球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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三話 死闘

  時折、授業を受けていると自分の中にいるもう一人の自分ってヤツが話しかけてくる事がある。別にエア友達のともちゃんがいるとか、僕が二重人格だって言いたいのではなくて。日々生きていく中で、僕たち人間は周囲に気を使ってしまい、本音を言えない状況におかれているでしょ?親友同士、気の置けない関係であっても、相手を傷つけたりしないよう最低限気を使うわけじゃん。で、人間である以上僕もそこは例外ではない。ここ、大事だからもう一度言うね。僕にだって、相手を慈しむ心はあるんだよ。いくら過負荷の球磨川禊でも、いわゆる空気ってものを読んだりする場合もあるのさ。

  ゆえに、普段抑えている思考と言えばいいのか、秘めた欲望とも呼べるものが、眠気で思考が停止しかけるとやって来るんだ。

 

  今は国語……高校からは現代文とか古文に呼び方が変わるみたいだけれど、とりあえずその授業中だ。

  黒板には、先生と呼ばれる人物と、Kと呼ばれる人物が女性を取り合う昼ドラ全開の何かについて、考察が書かれている。みんな真剣な顔で授業にのぞんでいるけれど、僕としては、教科書にキャラクターの挿絵が無いからイマイチのめり込めないよ。これ、ニセコイやいちご100%ではダメなのかい?Kさんの苗字が【球磨川】だったのなら、もうちょっとやる気も出たのに。負けるところも僕っぽいし。……まぁ、そんなものはどうでもいいよね。

 

  大切なのは。今、進行形で僕に訴えかけてくるもう一人の僕。内なる球磨川禊。

  さっきから、『とっととハルヒちゃんを螺子伏せようぜ!』とか、『有希ちゃんをなかった事にしよう』とか。容赦の無い提案をしてくるんだ。けれど、これは紛れもなく僕の本音でもあり、困った事に実に魅力的な囁きだ。

  出来るものなら、やりたいぜ。

 

  いつも無駄に偉そうなハルヒちゃんを押さえつけて、目をくり抜いてあげたら、彼女はどんな反応をするんだろう。不思議を求めて爛々とした眼球は、きっとガラス玉のようにキラキラと輝くんじゃないかな。自身の目玉の美しさに、ハルヒちゃんは恍惚の表情を浮かべるかもね。真に美しいモノは、目に見えないところにあるって、彼女も気づくんじゃないだろうか。宇宙人や未来人にも劣らない、この世の美しさが人体にはあるんだ。片目を失う程度でそこに気付けるのなら、安いものだと思わないかい。今流行りのコスパが良いってやつ?ちょっと違うか。

 

  ん?なかった事にも出来るし、僕の目をくり抜いて見せたらそれでいいんじゃないかって?ははは。そんなの、痛いから嫌に決まってるじゃーん!情けは人の為ならずとか聞くし、心を鬼にして、身を悪魔に捧げてでも、【ハルヒちゃんの目をくり抜いてから治す】って選択肢を選ばせてもらうよ。

  情けは人の為にならないっていうのは真理だよね。【他人に厳しく自分に優しく】な僕の座右の銘にも一致するし。よしんば、巡り巡って自分に良い行いが返ってくるのであれば、他人に親切にする無駄極まりない行動にも、一考の余地はあるけどね。人生そんなに上手くいくものか。

 と、 あまり目玉や眼球について語ると、僕がジョルジュ・バタイユみたいに思われちゃうから、ここまでにしとこう。

 

  さっきは相手を慈しむとかご大層なセリフを吐いてみたけれど、やっぱり撤回するよ。結局のとこ、僕が自分の本心にそって行動しないのは、何を隠そう長門有希ちゃんがいるからさ。実際、入団した時に僕は素直な気持ちでみんなを殺そうとしたでしょ?でも、有希ちゃんに時を止められてしまったと。要するに、有希ちゃんを殺すまではやりたくてもやれないってことだね。有希ちゃんの拘束に対してはスキルが有効みたいだけれど、未だ彼女の底が見えない。有希ちゃんそのものをスキルで消せるか試すのも悪くはないけれど、どうせやるなら徹底的に潰してあげないと、有希ちゃんに失礼だ。それには彼女の弱点とかを知りたいところ。

  刑事は事件の手がかりを足で稼ぐって右京さんも言っていたし、準備段階として、差し当たって有希ちゃんのスキルを解明するとしよう。時を止めたり、腕力をあげた要因を。

 

