『くさいし、なかったことにしたよ!』
20xx年現在。テレビに新聞、ラジオにインターネット。目移りしてしまうくらいに、大小様々な情報が飛び交うご時世。日進月歩で技術は進歩し、ついには人工知能が人間を凌駕してしまうまでに至った。特にインターネットなんかは、携帯の普及と共に一気に身近な存在になった今日この頃。僕たちの耳には、山籠りでもしない限り、毎日何かしらのニュースが入ってきてしまうよね。その影響なのか、テレビやラジオはまだしも、新聞はとらないという家庭も増えてきているのではないだろうか。若者のなんとか離れ、とか言って文化の衰退が危惧されているものの、科学が発展した代償だとしたら、受け入れるのも一興かもね。
手軽さって点では。スマートフォンなんかは一長一短で、分別わきまえた大人ならばともかく、無垢な子供でさえ簡単に世界と繋がってしまえるのは、メリットよりもデメリットの方が大きいんじゃないかな。ま、子供に携帯を持たせる親が、しっかり目を光らせていれば良いだけなのだけれど。教育に悪影響を及ぼすなら、携帯電話を持たせなきゃ良いのか?って聞かれると、それも微妙なんだ。今時は小中学生も楽じゃないらしく、学校生活とかで、携帯を持っていないと話についていけなかったりもするっぽいし。かく言う僕も、携帯は全機種持っていたりする。
そんな中で。情報化社会の良い面ばかりをプッシュして、悪いところからは目をそらすように誘導するマスメディアによると。
どうにも近頃物騒みたいだ。
先日も、日本のどこかで無差別殺傷事件が起きたとテレビで報道されていたし。北海道のある高校が、突然廃校になったって話も聞いた。なるほど物騒極まりない。でも正直、この【近頃物騒】って単語は僕が幼少の頃から延々と言われ続けている気がしなくもないけど。なくなくないけど!じゃあ。近頃って、なんだろうか。
額面通りに受け取れば、この世の物騒さはドラゴンボール並にインフレしている事になってしまわないかな。僕の幼少時代が物騒力139だとしたら、今は53万くらいかな?
しかし。【近頃】がゲシュタルト崩壊しそうだった僕としては、昨日と今日、有希ちゃんや朝倉っちに殺されたor殺されかけたイベントには助けられたよ。
ほぼ初対面の女子生徒に身体を両断されたり、ナイフで刺されかけるとは。なかなか出来ることじゃない。やはりテレビは嘘をつかないな。長年の疑問だった物騒のインフレは、僕が身をもって証明したぜ。
これこそが、物騒力53万の日常なんだね。超エキサイティングって感じ。
まだまだ、世の中捨てたものではない。面白きこともなき世は、インフレが続く限り、自動で面白さが増していくのだから。僕の老後は今よりも更に刺激的な毎日が待っている事だろう。想像するだけでも絶頂しそうだぜ。
それほど女の子と接する機会を持たない僕は、学生らしくなく流行に鈍感だったわけだけれど。今時の女子高生は、見ず知らずの人間を殺すのがブームなのかな。殺した相手の死体を、自撮りと一緒にSNSにアップしたりするんだろうか。
ならば。有希ちゃんの手伝いをしてあげたんだし、ミーハーと呼ばれればそれまでだけれど、僕も流行の最先端を走れているって認識で良いよね?ただ。贅沢は言わないけど、僕の死体を撮影したら、アプリか何かで綺麗に修正してくれると嬉しいぜ。
僕の死体、超盛れてね?みたいなアピールしたいじゃない!
◇◇◇
さて。朝倉さんとの情熱的なコミュニケーションで心が満たされた僕は、陽気に鼻歌なんかを歌いつつ、購買でメロンパンを買って自分の教室へと戻っていた。
階段の上り下りは、登下校時の坂道に比べたら屁でもない。三年間登校した暁には、そんじょそこらの一般人よりも屈強な足腰を手に入れていると思う。
上級生の教室があるエリアに差し掛かった辺りで。
偶然、SOS団専属のメイドさん、朝比奈みくるちゃんが廊下の反対側から歩いて来るのを発見した。
部室以外では普通に制服姿な彼女は、隣に女友達を引き連れている。
よく、女の子は自分よりも可愛くない同性とつるみ、相対的に綺麗に見られようとする、なんて囁かれるけれど。みくるちゃんは例外かな。
だって、隣にいる友達も超がつく美人だからさ。
『やあやあ、みくるちゃん!よもやこんなところで出会えようとは。乙女座の僕には、センチメンタリズムな運命を感じられずにはいられないぜ』
「ふぇえっ!?」
僕がいきなり声をかけちゃったもんだから、みくるちゃんは一瞬驚いた表情を見せる。でも、相手が僕だとわかったら、平生の優しい表情へと移行した。
『落ち着いてみくるちゃん、僕だよ』
「禊ちゃんだったんですね。突然だったから、少しビックリしちゃった」
『ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだ。で、何?みくるちゃんもお昼ご飯を買ってきたのかい?』
小さな手には、購買のビニール袋が握られている。中には菓子パンと午後の紅茶が入ってて、みくるちゃんの食の細さが不安になってくる。
メロンパンのみの僕にどうこう言われたくは無いだろうけどさ!
