球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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『キョン君?強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけど、僕負けないよ』


六話 なんでも無い日

  みんなが少年少女の頃は憧れた存在だったであろう、とっても大好きドラえもんが誕生するまで、なんと早くも100年を切っているのは知ってるよね?未来の世界のタヌキ型ロボットを、まさか知らない人はいないって前提で話を進めさせて貰うけれど。22世紀は、今を生きる人々の九分九厘が死に絶えている気の遠くなる未来に違いは無い。それでも。いざ100年と言われてみれば、聞こえ方ひとつで随分近くに感じないかな。

 

  持ち運べるドアで、地球外も含め何処にでも行けたり、小さなプロペラを頭に装着するだけで空を自由に飛べたりっていうのは、あと数年で成人を迎える僕にとっても心躍る話さ。ただし実際問題、タケコプターは構造からして実現不可能みたいだけれど。夢も希望も無いよ……。あのサイズのプロペラで空を飛ぶほどのエネルギーを生み出すには、首が捻じ切れる以上の回転を要するんだって。そんなの、僕が【大嘘憑き】をオートで使用しない限り実用化は不可能じゃんか。首が飛んでは戻り、飛んでは戻り。およそ自由とは言い難い光景だろうね。

 

  どっちかと言えば。ドラちゃんに頼るまでもなく、なじみえもんだったならば、即座に夢を叶えてくれそうではあるかな。

 

  夢あふるる22世紀はとっても魅力的で、それこそ何時間でも語っていられそうだけど……僕が伝えたかった事は他にある。

  そうだね。要は、それだけテクノロジーが発達している世界から見て、現代はたったの100年前って認識なのに、解明されていない謎が随分と多くはないかなってところだ。

 

  ナスカの地上絵、ストーンヘンジ。

  マヤ文明にメソポタミア文明。こうした謎は世界中にごまんと溢れているわけで。なんなら、海底なんて未知の世界じゃないのかい?宇宙にしたって、人間がプロキシマまで行くメドさえ立たないし。まずはその辺を解明すればいいのに。不思議を今から探したりするよりも、ブレークスルー・スターショットに携われる大学に進むのが現実的だろうね。

 

  と、SOS団団長に提言したくなるのを必死で堪える僕の気苦労なんか、知った事ではないとでも言わんばかりに。ハルヒちゃんが夏の花火に匹敵するスマイルで言った。

 

「今週の休みも、不思議探索をするわよ!」

『不思議探索……?』

 

  聞きなれない単語。僕はうっかり聞き返してしまう。

  ハルヒちゃんはビシッと、人差し指を僕に突きつけて。

 

「そ!市内をぐるっと回って見て、何か不思議が転がっていないかを探すの!」

 

  なんとも愉快で素敵な活動内容を説明してくれたのだった。

  西宮市に、第二第三のストーンヘンジやナスカの地上絵があるとは到底思えないけれど……

 

  いや、そう言えば。5月の某日だっただろうか。転校してくる前に、軽く西宮について検索したんだけども。その時見つけた記事で、とある学校のグランドに、突如謎の地上絵が現れたって奴があった。およそ3年前に起こった事件だったっけ。平和な学校の敷地内に、一夜にしてヘンテコな地上絵が出現したようだ。あれの出処が真に謎なんだとしたら、存外あり得るのかなぁ。不思議ってヤツは。

 

  ただ。正直それの製作者は、今僕の目の前にいる気がしなくもないけど。なくなくなくないけど!

  何故なら。近所だし、この娘ならそのくらいぶっ飛んだ行動をとってもおかしくないよね。

 

『なるほどっ!それはそれは有意義な休日の過ごし方だ。果報は寝て待てなんか、時代遅れだもんね。やっぱり今時の高校生は、自らの手で不思議を見つけるべきっしょ!つーかこれからっしょ!みたいな?』

「そのとおーり!禊、あんた新入りにしては飲み込みが早いわっ。これからもその調子で精進すること!いいわね?」

『うん。任せてくれよ!』

 

  ハルヒちゃんに褒められたぞ!母親にすら褒められた事がないから、賞賛とかされること自体に慣れていないんだ。キョン君に有希ちゃん、あまりこっちを見ないでくれるかな。絶対、今僕は顔を赤くしちゃってるよ。恥ずかしいなぁ……

