隣人だから   作:ヤンデレ大好き系あさり

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第二話

 俺と朝田が初めて対面したのは、彼女が隣の部屋に引っ越してきた時のことだった。

 

 菓子折りと共に挨拶をしにきた彼女は、初めはそこまで友好的ではなかった。というよりもあまり人付き合いが好きではない、或いは得意ではなかったのだろう。朝田は必要最低限の言葉を交わした後、すぐに帰ってしまったのである。

 

 まぁ部屋が隣だからと言って、何か特別なことがある訳でもなし。顔を合わせれば挨拶くらいならすることはあるだろうが、所詮は赤の他人という薄い関係に過ぎないのだ。

 

 そのことを頭の中では分かっていても、それでも何か変化を求めてしまうのが男子高校生の性というもの。よく考えてみてほしい、ある日突然お隣に結構可愛い女の子が引っ越してきたのだ。甘いラブコメ展開を期待するのは、健全な男子高校生なら変ではあっても不自然ではないと()は考える。

 

 とはいえ十七年も生きてみれば妄想と現実の区別くらいはある程度つけられるようになるのも事実。認めたくないが、この世界は自分が思っている以上に甘くないのだ。

 

 甘くない、そう思っていたのが半年前。

 

 「おかえりなさい」

 

 現在の時刻は九時半。部活から帰宅してみれば教科書や参考書などを机の上に広げて、姿勢よく座布団に座っている朝田がいた。そのことにもはや疑問すら感じてないのは、やはり感覚が麻痺しているのだろうか。何にせよ、あまりいい傾向ではないのかもしれない。

 

 それは兎も角として、部屋から様々な香辛料を混ぜた香りがする。この独特で甘い感じの匂いは――――――

 

 「今日はカレー?」

 

 「ええ、嫌だったかしら」

 

 「カレーが嫌いな男ってそういないと思うぞ」

 

 朝田詩乃は俺の隣人である。その事実に間違いはない。ただ、普通のお隣さんとだけ形容するにはあまりに俺達の関係は近すぎる様に思える。少なくとも夕食を共にし、互いの部屋の合鍵を持つような関係を近くない(・・・・)とは決して言わないだろう。

 

 「そう、それは良かった」

 

 はにかむ様に微笑む朝田。出会った当初なら考えられないその仕草に、不覚にも胸を打たれる。顔は赤くなってないだろうか、そんなことを心配してしまう。

 

 「先にシャワー浴びる?」

 

 「いや、カレーを食べちゃおう。流石に異性二人が深夜に同じ部屋にいるのも不味いからな」

 

 「……そう」

 

 朝田は俺の飯三食を作ってくれてる上に、こうして俺が帰るまで夜遅くまで待ってくれている。正直お世話になり過ぎて、先輩としての威厳が保ててないのが実情だ。そのくらい俺の日常生活は朝田詩乃という女の子に依存してしまった。だからこそ、どの口がと言われようとも、せめて最終ラインだけは守りたいのだ。

 

 「そういえば、今日は遅かったわね」

 

 夕食の準備を始めながら朝田はほんの少し棘のある言い方をする。流石に10時近くに食事というのは女の子としては避けたい出来事なのかもしれない。だから朝田はちょこっとだけ不機嫌なのだと考えて、俺はこう答えた。

 

 「悪い、部活が長引いたんだ。多分これからもこういう日が多くなると思う。作って貰っておいて厚かましい話だけど、朝田がもっと早くに夕食を済ませたいなら俺なんか待たずに先に食べててもいいんだぞ」

 

 晩飯を作ってくれるだけでも望外だというのに、食事まで待たせてしまうのは申し訳なさ過ぎる。実際、朝田は俺が帰って来るまでの間はずっと勉強して時間を潰していたようだし、彼女の生活に影響を及ぼしているのは明らかだ。

 

 だから、これは善意で言ったつもりだった。なのに何故、俺は朝田に物凄く睨まれているのだろうか。

 

 「あ、あの朝田さん?」

 

 「……はぁ、別に先輩がそういう人だって分かってたからいいけど」

 

 いきなり睨まれたと思ったら、今度はいきなりため息をつかれたのだが。なんか釈然としない。

 

 「あの俺なんかした?」

 

 「いえ何も。……(この鈍感)

 

 最後に何か呟かれた気がするが、うまく聞き取れなかったことにする。

 

 まぁソレは兎も角として、朝田が不機嫌になってしまった。一度彼女を不機嫌にすると宥めるのに時間が掛かる。その間はずっと「ツーン」としてて、見ようによっては可愛かったりする。そう考えると何と言うか、朝田はまるで猫みたいな気性だなぁと思った。

 

 「何か失礼な事考えてるでしょう」

 

 「いや別にそんな事はないよ。それよりも早く朝田の作ってくれたカレー食べようぜ。良い匂いに焦らされたせいでもう腹ペコだ」

 

 「……ふん」

 