「うん、そうなの。友達と一緒にね」
言うと、待ってましたとばかりにみくるちゃんの隣人が一歩前に出て
「こんにちはっ!君が禊君かぁ、みくるから話は聞いてるよ。昨日転校してきたばっかりなんだってね!あたしは鶴屋って言うにょろ。よろしくっ!」
ハイテンションなお姉さん。鶴屋さんの第一印象は、それに尽きる。
【にょろ】ってのは、日本語だっけ?
言うのよ、を噛んでしまったとか。
いずれにせよ、こういう元気ハツラツな女性は当然僕の守備範囲内だ。
目には目を。僕もハイテンションで応じるとしよう!
『はじめまして鶴屋さん!昨日付けでSOS団の団員になった球磨川禊でーすっ!みくるちゃんとは2歳の頃からの幼馴染で、ベランダ伝いに毎日部屋を行き来して遊んだりもしてました!好きな女の子のタイプは鶴屋さんです!今後ともよろしくー!!』
「おぉっ!?禊君、みくると幼馴染だったのかー。あたしみたいな喧しいのが好みなんて、結構かわってるね」
鶴屋さんはシュバ!シュババ!っと身振り手振りを交えながら、がははって笑う。笑いやがる。
白い八重歯がキラッと光り、彼女の笑顔をより引き立たせた。
「ち、違いますよぉ。禊ちゃんとは昨日が初対面ですぅ!」
みくるちゃんは本気で鶴屋さんが僕の嘘を信じたとでも思ったのかな。割と真剣なトーンでの訂正。
そんなに僕と幼馴染は嫌かい?……嫌か。
「あっはっは!みくるってば、慌てちゃって可愛いなぁ!ちゃんと、冗談だってわかってるよ。……そんなわけで禊君。あんまりウチのみくるをからかわないでくれると助かるっさ!この子は純粋だからねー」
みくるちゃんのほっぺをプニプニとつつける特権は鶴屋さんだけのもの。
僕がつつけば即お縄だ。
ま、柔らかい頬の感触を楽しめずとも、美少女同士がコミュニケーションをとっているだけで眼福だからいいけど。
『んー。他ならぬ鶴屋さんの頼みなら無下には出来ないしね。みくるちゃんをからかう趣味はもうやめるよ!』
「お、素直だねっ。お姉さん関心!これからも、みくるをよろしく!この子は禊君より年上だけど、頼りないのはわかるでしょ?」
『うん。団活中のみくるちゃんの安全は僕が保証するよ!』
「ふえぇ……。二人とも、私を置いて話を進めないでぇ……」
僕の頭を撫で撫でしてから、鶴屋さんはみくるちゃんと共に教室に戻っていった。正直、今の撫で撫では効いた。この学校を廃校にしたくない思いが、数ミクロンくらい増えたかもしれなくもない。鶴屋さん、か。覚えておくとしよう。
◇◇◇
ー放課後ー
放課後ティータイム。僕はえっちらおっちら、健気にも部室に足を運んだ。
『ノックしてもしもーし!』
部室には、有希ちゃんと古泉君。それからキョン君が既にやって来ていた。キョン君と古泉君は、昼休みにここで人が殺されかけていたことは知らないのだろう。呑気この上ない。なんなら、朝倉さんが消えた事実も明日くらいまで気がつかないんじゃね?
「こんにちは」
古泉君の安定にこやかスマイル。
有希ちゃんは僕に一瞥だけくれて、すぐ読書に戻ってしまう。目線を頂けただけ、良い方かな。
それから。
「よう、球磨川。良い機会だし、ちょっとそこまで来てもらえるか?」
『おや、なんだい?改まって』
「少しな」
キョン君から呼び出しを受ける。
なんだろう。借金の催促かな?借りた覚えは無いのだけれど。
特に断る理由も無いので、抵抗もせず後を追ってみる。
キョン君は屋上の入り口で足を止めた。いかにも、誰もこなさそうな場所。人気がないところで、一体何をするつもり!?
僕は咄嗟に両手で胸板あたりを庇う。が、待てど暮らせどキョン君が僕を襲う様子は見られず。
ひとまず、僕の身体が目当てではなかったみたい。それもそうか。
キョン君は一度ため息をついて。言葉を選ぶように尋ねてきた。
「なぁ球磨川。この際だからハッキリ聞くが。……お前も俺に、何か言いたい事があるんじゃないか?」
どこか思いつめたような。
僕の返答次第では、己の人生が左右される。そう言いたげなキョン君の顔。いきなりどうしたのさ。
ちょっと大袈裟なオーラ出しすぎだってば!
とはいえ、僕が……キョン君に言いたい事か。んー。
『別に無いけど。』
『強いて言えば、僕がすべてをなかったことに出来たり、昨日有希ちゃんに殺されたけれど生き返ったり、昼休みは朝倉さんに殺されかけたり、その内ハルヒちゃんを螺子伏せようとしていたり、最終的にはこの学校を廃校にしようと企ててはいるけれど……。キョン君はきっと興味ないよね!』