転入初日から眼鏡っ娘に身体を両断してもらえるなんて、幸先が良い。女の子のか細い可憐な腕が、自分の肉体を縦横無尽にかき分けて行く感触は筆舌に尽くしがたいよ。しかも申し訳ないことに、僕の汚い血液が返り血として、有希ちゃんの可愛い顔に飛び散ったんだとしたら……妄想が捗っちゃって困る。更にボーナスで、あのクールな顔で淡々と死体を処理されたとなると、こちらも殺され甲斐があるってものだね。汚物を扱うみたいに僕の死体はゴミ袋か何かに詰められていくんだ。流れ作業のように。まあ、途中で生き返っちゃったから、有希ちゃんの後処理は中断されてしまったのだけれど。生き返っても、前の死体は残ったままとかだったら萌えるのにね。アホ面で死んだ自分の死体を、美少女が目の前で片付けてくれるサービス。ううむ……女子高生お散歩に成り代わる、秋葉原の名物になるんじゃない?企画書ってどこに持っていけばいいのかな。
そんなこんなで有希ちゃんへの感謝は尽きないものの、肉体や精神に痛みが無かったわけじゃない。切り裂かれれば痛むし、軽くトラウマでもある。エロ本を諦めた一人寂しい帰路、理不尽に殺されたムカつきがようやく追いついてきたみたいで、なんとなく道端の石ころをサッカーよろしく蹴りながら歩いてみることにした。家に着くまで蹴られれば、豚さん貯金箱を壊してでも、明日こそエロ本を買うってご褒美を決めてね。男の中の漢な僕は、有希ちゃんに仕返ししようだなんて考えないのさ。あったとしても、見ず知らずのその辺の誰かに八つ当たりするぐらいだよ。
途中何度も石ころをロストしそうになったけど、どうにか家まで徒歩2分の地点にたどり着けたんだ。我ながら良くやったと喜びもしたさ。学校潰しは置いといて、この黄金の左脚をサッカー部で役立てるのも悪くないかな、とかって妄想をしていたところで。
「ふっ。イレギュラーはつきものだが、コレは警戒するまでも無いな」
いきなり。金髪を真ん中分けにした、ニヒルな青年に話しかけられてしまった。つーか、誰?まさかもしや、新手のナンパかなぁ。可愛い顔をしてはいるけれど、僕って男なんだから、青年にナンパされても嬉しく無いぜ。
僕の心境なんかおかまいなしに。青年は何が楽しいのか口角を上げたまま、僕との距離を縮めてくる。
『んーと、何処かで会ったかな?』
「いいや。キサマとはどの時間平面上においても、今日この時が初対面だ」
時間……なんだって?なんだか面倒くさい厨二病患者に絡まれてしまったな。
『いきなりエンジン全開だねっ!まぁ、嫌いじゃないけどさ』
「キサマとの邂逅はこれで確定してしまった。全く、どうして僕が……」
『なんの話?』
「気にするな。少なくとも、この時代を生きるキサマには関係ない」
『……お、おっふ』
だったら君はいつの時代から来たんだい。
タイムスリップごっこが彼のマイブームなのかな。だとしても、一言くらい誘い文句があって然るべきだろう。そしたら、僕だって付き合うのはやぶさかじゃない。いきなり役になりきれなんて、ハードルが高すぎる。それこそ役者でも呼べって話だよね。
『ごっめーん!僕、そういう、人に聞かれて死にたくなるお遊びは卒業しちゃってるんだよね。やるなら、自室でコッソリとやってよ。禊ちゃんからのためになる忠告だぜ!』
「……ちっ」
ニヒルな青年は、なんだか不愉快そうに眉をひそめる。僕に正論を言われたからか、僕の付き合いが悪かったからか。彼の不機嫌の元はわからない。
「くだらん。僕はもう行く。せいぜい、つまらん偽物と馴れ合っていればいいさ」
『ほんと、口から出る言葉ほとんどが拗らせてるねー』
青年は去っていく。別れ際のセリフまで厨二病まっしぐらとは……
髪型をオールバックにしていた頃の善吉ちゃんとウマが合いそうだ。
『……僕も帰ろっと!』
彼に早く厨二病仲間が出来ると良いなぁ。現状、あまりに痛々しくて目も当てられないし。家の前で遭遇したってことは、彼はご近所さんかもだし。早く引き取り先を見つけ出して欲しい。運が良ければ、そこいらの中学生とかが相手してくれると思う。
ま、誰でも良いから八つ当たりしたい気分だった僕と相対しておいて、無事で済んだだけ僥倖だけど。
エル・プサイ・コングルゥ。なんちゃって!
