もし織斑一夏がアリー・アル・サーシェスみたいな奴だったら 作:ナスの森
まるで悪夢を見ているかのようだった。
暴走したアメリカ、およびイスラエル製の第三世代IS、
そのテロ事件により、各国の代表候補生、およびその他無名の生徒が多くの学友や来賓、教員などを失い、来賓達の中には各国政府の幹部すらもが含まれていた。
今現在それにより戦火は拡大しつつあり、いずれ戦争になる事を危惧したアメリカとイスラエルの両国は、突如ある計画変更を下した。
第三世代IS『銀の福音』の過剰戦力化を施そうとしたのだ。
そのISのパイロットになる予定であったナターシャは、当初その計画に反対した。
福音のテストパイロットになる事は、ナターシャにとっての長年の夢であった。
かつての白騎士を彷彿とさせる造形と、天使のような包容さを併せ持つ機体に憧れたナターシャは、ついに福音のテストパイロットになる座を勝ち取ったのだ。
――――あの子と共に空を駈ける、それが私の夢だった。
なのに、テストパイロットになる直前に聞いたのは、その信じられない計画変更である。
本来ならば広域における偵察、および瞬時情報収集と高速飛行を目的としたISは、両国政府の命令によって広域殲滅、特殊射撃型の兵器に早変わりしてしまった。
――――やめて。
代表候補であるが故、政府の命令に我儘を言う事ができない立場ながらも、ナターシャは内心で叫んだ。
――――その子に、人殺しをさせようというの!?
自分はそんな事を望んでなどいない。
まだ未稼働状態の福音を目にした時から、ナターシャは直感的に感じていた。
この子は早く空を飛びたがっているのだ、早く高い空を自由に駆け抜けたくてうずうずしているのだ、と。
――――なのに、どうして殺戮の兵器に変えようとするの!?
理解が及ばなかった訳ではない。
やがて来るであろう戦争に備えて、既存の乗り物が人を殺す為の兵器に作り変えられる事くらい、この歴史上では何度もあったことだ。
だが、理解と納得は別である。
自由な空を飛べる事に変わりはあるまい。
その一方で地上が大量の人の血で濡れてしまうなど、この子が望むものか。
ISだってずっと空を飛び続けていられる訳ではない、帰るべき
なのに、その帰るべき場所が、自身の手によって赤く染められた大地であるなどと、ナターシャからしてみれば想像するだけで吐き気がした。
そんな暗い感情を抱きながらも、ついに『銀の福音』の試験稼働の日がやってきた。
福音が殺戮の兵器に作り変えられる事に、その飛翔速度の外に、その兵装の実験すらも行わなければいけない事に嫌気がさしながらも、「福音を操縦できる」という事に多少その暗い感情が緩和されていた。
ナターシャは、ついに念願の福音に乗る事を達成した。
そこまではよかった。
そして、ついに地獄がナターシャを襲った。
試験稼働中だった福音が突如暴走し始め、それに飲み込まれるようにナターシャもまた体の自由を奪われた。
やがて意識すらも薄れていく中、ナターシャは見てしまった。
如何に主導権がIS側にあるとはいえ、目を閉じようにも、ハイパーセンサーによって否が応でもその光景を見せつけられる。
福音の、この子の帰るべき大地が、他ならぬ福音の手によって赤く汚される光景を、ナターシャは否が応でも見せつけられてしまった。
それはナターシャが前から嫌だと、そんな未来など来てほしくないと思い続けてきた光景が、あろうことか目の前で再演されてしまっていた。
福音のウィングスラスターの砲口から射出されたオールレンジ射撃が、一斉に市民を襲う。
市民は次々とそのエネルギー弾を前に成す術もなく身体を跡形もなく消し飛ばされ、また倒壊した建物などに押しつぶされていく。
ああ、これは夢だ。
酷い悪夢だ。
こんな、こんなのが、あっていい筈がない。
この子だって必死に叫んでいる。
こんな事をしたくないと、操縦者のナターシャに必死に訴えかけているような気がした。
誰か、誰でもいい。
自分はどうなってもいい。
だから――――
(誰か、この子を、解放、シテ……)
その心の呟きを最後に、ナターシャの意識は途絶えた。
◇
「フフフフ♪」
モニターの前のキーボードを高速で撃ち込みながら、束は笑っていた。
心の底から、まるで死んでいるかのような嗤いだった。
