球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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十三話 朝倉涼子殺人事件 前編

「それにしてもよ!全く不可解なこともあるものよね。あの生真面目委員長全開な朝倉さんが、誰にも別れを告げずに転校しちゃうだなんて」

 

 みくるちゃんが無事に女子高生からメイドにクラスチェンジしたことで、僕とキョン君はやっとこさ部室への入室を許された。部室棟の廊下には、他にも様々な部活動の生徒がいるわけで。何をするでもなく、扉の前でぼっ立ちしていた僕とキョン君は目立つのなんの。これは少々業腹なのだけれど、我が校におけるSOS団の立ち位置としては、その活動内容の不明確さから謎の部活動と噂されているようなんだ。元々の文芸部を、つまり有希ちゃんを。ハルヒちゃんが半ば強引に吸収したような形で、部室までもを不当に占拠していると思われているらしい。これは失礼極まりないぜ。由緒正しいSOS団に、そんな無礼な噂を流すだなんてさ!ちなみに、あんなにエロ本や読書が好きな有希ちゃんが元は文芸部員だったのは、意外でもなんでもないよ。

 

 こうした情報を提供してくれたのは、団員その1であるキョン君なのだけれど、誤解とはいえ部外者達に謎の団と認識されてしまっている以上、扉の前に立ち尽くす僕らを見る通りすがりの目が、やや冷たいというか不審な人物を見ているように感じられたのはある意味納得だ。

 今気づいたのだけれど、これ、もしかしてみくるちゃんの着替え待ちの度に見せ物のような気分を味わわなきゃいけないってことかい?下手すれば毎日になってしまうのではないだろうか。いっそのこと、みくるちゃんが制服の下にメイド服を着て授業を受けてくれれば、この問題は解決しなくもないけど!或いは、僕らが毎日扉の前に佇んでいれば、そのうち通行人も慣れて、誰も気にしなくなるかもね。なんだったら、みくるちゃんが僕らの目の前で気兼ねなく着替えてくれるのが最もスマートな解決策だけれど。

 

 で。冒頭のセリフは、僕とキョン君が腰を落ち着けみくるちゃん特製のお茶を一口含んだあたりでハルヒちゃんが叫んだものだよ。

 

『朝倉さん?聞き覚えが無い名前だな。転校しちゃったことが、そんなに不思議かい?』

 

 誰だか良くわからないけれど、僕はハルヒちゃんの話題に乗っかってあげた。これからSOS団の活動がいよいよ始まるぞって時に、開口一番朝倉さんって人の名前を出したからには、きっと今日一日ハルヒちゃんはこの話がしたくてウズウズしていたに違いない。僕や古泉君の5月の急な転入が、ハルヒちゃんにとっての【謎の転校生】ポイントだったみたいだけれど、その例にならえば。突然転校していった朝倉さんもまた、謎と呼ぶべき存在のようだな。

 

「私とキョンはクラスメイトだったんだけどね。明るくて面倒見の良い人で、友達も沢山いたのよ。そんな子が何の前触れも無く転校していくと思う!?少なくとも、親しい友人ならお別れ会くらい開くのが普通よ。ていうか、禊も朝倉さんと喋ってなかった?アンタが転入してきた日、SOS団の部室まで来る途中で会ったじゃない」

 

 転入初日……ねぇ。うーん、朝倉さんがもしも僕と会話しながらスカートをたくし上げてパンツを見せてくれていたのなら、コンマ1秒で思い出せているはずなのだけれど。記憶に残っていないという事は、残念ながらその人はパンツを見せてくれていないようだな。ハルヒちゃん、過去ばかり振り返っていては前に進めないんだよ。やはり、SOS団の団員たるもの、常に未来を見据えて行動するべきじゃないかな。初対面でパンツを見せてくれないような、それも、転校してしまい二度と会う事のない女子に、僕の貴重な脳細胞を使ってまで覚えておく価値は無いよ。二度と会うことが無いなら、パンツを見せてくれる機会も当然無いわけだしね。金輪際。

 

「はぁっ!?初対面でパンツを見せてくる女子なんて、この世のどこを探してもいるもんですか。むしろ通報モノだわ。そりゃ、もしそんな女子がいたらある意味記憶には残るでしょうけど。……ま!確かに朝倉さんて当たり障りの無い世間話しかしてこない印象だから、禊が覚えてないのも無理ないわね」

 

 ずずぅー!と、ハルヒちゃんが緑茶を啜る。

 