 

「不思議探索か。球磨川が増えたことで、丁度二人一組になるな」

「ですね。3つにグループを分けられるので、効率もより上がるでしょう」

 

  古泉君とキョン君は、異論を唱える気も無いようだな。

  すっかり、貴重な休みを団活に浪費するよう教育されてしまっている。そして古泉君。君はハルヒちゃんの言うことに異を唱えられないギアスでもかけられているのかい。キョン君は全面的にハルヒちゃんに服従してる感じではなさそうだけれど、古泉君は最早下僕オーラさえある。イエスマンなんて、今時流行らないぜ。

 

「そのような呪いをかけられた覚えはありませんが……。僕が休日をどの様に過ごすのか、判断しているのは僕自身です。心配には及びませんよ」

『そっかそっか!うん、君が言うなら間違いないんだろうね。ようし、これで安眠出来そうだ。ホラ、僕って結構心配性でしょ?古泉君がハルヒちゃんに弱みを握られて、無理やり言うことを聞かされているんじゃないかって不安になっちゃって』

 

  古泉君は肩をすくめ

 

「まさか。涼宮さんとの不思議探索は、未熟なこの身に新たな発見をもたらしてくれる事があります。こちらから、お供させて下さいと頭を下げたいくらいですよ」

 

  そんなものかな。ま、どーでもいーけど。ていうか、偉そうにいきなりご高説されても困るなぁ。君が何を得ようと失おうと、僕はアウトオブ眼中なんだよね。

 

「ふんっ!失礼しちゃうわ。私が無理やりみんなを連れ回すなんて、するはずがないじゃない。団長と一緒に活動出来るのがどれ程の幸運なのか、今週末になれば禊にもわかるはずよ。せいぜい、前言を撤回する羞恥心に備えることね!」

 

  プンスカと、頭上に湯気を発するハルヒっち。おおう、なかなかに虫の居所が悪そうだ。ホルモンバランスの乱れ?まさか、もう更年期なの?或いは、何か悪いことでもあったのかい?人間、主に女の子は、ムスッとしているよりは笑った顔のほうが可愛いのに。

  どうして団長様が不機嫌になってしまったかは、皆目見当もつかないからほっとくとして。

 

  これまでに、何かしら不思議探索の成果はあったんだろうか。

  それだけ自信満々なのであれば、一つや二つは不思議を見つけられたんだよね。これで実績がないなら、とんだお笑い種だ。

 

「……そんなに簡単に見つかるのなら、そりゃ不思議でも何でも無い。そうじゃないか?」

 

  知らぬ間に。卓上に将棋盤を用意していたキョン君。いつも、団活ではボードゲームで暇を潰しているのかな。

 

  駒をカチャカチャと弄りつつ、遠い目でそう語る姿は、どこか仕事に疲れたサラリーマンを連想させた。高校一年生が放つにしては重々し過ぎるオーラには、過負荷の僕をもってしても気圧された。そんなキョン君に免じて。しょうがないから、はなで笑うのは勘弁してあげよっと。

 

『……確かにね!キョン君の言うとおり。僕は不思議を舐めていたよ。たかだか高校生に発見されるようでは、謎でさえ無い』

 

  ハルヒちゃんは僕の発言に満足したのか、「そう、そうなのよ」とかなんとかつぶやきつつ。お茶に口をつける。

  待ってくれよ。ハルヒちゃんさぁ、なんだい?そのお茶は。

 

「なにって、みくるちゃんに淹れてもらったに決まってるでしょ?」

 

  決まってるんだ。

 

  ハルヒちゃんは、見せつけるようにその後何口かズズッとお茶を含んだ。

 

  ずるいよ。僕にもくれないかな、みくるちゃん!

