球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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七話 閉鎖された世界で 前編

  我が国日本には国民の義務として「教育を受けさせる」というモノが存在する。これは大人が守るべきルールであって子供の側からしたら勉強するもしないも自由なのだけれど。子供視点では教育を受ける権利こそあれ、義務は無いし。でも、その自由意思とは関係なく、全国の中学校では基本的に生徒のアルバイトを許してはいないみたいだね。学生の本分は勉強なんて言うように、バイトすれば本業の学業が疎かになると危惧されているのが禁止の理由らしい。一部の例外として牛乳配達や新聞配達はあるそうだけれど……まあ大概の学生は高校生になってようやく好きにアルバイトが出来るようになるってことを僕は言いたい。

 

  古泉君はSOS団の活動が終了するやいなや「バイトがある」とか言いながらそそくさと帰路についていき、バイト先が気になって気になって辛抱堪らなくなった僕は、今現在彼の後をこっそりついていっちゃってるのでした。古泉君も一般的な日本の学生なんだし、彼は恐らくバイトを始めて間もないくらいだと思う。転入前に違うバイトをしてた可能性はあるけれど、今の学校に来てからは初の仕事場だろうね。だからこそ、あれだけ意気揚々と自発的にバイト先へと嬉しそうにスキップ混じりで向かったってわけだ。お金を自分で稼ぐ、そうした社会活動に参加できることで自尊心が満たされているのかもね。

 

  我らが北高には。スポーツをはじめ、音楽に美術系、各委員会などなど。バラエティに富んだ部活動がたくさんあって、多くの学生は二度とない青春を何か一つの物事に一心不乱に打ち込んだりするのが割とよく見るパターンだろうけれど。SOS団随一のイケメン。古泉一樹君は部活だけでは飽き足らず、どうやらアルバイトとの二刀流に挑戦しているようだった。欲張りさんめ!一度しか無い人生なんだし、ともあれ古泉君がやりたいようにやれば良いんだろうけれど。活発な彼に刺激されたのか、なんだか僕も二刀流でメジャーに挑戦したくなってきたよ。となると、今すぐにでも野球部へ入部するべきなのかもしれないな。高校生から野球を始めてプロになった人もいるんだし。

  野球といえば古今東西マネージャーとの恋物語がつきものだから、南ちゃんを甲子園へ連れていくべく、僕の双子の弟であるところの【(そそぎ)】には、交通事故で他界してもらう必要もあるね。おっと!南ちゃんは最終的にはマネージャーではなかったかも。

 

  とまぁ、このように。巻き戻し不可能な貴重この上ないモラトリアムをどう過ごすかって点では僕もまだまだ決めかねている最中で。SOS団で面白おかしく過ごす道もあれば。それこそバイトでもして仕事に汗を流し、そこで出会った年上お姉さんと恋愛に発展する可能性を追う道も選択肢としてなくは無い。

  なんだって学校以外の異性との繋がりというヤツに強く心惹かれるんだろうか、高校生ってのは。同級生が知らない大人な女性との交流。響きだけでもう昂りを抑えられそうに無いよ。え?安心院さん?

  ……なるほど言われて見たら僕しか知らない大人(?)な女性に該当する可能性が僅かばかりあるようだな。ただ、あの人に限っては例外も例外さ。みんなだって内心わかっているだろ?

 

  差し当たって。今日この時は、古泉君のバイト姿を拝ませてもらうとするよ。彼の働きぶりを見て、僕もアルバイトに手を出すべきかの決断の一助とさせてもらおうかな。

 

「ええ、ええ。今日はそちらでしたか。では、僕もこれから向かいます。ご迷惑をおかけしますが、森さんには先に対応して頂けると助かります。……はい、では後ほど」

 

  携帯で通話しながら、夕暮れの人混みを縫っていく古泉君。この方向は、駅でも目指している感じかな。会話の内容はわからないけれど、バイト先で何かしらトラブルが発生しているような口調だったね。「今日はそちらでしたか」とか口にしてたけれど、どちらなのかな。僕は一体、おいくらの切符を買えばいいのだろうか。

  ……なんてね。電車で追跡する際も、今は便利になったものさ。だってICカードにチャージしておくだけで乗り換えも楽々になっちゃったんだから!ひと昔前なら、対象に合わせて余裕を持って、少し値段が高い切符を買ったりしなきゃ行けないところだよ。そう思うと、今ってかなりストーカーに優しい世界になったものだ。かがくのちからってすげー!だね。

 

  僕が慌てて、いつ頃を最後にチャージしていたかあやふやなICカードを財布の奥底から取り出したところで。

 

『……ん?タクシー乗り場?』

 

  すっかり電車で追いかけるつもりだった僕の出鼻をくじくように、古泉君はタクシー乗り場へと進行方向を変えた。

  しかも、乗り場で待機していたタクシーでは無く、少し離れたロータリーに停車していた黒塗りのタクシーに乗り込む。なにさ、予約でもしてたわけ?なら、学校前まで呼べば良かったのに。先頭でドアを開けてウェルカムしたタクシーの運転手さんが可愛そうじゃないかっ!

