球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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ツンデレ……いいよねやっぱ






十四話 朝倉涼子殺人事件 中編

 

 

 北高から朝倉さんの家へ向かうSOS団一行は、少し遅めに下校を開始したであろう一般生徒に紛れて長い下り坂を降っていた。ハルヒ神を先頭に、超能力者、未来人、剛腕文学少女、一般人、過負荷の順番で歩いてみると、我が団がヒエラルキー構造だった事に気付かされる。今の僕ではキョン君を一般人だと断言出来る根拠が薄弱だけれど、そのカーストが過負荷よりも下では無い証明は球磨川禊の存在で事足りるので、他の団員のヒエラルキーの高さや低さが変わることはあっても、最底辺が僕である事に変わりはない。厳密にはヒエラルキーとカーストは使い分けられるべきらしいのだけれど、いずれにしても僕の立ち位置には変化が無いのだから気にしないよ。

 

「んんっと……こっちかしらね!」

 

 ハルヒ団長は住所がメモしてある紙と睨めっこした後、信号機で現在地が何丁目かを確認しつつ僕らを先導してくれる。小走りになったハルヒちゃんと距離が出来たタイミングで

 

「こっちは……長門の住んでるマンションじゃないか」

 

 聞き捨てならないセリフを言ったのは僕の次にヒエラルキーが低いキョン君だ。今、とんでもない発言をしたよねっ

 

「いきなりどうした、球磨川。」

 

『いやいや!そういうキョン君こそどうしちゃったのさ。入学して一ヶ月しか経っていない段階で、同じ部活動の女子生徒の家を把握しているだなんて、いささか以上にルートが進みすぎじゃないのかい?と◯めきメモリアルの世界では、3年間の高校生活を経てようやく告白にこぎつけるっていうのにさっ』

 

 主に、伝説の木の下で。

 

「偶々、邪魔する機会があったに過ぎん。お前が想像するようなイベントで無かった事は確かだ。」

 

 キョン君はやれやれと手を額に当て、首を横に振った。この子は自分がリトさん並みのフラグ建築をしている自覚が無いのかな。有希ちゃんの自宅を把握してたってだけで、もうキョン君が転ぶついでに有希ちゃんのスカートに顔を突っ込んだって驚きはしないんだから!僕は。

 ていうか、下校イベントなりで家の場所を把握していただけかな?と考えたのも束の間。お邪魔までしちゃっているとはね。これはいよいよ言い訳出来ないよ。

 団内での不純異性交友は厳罰の対象である可能性が極めて高いので、どのような対処をすれば良いのか僕みたいな平団員ごときでは判断がつかない以上、ここはハルヒちゃんの御下知を賜らなきゃいけないな。

 僕は早歩きでハルヒちゃんの隣まで距離をつめるや

 

『えーと、ハルヒちゃん。SOS団において、団員同士の不純異性交友は果たして許されるものなのかい?』

 

 僕の発言を聞いた斜め後ろの古泉君が、何やらピクリと肩を動かす。団長殿は僕の遅めな歩調にあわせてくれる。

 

「後ろでチンタラ歩いてると思ったら、唐突ね。そんなの許されるわけないじゃない!いいかしら禊、耳の穴をかっぽじって良く聞きなさい?恋だの愛だのなんて、所詮は人間の生殖本能から来る不要な感情に過ぎないわ。私も中学時代は色々な男と付き合ってみたけれど、どいつもこいつも普通の人間でしかなくて、結局は恋愛感情を精神病の一種なんだと認識したわけ」

 

 ハルヒちゃんは地図を仕舞ったばかりの手で、人差し指をチッチッチと振る。人間の本能を不要と切り捨てるとは、僕の想像以上の返答だ。けれどどうやらハルヒちゃんには彼女なりの根拠があっての発言らしい。にしても、中学時代から恋愛経験が豊富だったとは、少しばかり意外だな。謎ばかり追いかけているあまりに、恋愛は未経験なのではと勝手にイメージしちゃっていたぜ。聡明な彼女なら、経験した事が無いものを批評するとも思えないので、恐らく中学時代にそういう経験も積んだのかな。ハレンチなっ!

