球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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『いろいろな重要イベントを発生させ忘れている僕だけれど、ギャルゲーの場合はバッドエンドまっしぐらだよね、これは。でも、これはゲームじゃない。僕に限ってトゥルーエンド以外はありえないんだぜ』


九話 神とは

  閉鎖された世界からの帰路。エンジンの作動に伴い、一定のリズムで座席が揺れて、高速道路を照らすランプが等間隔で過ぎ去っていく。スマホの地図アプリでも開かない限り、今僕らを乗せて走るタクシーがどこにいるのかなんてわからない。ただ、兵庫県のどこかであるとは思う。すっかり夜の帳が下りたことで、日中以上に場所がわかりづらい。見知らぬ街ってさ、やっぱり気味が悪いよね。隣に座る古泉君は一仕事終えてどこか満足気だけれど、僕的には眠気と格闘するので精一杯だ。ちなみに、この眠たくなる現象には名前がついていて、ハイウェイ・ヒプノーシスだか言うらしい。主に運転手の眠気を誘うもののようだけど、後部座席だって眠いものは眠いのさ。いっそ古泉君の膝を枕にしてみるのも悪くなさそうだ。程よく鍛えてありそうな彼の膝は、枕の役目を十分に果たしてくれることだろうし。ま、どことなく身の危険を感じるから、実行はしないけどね!

 

「……3年前です。」

 

  僕に膝を見つめられているのを知ってか知らずか、古泉君が口を開く。

 

『3年前?』

 

  ていうと。僕がまだ純情な男子中学生だった頃だな、懐かしい。あ!今日この頃の僕も無論初心だけれどね。それはそれとしても、めだかちゃん達と過ごした輝かしい日々は、まだ昨日のことのように思い出せるよ。で、3年前がどうかしたのかい?いっちゃん。

 

「僕が。……いえ、僕たちが先程の特殊な力に目覚めたのは、今から3年前に遡ります。ある日突然、僕らは自分が能力に目覚めた事と、その使い方について知りました。」

『なるほど。君のスキルは誰かに与えられたタイプだと。ふーん、つまり君達にスキルを譲渡するスキルを持った何者かがいるってことか』

 

  安心院さんのスキルの一つに、人にスキルを貸し与えるものがある。それと似た感じかな。けれど、誰が一体なんの目的で古泉君達にスキルをあげたんだろうか。自分のスキルを人にあげるのは、基本的にメリットよりもデメリットのほうが多い。喜んで自らスキルを渡す存在なんて、平等主義者くらいなものだって認識なのだけれど。もしくは、古泉君達にスキルを分け与えたのも、安心院さんだったりして。

 

「素晴らしい。拍子抜けするほど、理解が早いですね。……いえ、僕としては助かるのですが、球磨川さん。まさか貴方にも似たような経験があるのでしょうか?」

『ないよ?』

「おや、それは意外な返答ですね。今の受け返しは、かなり超能力に詳しくなければ不可能だと思ったのですが」

 

  前触れもなくスキルを習得してるだなんて。あるわけがないじゃないか、そんなの。目が覚めたら自分の中に謎の力が芽生えているとか、怖すぎて想像もしたくないよ。スキルってやつは、苦労して手に入れるからこそ意味があるのであって、人から譲り受けたりしたって愛着の【あ】の字も湧かないぜ。楽して得た力というやつは、多くの人は簡単に行使してしまうものだしね。お金しかり、スキルしかり。証拠に、僕は【はじまりの過負荷】には愛着があるけれど、安心院さんから譲り受けた【手のひら孵し】そのものには、そこまで入れ込んでいないんだよ。

 

『古泉君さぁ。さっきの超能力がある日いきなり暴走する可能性って、考えたことがあるかい?』

 

  そう、例えば僕の中にある新たなスキルのように。気をぬくと、世界そのものを無かったことにしてしまいかねないとかさ。

 

「いいえ。その点については考慮するまでもありませんから」

『へえ?大した自信だね。』

 

  今日この場ではともかく、能力が発現した数ヶ月は不安が生じても変じゃない。むしろ危険性を考えないほうが不自然なくらいでしょ。

 