◇◇◇
北高自体は目が飛び出るくらい偏差値が高いかと聞かれたら、そこまででもないのだけれど、存外エリートないしエリートの卵はいるのかもしれないね。我らが団長ハルヒちゃんは、団を創るまではあらゆる部活動に体験入部し、各部門で才能を見せつけていたみたいだ。天才って、彼女みたいな人種を言うんだろうな。有希ちゃんなんか、人間には不可能な腕力で僕を殺し、その上無表情という、到底一般人とは呼べないキャラを披露してくれたし。
『そうこなくちゃ、面白くないぜ』
てな感じで、当面の僕の目標は彼女達二人に絞られたわけ。けれどみんな気づいてる通り、有希ちゃんを潰すには尋常じゃない苦労が必要でね。一年生の五月から、僕は東奔西走する羽目になっちゃったってこと。
それでも、SOS団で過ごした年月、歳月は僕という人格を形成するのに多大な影響を与えてくれたよ。あ、良い意味でね。
波乱万丈な高校ライフを今になって振り返れば、辛いこともあった筈だけれど、不思議なことに残ったのは楽しかった記憶のみ。なんて素晴らしい学校だったんだと、しみじみするぜ。ただ、僕が箱庭学園に……その前に水槽学園か。まあ、転校したっていうことはつまり、ハルヒちゃん達と共に学んだ北高は、きっと廃校になっちゃったんだろうね。悲しみもあるけれどそれよりも、僕の苦労が報われたようでなによりさ。
ー転入二日目ー
バタバタと慌ただしい転入手続きなんかをやっていると、これも社会人になった際役立つのかな?なんて思えてくる。学校生活なんて所詮、社会人の予行演習みたいなもんだし。ともあれ、今日も今日とて職員室に書類を提出しなくちゃいけないみたい。
家を出て、カバンの中に大切な書類が入っているかを確認しながら歩いていると。
「よっ、球磨川」
『あら、キョン君じゃん!おっはー』
「ああ、おはよう。朝からテンション高いな」
SOS団一の凡夫、キョン君のご登場。気怠げな目は相変わらずに、北高前の勾配に息を荒くしていた。
「しかし、お前もよくこんな坂道がある高校を選んだもんだ。慣れるまではキツいと思うが。」
心底ウンザリといった様子のキョン君。
『確かに、体育なんて不必要な位の運動量だ。だけれど僕は、自分が振ったサイコロでこの高校を選んだから、文句は無いよ』
キョン君の言うように、これじゃあちょっとしたハイキングだ。カバンが重い日なんか、自衛隊の訓練かよってツッコミたい。炎天下ともなると、貧弱な僕は死をも覚悟しなくちゃ。生きてはいても、死と隣り合わせ。人間のあり方そのものじゃないの。毎日決死の覚悟で登校するって、中々にシャレオツかも。
「なんだと。球磨川お前……サイコロで高校を決めたのか?冗談だろ?」
『うん。冗談だよ!』
「……お前の冗談はちっとも笑えん」
『ありゃ。』
それは残念。
キョン君と僕の笑いのツボは違うみたい。それからは無言が続き、しばし拷問みたいな坂を歩いた。大の男二人がフゥフゥと息をあがらせ、ようやっと校門までたどり着くや
「おっそーい!キョンに禊、二人ともSOS団の自覚があるのっ!?」
校門付近には、僕たち以外のSOS団メンバーが勢ぞろいしていて、そしてなんだかハルヒちゃんはご機嫌斜め。
何か悪いことでもあったのかい?
