少年ジャンプは、巻頭から順番に全作品を読むに限る。世界中に存在するジャンプ読者の中には、御目当ての好きな漫画から読む人もいれば、巻末の漫画から読み進める人もいる。悲しい事に、自分の趣味では無い漫画を読み飛ばす人も少なくはない。
では何故僕が上記の読み方をするようになったかと問われたら、理由はとてもシンプルだよ。子供の頃から漫画が好きで好きでたまらず、世の中にもっと漫画の素晴らしさを広めていきたいと考えて編集者になった、いわば漫画のプロ達が【ジャンプはこの順番で読むのが一番面白い!】【掲載順をこうすればもっと売り上げが伸びる!】と考えに考え抜いた結果が、今週の掲載順なわけだからね。これからアニメ化するような知名度の上がってきている作品。長年連載してきてマンネリ感が否めないものの、安定した面白さの作品。他作品とコラボして話題をかき集めている作品。ジャンプにはありとあらゆるジャンルの、珠玉の漫画達がひしめき合うように連載されている。一説では読者アンケートの結果によって掲載順が決定しているとも言われているけれど。まあ、僕のようなジャンプマニアはそうした編集者の意図さえも楽しんで向き合うのさ。
と、赤◯ジャンプもこのケースで冒頭から読み始めた僕だったのだけれど。
「みんなっ!待たせたわね」
あろうことか3ページ目に差し掛かった段階でハルヒちゃんが我ら団員の輪に帰還してしまった。どうにも、ギチギチに詰まったカバンから取り出すのに時間をかけすぎたようだ。あと、有希ちゃんのしおりに気を取られたのも痛いタイムロスだったな。
「ちょっと!団長である私が情報収集してる間にジャンプ読むだなんていい身分ねぇ」
『これはこれはハルヒちゃん。ずいぶんご機嫌ななめだね』
「もう話になんないわ!あの管理人。朝倉さんちの鍵を渡してくれってお願いしたら、それはセキュリティの関係もあって難しいって断ってきたのよ?こっちは、突如としていなくなったクラスメイトが事件に巻き込まれていないか心配でわざわざ足を運んだっていうのにっ」
読み切り漫画の3ページだと、まだ起承転結の【走】にも満たない。なんなら【土】程度しか進行していない読書の手を止めざるを得ないとは。管理人さんには、あと5分はハルヒちゃん相手に会話を引き伸ばして欲しかったものだね。パンツの話という鉄板ネタを出し惜しみしたのかな?さては。僕なら初対面の人間相手でもこの話題だけで2時間は潰せるというのに。【いい天気ですね】と【休みの日は何して過ごしますか】に並ぶ日常会話の常套句だぜ、パンツは。【ダミー紐パンの存在意義】でそこらの大学生にグループディスカッションさせたら、あまりの白熱ぶりに妥協した結論すら出ないのは間違いない。
「セキュリティか……それはそうだろう。元々、マンションの管理人室には合鍵も置いてないだろうしな。で、朝倉の引っ越しについては何か有益な情報を得られたのか?」
腕組みをしたキョン君がたずねると
「全然ダメね!朝倉家がここの分譲マンションを現金で一括購入した話と、管理人が両親の姿は見かけたことないってぐらいしか聞き出せなかったわよ」
現金一括購入……ねぇ。朝倉家が資産家であり、両親がカナダ在住で、娘の為に高校近くのマンションを買い与えた可能性が考えられるな。マンションを一括で購入してたったの二ヶ月で引っ越す理由は謎だけれど。
「……たしかに、言われてみればカナダへの転校話は頷けるかもね、禊の言う通りなら。でもよ?それならそれで、もっと安い1Kとかのアパートなり借りたら良く無かったかしら。ここのマンション、さっきも言ったように分譲よ?立地もいいし高いのよ!娘に3年間仮住まいさせるにはコスパ悪いんじゃない?」
事前に家賃の下調べもしていたのかい?ハルヒちゃんも僕と同じく、高校生探偵を目指してると言わんばかりの調査力だ。君ならきっと、米花町でも生き残れるだろうぜ。
「では、涼宮さんとしては管理人さんの話に少々引っかかるわけですね?……客観的に見て、不自然ではあります。高校に入学したばかりの娘にマンションを購入したと仮定して、頻度はどうあれ親がその様子を定期的に見に来るのが普通ではないでしょうか。例えカナダ在住であったとしてもです。高校生活も安定しはじめた二学年、三学年ならばいざ知らず」
