隣人だから   作:ヤンデレ大好き系あさり

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第三話

 窓から外を眺めていると、休日という事もあってか子連れの家族が多いと分かる。彼らはいかにも「私たち幸福です」って顔をしていて、なんというか見ているこちらも心が温かくなるような、懐かしい様な気分になる。

 

 「……家族かぁ」

 

 そう言えばもう二年近く顔を出してない。毎週連絡を取り合っているから家族が恋しくなるようなことはまずないが、久しぶりに実家に帰ってみるのもいいかもしれない。確か来週に三日ぐらい連休が続いてたからそれを使うとしよう。

 

 とすると両親に予め連絡をするのは勿論のこと、朝田にもしっかり説明しとかないといけない。

 

 「……ここであいつの名前がすぐ出てくるんだもんなぁ」

 

 朝田とは自分のよき隣人のことである。

 

 彼女には家事を半分、もしかしたらそれ以上手伝ってもらっている。だから朝田の事を考えるのは当たり前と言えば当たり前なのだが、やはりそうなると自分のダメ人間加減が目立ってしまう。そもそもな話、お隣さんに家事を手伝ってもらうという事自体あまりない話だ。本当に今更な話だが。

 

 でもあれだな。流石に他人に私生活を任せきりだ。これじゃあ本当にドラッグよろしく依存症になって、朝田から離れることが出来なくなってしまう。そうなると向こうも迷惑だろう。彼女だっていつかは俺から卒業する日も来るだろうし。

 

 「あいつって誰のこと」

 

 噂をすればなんとやら。お手洗いから帰ってきた朝田はドカッと乱暴に椅子に座る。なんで不機嫌なんだろう。

 

 「ん、何でもないぞ」

 

 「貴方に隠し事されるのは気分が悪い」

 

 何でもないように気楽に言ったつもりなのだが、思いのほか食い下がってきた。分かり難いが朝田は頬を小さく膨らませ、ジト目になりながら真正面から何かを訴える様にこちらを見てくる。

 

 こうなった朝田をはぐらかすのは非常に難しい。正確にははぐらかそうとしても、何故かそれが嘘だとすぐに見抜かれる。更に恐ろしいのが、奇跡的にその場を凌げたとしても後から嘘だとバレると滅茶苦茶怖くなる(・・・・)という事である、勿論朝田が。だから仕方ないので両手を上げて降参するように告白した。

 

 「いやね、俺、久しぶりに実家に帰ろうかなって考えてさ。朝田にそのこと伝えなきゃって思ったんだけど、よくよく考えたら俺ってば朝田に頼りきりなことに気づいたわけよ。だからこの際、実家から戻ってきたら自分で飯くらいは作るようにしようかなって」

 

 「別にいいじゃない、このままで。二人分の料理を作るくらい苦じゃないわ」

 

 「え、マジ?」

 

 予想外の反応である。以前「楽させろ」とかそんな感じのことを言っていたからすんなり了承されると思った。

 

 朝田が構わないなら無理に生活習慣を変える必要もないか。いまちょっとそんな風に納得しかけたのだが、それでは俺の将来がダメ男で確定してしまう。これからくるであろう輝かしい自分の未来のためにもう少し説得してみよう。

 

 「今はそれでいいかもしれない。でも朝田、お前だってずっと俺のお隣さんって訳じゃあないだろう? そろそろ一人立ちできるようにならないと、主に俺が」

 

 俺と彼女が出会ってかれこれ半年以上経つ。頼ってもいいとは言ったが、その見返りに俺が朝田に依存するのは話が違う。今まで彼女には本当に助けられたし楽しい生活を送らせてもらったが、そろそろ卒業しなければならない。

 

 当然のことながら、それは朝田との交友を断つという意味ではない。ただ自力で生活する力を身に着けたいという、いわば俺の我が儘である。少なくとも俺はそのつもりで発言した。

 

 

 

 「……私は、先輩から離れるつもりはない」

 

 

 

 ポツリと呟かれた、底冷えするくらい無機質な言葉。とても人の口から出たものとは思えない程その声音は冷たくて、いっそ病的に幽鬼的ですらあった。それでもそれが明確な意思表示を示しているのは、その言葉が彼女にとって揺るぎない本心だからなのか。

 

 こんな朝田の声は初めて聴いた。確かに彼女の雰囲気はいつももの静かで、他人から見たらややドライすぎるきらいがあるのは認める。しかしそんな彼女にも確かな人間性があって、微笑む時には人間特有の温もりすら感じられた筈だ。

 

 「お、おい、朝田。お前今なんて……?」

 