 

 今現在、脳科学的にも解明されていない恋愛のメカニズムを精神病で片付けてしまうのは、安心院さんに絶賛片思い中の僕としては少し寂しい。しかも、生殖本能と恋愛感情、これは必ずしもセットというわけでは無さそうなものだけれど。そうじゃないと、顔面を剥がされて死体も同然の姿となった安心院さんに好意を抱いた僕は一体なんなのか。実は僕こそが、真の愛の体現者なのかもしれないね。あるいは、ネクロフィリアの素質が僕にはあったのかもしれないけれど。

 

「勘違いしないでよね。ウチの団員だから、許さないってだけよ。そこいらの有象無象同士が貴重な今という時間をつまらない恋愛ごっこで浪費しようが私にとってはどうでもいいの。ただ、SOS団にいる以上はそんな無駄な時間があるのなら、血眼になってこの世の不思議を探しなさい!ってはなし」

 

『なるほどね。ありがたい団長のお言葉、胸に深く刻み込んでおくとしよう。』

 

 会話をしてみて、ハルヒちゃんが中学時代に付き合っていた男性達とやらがいずれも彼女を夢中にさせられるだけの魅力を備えていなかったのだなぁと素直に感じた。いずれにしても、僕らはまだピカピカの高校一年生。いつの日かハルヒちゃんにも本当の恋愛を知る時がくるのを願うよ。それこそ、相手の顔面を剥がしたくなるくらいの。

 

『なんにしても、それじゃあキョン君が有希ちゃんのお家にお邪魔していたのはSOS団的にやはり許されないという判断でいいわけだ。』

 

「はあっ!?ちょっとキョン!!どういうことよ。アンタまさか、禊の言う通り有希の家に転がり込んだんじゃないでしょうね!」

 

 おっと!僕の言葉を聞くや否や、ハルヒっちが今や最後尾となったキョン君の胸ぐらを僅か数秒もかからず掴み上げた。恐ろしく速い。僕でなきゃ見逃しちゃうね。

 

「ぐっ…!はなせ、ハルヒ。長門の家には一度行ったが、恋愛だのなんだの、甘酸っぱい要素はこれっぽっちもあるものか!」

 

「誤魔化そうったって、そうは問屋が卸さないわよ。いい?16歳の思春期真っ盛りな男女がおうち訪問イベントなんてしようもんなら、高確率でキスの一つや二つしてるのよ!間違い無いわっ」

 

「それは誰がどこで取った統計だっ!断じてそんな事実は無い。そもそも、何故俺が転がり込んだ前提で話を進めているんだ?あれは長門が……」

 

「有希のせいにしようっての?男のくせに往生際が悪すぎるわ。まさか、ベールを脱いだばかりの我がSOS団に、早くもこんな情けない不祥事が起こるだなんて。団長としては引責辞任ものよ」

 

 締め上げられるキョン君。これは大変だ!彼が団のルールに抵触したばかりに。ここは、共犯の有希ちゃんが助け舟を出すべき場面では無いかい?と思ったものの、有希ちゃんは通常営業。無表情でキョン君とハルヒちゃんのやりとりを観察しているだけだ。自分は中学時代にただれた学生生活をしておいて、キョン君が有希ちゃんとキスした疑いがあるだけであそこまで首根っこを掴むハルヒちゃんは、中々に自分勝手だな。

 

 古泉君は腕組みをしながらも、いつものにこやかスマイル。チラチラと腕時計を気にし出したのは今日がバイトのシフトだからかい?みくるちゃんも「ふぇぇ…」と眉を困らせるばかり。ここをおさめられるのは、やっぱり団の頭脳的ポジションな僕だけのようだ。

 

『あー、ハルヒちゃん。確かに今回の一件は記者会見を開くべき不祥事ではあるけれど。ここは一つ、僕の顔に免じて許してはくれないかな?』

 

