球磨川禊の憂鬱   作:いたまえ

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『じゃあ……エキゾチック物質、見つけてくださいや』






十一話 時間平面

 未来から来たっていうみくるちゃんの発言は、果たしてジョークなのかな。さては、先日の金曜日に再放送していた映画を見て影響を受けてしまったんだね?わかるよ。僕も時かけは何度目かの視聴であってもついつい見入ってしまうほど好きだからさ。

 誰にも秘密で時間遡行している主人公が、ある日親友から唐突に「お前タイムリープしてね?」と聞かれた際の、心臓をキュッと掴まれたような感覚は堪らないぜ。親に内緒のイタズラがバレたような、なんともヒヤリとするあの感覚が。

 

 わざわざ誰もいない時間を見計らって書道部室まで赴いてあげたのに、時かけごっこに付き合わされるのは拍子抜けではあるものの、ここは男として!のってあげるのが優しさでしょ。

 

『わかった!みくるちゃんも、きっと僕にそう聞いて欲しいんだね?映画のワンシーン再現的な遊びがしたかったのなら早く言ってくれよ。それじゃあ早速聞いちゃおっと。準備はいいかな?みくるちゃん。』

 

「え?」

 

 

『……お前、タイムリープしてね?』

 

 

 僕は絵を見る為に過去へまでやって来た少年になりきって、少しばかり低音イケメンボイスを意識して名台詞を放った。ボソリと言葉を呟くと、数秒の沈黙が部室を支配する。

 

 ……………………

 

 うん。みくるちゃんは間の取り方が上手いんだな。さてと、彼女はどんなセリフを繋げてくるのだろうか。あるいは、タイムリープをする為に今にも走り出すのかな?彼女のどんな返答にも対応可能なように、僕はあらゆるパターンを想定する。万が一みくるちゃんが部室の窓から身投げしても、スキルがあるから問題ないし、思う存分やって欲しい。

 

 が、みくるちゃんが演技で返してくれる事は無く。

 

「えっと。禊ちゃん?私の話聞いてましたか?未来から来たって、言ったばかりじゃないですかぁ」

 

『聞いていたともっ。全く、君も大概映画が好きなようだね。こんな人気のないところまで僕を連れてきたのも、映画の人物になりきっているのを他人に見られたくないが故だったとはね』

 

「全然話が噛み合わないですぅ……。ううん、ひょっとしたらこれでいいのかも……?」

 

 僕が快く時かけごっこに参加してあげようと思ったのに、みくるちゃんと来たら失礼にも一人で物思いにふける。むしろコチラがテンションを上げ始めたところにこの仕打ち。みくるちゃんには女王様の才能がありそうだ。ロイヤル的な方では無い女王様だね、この場合。上げて落とす、飴と鞭的な。いや。……みくるちゃんほどの美少女にムチで叩かれるのは、人によっては飴と飴かもね!

 

 冷水をぶっかけられたような気分になった僕は、これならハルヒちゃん達を追いかけるべきだったかと後悔しつつ

 

『何やら思案している最中申し訳ないのだけれど、時かけごっこをするつもりが無いのなら僕はハルヒちゃんの元へ向かってもいいかな?彼女に聞きたいことがあってね』

 

「あ!それはダメ。涼宮さんのところへは行かないで欲しいの」

 

『ダメ…?それはまたなんでだろう。』

 

 なりきりごっこには不参加の姿勢だったというのに、みくるちゃんは僕を引き留めたい様子。まるで、僕とハルヒちゃんの接触を避けたいかのよう。うーん、どのみち団活で顔を合わせるんだけどなぁ。ついでに、僕って天邪鬼だからダメと言われればやりたくなってしまうんだぜ。

 

「そもそも私が未来から来たという発言は、別に映画の名言とかじゃ無いんですよ?禊ちゃんに早とちりをさせてしまったのは私のせいですけど」

 

『うん、そうだね。僕が時かけのワンシーンを思い浮かべてしまったのは、全部が全部思わせぶりなみくるちゃんのせいであって、僕は悪くない』

 

「ふえぇ……そんなにハッキリ言わないでください……」

 

『それで?ならばどうして未来から来たなんて発言したのかな。リーディングシュタイナーの能力を持つ僕に、まさかダイバージェンス1パーセントの壁を越えろとでも?』

 

 タイムリープマシンさえ用意してくれるのなら、そのぐらいはお安い御用さ。

 

「リーディングシュークリーム……?禊ちゃん、今は食べ物の話はしてないよ?」

 

 おっと!みくるちゃんには伝わらないゲームネタを挟んでしまったようだ。ある意味、アニメを見てるのではと思える返しではあったけれど。僕としたことが、レディーの会話を遮るなんて男が廃るぜ。ささ、気にしないで語ってくれたまえみくるちゃん!

 

「私、あんまり人に物を説明するのが得意じゃないから、上手く伝えられるかわからないの。それでも、聞いてくれますか?」

 

『もちろん構わないぜ。みくるちゃんには部室でお茶を淹れてもらってる恩もある。』

 

 妄想ノートの中身を聞くくらい、わけはない。

 

「私が未来から来たと言っても、いつ、どの時間平面から来たかは言えません。過去の人間に未来の情報を伝えるのは厳重に制限されていて、仮に私が話したくても話せないようになっているの。」

 

『タイムパラドックスだね、俗に言う』

 

 未来を変えてはいけないのだ!ってやつ

 

「我々の時代では解決済みですけど、そう理解してくれて構いません。そもそも、時間というのは連続性のある流れのようなものではなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねた物なの。」

 

『……ようするに、みくるちゃんとしてはエヴァレットの多世界解釈がお気に召さなかったと?』

 

 今時の流行りとしては、多世界解釈なんじゃないかと僕なんかは思うのだけれど。

 

 みくるちゃんは困ったように笑い

 

「ええと、そうね。アニメーションを想像してみて?あれって、まるで動いている様に見えるけど、実際には一枚一枚の静止画でしかないでしょ?時間もそれと同じ。時間と時間の間には断絶があるの。限りなくゼロに近い断絶なんだけどね。だから、時間と時間には本質的に連続性が無い」

 

 そうなの?

