隣人だから   作:ヤンデレ大好き系あさり

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過去編
第一話


 水が冷たい。

 

 目覚ましに洗顔をすれば、思考は一気に覚醒する。その代わりに滅茶苦茶寒くなるが、まぁソレは仕方がない。問題なのは今日からまた学校が始まるなどと、何となしに気づいてしまう事だ。

 

 とはいったものの、学校という場所はとても不思議なところだ。家にいる間は積極的に行きたいとは思えないのに、いざそこに到着するとなるとそこそこ楽しめる。勿論、それなりに仲の良い友人が居ればという注釈は入るが。仮に友人がいなかったとしても、現代の高校生は時間の潰し方をこれ以上ない程心得ている。例えばスマホとか。

 

 「おっと、スマホといえば」

 

 タオルで顔を拭きつつ自分の携帯電話を確認してみると、そこには新着のメッセージが一つ。『目玉焼き』とあった。どうやら今日の朝食も期待できそうだ。

 

 秋の朝は肌寒い。急いで寝間着から制服に着替えて、まだ時間に余裕があるのを確認すると今日の時間割もそろえる。お節介焼の隣人の手によって部屋はよく片付いていて、おまけに教科書とノートは見やすく配置されている。お陰で大した時間を消費することもなく、通学の準備は早く終わった。

 

 「そう言えば、お米があったな」

 

 一人暮らしを始めて早二年。それで家事能力がどのくらい身に着いたかと言えば、まぁ掃除洗濯くらいは楽勝と言える程度には出来る様になったと思う。ただし料理には未だに慣れてない。だから米袋を仕送られても、ちょっとだけ持て余す。

 

 そもそもな話、隣人が毎回おいしいモノを作ってくれるから料理スキルは実はあまり必要ではなかったりする。情けない話だが、俺の食生活はそのお隣さんによって形成されているのだ。彼女(・・)には全くもって頭が上がらない。

 

 だからまぁ、この仕送りは有効活用できる人に渡した方が良いわけでして。俺を案じてこの米袋を送ってくれた両親には悪いが、いいお米ならなおさら隣人さんに提供して一緒においしく頂いた方が良い。その方がお米も幸せというものだろう。

 

 善は急げと言う。冷蔵庫の近くに置いてあった大きな米袋を二つ、両肩に抱える様にして持ち運びながら部屋を出る。そしてすぐ隣の部屋のインターフォンを鳴らして、しばらく待機していた。

 

 「開いてるわ」

 

 そんな必要最低限の言葉が扉越しに返ってくる。もう聞き慣れた。

 

 家主の許可が下りたのでさっさと部屋に入ろうとして、両腕が使えない状況にあるのを思い出す。仕方がないので、ヘッドバットでドアを開ける。ちょっと頭が痛い。二重の意味で。

 

 「おじゃまするよ」

 

 「邪魔するなら帰ってくれないかしら」

 

 「お米やるから許して」

 

 無表情で「帰れ」とか言われると恐いよね。でもこれが毎朝恒例のやり取りなのだからしょうがない。

 

 「お米?」

 

 「親からの仕送り。どうせいつも飯作ってもらってるわけだし、朝田に提供した方が良いかなって」

 

 隣人の名は朝田詩乃という。もみあげを肩に掛かるか掛からない程度に伸ばした以外は、普通にショートカットな髪型の女の子。年齢は俺より一つ年下、つまり高校一年生だ。

 

 立場的には俺が先輩にあたる訳だが、こうして食事を提供しているためか彼女はタメ口である。文句が言えないのが悔しいところだ。

 

 「……これからも作らせる気満々なのね」

 

 「だって朝田の飯美味いし」

 

 そう、彼女の料理はメチャクチャ美味しいのだ。高級料理店みたく何かが跳び抜けているという訳ではない。しかしどうしてか、何度も食べたいと思ってしまうほどの中毒性が朝田の料理にはある。

 

 「……はぁ。本当に先輩は私が居ないとダメね」

 

 ため息交じりに朝田は言う。口調は柔らかいので、不機嫌になった訳ではないのだと分かる。きっと褒められ慣れてないだけなのだろう。

 

 「でも、自炊くらいは出来る様にならないと」

 

 「いやーそれは分かってるんですけどねぇ」

 

 一人暮らしを始めるにあたって、料理ができるか否かは重要なファクターである。彼女に食事を頼りきりな俺でも、一応はある程度、抽象的に言うとカップラーメンは料理ではないと断言できる程度には調理ができる。

 

 ところが半年前。俺はひょんなことから朝田の手料理を頂いてしてしまった。その時悟ったね、「やっぱ自炊するのって馬鹿馬鹿しいわ」って。だからと言うべきか、俺はトチ狂って言ってしまったのだ。

 

 『毎朝俺の味噌汁を作ってくれないか?』

 

 今思えば本当に阿保だったと思う。まず言葉のチョイスからしておかしい。そして何よりそんな言葉が自然と出てしまった自分の自制心のなさに軽く絶望した。

 

 だがしかし、誤算だったのが朝田は俺のお願いを了承したという事だ。何故かは知らない。ただその時は嬉しいという感情よりも、安堵の方が大きかったのを覚えてる。

 

 「今度一緒に作りましょう」

 

 「え? 何を?」

 

 「話の流れから察しなさい。ご飯よ、ご飯」

 

 二人分のサラダと目玉焼きを乗せた皿を持ってきながら、朝田は相も変わらないキリッとした表情で告げる。サラダは綺麗に盛り付けられていて、目玉焼きは美味しそうな色つきをしてる。