「ハルヒが不思議がっている理由を一応捕捉しておくとだな。うちのクラス担任……岡部というんだが、岡部教諭も朝倉の転校は朝になるまで聞いていなかったらしいんだ。朝倉の父親を名乗る人物から、電話一本で転校する旨を伝えられただけみたいでな。通常、転校するなら相応の手続きが必要だろ?必要な段取りを全てすっ飛ばしての転校なもんだから、ハルヒにとっては事件になっちまったってわけだ」

 

 キョン君は、岡部先生にインタビューしに行くハルヒちゃんに職員室まで同行させられていたようで、不思議ポイントをわかりやすく説明してくれる。なるほどね。聞けば確かに、不審な点ではある。けれど、事件というにはまだ大袈裟感も否めないな。単に親が手続きとか苦手なタイプの人だったのかもしれないし。かく言う僕も、学校の提出物……主に宿題は、当日の朝までやる気が起きないタイプさ。

 

「それだけじゃないわっ!朝倉の転校先は、なんとカナダなのよ!キャ・ナ・ダ!もう、胡散臭すぎて堪らないわよ。しかも、【朝倉さんに手紙を送りたい】って理由で岡部にカナダの連絡先を聞いてみたんだけど、それも岡部は把握してなかったってわけ!こんなことあり得る?!いいえ、あり得ないわ!もう、間違いなく何かあるに決まってるわよ」

 

 目を爛々と輝かせる団長。彼女の中では朝倉さんが何かしらのトラブルに巻き込まれたのが確定しているみたいだな。なるほど、カナダか。親が重犯罪でも犯して、国外にまで逃亡する必要があったのかと勘ぐりたくもなるね、それは。ところで、カナダってどのへんだったっけ?都道府県の位置すらうろ覚えな僕に、いきなり外国の話をされても困るよ。

 

「というわけで、今日の活動内容は朝倉の住んでいたマンションを調査することよ!幸い、古い住所は岡部から教えてもらえたことだし。ひょっとしたら、彼女の自宅には隠滅しそこねた犯行の証拠なりがあるかもしれないもの。古泉君は掃除当番かしらね?だとしたら、もうすぐ姿を見せるわね。みんな、それまでに帰宅する準備をなさい!」

 

 ハルヒちゃんからの、帰宅準備命令。カナダまで朝倉さんを捜索しに行くとか言い出さなくてよかったよ。

 

「ええっ……私、今メイド服に着替えたばかりなのに……」

 

 あわあわと、みくるちゃんが再度着替えるべきかと制服のかかったハンガーを見つめる。が、椅子に落ち着いたばかりの僕とキョン君に再び廊下へ出ろとは言い難いらしく、その体勢で固まった。

 

「ハルヒ、本気か?さっきも言ったが、朝倉の転校は父親を名乗る男からの電話一本で決まったんだぞ。言っちゃ何だが、それが本当の父親からだったのかさえ怪しいと俺は思う。岡部は何故か不審には思っていないようだったが、クラスメイトとしては警察に事件性がないかだけでも調べて欲しいぐらいなんだが」

 

 住んでいたマンションで、朝倉さんが悪い人に捕まっている展開をキョン君は恐れている様子。そうなると、野次馬根性でお部屋に向かった僕らは女子高生を犯罪に巻き込むような凶悪犯とハチ合わせる危険だってあるわけだね。下手したら、僕らも人質の仲間入りしかねない。

 もっとも、こちらには腕力自慢の有希ちゃんがいるわけだし、成人男性の一人や二人なら彼女が一捻りすれば終わるけれど。

 

『あれ、朝倉って……』

 

 よぉーっく思い出してみたら、そういえば僕にこの部室で斬りかかってきた女の子がそんな名前だったような。

 

「……」

 

 有希ちゃんが何やら非難するように僕を見て来ているけれど、気のせいかな。なんだい、朝倉さんの存在を忘れていた僕を責めているの?無かったことにしちゃったんだから、覚えてなくても何ら問題なくね?

 

 それはさておき、仮にキョン君の説が正しい場合。あの戦闘能力を持つ朝倉さんを監禁可能な犯人って、一体何者?スーパーサイヤ人2になった悟飯の動きをも止めた、界王神様に登場願わないと監禁はちょっと難しいんじゃないかな。

 

 あーあ。キョン君が変なこと言うせいで、僕まで行きたくなくなってきたぞ!なんなら、下校するならそれはもう部活終わりといっても過言ではないし、僕には有希ちゃんから赤◯ジャンプを読めという指令が下されてしまっているから、朝倉さんちに行くのは遠慮しちゃおうかな。やっぱり腹痛がぶり返したパターンも使えなくはない。

 

「キョンに禊。いつまで座ってんのよ!みくるちゃんが着替えられないじゃないのっ」

『うん、やっぱり追い出されるよね!当然、わかってはいたけれど』

 

