球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

17 / 17
十七話 長門邸にて 後編

 

 

「涼宮ハルヒは自律進化の可能性を秘めている。彼女には願望を実現する能力があると、古泉一樹が所属する機関は表現している。正確にはこの表現は間違っているが、貴方が理解する上では差し支えない。私の目的は涼宮ハルヒを観察すること。同様に球磨川禊も情報統合思念体から観察する様指示が出されたのはつい先日。貴方が県立北高校に転入して来た日」

 

 ん?パンツの重要性すら知らない情報なんとかさんが、この僕を有希ちゃんに観察させる目的って一体なんなんだろう。自慢じゃ無いけれど、ハルヒちゃんみたいなトンデモ能力なんて持ち合わせていないし。……あ、そっか!

 

『それはつまり、僕からパンツの大切さを学びたいという向上心の表れだね?うん、何歳だろうと、何者だろうと。興味、関心から何かを学ぶのは大切なことだし、僕の知見であれば喜んで伝えさせて頂くぜ。そうなった以上、これからの有希ちゃんの学生生活は授業以外僕に付きっきりになるけれど、問題無いかな?なにせ、僕の15年分のパンツ知識を3年の高校生活で君に全て教えないといけないのだから!』

 

 これは忙しくなりそうだ。僕自身、有希ちゃんに教えながら自分も研鑽しなくちゃいけないわけだし、こうなってくるとSOS団に入っちゃったのは悪手だったかな?時間が圧倒的に足りないよ。精神と時の部屋にでも入りたい気分だな。だけれどその分、安西先生と学校に残ってシュート練習をした花道くらい成長出来るのは保証してあげるよ。

 

「球磨川。お前がいると話が脱線して、それこそ時間がいくらあっても足りないのだが」

 

 眉間に皺を刻み、腕を組んだのはキョン君だ。なんだい?さてはこの後入るバラエティでも見たいんだね。じゃあ帰ってくれてもいいよ。今日の有希ちゃんはチョップをしてくる素ぶりは無く、比較的安全そうだ。となると、もう人質は必要が無さそうだし、有希ちゃんと2人きりにさせてくれたら気まぐれなオレンジロード的展開が発生するかもしれないかもしれないからね!

 

「……また、長門がチョップしたって話か。詳細を話さないのなら、そのワードを出さないでくれ。気になって仕方がない」

 

『ははは。僕と有希ちゃんの物語だからね、これは。ジャンプの恋愛漫画では、主人公とヒロインの2人だけしか知らない思い出が付き合う決め手になるのは言うまでもないだろう?キョン君に話してしまうと、有希ちゃんルートが消えてしまう恐れがあるからね。いくら僕とキョン君の間でも、そう易々とは詳細を話せないってものさ』

 

「俺が言うのもなんだが、お前の物差しは殆ど漫画じゃないか!いいのか?それで」

 

 良いに決まっているよ。事実は小説よりも奇なりと言うけれど、事実は少年漫画よりも奇なりとは言わないよね?つまり、どんな事があろうと現実でサイヤ人がかめはめ波を撃つことなんか無いんだ。少年漫画に学んでおけば、リアルで予測不可能な事も起きないってことだね。予想外の事態に直面しない平穏な人生、それこそが僕の求める穏やかな暮らし。球磨川禊は静かに暮らしたいとでも言おうかっ。

 

 いや、正確には何人かかめはめ波も撃てそうな人達に心当たりはあるのだけれど。あれらを【事実】というか【現実】扱いするのは、僕には出来ない。

 

「……貴方達は、これから涼宮ハルヒに近い人間として高校生活を過ごしていく。知っておいて欲しかった。私のこと。それから、涼宮ハルヒのこと」

 

「ほらな、長門もついにお前を無視して説明を終えてしまったぞ?情報なんとかも呆れてることだろうよ」

 

『僕は悪くない。』

 

 だって、僕は悪くないからね。

 

「情報統合思念体は停滞している。しかし、涼宮ハルヒの力はそれを打破する可能性を秘めている。球磨川禊、貴方の能力もまた情報統合思念体にとって有益になると予測されている。イレギュラー因子であった貴方は当初排除する対象でしか無かった。今は違う。貴方も涼宮ハルヒと同等、若しくはそれ以上の観察対象となった」

 

 ふぅん?僕の【大嘘憑き】に利用価値があるってわけかい。けれど、おや?だとしたらその後、僕が朝倉さんに襲われたのは果たして何故なのかな。有希ちゃんが庇ったことからも、彼女は君のお仲間だろう?

 

「朝倉涼子には、私とは違う指示が出されている。情報統合思念体は幾つもの相反する指示系統を保有している」

 

『成る程ね。有希ちゃんと朝倉さんの上司は別人ってわけか。おっと!僕は優しいから、この銀河を統一どころか自分たちの指示系統さえ一本化出来てねーじゃんとはツッコまないでおいてあげるよ』

 

 その時、緑茶を飲み干したキョン君は目を開く。

 

「朝倉涼子……!球磨川、それに長門も。お前達はあいつの転校について何か知っているのか?ハルヒの問いにはとぼけていたと言うわけか」

 

 有希ちゃんはすかさずキョン君の湯呑みに緑茶を補充して

 

「現時点で涼宮ハルヒに朝倉涼子の消失を伝えるのは、リスクが大きいと判断された」

 