「それなりの根拠があるんですよ。僕がこの力を信頼するに足る、ね」

 

  古泉君は得意げにこちらを伺う。

 

『その根拠って?』

 

  気になるといえば気になるから、仕方がないので聞いてあげた。

  古泉君が続けた言葉は、ここまでくると想像の埒外ってほどでもなかったけれど。しかし少なからず、僕の中の価値観を変えるだけの何かは確かにあった。

 

「涼宮ハルヒによって、この力は与えられたのです」

『な、なんだってー!?』

「冗談ではありません。球磨川さん、貴方は既に彼女が具現化した奇跡を目の当たりにしています。ならば、さらに不思議の一つや二つ追加されても、違和感はそれほど感じないのではありませんか?」

 

  古泉君は性懲りも無くハルヒちゃんの名前を出してきた。いや、違和感ありまくりだけど。ありまくりんぐって感じだよ。

 

  するとなにかい?ハルヒちゃんには、閉鎖空間を作り出して自由に出入りできるスキルと。神人を生み出すスキル。更には赤い玉になれるスキルがあって、オマケにスキルを譲渡するスキルもあるっていうの?単なる普遍的な女子高校生にしては欲張りセットが過ぎるってものさ。

 

  僕の、信じられないといった表情を笑顔で受け止めて。古泉君は前髪を人差し指で弄びつつ

 

「そうです。人では到底なしえない事ばかり。有史以来、彼女のような人間はいない。我々の組織が調べた限りでは、ですが」

 

  有史以来?安心院さんがいるじゃん。古泉君の組織とやらがどの程度の規模かはわからないけれど、案外捜査能力がないんじゃない?

 

 ……いや。でも安心院さんは、人間では無いか。だから除外したわけね、納得。

 

「しかし、この世にはどんな奇跡を起こしても不思議ではない存在がいますよね?人間では不可能だとしても、その存在ならば不可能も可能にしてしまうような。」

 

  うん、これは安心院さんだな。

 

『ぁ…』

「そう、我々はそのような存在を神と呼びます」

 

  【安心院さん】と発声する前に答え合わせをされちゃったぞ。シンキングタイムを設けてくれないだなんて、古泉君にはドッキリ仕掛け人の才能も無ければ司会者としての才能も無いと見た。

  今度の回答には自信があったのに。もっとも、古泉君が用意していたアンサーとは違ったみたいだな。神になるスキルを持つ安心院さんなら、正解みたいなものだろうけど。なんなら、複数正解を認めてくれてもいいくらいじゃない?

 

『ハルヒちゃんが神だって?謎の空間を作り出し、怪物を生み出すだけでは、全知全能とは程遠いように思うけれど』

 

  事実だよね。神様って、もっと凄いイメージだよ。別世界を生み出すのだって大変素晴らしいとはいえ、神は言い過ぎ感がある。せいぜい、ドラゴンボールでのカリン様くらいじゃね?

  おっと。カリン様だと仙豆が便利過ぎて貢献度が高いから、やっぱりミスターポポにしとこっと!

 

「これは失礼しました。涼宮さんを語るには、兎にも角にも彼女が持つもっとも強大な力について話しておくべきでしたね」

『あ、まだあるんだ。そうこなくちゃね』

 

  ここまで、乗りかかった船だ。いっそどこまでも突き抜けてくれた方が面白いよ。なんだったら、安心院さんを倒せるかもしれないレベルだと嬉しいかな。

 

  果たして。古泉君の言葉は。

 

  「涼宮ハルヒには、願望を実現する能力がある」

 

  僕の予想をちょっぴりだけ上回る、しかし想像の範疇程度の、なんとも微妙なものだった。

 

『へぇ、すごいね』

 

  落胆が過ぎたかな?言葉も態度も、あまり凄いとは思っていないのが丸わかりな代物になってしまった。

 

「涼宮さんは非日常を渇望しています。宇宙人や未来人、超能力者のような存在が現実にいて欲しいと願った。だから僕がここにいる。」

 