 なにはともあれ。みくるちゃんには着替えさせてあげなきゃ始まらないので、僕とキョン君はまたもや廊下に立たされることになった。お情けで、各々の湯呑みだけは装備を許されて。テスト0点がアベレージののび太君でも、こんなハイペースで廊下に立たされた経験は無いんじゃないかな。

 

 校内での体力づくりを練習メニューとした運動部達が目の前を走り抜けていく様子を見守りつつ、僕らは刻一刻と冷めていく緑茶をチビチビと味わう。みくるちゃんが淹れてくれる緑茶は、海原雄山や山岡さんでも絶賛間違いないレベルで美味しい。ただ、一つだけ欠点があるとするなら、総じて熱々ってとこだね。そんなの、過負荷的観点では欠点でもなんでも無い。でも、これから日増しに暑くなっていくのを加味したら、そろそろ水出しという手もあるんじゃないかな。今度、水出し用のポットでも購入して、それでみくるちゃんにお茶を淹れてもらおう。

 

「朝倉が突然来なくなった。それだけでクラスがざわついたんだが、まさか転校しちまったとはな。俺も、ハルヒの憶測を否定出来るだけの材料を持ち合わせちゃいない。一女子高生がカナダへ即日転校なんてのは、まあ、まず考えられん。朝倉がハーフで、両親のどちらかがカナダ出身とかならギリギリ理解出来るがな」

 

 アスファルトが溶けそうなぐらいの猛暑、一日のくだらない授業を耐え切ってから飲むみくるちゃんの水出し玉露。ガラスのコップに、氷でも浮かせてキンキンに冷やされた鮮やかなグリーン。その美味しさはどれほどのものか。数ヶ月後には確実にやってくる素晴らしい夏を妄想し、思わず喉をゴクリと鳴らした僕の横では、キョン君がブツブツ言い出した。いきなり現実に引き戻さないで欲しい。

 

『朝倉さんって、ハーフだったのかい?僕の記憶が正しければ、カナダの血は、彼女の見た目からは感じ取れなかったけれど』

 

「朝倉がハーフやクォーターといった話は、入学からこっち聞いたこともないな。自分で言っておいてアレだが、両親の出身がカナダって説は無いね。」

 

 ふうむ。となるといよいよ、朝倉さんの転校理由がわからないな。赤◯ジャンプも無論恋しいけれど、僕って謎解き漫画も結構好きな人間だから、みんなに同行して朝倉さんちにお邪魔するのもやっぱりアリかもね。さっきまではキョン君が物騒な発言をするからテンション下がっちゃっていたものの。しょうがないからこの球磨川禊が、高校生探偵に今からでもなってあげても良い。有希ちゃんも、流石に明日までに赤◯ジャンプを読んでおけば怒らないでしょ。

 

 しかし朝倉さん。まさか、【大嘘憑き】でなかった事にされただけでイジメと勘違いしちゃって転校したとかは無いよね?弱いものの味方日本代表である僕が、誰かを虐めるだなんて天変地異が起きようともあり得ないぜ。イジメ、カッコ悪い。

 

「おや?お二人が廊下にいらっしゃるということは、もしやまだ朝比奈さんが着替え中なのでしょうか。」

 

「遅かったな、古泉。またバイトでも入ったんじゃないかと思ったぞ」

 

「んっふ。今日の僕は、正真正銘掃除当番だっただけですよ。」

 

 1年9組の教室をピカピカにして来た古泉君が重役出勤。これでメンバーは揃ったね。

 

『んじゃ、バイトも無いみたいだし古泉君も参加でオッケーかな』

 

「参加……と、いいますと?」

 

『朝倉さん殺人事件の犯人を、これから突き止めに行こうってハルヒちゃんが言うんだ』

 

「殺人事件とは、穏やかではありませんね。朝倉さんとは、涼宮さん達のクラスにいた女子生徒でしょうか」

 

「そうだ。昨日早退したかと思えば、今朝になってカナダに転校したときたもんだ。ハルヒがワクワクするのも頷けるだろ?球磨川がいう殺人事件って線はあり得ないだろうがな」

 

「……成る程。そういうことでしたか」

 

 たったこれだけの説明で、全てを理解した風な古泉君。ニッコリと笑顔を作り、僕の隣で壁にもたれかかる。

 みくるちゃんのお着替えを待って、僕らSOS団は全員で朝倉さんの自宅を目指すこととなった。

 







カナダの場所ぐらい球磨川でも知っとるだろ…
そして犯人はお前じゃ!!


読み返してても、球磨川の思考が支離滅裂でおかしなりますわ

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