どこか納得いかない様子のハルヒちゃんに、古泉君が考えを整理させてあげようと誘導する。
「そう!そうなのよ。そりゃ人んちの家庭の事情って色々あるでしょうけど、こんな立派なマンションを買い与える時点で娘に関心が無いとは言えないわ。オートロックだし、女の子の一人暮らしを危惧してもいそうね」
「……カナダからはそう簡単に様子を見にこられない。だからこそセキュリティのしっかりしたマンションを買ったんじゃ無いのか?俺にはそこまで気にする点は無いように思うが」
キョン君としては、ここいらで調査を打ち切りたいみたいだな。僕だってジャンプの4ページ目に移行したい気分だし、一度仕切り直すべきかもね。
『なんにしても、ここにこれ以上とどまっても部屋に入れないんじゃ意味がないよね。いったん、喫茶店にでも場所を移さないかい?僕とキョン君は校内ローラー作戦に遅刻した負債もあるわけだし』
借金はさっさと返済するに限る。土曜日だか日曜日に行なっている不思議探索の際、午前中から喫茶店に行けば何杯のコーヒーを飲まれるか想像し難いけれど、今日のこの夕暮れ時であれば、みんな一杯ずつドリンクを飲んだらお開きになる可能性が極めて高い。今喫茶店を提案したのは、我ながらナイスじゃないかな。
「それもそうね。禊とキョンの奢りで、紅茶でも飲む事にしましょうか。管理人とたくさん話したもんだから喉渇いてたところよっ。いつもの喫茶店で休みましょう」
管理人さんの視線も気になるので、僕らは議論に花を咲かせつつも風除室から抜け出し、SOS団行きつけのカフェとやらに河岸を変えた。
◇◇◇
『ここがみんなで良く来る喫茶店かぁ。』
場所は喫茶店内。僕らは6人という、カフェを利用するには多めな人数でテーブル席を占拠していた。西宮北口駅の北改札出口から歩いて3分に位置する【直火式自家焙煎】がウリの珈琲屋さんは、僕なんかが入店しても良いのか不安になるほどオシャレでシックでエレガントな喫茶店だった。高校生の分際で個人経営の喫茶店を行きつけにしているとは、バイトしている古泉君はまだしも、他の皆んなは月に幾らお小遣いを貰っていることやら。コンビニで百円のホットコーヒーを入手し、公園のベンチに腰を落ち着けた方がお財布にも優しくてかなり地球に優しいエコじゃんって気はするけれど。
「私はこれにするわ!」
僕とキョン君の支払いだというのに、ハルヒちゃんは遠慮もせずにロイヤルミルクティーとパンケーキを注文しだした。いきなり予想外の注文だね!ハルヒちゃんだけで1250円を突破した伝票を尻目に、そういえば先日、キョン君が僕に喫茶店を奢ってくれる約束をしてたのを思い出す。ええっと、つまり……
『今日の支払い、やっぱ全部キョン君でいいってことかもね』
「いいわけあるかっ!お前なぁ、ハルヒが高いもん注文した途端に支払う気無くすのやめてくれないか」
『ええっ!?だってキョン君が言ったんじゃ無いか!今度喫茶店で奢ってくれるってさ』
約束を破るだなんて信じられないよ!一体どういう教育を受けたらこんな人間になっちゃうんだろうね。
「ええいわかった。球磨川の飲んだ分は負担してやる。だが、それ以外の会計は半々だぞ?いいな」
『オッケー!僕のパシフィックオーシャンのように広い心で、それで良しとしてあげよう』
「いや、それは太平洋でいいだろう……」
キョン君は不承不承、僕のブレンド代分多く支払ってくれることに。ま、これくらいで今日のところは勘弁してあげようかな。なんせ、キョン君にはこの後付き合ってもらわなきゃいけないんだから!僕にとっては気が重い、有希ちゃんとのデートにね。
「そういえば気になったんだが、長門も朝倉と同じマンションに住んでいたんだな。お互い同じ高校なわけだし、面識とかは無かったのか?」
僕と同じくブレンドコーヒーを二口啜ったキョン君は、その向かいの有希ちゃんに問う。家が近くなのは知ってたけど、建物まで同じだったんだ。へえー?僕をナイフで襲った朝倉さんと、その朝倉さんを僕から庇った有希ちゃんが同じマンションに、ねぇ。これは奇遇だ!