モニターの前に映し出されているのは、暴走して都市部の人間を虐殺する福音の姿が映し出されていた。
隣のモニター画面にはその福音のコンディションを示すパラメーターとグラフが表示されており、まるで心電図であるかのような揺れ具合が、この福音の暴走具合を表していた。
「チッチッチッ、あちゃー、ついにやっちゃったねえ、アメリカ君? 事を急いてISの無茶なオーバースペック化を図るからこの束さんに利用されるんだよっと、ホイヤっ!」
茶化すような掛け声と共に最後のボタンを押し終わる。
「まっ、今まで束さんが譲ってやったISコアで散々いい思いさせてやったんだから、これくらいはさせて貰わないとギブアンドテイクは成り立たないよね♪」
最初にISで世界を騒がせておきながらどの口が言うんだよ、とそんな己に内心で突っ込みつつ、束は椅子を動かして、別のモニター室に一瞬に移動する。
自分の主がいた筈の部屋が空になっている事に、緑茶を持ってきたクロエが困惑する声にクスクスと笑いつつ。
「それにしてもアホだよね~。ぶっちゃけ束さんが暴走させる前から福音は急な戦力化を施されて不安定な状態にあったんだゾ? まあ、外付けの要因ではなくコアそのものの問題になるから、コアの解析が進んでない連中からしてみれば何が起こったのか分からないだろうけどさ――――ぶっちゃけ、いつ暴走しておかしくなかったよ?」
猿でもわかるISの作り方とかでも配っておけばよかったかな、と束は可笑しそうに笑いつつ、束はモニターの画面を開く。
そこには緋色のISのデータが映し出された。
「まったく、いっくんもいっくんだよ……せっかく束さんお手製のISを作ってあげたのに、早々に交換してこんなISに乗り換えちゃうなんて。まあ……零落白夜を入れたのは少し露骨すぎたかな、束さんもこれにはちょっと反省かも」
そもそも、束は零落白夜という能力に対して、天才の頭脳らしからぬ色眼鏡を持っていたため、千冬の弟である
だが、そもそも雪片という武器自体、アインの戦闘スタイルには向かなかったという事だろう。
「ハァー、結局束さんも、いっくんのことをちーちゃんの弟としか見ていなかったって事なんだよね、これって……。――――なら、猶更やらなくちゃね♪」
悲しそうな表情から、一転してまたいつものような気の抜けたような笑顔に戻ると、束はモニターのISの解析を続ける。
「ふむふむ、この“ファング”っていうのかな? 使用するBTエネルギーとは別に白式の雪片弐型に使用されている展開装甲を参考にして、凡人なりに発展させているみたいだね。どうしていっくんが白式を渡す前から白式のデータを亡国に売っぱらってるのかはこの際置いておこう、うんそうしよう」
こうも自分が作ったISのデータを必要とあらば簡単に売っぱらうアインに対し、若干こめかみを抑える。
「次に右肩に背負った大剣は……使ってる所は見てないからなんとも言えないけれど、どうやら本体からは独立したPIC展開機構が仕込まれるみたいだね。概ね、PICの重力操作で剣を軽くして、対象に当たる瞬間に重量を増大させて切り付けるのが用途って所かな、敵に当てる瞬間に発動させるという意味では結構零落白夜に近いって……あれ? 待てよ、このISって案外白式の特性受け継いでたりする?」
束は考える。
素体となった打鉄。
武装の基礎データはブルー・ティアーズ。
武装の機構は白式の雪片弐型の発展型。
「ええっとつまり……この機体って打鉄の汎用性とブルー・ティアーズの遠隔操作兵装と白式の試作型展開装甲による三つのデータが合わさってって……これ何て奇跡のコラボレーション!?」
節操なさすぎィ!、という叫びがラボ中に響いた。
「ここにいましたか、束様。緑茶を持ってまいりました」
「お、ありがとクーちゃん!」
その叫びでようやく束の居所を掴んだクロエから緑茶を受け取り、束は礼を言った。
ズズイっと一気に口に飲み干すが、ちゃんと口内全体に緑茶の味が浸透するように運ぶ。
「ぷはぁッ! これで後一年ぐらいは胃が持ちそう、うんうん!」
冗談なのか、それとも
そんな束を見てすこしつらそうな表情になるクロエ。
「……束様」
「うん? なーにクーちゃん」
「その……銀の福音を暴走させる事に、意味はあるのでしょうか? 私はこのまま千冬様と一夏様をぶつけても―――」
「チッチッチッ、まだまだだなぁクーちゃん」