 

「うん、勿論。順番だから、ちょっと待っててね」

 

  後に聞いた話だと、メイド服に身を包んだみくるちゃんは、団長から優先してお茶を淹れる役割が与えられているのだという。

  なんだそれ、と侮るなかれ。

  みくるちゃんの淹れたお茶は、芳しくも雑味のない逸品だった。

  その才能、茶道部あたりで活かす道もあるでしょうに。みくるちゃんには、明日から「超高校級の茶道部」と名乗る権利を差し上げてもいいね。

  メイドはほら、既にいるからさ。

 

「朝比奈さんのお茶は天井知らずの美味しさだ。球磨川が夢中になるのも頷ける。しかしな、せっかく時間もある事だし、良かったら将棋でも指してはみないか」

 

  天にも昇る心地。食を極めるとは、こういう事なのかもしれない。美食倶楽部の榊原さんも認めるであろう究極の緑茶を堪能していた僕に、キョン君が挑戦状を叩きつけてきた。

 

『ふっふっふ。キョン君、僕のティーブレイクを邪魔した罪は重いんだぜ。君には、黒星という名のお仕置きをプレゼントしてあげるよ』

 

「おや、球磨川さんは随分と自信があるようですね。腕に覚えがあるのですか?」

 

  時計係を颯爽と買って出た古泉君は、僕の態度から将棋経験者だと推測したらしい。

  結論から言えばノーだよ。そもそも

 

『僕レベルともなると、勝ち負けなんかに拘らないのさ』

「と、申しますと?」

 

  将棋って、飛車や角って駒が強いんだ。これは、やった事がない人でも知ってるよね?大駒と呼ばれるコレらを如何に活かして勝つのかが大切なんだけれど。

 

  僕的には、強い駒を使って勝ってもなんら達成感を得られないワケで。

  動きとして、一番弱い駒。【歩】に執着するのさ。

 

  実際に指し始め、にわかに戦いが始まったあたりで。一旦、キョン君が手を止めた。

 

「変わった戦法だな。大駒があんまり働いていないじゃないか」

『そうかい?大駒ばかりに気を取られていると、足元すくわれるぜ?』

「……いや、そうでもないぞ」

 

  パチッ。

 

  かん高い駒音が部室に響く。

  キョン君が放った一手は、僕の王様を丸裸にするような一撃だった。

  正々堂々というか、まさに王道なカッコいい一手で、僕の姑息な戦法を正面から叩き潰す。

 

  自分の分身みたいに弱い歩に、最も高い価値を持たせてしまっている僕の将棋は、最終的にはキョン君に蹂躙されるしかなかった。

 

  大切にしていた歩がキョン君に取られ、次のターンにはその歩が裏切って僕の急所を責めてくる。

  前のターンまで味方だったにも関わらず即座に寝返るとは。腐った性根をしているあたり、そこも球磨川禊っぽい。

 

  だからこそ。

 

  『まだ終わらないよ。歩の真価はこれからだ!』

 

  歩は、一マス前にしか進めない。

  使い捨てることが前提の哀れな駒さ。

  しかし、だとしても歩は、相手の陣地に入った途端猛威を振るう。

  長い道のりを経て敵陣に突入した歩は、飛車や角の次に強いとされる、【金】って駒と同じ動きが出来るようになるんだぜ。

 

「ふむ、球磨川さんの戦法は実に興味深いですね。あまり重要では無い駒達が、各々の個性を発揮して、最大限働いている……。ある意味難しい差回しと言えるでしょう。お見事です」

 

  歩が裏返った存在。いわゆる、【と金】。これまでは単なる雑魚に過ぎなかった歩でも、と金になれば途端に相手は無視できなくなるってわけ。このと金を作る瞬間に、僕は心を奪われる。

  落ちこぼれが、エリートと同格になれる。将棋がつまらなくないのは、これがあるからだ。

 

  トランプで例えると。ポーカーならワンペア。大貧民(大富豪)だと【3】を活かして戦うのが、僕なりの流儀ってヤツだね。

 

「こういう狙いだったか」

 

  キョン君が眼を細める。

 

『中々、刺激的でしょ?』

「ま、正直ハッとしたがな。しかし球磨川、お前は大駒を蔑ろにし過ぎたな」

『あはっ、やっぱりか』

 

  結局、僕は元々自分のモノだった駒で追い詰められてしまった。

  と金作りに夢中で、大駒の守りを疎かにしちゃったみたい。

 