 もう緑茶がいらなかったのか、あるいは有希ちゃんの発言に引っかかるものがあったのか。キョン君の眉間の皺は一層深くなる。

 

「待て待て、じゃあなにか?お前達は今日の活動中ずっと真実を知りながら、知らないフリをしてたってことか。俺たちは道化じゃないんだが」

 

『その言い方は心外だなぁ。僕は、朝倉さんの存在なんて今の今まで忘れていただけなんだし、彼女と同郷でありながらすっとぼけていた有希ちゃんと一緒にしないでくれないかな?』

 

「忘れてる方がなお悪いわ!」

 

 ちょっと落ち着いてよ。僕だって朝倉さんが転校しちゃって寂しいんだぜ?心にポッカリと穴が空いてしまったってものさ。失って初めて気づいたってやつだね。

 

「いや、球磨川と朝倉に接点無いだろ……転入したばかりだし、クラスも違うし」

 

◇◇◇

 

 有希ちゃんちを後にした僕たち男子高校生2人は、エレベーターを待つ手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。

 

「長門がお前を狙った云々が事実だとして、だ。どうしてお前は狙われた?長門に聞いてもはぐらかされそうだし、敢えてあの場では質問しなかったが」

 

 キョン君ってば質問ぜめだね。なんでを繰り返すのは、4歳までに卒業しておいてくれると助かるのだけれど。にしても、有希ちゃんが僕を狙った理由、ねぇ

 

『それは僕も気になっていたんだ、実は。だって考えてもみてくれよ。僕は転入してきたばかりなんだぜ?有希ちゃんに告白される可能性はあれど、命を狙われる筋合いは無いってば』

 

「告白される筋合いも無いだろ……。だが、そうだな。普通に考えればお前の言う通りだ。しかし長門の発言の中で、お前は【イレギュラー因子】と表現されていた。情報統合思念体にとって、球磨川禊は何かしらの要素を持っているんだろう」

 

 キョン君、気付かぬうちに情報統合思念体とかいう有希ちゃんの脳内設定を信じ込んでいるね。秋葉原で綺麗なお姉さんに絵とか売りつけられないか心配になってくるよ。その、君はもうちょっと人を疑う心を持つべきかなって。

 

「別に。長門だけじゃないんだよ、その手の脳内設定をお持ちなのはな。現に長門以外にもそうした設定を語ってくる輩がいたんだ。無論俺だって信じちゃいなかったさ」

 

 有希ちゃん以外にも?……古泉君辺りだね、きっと。キョン君もドッキリツアーを仕掛けられたっぽいな、どうやら。みくるちゃんの未来がどうとかって話もされちゃったかい?

 

 やっと到着したエレベーターに、どちらからとも無く乗り込む。

 

「でも、だ。ここにきて、新参者の球磨川が長門との間に何やらよくわからんやり取りをしてるみたいだから、少しだけ信憑性が高くなってきたんだ。俺の中でな」

 

『……僕もまた、脳内でとんでもな妄想をしているだけかもしれないよ?』

 

「だな。その可能性も否定は出来ない」

 

 まだ完全には信じていないってわけだね?それもそうだ。僕も、女子高生アンドロイドにパンツを洗濯させなかったり、仲間割れしているのに銀河を統括してる気になってる地球外の存在なんて信じられないよ。

 

「ともあれだ。俺にゃなんの力も無い。お前達の話が全部本当だとしても、成り行きに身を任せるしかない一般人だ。銀河でもなんでも、俺の預かり知らない所で勝手に統一しててくれってな」

 

『随分とまあ、人任せだね』

 

 君はきっと、安心院さんの話にあった裏ボスでは無さそうだ。……有希ちゃんでも無いって言ってたから、このパターンなら恐らく。やっぱりハルヒちゃんの願望を実現する能力がかなり有力だね。その力が、僕が求める水準かどうか……じっくりと見極めさせてもらおっと!有希ちゃんや古泉君は、察するにハルヒちゃんがその力を暴走させないようにコントロールしながら、平穏な暮らしを維持するか自分の糧になるかを経過観察ってところだろうけれど。あいにく、僕には関係が無い。地球や銀河如きを心配していたら、とても安心院さんには届かないのだから。

 

「じゃあ球磨川、家も逆方向だしここでな。また学校頑張ろう」

 

『うん!キョン君も、帰り道気をつけてねっ』

 

 背を向けながら、頭の横で手のひらをフリフリさせつつキョン君は帰ってゆく。

 

『……じゃあ、君はなんなんだろうね?本当に』

 

 なんの力も持っていない、ただの高校生。スポーツも勉強も、容姿も平凡。であるなら、何故君はハルヒちゃんの横に存在しているのかな?

 

 ……有希ちゃんや、多分古泉君もキョン君に秘密を明かしている様子。ってことは、情報統合思念体や機関もキョン君を重要視しているみたいだ。

 

 【俺の預かり知らない所で勝手に】、ねぇ。

 

『それはちょっと贅沢な注文になりそうだぜ、キョン君』

 

 いつの時代も、平穏に暮らしたい人間ほど渦中にいるものさ。僕から言わせれば、君はとっくに当事者だ。知らぬは本人ばかりなり、だね!








『みくるちゃんは可愛くて胸が大きいからそれだけでも一般人とは言えないよ』

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。