 

 この球磨川禊としたことが、少々みくるちゃんのぶっ飛び脳内についていけてないらしい。日本語で喋ってくれているのに、違う国の言語かな?ってなるくらいには、脳を素通りしていくぜ。

 

「つまり、この時間平面で私が何をしたところで世界は変わらないの。今の私は、パラパラ漫画の途中に書かれた落書きみたいなもの。次のページには描かれていない存在。私がこの時間平面で何かをしたところで、何百ページにも及ぶパラパラ漫画のストーリーは変わらないでしょ?」

 

 なんだろう。僕の頭が悪いからか、みくるちゃんのオリジナル設定がイマイチ飲み込めない。仮にこの時間平面とやらでみくるちゃんが僕を刺し殺したとして、次の時間平面では僕は生き返っているのかな?

 

 みくるちゃんが僕を刺した段階で、僕が刺された世界線と、刺されなかった世界線に分岐するって考えのほうが馴染むのはこれもタイムリープものの創作物を読み過ぎたからかな。

 

 まあ、みくるちゃんの中ではそういう設定なんだろうなと、僕は無言で頷く。

 

「……私がこの時間平面に来た理由はね、涼宮さんにあるの。」

 

 ハルヒちゃん?

 

 古泉君といいみくるちゃんといい、ハルヒちゃん大好きかよ。

 

「今の時代から三年前に、大きな時間震動が観測されたの。我々は調査をする為に時間を遡ったのだけれど、不思議な事に三年よりも前の時間に遡れないのがわかって驚いたわ。時間平面と時間平面の間に大きな断層があるのだろうっていうのが結論。でも、どうしてこの時代にだけそんなモノがあるのか謎だった」

 

 いや、そこまで来たら文脈的にも原因は涼宮ハルヒちゃんなんじゃねーの?なんせ神なんだし。そう言えば、古泉君が意味不明な力に目覚めたのも三年前だと言ってたな。これを偶然と片付けるにはちょっと無理があるかも。

 

「禊ちゃん、凄く察しがいいんですね……!そう、まさに涼宮さんが時間の歪みの真ん中にいたの。でも、時間平面に一人の人間が干渉出来るだなんて到底信じられない。だから、私は涼宮さんを調査する為にも身近で観察する為に派遣されたんです」

 

『なーるほど!でも待てよ?それならそうと、ハルヒちゃんに教えてあげれば良くない?不思議探索とかに駆り出されるのもダルいし、今からでも今の話をしに行ってあげようよ!』

 

「それは……禁則事項で不可能なの」

 

『禁則事項なら仕方ないね。』

 

 そこは、タイムパラドックスポイントなのかな。

 ま、みくるちゃんには無理でも、僕には可能だけれど。後でみくるちゃんとわかれたら、ハルヒちゃんに教えてあげるとしよう。

 

「これが、私がここにいる理由。信じて貰えなくてもいいの。ただ、知っておいて欲しかっただけ」

 

 みくるちゃんは言い終え、僕に説明をするという目的は無事達したのか安堵の息をつく。

 

『そう?んじゃ、書道部室を出ようか。そろそろ部員か顧問か、誰かが来ちゃうかもしれないし!』

 

 たまにあるよね。日曜日なのに学校へ行く準備をしてしまうことが。もしかすると、曜日感覚の狂った部員がやって来る恐れがある。

 なるほど、SUNDAYじゃねーの!

 

 僕は、妄想をひとしきり聴き終え、みくるちゃんが満足したのを確認するやドアノブを捻る。古泉君は曲がりなりにも能力を見せてくれたから説得力もあったけど、みくるちゃんのは完全に自己申告に過ぎず。まあ、今度機会があれば僕を過去か未来に連れてってくれたなら信じてあげても構わないかなって感じ。

 

「あ、……待って!」

 

 小さな手に、僕の右肩が掴まれた。

 

『……なんだい?』

 

 振り返ると、困り眉のみくるちゃん。

 

「禊ちゃん……貴方は一体……」

 

 何者なんですか?って?

 

「本来、この時間平面には……」

 

 おやおや、みくるちゃんもか。みーんな、僕を謎の人物扱いしてくるなぁ。まるで、この世界に存在してちゃいけないみたいじゃんか!

 

「ううん、なんでもない。ごめんね、引き止めちゃって。今日は話を聞いてくれてありがとう。今の話は無かったことにしてもいいからね?部室では、私に対して普通に接してくれたら、それで十分だから」

 

 何か言いたげだったにも関わらず、グッと飲み込んだ様子。

 

『なんだかよくわからなかったけれど、承知したよ。みくるちゃんによろしくするのは、僕の血のつながらないお姉ちゃんであって欲しいところの鶴屋さんにも約束したからね。任せてくれよ!』

 

 僕は右手をサムズアップさせ、書道部室を後にした。

 

 ドアが閉まるまで背中に突き刺さっていたみくるちゃんの視線が、僕が本来はこの時間平面にいるはずの無い人間だと言いたげな感じもしなくもなかったけれど、きっと気のせいだよね!

 

 それに、もしも万が一!僕がこの時間平面にいない不思議な存在であったとしてもっ!

 

 ……みくるちゃんの理論なら、未来にはなんの影響も無いのだから構わないでしょ。

 

 

 

 










時間平面論にしろ多世界解釈にしろ球磨川の存在はヤバいと思うのだが

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