 だから、今のが彼女の口から出た代物だとは到底思えなかった。

 

 「いえ、何でもないわ。それでえっと、確か貴方がご飯を一人で作るつもりだって話だったかしら? 一人で何かをしようとするのはいい事だと思う。けれどサポートくらいならいいわよね」

 

 本当にいつの間にか、彼女はいつも通り(お人よしの姉御気質)に戻っていた。拍子抜けするくらい、普段の朝田詩乃として彼女はそこにいたのである。

 

 「あ、ああ」

 

 口から漏れ出た音は、少ない空気が抜けるように弱々しい。

 

 白昼夢を見てた気分だ。今のは幻聴だったのではないか、そう疑いたくなるくらい先程の彼女は現実離れしていて、正直に言えば軽く恐怖すら覚えた。それほど朝田の豹変ぶりは異常(・・)に見えて仕方がなかった。

 

 「で、私もついてっていいの?」

 

 「へ?」

 

 「私も先輩の実家に行ってもいいのかって話」

 

 目を反らさずいつもの調子で告げる。本当に元通りになったらしい。だからこそ違和感を感じた。

 

 普段通りに戻ってくれたのは確かに助かる。けれどさっきの恐怖を経験したばかりのせいか、逆にこっちの調子が狂ってしまうし怖くも感じる。ついでに突拍子のない事も言うし。

 

 「なんでさ」

 

 「だって挨拶したいじゃない。これでも貴方には感謝してるんだから」

 

 「そんな大袈裟な。俺そこまで大したことしてないぞ」

 

 「ダメならいいのよ。私も一緒に行ければいいかなって程度にしか考えてなかったから……」

 

 言いながら僅かに目を伏せて、朝田はちょこんと子猫みたく大人しくなる。発言の割には結構悲しそうにしている件について。なんかもうさっきのが見る影もない。

 

 「……まぁ、いいんじゃないかな。両親にも連絡しておこうか?」

 

 しかしまぁ、そんなしおらしくされるとこちらの方が申し訳なるというもの。仕方がないので自分は肩を竦めながらそう言った。ところで朝田のことになると極端に弱くなってないか、俺。

 

 「本当? それじゃあ頼んだわ」

 

 と思ったらすぐに持ち直していた。これが想像通りなのが悲しいところ。

 

 「意外と現金だよなお前」

 

 「知ってる? 女ってみんなズルいのよ」

 

 それはまた説得力のあることで。流石は声が某有名怪盗アニメのお色気枠に似ているだけの事はあるわ。

 

 「さて、話もまとまったことだし注文しちゃいましょうか。メニューは決まったかしら」

 

 まとまったというか、強引に決め付けられたというか。まぁ細かい事は気にしないようにしよう。変に指摘して痛い目には遭いたくない。

 

 ―――そう言えばファミレスだったな、ここ。

 

 今更になってこの場所にいる目的を思い出す。

 

 現在地は最近俺達の住むアパートの近くで開業されたファミレス。量の割には値段が安いというのが気になって、二人で入店してみたという次第だ。因みに誘ったのは俺の方である。

 

 「朝田がトイレしてる間に決めてある。俺はこの爆裂ハンバーグのランチセットにする。お前は?」

 

 手元にあるメニューを朝田に手渡す。美味しそうなのが多くて選ぶの時間が掛かった。だから、そういうときはその店の定番を頼むべきだろう。

 

 「私はそうね。先輩と同じのにするわ」

 

 「そうか。ソースも自分で選べるみたいだ、俺はニンニクソースにするけど」

 

 「じゃあ私は和風で」

 

 スムーズにメニューが決まったので呼び出しベルを押す。するとすぐにオーダーを取りにきた、元気のいい女性店員さんに注文した。その時印象的に思ったのが、その店員さんの制服がやたらシェフっぽくてカッコよかったということだ。

 

 「……ああいう人が好みなの?」

 

 「んー? いや別に?」

 

 「その割には随分釘づけだったじゃない」

 

 女性店員さんが他のテーブルに回ってから暫くしてから、朝田はまた不機嫌にそうにする。感情表現が豊かなようで何より。こちらとしてはまるで意味不明だが。

 

 「ウェイトレスさんに憧れてた時期があるんだよ」

 

 「どうだか」

 

 「勘弁してくれ。恋愛なんてのはそう頻繁にするもんじゃないんだ」

 

 「頻繁ねぇ。……まさか先輩、好きな人いたりする?」

 