 キョン君が有希ちゃんちに行った事実をリークした僕が言うのもなんだけど。僕に免じるほどの顔があるのかという疑問もつきまとう。

 

「今はSOS団存続の危機と言っても過言ではないわ。このバカキョンには猫耳つけて魚咥えさせて、塀の上で猫と魚の奪い合いをさせないと気が済まないのよ」

 

 途轍も無くユニークな罰だねそれは!いや、ていうか猫耳キョン君とか誰得なのさ。

 

 もっとも、ハルヒちゃんの怒りの度合いが今の発言から大体の予想をつけられたかな。無論彼女もキョン有希コンビがキスやアレやコレを確実に行ったとは考えておらず、自分のいないところで団員二人が密会的な行いをしていたからご立腹の様子。嫉妬に近い感情なのだろうか。除け者にされた事も面白くないってわけだね。となると、うまい落とし所さえ見極められたら今日は古泉君も出勤せずに済みそうだ。

 

 何より、ここでこれ以上やり取りが続けば帰りが遅くなってジャンプを読む時間が無くなっちゃうじゃない!

 

『ふーん。要するにハルヒちゃんはさぁ、焼き餅を焼いてるわけだ!キョン君と有希ちゃんが、自分のいない所で仲良く二人きりで遊んでいたのが許容出来ないと。だから、そんなにも凄い剣幕でキョン君を責め立てているんだねっ』

 

「……は、はぁ!?そんなわけないじゃない!」

 

『団長としての責務から、それ程の怒りが沸くと?とてもそうは見えなかったぜ』

 

「団長としての責任感に決まってるでしょ!団員の管理も私の仕事なんだから。や、焼き餅とか……この私が焼くわけないわ!」

 

 ハルヒちゃんは掴んでいたキョン君の胸ぐらを放り出すと、今度は僕の真前までやってきて整った顔をこれでもかと近づけて声を荒げた。

 

『と、いうわけだけれど……キョン君としてはどう思う?』

 

 胸元を掴まれた影響ですっかり細くなってしまったネクタイの結び目を直すキョン君。ここまで乱れたら一度解いた方が早いと判断したようで人差し指を結び目に差し入れつつ、ハルヒちゃんを見つめて

 

「焼き餅……?ハルヒが?」

 

 あり得ないといった様子での発言。その言葉を受け取るや、ハルヒちゃんはプイッと顔を背け

 

「馬鹿ねっ!そんなわけないって何度も言わせないで。ほらほら!朝倉さんちが見えてきたわよ!」

 

 指差す方には、少し周囲より高めなマンションが。言いつつ、エントランスまで駆け出した。

 

 あまりにもわかりやすく、ハルヒちゃんはこの話題を打ち切った。

 

「命拾いしたぜ。球磨川、頼むからお前はもう少し考えてから発言してくれ」

 

『いや。悪いのは有希ちゃんちに行った君でしょ。僕に責任を押し付けないでくれよ!』

 

「……まあ、なんだ。俺も、お前の側で不用意な発言はしないよう心がけるとしよう」

 

 敬虔なるSOS団員な僕としては、団員の不祥事は見過ごせない。僕からも、せいぜい健全な学生生活を君にお願いしたいところだよ。

 

「球磨川さん。先程はお見事でした。涼宮さんの神経を逆撫でする事なく、怒りを鎮めるとは。」

 

 何故か古泉君から讃辞が送られてきた。いやいや、大したことはしていないよ。というか、ハルヒちゃんの心の弱点を見抜くくらい児戯に等しくないかな?特に、この僕にかかればね。

 

「おかげさまで、今日はバイトに行かなくて済みました。もしも涼宮さんが今後も機嫌を損ねる機会があれば、是非とも貴方に場を収めて頂きたいものです」

 

 んっふ、と前髪をつまみカッコつけてるけれど、人頼みとは情けない。僕だって、何も慈善事業が趣味では無いのだし、今だって早く帰りたいからってだけで。

 