  深層の僕は『ちぇっ、つまんなーい。エリートはとっとと殺しちゃうに限るのに』と言って、蜃気楼のごとく消えてしまった。去り際の、魂からの一言は酷く僕の心に突き刺さり、授業が終わるまで頭の中に繰り返し響いてくれた。ふむ。しゃくだけど、悔しいけど、反吐がでるほど同感だ。

 

 ー昼休みー

 

  学生にとって束の間の休息。各自お弁当を食べたり駄弁ったり。校舎の陰で不純異性交遊する輩も見受けられる貴重な時間。

  穏やかな日差しが降り注ぐ教室。5月の陽気とそよ風のコンボは、ちょっとしたスキルよりも眠気を誘うよ。クラスメイト達は授業が終わる5分前から、既にお休みモードへと移行していた。そうしたみんなの不真面目さ、嫌いじゃないぜ。

 

「起立。ありがとうございましたぁ」

 

  日直がお決まりな授業終了の挨拶をするや、僕は教師よりも早く教室を飛び出すと、真っ直ぐSOS団の部室へ急いだ。何故かって?それはもう、憎くて愛おしくて堪らない有希ちゃんに、1秒でも早く会いたかったからさ。弱点を捜すなら、やはり直接観察するのが効率的だからね!

 

 ◇◇◇

 

『オッス!キミ長門!…て、おや?』

 

  現実が恋愛シミュレーションゲームだったら、部室に行く前に有希ちゃんが不在だってわかったのかもね。

  結果として、僕の全力ダッシュは無駄足になっちゃった。こうなるなら、別の場所に有希ちゃんを捜しに行くか、いっそハルヒちゃんルートを攻略しておけばよかったぜ。

 

『なんでここに君がいるのかな?』

 

  それでも我が部室では、有希ちゃんは居なかったけれど、かわりに違う女の子が窓際で読書していた。

  およそ10センチくらい空けてある窓からそよ風が吹き込んで。

  ツヤのある長く青い髪が、悪戯っぽく揺らめく。

 

「うふふ、なぁに?私じゃご不満?」

 

  ご不満なもんか!ちょっとばかし眉毛が太いだけで、溢れ出る母性は世の男性諸君を引き寄せることだろう。

  というわけで、部室には何故か朝倉さんが居座っていた。

 

『いやいや、ただ珍しいなって。だって朝倉さんはSOS団に関係ないよね?』

 

  読みかけの本を閉じ、テーブルに置く朝倉さん。

 

「そうね。私だってこんなに早く行動するつもりはなかったのよ。みんなみんな、アナタの所為なんだから」

『……僕の所為?なるほど、君が言うなら、それは僕の所為なんだろうね』

 

  朝倉さんが唐突に何かの罪を僕に背負わせてきたのだけれど、身に覚えも当然無いけれど。真実うんぬんは関係無く、僕はあらゆる冤罪や二次被害を受け入れることにしているんだ。

  愛しい恋人のようにね。

 

「意外。でも認めるってことは、やましい事がある証拠よね?」

 

  不敵な微笑み。朝倉さんは音も無く立ち上がると、右手を後ろに隠して何かを取り出す。さもなければ、お尻が痒くて掻きむしっているのか。

  女の子がボリボリお尻を掻くのを、お行儀悪いなんて僕は言わないよ。むしろ、道行く女性はもっと全面的に公衆の面前でお尻を掻いてくれても構わないんだぜ。

 

『朝倉さん。君が何故僕に怒っているのかは検討もつかないけれど、ここはひとつ許してはくれない?』

「許す?アナタ、自分が許されると思っているの?ふふ、愚かな人間。」

 

  そっかぁ。朝倉さんは許してくれないようだね。なら仕方ないか。

 

『じゃ、死ねよ』

 

  なんでだろう、朝倉さんは絶対の自信があったらしく、率直に言って隙だらけだった。気持ちの悪い微笑みがとにかく気に食わなかった僕は、彼女の顔面に巨大な螺子を撃ち込んであげたとさ。

 

  過負荷を挑発した朝倉さんが悪い。

  偉そうな奴って、それだけで誰に何をされても文句は言えないでしょ。

 

  しかし……

 

「……痛いなぁ。女の子の顔を傷つけるなんて、紳士とは言えないわよ?」

 