 今日の朝田はやけに突っかかってくる。彼女自身の着眼点が鋭いのも相まって非常にやり辛い。視力が良い人間って勘も優れているのだろうか。いや、今のは俺がただ墓穴を掘っただけか。

 

 「その反応はまさか図星? へぇ、先輩でも恋愛するんだ。お相手は誰なのかしら」

 

 今度は一転して、ものすごく生き生きしながら問い詰めてくる朝田。なんなら笑顔を浮かべてるまである。口元を喜色に歪めて、目を細める姿はどこか艶っぽいようにすら見えた。

 

 「……ちゃ、茶化すなよ。俺だって恋愛くらいする」

 

 「ふーん。で、誰なの?」

 

 なんて率直。本来の俺なら狼狽えるであろうこの状況。でもそれを予期しないほど間抜けじゃあない。甘い、甘いぞ朝田よ。

 

 「これは例えばの話だが、俺がお前だと答えたらどうするよ?」

 

 「その時は付き合ってあげる」

 

 「え、マジっすか?」

 

 本日二度目の仰天。しかも即答。見れば朝田は不敵に微笑みながらこちらを見つめている。まいった、どうも甘かったのは俺の方らしい。

 

 「本気(マジ)だったら例え話にならないじゃない。実は期待してたり」

 

 「悪かった。俺が悪かったからこの話はお仕舞にしよう、うん」

 

 「構わないわよ。先輩がヘタレでおバカさんだって事を再認識できただけでも収穫だから」

 

 降参してるのに追い打ちのストンプを掛ける系後輩、朝田詩乃。切り替えしも洗練されていて、丁寧に反撃してくる。もはや形だけ先輩と呼ばれてる感が半端なくて泣けてくる。大体再認識ってなんだよ。俺って前から朝田にヘタレ野郎と思われてたのだろうか。だとしたら本当に泣きそう。

 

 と、そんな感じで落ち込んでいると目の前に大きなハンバーグを乗せた鉄板が置かれた。

 

 「好きな人をいじめるのはいいけど、やり過ぎちゃうと彼氏くんに愛想尽かれるよん」

 

 話に夢中だったせいか、それがウェイトレスさんの声だとは気づかなかった。というか近づいてきたことにさえ気づかなかった。彼女は俺達にしか聞こえない程度の小声で呟く。大人の余裕とでも言うべきか、ウェイトレスさんの表情は近所のお姉さんが微笑ましいモノを見るときのそれに等しい。

 

 「な、か、先輩は、っか、彼氏なんかじゃないわよっ」

 

 赤面しながら必死に否定する朝田を見てようやく事態を飲み込めた。突如として現れた援軍者に俺はサムズアップを送る。するとウェイトレスさんも俺の反応に気づいたのか、同じ動作で返してくれた。

 

 「良い子ね、彼女」

 

 「俺の自慢の後輩ですよ。可愛いでしょ?」

 

 「ちょ、先輩までっ!」

 

 そうだった。こういう時は褒め殺せばよいのだった。境遇のせいと言うのもあるだろうが、褒められる事にとことん弱い。これが朝田の数少ない弱点である。

 

 「ふふ、遠目から見ても可愛かったわよ」

 

 「ええよくわかります。これで掃除や洗濯、料理もこなせるんだから完璧ですよ」

 

 「な、ななっ」

 

 朝田は更に赤化(誤字にあらず)を加速していく。続けて俺とウェイトレスさんは朝田を褒め千切りまくると、ついに「ぼふん」という擬音が聞こえそうなくらい真っ赤になって朝田は俯いた。おお、耳まで朱い。

 

 それを見て満足したのか、ウェイトレスさんも「それじゃあね」と軽く手を振って仕事に戻っていった。嵐の様な人だった。とはいえ物凄く助かったから感謝してる。

 

 「ほれ、朝田、冷めないうちに食べるぞー」

 

 「……」

 

 勿論反応は期待してない。でも義理は果たした。という訳で俺は熱くなってフリーズした朝田を無視して、遠慮なくハンバーグに食らいつく。

 

 「うーん二重の意味で美味し」

 

 それから朝田が復活するまでの数分の間。俺はそんな彼女を観察しながら気分よく食事をしたのだった。

 

 

 

 

 因みにこれは余談だが、この後平静を取り戻した朝田にメチャクチャにやり返された。当然のように仕返しされる先輩ってどうよ。

 




ヤンデレは大好き。でもいざそれを表現しようとすると陳腐になる。今回、書いててそれを深く実感させられました。

それにラブコメ自体あまり書いたことなくて、無理やり感が凄い。特に最後の方。ですので、ご指摘ご意見ご感想を心の底からお待ちしております。

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