 

 「んー今日も美味しそうだ」

 

 「その米袋、ありがたく貰っておくわ。台所の余ったスペースどこでもいいから、置いてきてもらってもいいかしら」

 

 「そりゃ喜んで」

 

 朝田に指示された通り、スペースに余裕のありそうなところに米袋を置いておく。割と重かったので、荷物をおろせて気が楽になった。

 

 やる事を終えたので、もう見慣れた食卓に向かう。本来は一人で使用する事を想定とされているであろう小さな机に、朝田と俺の分の目玉焼きがあった。俺は朝田と反対側の座布団に座り、手を合わせる。

 

 「いただきます。で、さっきの話の続きだけど、俺よりも上手く作れる人が目の前にいるからなぁ」

 

 「めしあがれ。だったら同じくらい料理上手になればいいじゃない。私も手伝うから」

 

 事も無げに朝田は言うが、それってかなり難しいように思う。ぶっちゃけ自分の不器用な手先では彼女の料理に並ぶどころか、その足元にすら及ばない気がする。やらない内から決めつけるのは好きではないが、そう考えてしまうくらい朝田の料理は完成度が高い。

 

 俺がそんな感じの事を言うと、朝田はむっと頬を膨らませてこう言い放った。容姿が優れているという事もあって、正直可愛い。

 

 「いい? 料理に完成なんてない。スポーツや数学と同じよ、終わりなんてないの。だからやる前から諦めてはだめよ。私の料理を褒めてくれたのは素直に受け取るけれど、私も貴方の手作りの料理を食べてみたいの」

 

 珍しく饒舌になった彼女は最後に結構気になることを言った。

 

 「え、なに、お前俺の料理食べたいの?」

 

 「……勿論。いつも私だけが作るなんて不公平だもの。たまには楽させなさい」

 

 料理作るの手伝うんだったら楽なんて出来そうにない気がするのだが、これは黙っておいた方が無難だろう。今の朝田はとても楽しそうだ。彼女の口数が多くなることも珍しいし、何より彼女から何かお願いをするのも稀だ。

 

 最初に出会った時に比べたら、朝田は随分と明るくなった。それは良い事だと思う。部屋が隣というだけの間柄ではあるが、それでも少しでも前向きになってくれたのなら一人の隣人として喜ばしいことだ。とはいえ、俺自身何か特別な事をしたわけではないのだが。

 

 「仕方ないな。それじゃあ、明日は何か簡単な物でも作ろうかね」

 

 「その時は先輩の部屋で集合ね」

 

 どこか嬉しそうにする朝田。傍から見ても浮かれているのが分かるくらい頬を緩めている。

 

 いや待て、どうしてそこで嬉しそうにする。そんなに朝田は俺の部屋に入りたいのか。最近部屋を掃除してもらった時にもそうだが、俺の部屋に何か思い入れでもあるのだろうか。

 

 「あ、そう言えば朝田。お前最近アイツらに何かされてないか?」

 

 目玉焼きに醤油を掛けながら、今唐突に思い出した事を呟いてみる。すると朝田はピクリと肩を震わせて、少し目を伏せがちにしてこう答えた。

 

 「ええ、おかげさまで。今は何ともないわ」

 

 「そいつは良かった。でも高一で夜遊びを覚えてる様な奴らだからな、何かあったらすぐに言うんだぞ」

 

 「……うん、ありがとう」

 

 はにかむ様に微笑みを浮かべる朝田。昔だったら「別にいらないわ」と俺の言葉を冷たくあしらっただろうに、驚くほどの進歩だ。もちろんいい意味で。

 

 半年前、朝田はガラの悪い女子生徒達に絡まれた事がある。最初は友達を装って近寄ったそうだが、どうやらその女子生徒らは朝田を遊び場所の提供人程度にしか考えてなかったらしく、部屋で他校の男子生徒と飲み明かしていた。

 

 当然、高校生の飲み会は凄まじく騒がしい。隣の部屋でテスト勉強していた俺からしたらいい迷惑でしかない。あまりにも煩かったんで、柄にもなく喧嘩腰で朝田の部屋に殴り込んだぐらいだ。そして愉快なことに、奴らは群れてるくせして腰抜けしかいなかった。俺が乗り込んだらサラリーマン顔負けの謝罪芸を見せた後、疾く去っていった。

 

 「おう、困ったことがあったらお互い様だ」

 

 ああそれと、そのガラの悪い女子生徒らなのだがどうやら朝田が俺に助けを求めたと勘違いしたらしく、奴らは朝田を標的にするようになった。所謂いじめという奴だ。

 

 最終的には、それを偶然目撃した俺がそいつらに教育指導して事なきを得た。それからは朝田にちょっかいをかけることもなくなったそうだが、何分ああいった部類の人間はほとぼりが冷めた頃にまた悪さをする。油断するとすぐにまたつけあがるのだ。

 

 「……なら、また何かあったら、私を助けてくれる?」

 

 ふと、か細い声で、それこそ消えてしまいそうな程小さな声で彼女は告げる。

 

 彼女らしくない、とは言わないし思わない。朝田詩乃という人は元来寂しがり屋なのだ。その事を理解している人間は、非常に残念な事にあまり多くない。俺一人で朝田の孤独感をどうにかしてやれるなどと自惚れはない。しかし、それでも出来ることはしてあげたいと考えてしまうのが人情というもの。

 

 だから何でもないように、俺はこう言ってやるのだ。

 

 「勿論だ。俺はお前の隣人だからな」

 

 




映画見てないけどなんか触発されて書いちゃった。

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