禁忌幻造天楼ザ・ノーブル・イクスペリエント   作:アルキメです。

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序幕

 その人間(愛と野望に生きた者)は、かつて誰かの幸福のために義と成ろうとした。

 悪の身に堕ちても構わないと、人が望むのならば、それを与えるために。

 然し、その身に返ってきたのは恐怖と嫌悪だった。

 

「確かに晩年は惨めであったろうさ。だがそれでいい。

 悪は、悪としての往復を受けただけのことだ。

 その悪党は判断を誤った。その果ての結末だ。

 ――大事なのは過程だ。どれだけの望みを与えてやったか、ってな」

 

 誰かのための口実も、自身のための建前に変わり。

 手段は問わず、善悪を問わぬ悪魔と成り。

 いつかの名誉が憎悪となろうと。

 いつかの希望が絶望となろうと。

 例え悪玉であろうと。

 例え悪夢であろうと。

 自分がどんな化け物に成り果てようと――心は決して、不変()わらない。

 

「だが、この街に――我々の追憶に手を出すと言うのなら、お前は敵だ。切除すべき宿痾だ」

 

 帽子を目深に被り その人間(愛と野望に生きた者)は嗤う。葉巻の紫煙を燻らせながら。

 その双眸に、恐れを知らない決意を宿して。

 

 ⁎

 

 その人間(夢と希望に死んだ者)は、かつては誰かの安寧のために義と成ろうとした。

 燃え尽きても構わないのだと、人々の笑顔を、勇気を、曇らせぬために。

 然し、その身に返ってきたのは嫉妬と非情だった。

 

「私は結局、夢を掴めず、叶えられず、ただかつての燃え滓を集め、それに縋った。

 悔いはある。怒りもある。憎しみもある。実に未練がましさに満ち足りている。

 然し、獣に身を堕とすには、私の魂にまだ――どうしようもなく正義がくすぶり続けていた」

 

 誰かのための信念は、たった一つでも貫くことは難しい。

 それを知りながらも。

 それが不可能であろうとも。

 その人間(夢と希望に死んだ者)は貫かんとしていた。

 己の力などたかが知れようと、強くあろうとした。

 己の限界などとっくに迎えようと、超えようとした。

 例え裏切られようとも。

 例え夢を剥奪されようとも。

 この身がどんなに落ちぶれようとも――魂は頑なで、消沈()えやしない。

 

「乖離した虚像であろうと、誇張された偶像であろうと、私は正義の味方だ。

 この言葉に嘘はない。この気持ちに偽りはない。この魂に騙りはない。

 ――もっとも、多少の驕りはあったのも、また認めざるを得ない事実であるが、ね」

 

 帽子を目深に被り、その人間(夢と希望に死んだ者)は哂う。燃え尽きたような白い髪を撫でて。

 その双眸に、燃え尽きることのない勇気を灯して。

 

 ⁎

 

 ――これは誰かが夢見た特異な歴史。

 ――これは誰かの夢見た異質な時代。

 ――これは誰かを夢見た綺麗な悪夢。

 

もしも(if)あの時(At that time)など在り得はしない。

 しかし、それが在り得たのならば――』

 

 かくては総ての酒類が禁忌とされた束縛の舞台。

 昏き時代に、明るき笑顔。

 連なる摩天楼に巣食う悪夢を打ち払い、やがて正義と言う名の悪魔となろう。

 ここは色彩のない劇場故に。

 

AD.1920 禁忌幻造天楼ザ・ノーブル・イクスペリエント/人理定礎値B

            ~夜に生きた者たち~




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「ピクト人特異点」
の候補でやってみたところ、圧倒的禁酒法特異点だったので書くことになり申した。
こっちもあっちも、書かねば(筆立ちぬ)

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