこういう問いは嫌いだった。治療は終わっているため長い髪を纏めていたゴムは外れている。やや俯き加減なこともあり完全に前髪で顔が隠れていて、どんな表情か伺うことができない。

 そんな中での問いが、タカキには重く感じられた。

 

「……シンヤさんは、全員治したよ」

「そうだな、私が処置した全員は、ね」

「……まだ、ちゃんとした人数とかは、出てないけど…少なくとも」

「少なくとも?」

 

 タカキが確認している限りの、亡くなった者の名を告げる。当然、その一人一人はシンヤが診察や怪我の応急処置を施した覚えのある名前ばかりである。

 その数はとてもではないが〝少なくとも〟に該当しない数だった。それだけ、手遅れで間に合わない怪我人が多過ぎた。

夜襲による見回りの狙撃から始まり、雨霰のように迫る砲弾、MWによる数の暴力、極め付けはMSによる蹂躙。中には死体すら確認出来ないほどにMWを潰されているものもあった。

 覚えている限りの全てを読み上げ、タカキはシンヤの様子を伺う。俯きがちの顔には手が添えられていて表情を確認することはできない。

 

 いや、タカキだって見たくなかっただろう。

 

「……そう、か」

「……シンヤさん」

「何かな?」

「シンヤさんには、シンヤさんがちゃんと救った人がいるんです。だからそんなに落ち込まないでくださいよ」

「ハッハッハ、これは一本取られたかな。まさかタカキに励まされるとは。そこまで分かり易く落ち込んでいたかね?」

「それはもう」

「私もまだまだだな、年下に情けない姿を。しかもタカキに、タカキに見られてしまうなんてね」

「なんで今二回も僕の名前言ったんですか!」

 

 シンヤの声に少しばかり活力が灯り、タカキは心の底でホッとしていた。

 人一人救うだけでもタカキたちからすれば大変なことなのに、それを何人もやっているのに肝心の本人が浮かばれないのは、どこか不条理を感じていた。

 シンヤはシンヤなりに頑張っているのに、それこそ死力を尽くして救護に当たっているのに何一つ本人が報われないのは、どこか理不尽に感じていた。

 だからタカキは、言葉を尽くす。話すだけでシンヤの心が晴れるならば、いくらでも投げかける。それはタカキだけでなくてもそうだろう。

 

「そうだぜ先生! 先生のお陰で俺たちまた仕事できるんだからさ!」

「ライド!」

「ハハハ、まるで社畜の塊だなキミは」

「社畜ってなんだよまた難しい単語ー!」

「よぅし、今度は言葉のお勉強でもしようか。そうやって馬鹿にされないようにね」

「主に俺たちをからかうの先生ぐらいじゃんかー!もー!」

「さて、お勉強の前に軽傷者の手当てといこうか。壱番組の生き残りさん達も怪我人いるだろうし」

「ゲェー! あいつらもやるのかよ先生人がよ過ぎ…」

「彼等は良くも悪くも自分一番ッ子だからねぇ。引っ張られるより先に、戦後処理の人手を増やすために弐番組、参番組の怪我人の応急処置を済ませなきゃね」

 

 ありがとう、そういってライドとタカキの肩をポンポンと叩いてシンヤの車椅子は走り出した。その後ろ姿は一人の立派な、男としての背中だった。それを見て、

 

「チックショウ…カッケェなぁ先生」

「やると決めたことをやってるからだよ、シンヤさんが格好良く見えるのは。さ、僕たちも仕事に戻ろう」

「おう!」

 

 

 

 

 

 


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