球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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アラサーOLハマーン様のPV、カミーユの声が衰え知らずで感動しました


















十六話 長門邸にて 前編

 

 

 僕とキョン君は再び朝倉さんが住んでいたというマンションへ向かう。その前に、有希ちゃんが待ち合わせに指定してきた駅前の公園を目指さなきゃいけないのだけれど。何度も同じ道を往復するのは通学でいじめ抜いた足腰を更に追い込み、拷問とさえ感じる苦行だよ。どこかの国ではかつて拷問の一つに穴を掘らせて、その穴を再度埋めさせていたそうだね。何の意味もない作業を行わせることで、肉体だけでなく精神的なストレスも与える隙の無さ。拷問としてはこの上ない。ハイダリ収容所にだけは、過負荷であるこの僕でさえ行きたいとは思えないな。

 しかし、だとしても有希ちゃんの住居に合法的に存在させて貰えるのなら、この行為にだって意味はあるのかもしれないね。

 

「……球磨川。長門の家に行けば、恐らくだが時間を無駄にするだろう。だが、俺たちは文芸部室を不当に占拠していると言っても過言じゃ無い立場だからな。多少は文学少女の脳内妄想に付き合う義務があると思うんだ」

 

 キョン君。……君ってば独り言のように人に話かける悪い癖があるようだね。ブツブツと唐突に言葉を紡がれても反応が遅れてしまうって。しかも内容が、あろうことか有希ちゃんちでの楽しいひと時を【無駄】だって? おいおい、女子高校生のお部屋に招かれる体験であれば、何があろうと無駄なわけないだろう。それこそ、例え有希ちゃんちにラドムスキー所長がいたとしても僕は喜んで肉体労働するってもんさ。ブラジルまで掘った穴だって埋めてみせるぜ。

 

「一応、な。俺も一度長門の家に呼ばれている身だ。これから球磨川が長門にどんな話をされるのかも想像がつく。なら、先にお前には忠告しておかないと、後になって責められるのはごめんだからな」

 

 もう! それだと僕がまるで人をすぐに非難するような人間みたいじゃないか。安心してよ、僕は有希ちゃんにどんな話をされようと、キョン君を責めたりは絶対にしないからさっ

 

「二言は無いように頼むぞ」

 

 キョン君が決め台詞である「やれやれ……」を繰り出す。どちらかというと古泉くんの方が【やれやれだぜ】ってセリフが似合う気がするのは、声質の問題だろうか。君には【ハッピーうれピーよろピくねー】って感じの台詞のほうが似合うと思うぜ。

 ……それはさておき。

 

 甲陽園駅前公園。そのベンチに有希ちゃんは読書をして待っていた。いや、ほぼ同じタイミングで喫茶店を出たのだから、ハードカバーの書物を読んでまで潰す暇は無いとわかりそうなものじゃないかな! ともすると「お前ら歩くのおせーわ、待ちくたびれたわぁ」といった感じの無言の抗議なのかとさえ勘繰ってしまう。いやいや、有希ちゃんに限ってそんなような腹黒属性は持ち合わせていないとは思うけれど。もしくは、おとなしめの口数少ない文学美少女が内心では悪態つきまくりのドSなのだとしたら、一部の界隈では人気だったりするのかもね。

 

『有希ちゃん、おまたせ! それじゃあ早速君の家に向かうとしよう!』

 

「…………」

 

 僕は駆け足で有希ちゃんの眼前へ急いだのに、彼女の興味はキョンくんの様子。パチパチと瞬きさせた瞳は、ややしばらく彼を覗き込んだ。

 

「あー、俺もな、ちょっと球磨川に付き添いだ。……邪魔か?」

 

 ポリっと頬を人差し指で掻きながら、斜め上に目線をやったキョンくん。有希ちゃんはその一言でパタンと本を畳めば、スクッと立ち上がって

 

「…………いい」

 

 歩き出した。これはまた、コンビニやレジの店員さんが困る受け答えベストファイブなお返事の有希ちゃん。レジ袋いりますか? や、温めますか? の返答に「いいです」は咄嗟だとイエスノーが分かりにくいよね。日本語としては正しくても、だ。ただ、キョン君は「一緒に来ても良い」って意味なのだと即座に理解出来たようで。確認する事もなく、僕と一緒に有希ちゃんの後ろをついてきた。

 

 それから僕たちは、さっきも来たマンションのエントランスへ。オートロックを開け、エレベーターに乗ったら向かうは7階。最上階とは、ひょっとしなくても長門家も上流階級だね? さては。

 708号室前で足が止まったところから、ここが目的地みたいだな。

 

 淀みない動作で解錠し、男子高校生二人を招き入れてくれる。ふむ、ご近所さんが見ると僕たちはどんな関係に思われるんだろうか。

 タッチやH2でお馴染みの、女の子一人に男の子二人な仲良し三人組だと思ってくれるといいのだけれど。だって、如何わしい三角関係だと誤解されては球磨川禊のブランドイメージに傷がつくからね! 