立てた指を振りながら束はそう言う。
「まあ、半分は束さんの落ち度なんだけどね。当初の予定では、ちーちゃんが教師としてアインと接する過程で私が色々介入してあーだこーだしてちーちゃんに今のいっくんを思い知らせる予定……だった……んだけど、ね……ッ」
「束様ッ⁉」
急によろめき始めた束を見て、慌ててクロエは束の身体を支える。
またもや胃の痛みが再発してきたのか、束は息を荒くし、苦しそうな様子になる。が、その胃の痛みもすぐに治まった。
いや、その細胞レベルまでオーバースペックな身体を無理やり活性させて痛みを治めた、という表現が正しかった。
「ええっと、ごめん。それでね、当初はそんな予定だったんだけど、ちーちゃんはともかくいっくんまでもが私の影に気付いちゃったもんだから、おかげで白式は売り払われるわ、いっくんは別の機体に乗り換えるわ、何を仕出かすと思えば学園の生徒達を洗脳してテロを起こすわで……要はいっくんが束さんの予想斜め上の行動を取るおかげで急遽プランを変更せざるを得なくなっちゃったんだ」
自身が束の掌の上で踊らされていると気付いたアインは、とにかくそこから束の予測斜め上の行動を取り続けた。
それが特に顕著になったのは亡国機業が介入してきてからだろう。
スポンサーを得た傭兵は、まさしく水を得た魚と同義だった。
学園中の生徒達を洗脳し、束の親友である千冬の肩書を神に見立てて紛争を起こし、あまつさえそれで千冬に対してこれ以上にない程の精神ダメージを負わせ、戦場を散々好き放題弄んだ挙句にそのままスポンサーの元へ逃げていくアインの手口は、さすがの束でも舌を巻いた。
千冬や束が人間を超えているように、
「私はまだ、計画の第一段階すらクリアしていないんだ。『ちーちゃんにアインがいっくんである事を分からせる』という目的を達成できていないの」
「……」
「ちーちゃんは、アインの、いっくんの狂気を嫌という程垣間見たけど、それでもいっくんが……アイン・ゾマイールが織斑一夏であるという事を認めてない。だから、認めさせないと、ね?」
「その役目が福音であるという事ですか?」
「ああ……うーん、福音は、その役目というよりは――――」
その引き合わせ役、みたいなものかな?
◇
亡国機業のとある地下基地。
そこの、IS学園のモノに似たアリーナ広場で二機のISが訓練をしていた。
一機は橙色のリヴァイヴ、『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。
そしてもう一機は蝶のようなシルエットを持つ蒼いIS『サイレント・ゼフィルス』である。
アインの伝手を得て多くのモグリのIS技術者を取り込んだ亡国機業は、新たなテスト・パイロットとしてシャルロット・デュノアを雇い、こうして新兵装の実戦テストを実働IS部隊の一員を相手に行っていた。
(――――ッ、回り込まれた!?)
テスト相手であるサイレント・ゼフィルスのパイロットが、自分の得意分野である高速戦闘で上回ってくる事に驚きつつも、シャルロットは冷静に別の新兵装を拡張領域から呼び出して応戦する。
拡張領域内の武装全てを新兵装と差し替えられているにも関わらず、ここまで器用に使いこなし、状況に応じて使い分ける事が出来るシャルロットの技能は、まさしくテストパイロットをするにはうってつけの物だった。
しかし、相手が悪いと言うべきか、相手が18番であるビットをまったく使ってないにも関わらず、こうしてシャルロット相手に優位になっている時点で、シャルロットとこのゼフィルスのパイロット、エムとの間にどれだけの差があるかを痛感させられる。
エム側としては、あくまで新兵装の性能テストであるため、敢えてその兵装の用途に合わせるような立ち回りで、まずはシャルロットにその兵装を使わせる事を優先し、その上でシャルロットを上回ってくる。
IS乗りとしての格が違いすぎる。
やがて。
「ぐぅッ!」
まるで興が冷めたと言わんばかりに、エムが振るった銃剣がシャルロットのむき出しの生身の部分を切り付け、それを境に一機にSEが持っていかれ、やがてその数値はゼロを示した。
「ふん、この程度か」
鼻で笑うかのような嘲笑、それと共に性能テストは終了した。
エムとしても、記憶した新兵装は粗方シャルロットに使わせた腹積もりである。後は向こうがきちんとしたデータを取れていれば、自分の用はこれで済む。