「俺としては、そもそもハルヒを焚き付けないで欲しいのだが……」

 

『ほら!とっととハルヒちゃんを追いかけようぜ!』

 

 僕は団長にならい、小走りで高級そうなエントランスを目指した。

 

 僕らがハルヒちゃんに追いつくと、マンション常駐の管理人さんに朝倉家の引っ越し情報を聞き出している場面だった。後から口を挟むのは円滑な情報収集の妨げにしかならないと、僕ら残るメンバーは判断する。年配と言える外見の管理人さんは、現役女子高生と会話出来るのがよほど嬉しいのか、朝倉さんに全く関係ない世間話までもをハルヒちゃんに振っている。眉を引き攣らせてはいるけれど、情報の為にはご機嫌取りも大切だし、ハルヒちゃんも無下には出来ない。

 

「涼宮さん、なんだか刑事さんみたいですね」

 

 大人と話す時のハルヒちゃんは、とても礼儀正しく失礼が無い。営業マンのような言葉遣いにみくるちゃんが感心したような声を上げた。確かにね、古泉君が乗り移ったかのような態度はいつものハルヒちゃんからは想像がつかない。それは、管理人さんも上機嫌にもなるだろう。礼儀正しい可愛い女子高生が相手してくれるのでは。

 

 団長殿が話を聞き終えるまでの隙間時間が勿体無いな、これは。

 

『そうだ!』

 

 僕はおもむろにカバンから有希ちゃんより借り受けた赤◯ジャンプを取り出して、一作品でも読み進めようとジベタリアンと化す。

 

「禊ちゃん、制服のお尻が汚れちゃいますよ?」

 

 みくるちゃんは、お行儀の悪い子供を叱るようなトーンで注意してくれた。恐らくは、マンションの居住者から北高へ【お宅の生徒がエントランスにたむろしている】との苦情が入るのを恐れて僕に立ち上がるよう促したのだろう。だけれどもさ。仁王立ちで赤◯ジャンプを読む辛さたるや、学校に苦情が来てでも座り込みたくなるよね。なんせ重量があるものだから、腕の疲れで内容に集中出来ないのでは元も子もない。

 

 まずは好みの絵柄の作品があるか、軽い気持ちで僕がジャンプをバラララとめくっていくと。

 フワッと、一枚のしおりが風除室内へと舞い落ちた。間違いなく、赤◯ジャンプに挟まっていたしおり。

 

『おおっと……』

 

 これはきっと有希ちゃんのしおりだ。ジャンプにしおりなど使うだろうか。しおりを挟みたくなる程の名シーンが、どれかの漫画にはあったのかな。

 僕がそのしおりを拾い上げると、そこには

 

【午後七時 光陽園駅前公園にて待つ】の文字が。

 

 有希ちゃんを見ると、彼女もこちらを見つめていた。……どうやら、デートの呼び出しらしい。ジャンプに挟めたりせず、直接口で言えば良くないかな。

 高校生の待ち合わせとしては遅めな時間設定だな。キョン君の次は、僕まで狙う気かい?なるほど繋がったよ。こうやってキョン君も呼び出されたわけだ。んで、のこのこと有希ちゃんの部屋へ誘われるがままお邪魔したってわけね。やっぱり、あの二人の間には何かあったんだと確信するぜ。

 この間、本屋のエロ本コーナーに彼女がいたのはやっぱりエッチな本を買いに来てたんだね。有希ちゃんってば、むっつりスケベの極地なんだから!もうっ!

 同じ団の男の子となると、誘わずにはいられないって感じ?

 

「……違う。……そうじゃない。」

 

 どことなく、僕を見る有希ちゃんの目は残念なものを見るような、そんな瞳だった。

 












『有希ちゃん、僕のオススメの裸エプロン本をよければ貸してあげようか?』
「だから違うって言ってるだろ馬鹿やろー!」
『千秋ちゃん!?』

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