 ん? H2に関しては正しくは四人かな? 

 

『お邪魔しまーす! さてと有希ちゃん。まずはじめに、君のパンツが収納されているタンスってどこにあるんだい? 兎にも角にも、それを確認しないことには進む話も進まないと思うのだけれど!』

 

「…………」

 

 スルーされる。或いは、僕がパンツやエロ本を探す行為を黙認してくれるという意思表示だったりする? 

 ともあれ、間取りを確認してからのほうが有希ちゃんの部屋がどこなのか検討をつけられそうだし、リビングへ向かう彼女に一旦は大人しくついていくことにした。

 

 僕は有希ちゃんちがどんなインテリアで統一しているのか、アレコレ頭の中で想像しつつ勝手にイメージを膨らませる。北欧風とか、和風とか。こういう高級マンションなら、フランク・ロイド・ライトのフロアスタンドが似合いそうだ。……などと妄想して足を踏み入れた女子高生のおうちは、一言で表すとミニマリストな今どきスタイルを体現したお部屋だった。

 

『カーテン無いけど!?』

 

 ちょっと待ってくれよ、有希ちゃんこと長門さん。これじゃあ、君の着替えがご近所さんに丸見えなんじゃ無いかい!? むしろ、見せつけてるとでも言わんばかりに無防備だよっ。こんな事をされては、僕の今後の休日は、有希ちゃんちが偶然見えてしまいそうなその辺の路地でジャンプを立ち読みする趣味に割かなくちゃいけなくなるだろう! 

 

「言いたい事はわかるが、落ち着け球磨川。俺もこないだ来た時には驚いたもんさ」

 

 カーテンがない窓。時計もカレンダーも無い綺麗な壁。あるのは、だだっ広いリビングの中央にコタツだけ。

 

 あまりに無味乾燥。普通女の子の部屋っていえば、ぬいぐるみがあって、写真やらポスターやらが沢山の、ファンシーメルヘンキューティーフローラルであるべきでしょ? もっと言えば、そこまでするならコタツすらいらなくない? 

 

「遮光は必要ない」

『カーテンは必要不可欠だよ!? 遮光だけじゃなく、近隣の視線も遮らないとダメじゃないかっ』

 

 まさか、この僕にツッコミ役を強制してくるとは。この子は中々やり手だ。油断していると、その内僕のアイデンティティであるところの華麗なボケを錆び付かせてしまう恐れさえあるね。

 

「お前がツッコミ担当だろうがボケ担当だろうが、どっちだって構わんさ。それより長門、球磨川を呼んだってことは、話があるんだろ?」

 

 ちゃっかり仕切り出すキョン君。ええと、僕の扱いが日に日に雑になってないかい? それも、女子高生の部屋にカーテンは必要だという至極真っ当な意見を述べたんだからさ。せめて君も有希ちゃんがこの後すぐにでもホームセンターへカーテンを買いに走るよう、セールストークするべきだと思うのだけれど。でないと、このマンションの敷地内で覗き魔が発生してしまう未来はそう先の事じゃない。

 

『とりま、僕も暇じゃ無いし。いいよ、有希ちゃんの話とやらを聞いてあげようか』

 

 この際だ。気になる事は、まず有希ちゃんの話が終わってからまとめて指摘するとしよっか。出来る男は、いちいち相手の話を遮らないものだし。パンツ探しはそれからゆっくり行えばいいのさ。なにせ、パンツは何処にも逃げないのだからね! 

 

「これから私が話すのは、涼宮ハルヒのこと。そして、私のこと」

 

『ハルヒちゃん……?』

 

「そう。……上手くは言語化出来ない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて」

 

 聞くよ。女の子から話があると言われて聞く耳持たないような男じゃないって、君も知っているだろう? 

 

「……涼宮ハルヒと私は、普通の人間じゃない」

 

 うん。なんか、古泉君的にはハルヒちゃんは神様らしいよね。ついでに言えば、有希ちゃんにも何かしらのハルヒちゃんに気に入られるポイントがあるんだとか無いんだとか? 