 

『っと、このままだと見失ってしまうね……』

 

  せっかくなので、古泉君をウェルカムしてスルーされたタクシーに、僕が乗り込むことにする。

 

『よろしくお願いしまーす!』

 

  ふかふかのようで固さもある。けれど座り心地は良いシートにお尻を沈め、僕は運転手さんに一礼した。メガネをかけた、この道何十年のベテラン運転手さんみたいだ。助手席の後ろに自己紹介のプレートがあるから、名前と顔をセットで覚えられた。何々、運転手は田丸圭一さんか。良い名前だ。僕の今後の人生では一切必要無いだろうけど、覚えておこぉーっと!安全運転で頼むぜ、田丸さん。

 

「どちらまで参りましょう?」

 

  にこやかに、後ろを振り返る田丸さん。

『前のタクシーを追って頂戴!』

「……かしこまりました!」

 

  僕の、ドラマでよく聞くおふざけとも取れるセリフに、田丸さんは全く顔を引きつらせたりせずに了承してくれた。なんなら、僕がそう言うのを待っていた感さえあった。田丸さんは華麗なクラッチ捌きでロータリーを後にする。加速のスムーズさは、さすがプロといったとこかな。気を抜いたら寝落ちしてしまいそうだよ。チャーリーブラウンか誰かが、【車の後部座席で眠れるのは子供の特権だ。】的な発言をしていたけれど、大人になろうが。後部座席で眠りたいならタクシーに乗ればいいんじゃね?

 

  にしても古泉君。バイト先までタクシーとか、とんだブルジョワなんだね。てゆーか、バイト代とタクシー代が相殺しちゃわないのかな?お父さんがタクシー運転手で、送り迎えしてくれてるって説ならまだ理解は出来るけど!

 

 ー45分後ー

 

  タクシーに揺られること、小一時間。先導する古泉君が乗車したタクシーが路肩で停車した。……やっと停車してくれた。いやはや、よもや高速道路に乗っちゃうとは。これは幾ら何でも予想の斜め上だったかな。一体全体、何十キロ走ったのやら。料金メーターには、目を逸らしたくなる数字の羅列が。うん、僕の所持金をゆうゆう超えているぞ、どうしたものか。

  そもそも、バイトにしては通勤時間かかり過ぎだよね。帰りも同じ時間をかけて帰ると考えると、僕は古泉君にバイト先の変更を真っ先に提言したい。この金額、しかも往復分を稼ごうとするなら、ホストとかじゃなければ不可能でしょ。

 

『……あれ?』

 

  車に若干酔って、タクシー料金にも目眩を覚える僕の気苦労を知ってか知らずか。古泉君はニコニコ顔で、なんと後続の僕が乗ったタクシーまで歩み寄ってきた。田丸さんは呼応するように、料金未払いにも関わらずドアを開放して。そのまま古泉君が、後部座席に乗った僕へ手を差し伸べてくれた。

 

「やあ、球磨川さん。こんなところで会うなんて、えらく奇遇ですね」

『……あれれ、もしかしてもしかすると。古泉君ってば、僕の尾行に気がついていたのかい?』

 

  だとしたらやや驚きだ。これでも、気配を消して後をつけていたのに。古泉君の他に、周囲に気を配る人間でもいたなら話は別だけれど。たかが高校生に、護衛なんていないだろうし。あと、ドアを開ける前に田丸さんが古泉君と意味深にアイコンタクトした気がする。まさか、このタクシーも古泉君が予約済みだったとか?

 

「んふっ。それも含めて、少々お話ししたい事があります。よければ散歩でも如何でしょう。車酔いには、風を浴びるのがオススメですよ」

 

  話しながら、何やら真っ黒いカードを支払い用の端末に通した古泉君。すると、メーターの数字はリセットされる。

  なんだい、その、高校生が持っていてはいけなそうなカードは!それよりもそんなカードがあるなら、僕に裸エプロン本の一つや二つ、買ってくれてもいいんじゃない?