 いかにも私は「機嫌が悪いです」オーラを纏いながら、朝田はカレーライスを乗せた器を二つ持ってくる。どんなに不機嫌であろうとも、しっかり料理を持ってきてくれる所に彼女らしい優しさを感じる。こういうのをおかん体質、或いは姉御肌と言うのだろうか。

 

 「一応俺の方が年上なのにどうして姉御なんだろ」

 

 「何の話よ」

 

 「いやね、朝田は立派だなぁって話」

 

 「……ご機嫌取りには乗らないわよ」

 

 とりとめのない会話をしながらお互い席に着く。カレーの器が目の前にあるせいか、おいしそうな香りが食欲を刺激した。ヤバい、これは空きっ腹に効く。

 

 これは備考だが、俺たちは朝食は朝田の部屋で、夕食は俺の家で取るようになってる。理由なんかないと思う。ただいつの間にかそうなっていただけである。まぁよくよく考えてみるとおかしな話ではあるが。

 

 ともあれ―――

 

 「いただきますっ!」

 

 「元気ね、召し上がれ」

 

 いつも通り、食事は行われた。因みに朝田のカレーは美味しかったです。とても。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 俺と朝田は隣人である。

 

 そのことに間違いなんてない。ただ俺は、その距離感を図りかねている。この関係は果たして本当に部屋が隣なだけで形成された代物なのだろうか、と。いや、答えなんて分かり切っているのだが。

 

 少なくとも一日の始まりと終わりは朝田と過ごしていると言っても過言ではない。朝起きて、俺は朝田の顔を見て食事をする。夜中はその逆で、食事をとってから朝田と別れる。また部活も学校もない休日になれば、俺と彼女は一日中ずっと一緒にいる事が多い。

 

 この関係が高校生として健全かどうかは兎も角、少なからず俺は朝田詩乃に依存している。そして、俺の思い違いでなければ朝田も俺に依存している。ちょっと違うのが、その依存の仕方が生活面なのか精神面なのかというだけの話。

 

 「ねぇ、先輩。私、実は人を殺したことがあるの」

 

 いつの日か朝田はそう俺に告白した。

 

 その時、酷く自分が狼狽した事を覚えている。話には聞いていた。クラスのグループのLINEで「殺人者が我が校に入学した」と騒いでいたのだから、嫌でも知ってしまったのだ。しかしその殺人者というのが朝田だとは夢にも思ってなかった。

 

 「ごめんなさい。先輩がどんな顔するのかなって、そう思って言ってみたの」

 

 驚く自分を見て、朝田は目に涙すら溜めて笑っていたのを覚えている。

 

 それはどうしようもない孤独感。きっと彼女は今まで誰にも理解されてこなかったのだ。実情を全く知らない他人に無暗に噂を広められて、架空の罪を押し付けられた犯罪者となって、孤独になって、傷ついて。

 

 本当に酷い話だ。この世の神様(・・)に嫌われでもしたのか、出来過ぎなくらい彼女は不幸過ぎた。いや、不幸と片づけるのは朝田を侮辱することに相違ない。今でも彼女は過去から目を反らさず、真正面から挑もうとしている。

 

 「……どうかな。先輩から見ても私ってやっぱりおかしい?」

 

 だから無性に腹が立った。

 

 どうして、どうして誰も手を差し伸べることをしなかったのか。家族でもいい、友達でも学校の先生でも誰でもいい。本当に誰でもいいのに、どうして彼女の孤独感を癒してくれる様な存在が、何年経っても彼女の前に現れなかったのか。

 

 事情を知ってるのなら何故、言葉の暴力を振るう。何故誰も助けない、手を差し伸べない。どうすれば弱った人間をそんなにいたぶれるというのか。どうして、泣くのを堪えながら笑みを浮かべる(・・・・・・・・・・・・・・・・)まで朝田を追い込んだ。

 

 無言で、しかしこれ以上分かりやすく助けを求める彼女の声に、なんで誰も応じなかったのか。

 

 「絶対におかしくなんかない。朝田は今まで頑張ってきたじゃないか。それをおかしいだなんて、口が裂けても言えない」

 

 世の中なんて甘くない。本当に甘くなかった。しかし彼女に比べたら、俺の人生なんてどれだけ甘かったことか。それを思い知った。

 

 だから、言ってしまったのだ。

 

 同情とか哀れみだとか、そんな感情が全くなかったと言えば嘘になってしまう。でも、それを上回るように「ここで言わなければ」という強迫観念があった。ここで俺が言葉にしなければ、朝田があまりに不憫だと、そう思い込んでしまった。

 

 ―――もしこんな俺で良ければ、頼ってくれないか?

 

 考えなしに俺はそう言いきってしまった。心に傷つく個所すらなくなった人間に、そんな言葉を投げかけたらどうなるかなんて、分かり切ったことだというのに。

 




独占欲:6
つまりシノンはヤンデレ?
という訳でタグに微ヤンデレ追加しておきますねー

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