「……面識はある」
一定のリズムでダージリンティーを飲んでいた有希ちゃんは、皆んなの視線が集まれば手を止めざるを得ず。クラシックな店内BGMにかき消されそうな声で最低限の返答。
「その言い方だと、それ以上の間柄では無さそうだな」
「………………」
無言の返答。それは肯定かい?僕の攻撃から身を挺して庇う程度には仲良かったんじゃないのかな。
「有希、朝倉さんがカナダに引っ越す話は聞いてなかったわけ?」
「ない。」
「そう。ま、知ってたらもっと早くに私に伝えてるもんね。同じマンションに住む有希から、もう少し事件の真相に近づけるかなって期待したのに、手詰まりね」
ハルヒちゃんがパンケーキを頬張り、それをミルクティーで流し込む。ラーメンと白米じゃないんだから、今時のJKがその食べ方はどうなのさ。
「男のくせにネチネチ細かいわねー。パンケーキを食べたら、口の中の水分が持っていかれるじゃない?それに、ミルクティーの微かな渋みと甘みが、パンケーキの甘みとマリアージュするわけよこれが」
言いながら食べる手は止めず。
結局、この日はハルヒちゃんがパンケーキを完食するまで待って、僕の予想どおり解散とあいなった。
「みんな各自、今日は家に帰って朝倉さん事件に対する意見をノートにまとめなさい!明日の放課後、部室でみんなの考えを見させてもらうから。キョンと禊!特にあんた達二人は真面目に書く事。いいわねっ」
うん、やるわけないじゃんそんなの!
ハルヒちゃんはスイーツを食べて満足したのか、機嫌を直して帰路についた。古泉君とみくるちゃんも、軽く別れの挨拶をしてから帰っていく。
……これで本来であれば、家でゆっくり読書の続きを楽しめたというのに。僕はこれから、有希ちゃんとの待ち合わせに向かわなくちゃならないらしい。出会ったその日に自分を殺した相手との待ち合わせって、結構嫌なもので。しかし、もうすぐ19時なんだよね。どうして嫌なことが待ち受けていると時間が早く流れるんだろう。
有希ちゃんもおそらく、家には戻らず待ち合わせ場所へ向かって僕を待つようなルートでいなくなった。
行けば、もしかしたら殺されるかも。いや、殺されるのは良いんだけれど。その後で、嫌なやつに会わなきゃいけないのが嫌っていうか。
だから僕は、先ほどから考えていたプランを実行する。
僕のコーヒー代だけで済ませてあげた借りは、返してもらわないとね。
『ねえキョン君!この後、もう少しだけ付き合ってよ。』
帰ろうと、自転車の鍵を解錠していたキョン君の背中に僕は声をかけた。
「ん?それは構わんが……でもお前今日長門に誘われていたよな?」
『そうなんだけどさ、ちょっと気が乗らないんだ。なんせ、待ち合わせに向かったら有希ちゃんに殺されちゃうかもしれないからさ!』
一回殺されてるからね、実際!
僕の発言を聞いたキョン君は、信じられないといった感じで目を見開き
「長門が、お前を殺す理由があるようには思えんが」
『僕もそう思うよ。でも、有希ちゃんにはあるのかもしれないね。ホラ、知らないうちに恨みを買っていたなんて話は良く耳にするだろう?杞憂ならそれでいいんだけれど、お願いだからついて来てくれるかい?それこそ、今度の喫茶店はキョン君のコーヒー代を僕が支払うからさっ!』
生きてればね。
「お前の冗談の中でも、殺す云々は過激過ぎないか?……まあ、いいか。俺も長門ともう少し話がしたいと思っていたところだ。それほど時間もかからないだろうし」
『ありかとう!キョン君なら来てくれると思ったぜ。それじゃあ、有希ちゃんも既にスタンばってるみたいだし、早速向かおうか』
キョン君は付き合ってくれる気になったみたい。自転車に再度鍵をかけると、僕と共に待ち合わせ場所へと向かってくれた。なんだいキョン君、案外君は優しいヤツじゃないか!
ハルヒちゃんに少なからず好意を寄せられているのも頷ける。さっきのアレ、ハルヒちゃんは結構本気で焼き餅やいてたっぽいし。
そんな、神の如き力を持ったハルヒちゃんに気に入られた君だからこそ。僕より先に、有希ちゃんに呼び出されてお家にまで招待された君だからこそ。
……有希ちゃんへの人質にはもってこいだ。
彼女の出方次第では、コーヒー代を出してくれたキョン君を殺しちゃうかもしれないのは気が引けるけれど、そうさせてるのは有希ちゃんなのだし……つまり、僕は悪くない。
もうすぐクリスマスですが、サンタのバルーンなんかを見かけるとワイズマン伍長を思い出して泣きそうになりますよね。
バーニィ、忘れてないよ
ってなる