「……」
ふと、エムはISを展開したまま膝を着いているシャルロットを見下ろす。
そこから感じられるのはただひたすらの無気力、諦観、それだけだった。
こうしてIS兵装性能テストが終わり、ピットの更衣室にてシャルロットは着替えていた
「ハァ……」
口うるさい変態技術者から解放された事に安堵しつつ、溜息を吐く。
口五月蠅いとはいうが、それはシャルロットを貶すような罵倒ではなく、大勢の技術者がハァハァと興奮するような息を吐きながら、「新兵装の性能はどうだった?」とか、「改善点は見つかったかい?」と一斉に問い詰めてくるのだ。
アインのISに搭載されているファング・ビットとやらもどうやら彼らが開発したものであるらしいが、あれ程までとは思わなかった。
デュノア社のテストパイロットを務めていた頃でさえ、あのような技術者はいなかったというのに、彼らは元モグリの技術者であるためか、遠慮というものがない。
彼らもかつては正規のIS技術機関に所属していたのだが、その頭脳と何処か周りとズレた感性故に周りとかみ合わず、モグリの技術者となったらしい。
「まあ、いいけどさ……」
諦観にも似た心境で、シャルロットは俯く。
今の生活に不満はない。
きちんとと衣食住も提供され、己の技能を生かせる職にも就くことが出来ている。
あくまでテストパイロットであるが故、アインやオータム、エムのように実戦の場に駆り出されることも少ない。
自分がここに所属するまでの過程を省みなければ、シャルロットにとって今の生活に不満はなかった。
「……ッ」
自分が犯した罪を振り返ってしまったシャルロットは即座に思考を振り切る。
仕方なかった。
自分は今まで生きる為に、選択せざるをえない選択肢を選んで生きてきた。
今回も、ただのその選択に他人を巻き込むかそうでないかの違いがあるだけだ。
自分は、仕方なくやった。
断じて望んでやったわけではない。
だから、自分は悪くないのだ、決して……。
「いや……違う。僕は、やってはいけない事を、だけど……!」
いっそ、あの男に脅迫された時、おとなしく殺されていればよかったのではないか? そんな思考がシャルロットの脳裏に浮かぶ。
そうすれば自分もこんな思いをせずに済んだ。
あんな惨劇を、自分の罪として背負う事もなかった。
けど……自分がどんな選択をしたところで、あの惨劇はどの道起こっていた。ならば自分がどんな選択をしたって悪くはないではないか。
「だから……僕は……悪くなんて、悪くなんて……」
「常々思っていたが、相変わらず面倒くさい女だ」
突如、横から、聞き覚えのない声が聞こえた。
「ッ!?」
突然、気配もなく声を掛けられたことに驚いたシャルロットはそのまま声がした方向に振り向いて身構える。
そこには――――
「君……は、サイレント・ゼフィルスの……?」
「テストパイロットの身に甘んじ、あまつさえ己がした事について未だに悩んでいるとはな」
声を掛けてきたのは、あろう事か、先ほど自分が戦っていいようにあしらわれた挙句に撃ち負けた対戦相手、サイレント・ゼフィルスのパイロット、エムだった。
何故か織斑千冬と似たような容姿をしている事に、シャルロットは何か訳ありなのだろうと思い、なるべく互いに干渉しないようにしてきたが、今日になって初めて彼女から話しかけられた。
「屍とは、己の後ろに自然と積みあがっていくもの。一々気にする必要がどこにある。無様に散っていった奴等にかける情など何処にある?」
「それは……」
「貴様は私やアイツが起こしたあのテロに加担した。貴様が当然のように選んだ選択だ。人が生きるという事は、他の誰かの命を大なり小なり奪うという事だ。何故そのように気にする?」
「加担してなんていない、僕は――――!」
「自分は悪くない、か?」
言おうとした台詞を先に言われ、シャルロットは言い淀む。
まるで尋問のようであった。
何故今までお互いに不干渉だった少女がいきなり、自分にこうして詰め寄ってくるのか、それがシャルロットには理解できなかった。
「悪くないと思うのなら、何故そのように背負い込む。自分は間違ってないと思いながら、その癖が自分がした事を罪と認めて背負い込もうとする……見ていて滑稽だぞ?」