「キョン君、禊ちゃん、おはようございますぅ」
みくるちゃんの笑顔は、荒んだ心に涼風を呼び込んでくれる。心なしか、身体の疲労もとれた。ひょっとして、みくるちゃんってマイナスイオンを放出してたりする??見るもの全てを虜にする微笑み。僕はこの時の為に生きてきたのかもしれないね。
横を見れば、キョン君も同様に癒されていた。罪な女だぜみくるちゃん。僕というモノがありながら、さ。
「おはようございます、朝比奈さん。ところで、今日はイベントでもあるんでしたっけ?」
キョン君がメンバー勢ぞろいの理由を問いただす。うん、実は意外と僕も気になってたんだ。
聞かれたのはみくるちゃんなのに、横からずいッとハルヒちゃんが顔を割り込ませて。
「昨日言ってなかったっけ?団員も増えてきたことだし、ここらで一回校舎内をローラーして、不思議を見つけようって決めたじゃない!」
『……聞いてないよ』
「あっそ。じゃあ今言ったからそれでいいわね。ホントは三十分前に集合予定だったから、今朝はもう時間がないの。誰かさん達が遅刻したせいでね。キョンに禊、今度の喫茶店はアンタ達が払いなさい!」
じゃ、また放課後ね!なんて言いつつ、ハルヒちゃんは昇降口に吸い込まれていった。キョン君もやれやれと後を追い、みくるちゃんと有希ちゃんも各々の教室へと向かう。
『律儀に僕たちを待たなくても良かったんじゃないかい?ねぇ、古泉君』
嵐が去った後の静けさに耐えかねたってわけでもなかったけど。
僕は僕同様に取り残された、爽やかスマイルのいっちゃんに水を向ける。
「んっふ、そうですね。しかし団員の到着を待つのは、涼宮さんらしくもあります」
『らしい、ねぇ』
僕より少し前に転入してきたばかりの古泉君がハルヒちゃんの人柄を語った点について、違和感しかないものの、大人な僕は別段指摘もせず。
『僕らも行こうよ、ボチボチ予鈴だ』
優等生然として、古泉君に教室へ行くように促してあげた。
僕個人としても、転入二日目から遅刻は印象がよくないよね。だのに。
「ところで、球磨川さん。貴方は何者なのでしょう?」
古泉君に引き止められてしまったのだった!
しかし、有希ちゃんといい古泉君といい、そこまで転入生が気になるのかい?僕としては、しつこいようだけれどハルヒちゃんのパンツの方が気になるぜ。
『質問の意図がわからないかな』
何者かとか、漠然とし過ぎだよ。
哲学かなんか?そういえば、ちょっと前にそういう小説を読んだっけ。
「では、聞き方を変えましょうか。貴方はこれまで、どこの学校に通っていたのですか?」
なぁんだ。ありふれた質問だ。僕のルーツをまとめて、何者かと訊ねたわけか。一応、昨日の時点で僕はスキルの練習も兼ねて、これまでの経歴を【なかったこと】にしてみたのだけれど。それを。僕の個人情報が消えた事実を、単なる生徒に過ぎない古泉君が知る由もないだろうから……この問いかけは単純な好奇心かな。
そうそう。経歴を消したのは、これから学校潰しを繰り返していった場合、いずれは不審がられるからだよ。厄病神とか言われて、転入拒否されても堪らない。
『ううむ、前にいた学校か。確か北海道だった気はするけれど……正直、一ヶ月しか通ってなかったから。ごめん、ド忘れしちゃったよ』
「……そうですか。なるほど」
ひょっとして、何かを疑われてる?酷いなぁ、僕は事実しか口にしていないのに。まあ、冤罪には慣れっこだし、疑惑くらいはへっちゃらさ。
「今は、そういうことにしておきましょうか。いずれ又、お話する機会を設けられるでしょう。その時までに、思い出して頂ければ結構です」
古泉君はパチリとウィンクして、校門を後にする。
『うん、お安い御用だよ』
意味深な古泉君との問答。
この時点でSOS団のメンバー達が只者ではないと予想できていれば、また違った結末を迎えていたのかもね。至極残念な事に、僕が彼らの正体を知るのはもう少し後になってから。
何も知らない無垢なる僕は、特に引っかかりを覚えもせず、授業にせいを出すのだった。