  彼女もまさか、すべてをなかったことにするスキルを持っているとでも言うのかい?僕のプレゼント、巨大な螺子は何処かへ消え去り。

  朝倉涼子は元気な姿でそこに存在していた。

  ぐぐぐ…と、とても気持ち悪い動きで立ち上がる。壊れた笑顔も相まって非常に不気味な雰囲気を纏っちゃってる。

 

『失礼な人だ。殺されたら、ひとまず死んでおくのがマナーでしょ!君の方こそ、淑女とは言えないね』

 

  「残念ね、貴方とは良い同級生になれそうだったのに。これでお別れ」

 

『お別れ、か。女性に言われると傷つく言葉ベスト3にはランクインしてそうだ』

 

  朝倉涼子。君は如何なるスキルを所持してるのさ。それ、安心院さんを倒せそう?

  僕はもっともっと君のことを知りたいのに。気持ちを汲んでくれることなく、朝倉さんは取り出したナイフで僕に切りかかってきた。やっぱお尻を掻いてたわけじゃなかったのか。

 

  とてつもない速度。部室の端と端にいたにも関わらず、彼女の動きは目で追えなかった。朝倉さんは恐らく、二つのスキルを所持しているのだ。回復系と、肉体強化かな。

 

  刹那。

 

  廊下から僕らの間に割って入り、朝倉さんのナイフを受け止めた人物が現れる。尋常じゃないスピードの朝倉さんを止められるなんて、もはや人外じゃない?

 

「……貴女は!」

 

  朝倉さんが目を見張る。

 

  登場した助っ人は、本物の文芸部員。エロ本屋に足繁く通う、むっつりスケベの長門有希ちゃんその人。確かに昨日の腕力を考慮すれば、今の芸当も納得だ。なんて頼もしい!

 

『有希ちゃん!僕を助けに来てくれたのかい!?』

 

  クールレディな彼女は、眉ひとつ動かすことなく。

 

「違う。貴方から、朝倉涼子を護るため」

 

  朝倉さんを、僕から庇う位置に立ち塞がる。

 

  『……なん……だと』

 

  とか驚いた振りをしてみた。けれど。

 

  僕に味方してくれる存在は、過負荷を除けばこの世のどこにもいないから、有希ちゃんの発言は妥当だね。

 

「床からも攻撃を仕掛けられるのね、球磨川君。油断していたわ」

 

  朝倉さんに斬りかかられた際、僕だって無抵抗ではいないさ。朝倉さんの眼前には、床から生えた螺子が刺さる寸前で停止していた。

  有希ちゃんが止めに来なければ、確かに朝倉さんは僕の反撃を喰らっていたはずだ。

 

  がっかりだよ、SOS団仲間の有希ちゃん。君だけは、僕を信頼してくれると期待していたのに。

 

『興が乗った。有希ちゃん、君に名付けてもらったスキルを見てくれよ』

 

  思い通りにならず、むしゃくしゃする展開だ。これは、何かしてストレス発散するしかないようだね。

 

  そんなわけで、今更だけど思い出した、昨日殺してもらった恨みを。

 おあつらえ向きな。第三者である朝倉さんにぶつけるとする。

 

  僕は朝倉さんに手を差し伸べた。

 

「なぁに?球磨川、仲直りの握手?」

 

『あはっ!それも良かったかもね。けど、もう遅いや』

 

  次の瞬間。部室には、僕と有希ちゃんだけしか存在しなくなる。

  朝倉涼子がこの部屋にいた証明は、カランッ、と床に落ちたナイフのみ。

 

『そういえば、有希ちゃんが名付けてくれたよね。僕のスキル名』

 

「……朝倉涼子の消失を確認。復旧は………不可能」

 

『そりゃそうだ。朝倉さんは【なかったこと】にされたんだし、元々無いものを直すなんて出来ないでしょ』

 

  【大嘘憑き(オールフィクション)】……朝倉涼子の存在を、なかったことにした。

  無論、これは正当防衛さ。先に手を出してきたのは朝倉さんだよ。

  つまり、僕は悪くない。

 

『あースッキリした!で、有希ちゃん。僕は購買にでも行くけど、君はどうする?』

「……いい」

 

  振られちゃった。小腹も空いてきた事だし。気分転換が出来た僕は、階段を飛び降りて、購買のメロンパンを買い求めるのだった。




『僕がことわざの意味を間違えているって?ははは。いいんだよ、ようはカッコつけなんだから。それを言われたら、括弧も外さなくちゃいけないじゃないか」

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