将来についてわかっている唯一のことは、今とは違うということだ。
「シンヤくん、この案件見てもらえるかい?」
「んん?」
後日、執務室でデータ整理をしていたら向かいのデスクからデクスターの声が掛かった。シンヤは僅かに肩を揺らしながら、デクスターの端末から送られて来たメールを読んだ。
「…護衛の依頼? しかも差出人のクーデリア・藍那・バーンスタインってクリュセ独立自治区の代表の娘さんの名前ですよね?」
「そうなんだ…どう思う?」
「どう思うと申されましても」
端末の上から顔を出したデクスターの眼鏡が頼り無さげにずれる。依頼内容としては普通だが問題はその依頼先。一介の民間組織如きに依頼するくらいであれば、代表の娘の権力を行使すればギャラルホルンといった安全かつ強力な組織に頼んだ方がよい。
何よりも利益と結果が伴わない。とはいえ、
「代表に連絡…は下策でしょうね。普通に儲け話として受け取っておきましょう。マルバさんに話通しておいて下さい」
「いや、でもなんだって指名が参番組なんだろうね」
「…ウチの公式サイトって参番組はどんな紹介でしたっけ」
「『ドブさらい』『使い捨て護衛任務』『家事』『基本何でもやります』あと」
「あと?」
「『生きのいい年若く力の有り余った青年達』がメンバーの欄に書いてある」
「それはそれは、なんともそそる紹介だ」
青年達。そう、青年達である。そしてCGSにおいては最も序列階級が最底辺にある使い捨ての人員。常に欠員と補充が行き来するのが日常茶飯事。
ただし弾除け代わりとはいえ人間である。誰だって好き好んで死に行こうとは思わない以上、依頼主は何が何でも地球へ行きたいらしい。
否、我が身可愛さに目の前の危機から逃げる壱番組よりは信用できるということだろうか。
「その紹介を読んで、その上で参番組を選んだ以上は、それが依頼主のニーズな訳ですからそのまま通しましょう。護衛は火星から地球までですから…ウチの小汚い輸送船『ウィル・オ・ザ・ウィスプ』に乗って頂いて、あとは地球までのルートを案内してくれそうな団体サマに依頼して」
「そうだね、その段取りでいこう。じゃあこの依頼は社長に通しておくよ」
「お願いします。こっちは参番組の連中呼びますので」
「頼むよ、何しろ期日が明日なんだ。準備は早いに越したことない」
そう言って、デクスターはタブレットタイプの端末にデータを移して執務室を出て行った。
「…明日?」
シンヤは端末に残っているデータを今一度確認した。依頼主はクーデリア・藍那・バーンスタイン。送信日は前日の夜。依頼期間は地球到着まで。
開始日は、明日。
「…これは、恐らく親にも話通してないかな」
少なくとも従士の一人は伴って来るようである、対象は二人と記載されていることから本人とあと一人。
再度依頼内容を見て訝しげに画面を睨んだシンヤはキーボードに滑らかに打ち込み、ネットワークからクーデリアに関する情報を検索した。
ノアキスの七月会議。
地球圏で様々な勢力による独立運動を起こす切っ掛け―――と同時に、促進させるカンフル剤となった会議。活動家団体テラ・リベリオニスの代表アリウム・ギョウジャンの推薦により会議への出席を許可。
クーデリアの目的は火星独立運動の推進。対し、親は若干反対の意見あり。当初は夢のまた夢かと思われたが、その言葉と演説から感じられる純粋さ、何よりも火星から失われた人としての尊厳の主張が耳を打つ。ドルトでは低賃金に喘ぎ苦しむ労働者の希望の光。
ネット経由で送られる情報を監査して、簡易的なプロファイリングを行う。
「祭り上げられて、舞い上がったお嬢様? いや違うな」
恐らく本当に実現できるのだと確信しているのだ、とシンヤは考えた。調べてみれば、幼少期に貧民街を訪れその現状をありありと綴ったレポートが提出されている。中途半端に世間を知りつつも、その全容は未だ見えてない。そんな印象を抱かせる人物だった。
そこまで考えれば地雷になることこの上ない人物だった。親はかのギャラルホルンと密接な繋がりを持っている以上、最低一日であっても対応は可能だろう。CGS参番組が殆ど地雷の設置と撤去作業及び
最悪、CGS等という組織などギャラルホルンであれば武力で制圧、若しくは壊滅させるだけの力がある。親がその気になって命令してしまえば言葉の通りに実現するだろう。
「…自分だったらどうするだろうか?」
ここでシンヤは自問自答する。もし自分がクーデリアの父であれば? 奪還して連れ帰る目の上の瘤を態々生かす必要があるだろうか。答えは否、多少のおイタどころでは済まないだろう。あるいは彼女の死という最高の演出によってあらゆる労働者の希望を断つことができるだろう。
少なくとも、親に子への情があろうとなかろうとその恩恵に縋っている以上は容赦しない。
「くだらない…全部想像でしかない」
思考を断ち切った。
もしかしたらただの観光かもしれない。
地球まで行くのは視察目的ではなく青き清浄なる世界を満喫する為であって、本当は親子共々了承済みであって、依頼が急なのは地球で予約している観光スケジュールの関係上仕方ないのかもしれない。ならば成る程ご指名が来てしまうのも無理はない。
そう自己完結して、シンヤは端末から手を離しデスクの上にある一昔前の連絡端末を操作した。コールを掛け、数回してガチャリという電子音と共に年若い、無機質な声が響いた。
『シンヤ?』
シンヤの目的の人物ではない。だが同時に見知った相手でもある。無論、気心の知れた仲ではない。
だというのに、まだ名乗りもしないで掛けてきた人物の名を断定する感性は空恐ろしい。
「やあ三日月、オルガはいるかな?」
『こっちにはいないよ』
「じゃあ…あの
『話は何? 仕事?』
「そう、参番組へ久方振りのちゃんとした仕事なんだ」
『それじゃ、オレがオルガ呼んでくるよ』
「それは助かる。よろしく」
『任せて』
そう言って三日月は連絡端末を切断した。恐らく文字通り格納庫へ飛んで行ったのだろう。時たま、元気に走る三日月の後ろ姿を見ると自由に動ける足が羨ましく思える。
確かに手術の失敗例の一つとして下肢の麻痺、最悪のケースとして首から下が動けなくなることまでは覚悟していたが、決してそれは臨んだことではなかった。
そんな気がする反面、
そう、何度目になるかわからない後悔と葛藤の狭間で揺れながら、シンヤは車椅子の車輪を弄り、また端末に視線を戻した。残りの業務を片付ける為に。