  キョン君の手に渡ったエリート達は、獅子奮迅の働きで僕の王様を追い詰めていった。やっぱり、いくら雑魚が頑張っても、エリートには敵わないや。

 

 友に裏切られて死ぬ感覚も手軽に味わえるからこそ、将棋ってヤツはここまで人気があるのだろうね。

 

  終わってみれば、僕の人生の縮図が、盤上に出来上がっていた。

  一縷の望みも無い、何処へ行っても負けるだけの世界が。

 

『あーあ!勝てなかったかぁ』

 

「ていうより、球磨川の自爆にも近かったがな。飛車を守るべきだろ」

 

  敗者への情けか。僕の悪手をキョン君は咎めるけれど。

 

『……飛車なんかどうでもいいよ』

 

  そんな指し方は、僕の自尊心が許さない。許すものか。

 

「……ん?何か言ったか?」

 

『いーやっ?なんにも?』

 

  キョン君の耳に、僕のぼやきは届かなかったようで。……別にいいさ。

  気にしてなんかいないよ。

 

  例えゲームであっても、雑魚がエリートに一矢報いる事に価値を見出す。この考えに共感してくれる【過負荷】は、きっとどこかにいるだろうから。

 

『それよりホラ、今度は古泉君もやろうよ!』

「いいでしょう。球磨川さんにならば、僕でも勝てるかもしれませんね」

 

  どうやら将棋で古泉君は、キョン君にいつも負けているらしい。

  だったら、僕だって負けてられないや。

 

  キョン君が時計係を代わってくれ、僕と古泉君の戦いが始まった。

 

  お互い弱すぎたのか、勝負がつく前にハルヒちゃんによって今日の活動の終わりを告げられてしまったけど。

 

  結局、僕らは不思議のふの字も探さずに、ボードゲームだけで時間を消費してしまったけれど。

  これで良かったんだろうか。

 

「さあ、戸締りするから皆早く出なさいっ」

 

  団長の号令によって、みんなが部室を出て。

  ハルヒちゃんがしっかり施錠を確認する。団員全員がその様子を見守り、無事に鍵がかかると。

 

  ハルヒちゃんはテンポよく僕の前までやってくるや

 

「今日は将棋やってたみたいだけど、SOS団の活動は毎日がこんな緩いわけじゃないからっ。勘違いしないでよねっ!」

 

  腕を組んで、そんな事を言った。

  それもそうだ。ボードゲームだけに精を出すなら、ボードゲーム研究会にでも改名するべきだし。

 

 眉を吊り上げた 団長は、どこか不機嫌そうに忠告してくると、クルッとターンして階段に走って行く。ひょっとして、仲間に入れて欲しかったのかな。

 

  僕がハルヒちゃんの精神に幸あれと祈る傍で。

 

「んっふ、すみません。僕はこれからバイトなので、お先に失礼しますよ」

「古泉君、気をつけて下さいね」

「はい。ありがとうございます、朝比奈さん」

 

  古泉君がバイト先へ急いで行った。

  高校生の身分で、バイトしているんだね。なんだか大人っぽいなぁー!

 

『どんな所で働いてるんだろう?少し、ついてってみようっと!』

 

  僕は古泉君の背中を追って走り出す。

 

「あ、おいっ。球磨川!」

 

  高校生活で体験してみたい事の一つに、実はバイトがランクインしている僕は、古泉君の働きぶりを参考にしようと、後を追う事にした。家に帰っても、晩御飯までは暇なのもあるし。

 

  何故かキョン君に呼び止められたような気もしたけど……気のせいかな。

 

  勤務先は、スーパーかコンビニか、はたまた飲食店か。古泉君なら、どれもそつなくこなしそうだよね。

 

 

 

 

 

 

 




『この学校、体育はブルマなんだね。これだけでも転入してきた甲斐があるってものさ。有希ちゃん。上は長袖ジャージで下はブルマっていう、伝統の格好をやってもらってもいいかい?一瞬、はいてないようにさえ見えるその姿たるや、現代では絶滅危惧種並みの扱いだと思うのだけれど。それはそれとしても、体操服に映えるのはやっぱり有希ちゃんくらいの貧乳だよね』
「球磨川禊の情報連結を解除」

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