 

「残念ですが、これは使える場所が限られていますので」

 

  ニコニコ笑顔で、古泉君はブラックカードを胸元にしまい込んでしまった。本当に残念だよ。

 

『それで古泉ちゃん。というか、一樹ちゃん。なんなら、いっちゃん。君のバイト先はどこなんだい?学校帰りに寄るにしては、いささか不便だと思うのだけれど』

「ついてからのお楽しみにですよ。しかし、球磨川さんを失望させる事は無いかと。ただ、今後貴方がアルバイトに精を出すか、SOS団の活動一筋になるか。そのご決断をするにあたり、参考となるかどうかは保証しかねますが」

『へぇ?』

 

  僕が古泉君を尾行した動機までバレてら。あれ、これはひょっとすると心を読む系のスキルでも使用しちゃってるかい?まあ、こっちからの質問は、彼のお話しとやらを兎にも角にも聞いてからだね。

 

『それでそれで?古泉君の話って何かな。思い返せば、こないだキョン君からは逆に【話があるのか?】なんて尋ねられてしまったけれど。話があるとは言いつつ、君もまさか僕にお話しさせようって魂胆ではないだろうね?』

 

  古泉君はここに来てようやく、微動だにしなかった笑顔を引きつらせ。

 

「なるほど……。あの日、彼が球磨川さんを連れ出したのはそういう事でしたか」

 

  なんだか、いきなり思考モードに突入されてしまった。と思いきや、すぐさまスマイルを取り戻して古泉君は歩みを再開した。

 

「球磨川さん。涼宮ハルヒさんについて、どう思いますか?球磨川さんにとっての涼宮さんとは、どういった存在なのでしょう」

 

  神妙な面持ち。まるで、好きな女の子が被ってないか探りを入れているような聞き出し方だね。ハルヒちゃんを、さては好きなのかな?いっちゃんは。

 

「魅力的な人だとは思いますが……。そういう恋愛感情はひとまず置いてもらって。球磨川さん、貴方が彼女に近づいた理由を教えて頂きたいのですよ。以前、校門でもお話しさせてもらいましたよね?貴方の存在は謎に包まれていると。」

『あー、いずれ話す機会がってヤツ?今日がその日ってワケ?』

「正直申しますと、球磨川さん。貴方はとんだイレギュラー因子なんです。本来なら、ここにいる事さえおかしな存在……。それが貴方です」

『え?うわっ、それはいくら僕でも傷ついちゃうよ。存在を全否定されるだなんて。あまりの悲しみに、世界を消し去りたくなってしまいそうだぜ』

 

  長門有希ちゃんに命名してもらった僕のスキル。

【大嘘憑き】なら、世界そのものをなかったことにできる。

  悲しい時、一般の人はよく「この世から消えたい」という思考に陥ると聞く。過負荷な僕から言わせてもらえば、自分が消えても世界は何事もなかったかのように続いていくのは業腹でね。だったら世界もろとも消すのが正解でしょ。

 

「すみません、言葉選びを間違えたようですね。決して貴方を否定しているのでも、責めているわけでもありません。ただ、貴方のことをもっと知りたいのですよ。同じ、SOS団の仲間としてね」

 

  またホモか。

 

  いや、そうでは無いと願う。キョン君も古泉君も、誤解されるような発言は控えた方が良い。

 

「ですが、その前に。まずは僕自身を知ってもらう必要があるでしょう。一方的に情報を開示しろというのは、フェアではありませんし」

『もっともだね。』

「手始めに、僕のバイト先を見てもらいましょう」

 

  タクシーを降りて、5分は歩いたかな。古泉君と僕は、寂れた公園の入り口にやって来ていた。門限が遅めの児童たちがボールやら縄跳びやらを使って、各々放課後をエンジョイしてる最中みたい。でも、おかしいよね。なんだって、ここに連れて来たのさ。

 

『……公園がバイト先なの?』

「半分は正解です。球磨川さん、すみませんが目を閉じてもらえないでしょうか?」

 

  真剣な顔で言われてしまう。

  別段、断る理由もないから従うけどさ。

 

  僕が目を閉じると。古泉君は僕の手を握って、公園に入ろうと引っ張った。エスコートされるがまま、公園の中に入ったであろうポイントで。

 

「もう、目を開けていただいて結構ですよ」

 

  ゆっくりと瞼を上げれば。僕の瞳には、ひたすらに灰色の世界が写り込んだ。

 

『……これは!?』

 

  今の今まで遊んでいた子供達は消えて。車の騒音も、聞こえてこない。音も無い世界に、僕らは二人立ち尽くしていたのだった。




「みっちゃん!南を甲子園に連れて行って!」
『確かに僕はみっちゃんだけども……。それだと、諦めの悪い男みたいだね!あさくらって名字も、眉毛さんを連想させるぜ』

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