その言葉に、シャルロットはとうとう耐えきれなくなり、このエムと呼ばれる少女に怒鳴り始めた。
「――――ッ、君に何が分かる!? 何の選択も許せなかった僕の事が、君に理解できるの!? 僕は君みたいな人殺しじゃない……人殺しに……なりたくなんてなかった!! それを後悔して何がわる――――」
「黙れ」
瞬間、シャルロットの首が掴まれ、そのまま壁に叩きつけられた。
ドォン。 その華奢な体つきからは信じられない程の腕力に、シャルロットは成す術もなかった。
「アッ、ガッ……!?」
「貴様を見ているとイライラする。自分が悪くないと思うのであれば、何故そのように背負い込む。己をこのようになるまで追い込んだ者を憎いとは思わないのか?」
「に……く、い?」
「そうだ。己を選択の余地のないまでに追い込んだ元凶。常に最悪の選択を取るしか手段がないような状態にまでに貴様をおいやった者。己がした事を背負い込む気がないなら、何故そのように追い込んだ者を憎いと思わない?」
「……」
「何故、そいつらに対して復讐しようとせず、テストパイロットの身に甘んじているのか、本当に理解に苦しむ」
「グ、ぎぃッ……」
自分の首を押さえつける、エムの腕を必死に引き離そうとしながら、シャルロットは考える。
――――僕の、復讐したい、相手……。
確かにいる。
己に自由を与えず、まるで母親が死んだタイミングを見計らってたと言わんばかりに自分を無理やりISのテストパイロットにし、こうして犯罪まがいのことをさせて学園へ放り込んだ両親。
確かに憎かった。
けれど、彼らも長くはないだろう。
今回のテロ事件で、デュノア社はもうその株価を大きく暴落させている。このままいけば一年かそこらで倒産待ったなしだろう。
己が手を下さずとも、あの両親はいずれ地獄を見る事になる。
だから――――復讐したいなんて、ちっとも――――。
「それはただの怠慢だな、負け犬にすら劣る。
ドクンと、心臓が跳ね上がった。
己の手で、地獄を見せる。
今まで向こうが散々己を縛り付け、まるで捨て駒のように自分を男性と偽らせて学園に放り込んだように、今度は自分が向こうに対して地獄を味わせたい。
それは間違った感情ではない。
己の感情に従って行動するのは、まさしく人間がすべき生き方そのものだ。
「ぼく、は……」
瞬間、シャルロットの目が濁っていく。
首を絞められる事による苦しみからではなく、それは紛れもなく“憎しみの脂”が渦巻く瞳へと。
その時だった。
『聞こえてるかしら、エム。新しい任務よ、至急部屋へ来てちょうだい』
突如、無線機から入って来た音声と共に、エムはシャルロットの首を乱暴に放した。
『ゲホッ、ゲホッ!!』
「……少しはらしい目になったか、シャルロット・デュノア」
首を押さえながら、苦しそうに咳き込むシャルロットを一瞥するエム。
そこから微かに、己と同じ匂いがしてきている事を感じ取ったエムは、薄らとほくそ笑みながら、スコールの所へと向かった。
◇
「ああ、姉さん。やはり貴女は私を選ぶべきだったんだ」
憎しみの脂に染まり切った目で、少女は呟く。
「見ただろう姉さん、あの男の堕ちっぷりを。姉さんの傍にいたばかりに、壊れてしまったあの男を……!!」
忌々しいあの男の顔を思い浮かべる。
己ですらドン引きする程の所業を、易々と行って見せるあの悪意のカタマリのような男を。
「私を選ばなかったから、貴女は両方を手放すハメになった」
その選択は、間違っていた
少なくとも、自分を懐に置いていれば。どちらかが壊れるだけで済んだ。
「どんな気分だ、姉さん。一方を護ると誓い、その一方を自分の所為で壊してしまい、両方を壊してしまった気分はどうだ? 最悪か? 吐き気がするか? 身震いするか? 目を背けるか? ああ、早く顔を見たいぞ姉さん……苦痛に塗れた貴女の顔が!」
あの時、エムがIS学園に入った段階でアインを迎えに行かずにアリーナに直行していれば、エムにとって千冬の最高の表情が見れたであろうことを、エムは知らない。
エムはまだ
「フフフ、ハハハハ、殺す、コロシテヤル。お前達、二人とも。苦痛の刃にもがき苦しんで私のために死んで行け……!」
私を捨てた事を後悔しろ。
私を選んでいれば、少なくとも今よりマシな結果になっていた。
両方が狂わずに済んだ。
――――だから、精一杯苦しんで死ぬがいい、織斑千冬!