 

「古泉一樹による説明は概ね正しい。この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース。それが私」

 

『なるほどね! だから、あの腕力だったわけだ。僕を両断した手刀、あれはスキル由来では無いってことだね? それに、君が人外だというのが不思議を望むハルヒちゃんに刺さる属性か。しっくり来たよ』

 

 乃至は。ハルヒちゃんに望まれたからこそ、君という存在が生まれたのか。

 ……朝倉さんを庇った時の高速移動、そしてあの腕力。なるほど、人間では無いのなら納得。

 

「ちょ、ちょっと待て球磨川! 信じたのか!? 今の話を」

 

 信じるも信じないも、僕はこの目で見た事実を受け入れてるだけさ。実際、有希ちゃんには一度頭蓋骨からお腹までチョップで両断されていてね。これで普通の女子高生ですってお話されたほうが信じられないよ。

 

「両断……? 長門が、お前を? それもチョップで、だと……」

 

『まあね。か弱い女子高生に殺された訳じゃなくて一安心ってところかな、僕としては!』

 

「……長門の話から始まって、これ以上俺の理解が追いつかない事態は避けて欲しいのだが」

 

 なんか、キョン君が頭を抱え出した。そんなにわかりづらいポイントがあったかい? 有希ちゃんが宇宙人ってだけじゃない。

 

「だけって、お前なぁ……。ひょっとすると、他にも知ってるのか? そういう存在を」

 

『まあね! 他にもって、誤解を招く表現だね。この世の中には配り歩くほどいるぜ、人ならざる存在は』

 

 あたかも宇宙人の数が少ないか、存在しないものみたいに聞こえてしまうよそれじゃあ。人間ではあるものの、所持スキルによって化け物顔負けレベルの戦闘能力になっちゃってる奴もいるんだし。可愛く美しく可愛い女の子の見た目をしていてる化け物とかも、ね! 

 

『で? 話はそれだけかな。だとするなら、僕は有希ちゃんのパンツ捜索に移らせてもらうぜ』

 

「この部屋に、貴方の探し物は無い」

 

『な、無い……!? 無いだって有希ちゃん!? 君という人がパンツを穿いていないって宣言になってしまうんじゃあないかなそれは!』

 

「情報操作によって衣服の構成が可能」

 

 おおっと……

 

 これはこれは。この銀河を僕に断りも無く統括しているらしい情報統合思念体さんとやらのパンツにわかっぷりが露呈しちゃったね。宇宙人を生み出せようが、銀河を統括出来ようが。女の子が一度は着用したパンツが洗濯されて、丁寧にたたまれたのちに敷き詰められた収納の素晴らしさ。そんな常識問題さえわからないようでは、本当に銀河を統括出来ているのかあやしいもんだ。

 色とりどりのパンツが整理整頓されている光景が、引き出しを開けた瞬間目に飛び込んできた時の衝撃、驚愕、興奮、恍惚。それをまずは知るところからが、銀河の統括のスタートなんじゃないかい? 

 

「………………」

 

 黙ってしまう有希ちゃん。沈黙は肯定と取られるって何かの漫画でも言ってたことだし、有希ちゃんにもパンツクローゼットの素晴らしさが理解出来たんだと考えて大丈夫そうだね。

 

「球磨川球磨川。すまんが俺としては、長門がお前にチョップしたあたりの話が気になって仕方ない。そのあたりを詳しく説明してくれ」

 

『ああ、その話ならもう終わったぜキョン君。今、僕と有希ちゃんはパンツをタンスにしまうのか、それともクローゼットに広々と収納するのか、若しくはドラム式洗濯機で乾燥まで終えたパンツを、わざわざ収納する事なく洗濯機からそのまま取り出して着用するのはセーフなのかって議論に移行しているよ。僕的には当然それはアウト判定でしか無いけれど』

 

「お前と長門の間に、そんな議論は一切行われているものかっ! 長門は無言じゃないか」

 

 キョン君は女の子のパンツに興味が無いのかい? 

 

 有希ちゃんが、ここで僕の意識を向けさせようと熱い緑茶を淹れて差し出してくれた。

 

 有希ちゃん、君からもキョン君に僕たちが如何に有意義な議論をしているのか、教えてあげてくれよっ

 

「していない。聞いて」

 

 ん? 有希ちゃんがおススメしたいパンツの収納場所をかい? 

 

「そうじゃない。涼宮ハルヒについて」

 

 ハルヒちゃんのパンツの収納場所の話だったんだね! 僕とした事が、今時JKの会話のテンポについて行けないとは。これは猛省して然るべきだ。

 

「……違う」

 

「仮に、長門が宇宙人だったとして。長門を介して俺たちとコミュニケーションをはかる情報……なんとかがいたとして、だ。パンツの話で話の腰を折りまくる球磨川はどう思われているんだろうな……」

 

 キョン君は今日何度目かのやれやれを言いながら、有希ちゃんが淹れてくれた緑茶をひと啜り。

 

 ……そんなの、今頃有希ちゃんをパンツに無頓着なキャラ設定にした事を後悔しているに決まりきってるじゃないかっ!

 









あれがカミーユ・ビダン!




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