  うん。超能力者がいて欲しいとハルヒちゃんが思ったが故に、古泉君は力を与えられたってことね。願望を実現するスキルを発動して、現実に超能力者を生み出したと。そういう線か。要するに古泉君の能力は、直接スキルを貰ったのではなく、ハルヒちゃんがスキルを行使した結果生まれた副産物ってわけだな。世界の方がハルヒちゃんの願いに帳尻を合わせてくれるなんて、なんとも便利だね。

 

「長門有希や朝比奈みくるも同様に、涼宮さんにいて欲しいと願われたから存在しているのです。考えても見てください?我々のような超能力者や、朝比奈みくる。長門有希のような存在が都合よく一堂に会するかのように登場するでしょうか?」

 

 ……うん?ちょっと待ってよ。超能力者である古泉君はまだいいとして。有希ちゃんやみくるちゃんの登場はどうしたことだ?それもハルヒちゃんが、同じ部活のメンバーに貧乳メガネっ娘と巨乳ロリっ娘がいて欲しいと願った結果なの?

 

  ノーマークだったヒロイン達の登場に僕が目を白黒させていると。古泉君は「しまった」みたいな顔をゼロコンマ数秒した後に、気合いでいつものイエスマンスマイルを取り戻した。

 

「んふっ、これは失礼。どうやら、その様子だと僕が一番乗りだったみたいですね。いえ、いずれお二人からもアプローチがあるでしょう。その時にでも、僕の発言の真意がわかると思います」

 

  ……ふむ。有希ちゃんやみくるちゃんにも、ハルヒちゃんに願われる要素があるってことかな。

  せいぜい、腕力が強いくらいしか有希ちゃんの取り柄は無いし、みくるちゃんに至っては特別注目すべき点さえ見当たらないけど。

  近いうちにアプローチがあると古泉君は言う。

 

  長門有希ちゃんに、朝比奈みくるちゃん。今回みたいな不思議体験ツアーが、あと二回もあるってこと?あ、キョン君も入れたら三回か。……そういえば、眉毛の人も僕にちょっかいかけて来たのは、あの人ももしかしてハルヒちゃんに関係ある人だったのかな?無かったことにしちゃったから、たとえ関係があっても最早関係ないけどね。

 

  話込んでいるうちに、気がつけば自宅の前までタクシーがたどり着いていた。

  えっと、住所とかって何処からバレたのかな。別にいいけれど。

 

  僕は戸惑いつつ、開いたドアから自宅前に降り立つ。

 

「今日はありがとうございました。これで少しは、僕の事情を知ってもらえたかと思います。球磨川さんには第二のイレギュラーとして、出来れば僕の味方になって欲しいと考えています。情報過多でお疲れ様でしょうから、今晩は早めに就寝なさって下さい」

 

  また放課後に。

 

  古泉君はそう別れを告げて、タクシーに乗ったまま小さくなっていった。

 

  第二のイレギュラー…?僕をそう呼んだけれど、一体なんのことかな。第二ってことは、第一もあるとか?

 

  しかし、ハルヒちゃん。

  君が持つのは願望を実現するスキルか。なんだいそれ。フワフワした説明で、具体的な効果は不確かだけれど。僕にとって一番大事なのは、そのスキルで安心院さんを倒せるかどうかだ。けどなぁ……。どうせあの人なら、平気で上位互換のスキルを持っているんだろうな。

 

『……いやいや。否定から入るのはよくないね』

 

  まずは、情報収集だ。明日さっそくハルヒちゃんと戦って、スキルの見極めをしなくては。

  その前に、ハルヒちゃんにどんなスキルか聞いてみよう。一方的に情報の開示を求めるのはフェアじゃないね。ま、鉛筆や消しゴムを無かったことにして僕が先にスキルを披露すれば、不公平でもないだろう。

 

  長距離のタクシーで眠さ最高潮なこともあって。僕は古泉君の言いつけ通り、いつもより1時間は早くに布団へと入ることにした。

  適度な疲労感によって、目を閉じて数秒で眠りの世界に誘われていくのは喜ばしいのだけれど……もうちょっと布団の中でまどろみたかったような気もして、少し勿体無さも感じる睡眠導入となった。




「古泉。あまりにも説明を簡略化し過ぎです。」
「すみません森さん。このあたりの説明は、読者の方なら数十回と聞いている筈なので簡単にと思いまして。」

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