東方星雨象   作:和心 どん

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どうも、和心です。

新作を書かせてもらいました。前作と全く異なる雰囲気を楽しめていただければ幸いです。


旧友の手紙

 トントン、と襖を叩く音が聞こえてくる。外にいる者に向かって「どうぞ」と、中に入るように促す。

「失礼します」

 そう言って入ってきたのは9つの尻尾を持った女性であった。

「籃ね。どうしたの、外で何かあったのかしら?」
「何もございません。しかし、『アレ』が降り始めてから1週間も経っています。博麗の巫女達も異変なのではと、動き始めてから3日も経ちました。しかしながら、依然としてこの現象の正体は愚か、根源にすら辿り着けていません」
「困ったわね……」

 うーん、と唸る私。籃の向こう側にある光景を眺める。
 空は仄暗い灰色に覆われ、ほんのりと青白く光る雨が降っていた。そもそも雨というのは、透明色の液体が空から降ってくるものだ。中には赤い雨やら黒い雨も降る事だってある。大抵それらの場合は化学兵器によるものの影響だったりする。しかし、今目の前で降っているそれはそれらとは全く異なるものであった。
 賢者である私でさえも悩ますこの雨。数多の知識を持ってしても解決できないものであり、私はこの現象が起きてから丸々1週間研究に費やしているのであった。
 身内の者達も協力してこの怪現象の謎に迫るも、糸口一つすら見つける事ができないでいた。

「……所で、机に手紙があるのですが。それは一体何なのですか?」

 机に置かれた手紙を指す籃。

「ん? ああ、これね。これは私の知り合いに手紙を送ろうとしていたのよ」
「こんな状況で悠長な事してる場合ですか?」
「最後の頼みの綱みたいなものよ。彼女が解決できないなら、この異変はそのまま膨張してやがては幻想郷を滅ぼすわ」
「恐ろしい事を淡々と言わないでください。皆の命が掛かってるんです! ……そもそも、知り合いがいた事に驚きです。その者は外界の者なのですか?」
「貴方も何気なく失礼な事言うじゃない籃。雨に打たれすぎて頭でもおかしくなったのかしら? ……まぁ、外界に住んではいるものの人間ではないわね」
「では、私達と同じ類の者と?」
「ええ、そうよ」

 本当なのか? と、言わんばかりの疑惑の表情でいる籃。ちょっと癪に障ったので、手に持っていた扇子で頭を叩いた。

「痛っ!? ちょっと何するんですか!」
「変な顔した虫がいたから癪に障ってね」
「それって私の事じゃないですか……」
「さて、それはともかく。籃、この手紙をこの住所に郵送屋に頼んどいてもらえないかしら。そしたら、今の事は無かった事にしてあげるわ」
「はいはい、分かりましたよ」

 渋々と手紙を受け取る籃。そして、そのまま部屋をあとにするのであった。
 少々騒がしさが静まると、再び雨の降る音が部屋を満たす。

「はぁ……どうしたものかしらね」

 天井を仰ぎながら私は独り言を呟く。
 人と妖怪、どちらの命運をも握るこの役職。自分が創り上げた世界なのだから、それは必然的に負う事になる。異変あらば、それを鎮めこの世界の秩序を保つ。外界から切り離すべく結界を貼り、それのメンテナンスを施す日々。流石に一人では限界もあるので、幾つかの役割をそれぞれに分担してもらい何とか維持できている。
 そんな私の楽園に突如として現れた、私の理解の範疇を超えるこの現象。なんとかして収穫できた僅かな情報は、この雨に打たれた者はなりふり構わず凶暴化する事であった。
 凶暴化した者達はとにかく隔離して、雨が止むのを待っているのだが未だに止む気配はなかった。原因究明の為、私も尽力したのだが空振りとなる結果に終わった。
 最善は尽くした。後は待つだけ。それがなんとも歯がゆい。

「あまり頼る気は無いけど……頼らざるを得ないわよね」

 かつての旧友の姿を思い浮かべ、私は謎の雨が降る幻想郷をただ眺めるのであった。










 ✪ ✪ ✪









 雨というのは不思議なものです。干してた洗濯物がズブ濡れになって苛立ちを覚えた方も中にはいるでしょう。帰宅の途中に降られてズブ濡れになった方も、中にはいるでしょう。
 でも不思議な事に、それらは一時の間の憤りで済まされて後には何事もなかったかのように過ぎ去っていくものです。それはもう通り雨みたいにね。
 辛い思いをした時に雨に打たれると、これまた不思議な事に悲しみが洗い流されて、後にはスッキリとした晴れ渡る空のような爽快感になるものです。
 それらを踏まえた上で、改めて雨というのは不思議なものなのです。神秘性を強く秘めているからこそ、なおさらその不思議さといものに魅力を感じちゃいます。

 ……あ、忘れていました。こんな雨トークに入り浸っている私の名は露原星乃。苗字がいかにも雨を連想させる感じですね。名付け親に些かセンスを感じますよね。……まぁ、親なんていませんけど。
 孤児? そう思う方々もいると思いますが、実はそうでもないのです。長々とした説明をするのも億劫なのでサクッと言ってしまいますと、
 ―――私、露原星乃は妖怪である。以上。

 いつ生まれたのかは知らないのですが、目を覚ましたらこの世界に存在していた。そんな所です。突如発生したような現象というのが1番しっくりくるかも。まぁ、これはあくまで私個人の意見ですけどもね。
 それはともかく、目覚めたての私はこの世界の事を何も知らない……訳でもなかった。前世の記憶とでも言うべきでしょうか。前々から世の中の事を知っていたのです。まぁ、それが誰のものであるのかはいざ知らず。というのも、この記憶を持っていた者は既にこの世には存在していない。と、勘が訴えていたからです。

 そんなこんなあって今に至ります。んで、今が西暦二千と何十年。平成という年号を持つ国の南の島にて、私はスローライフというものを満喫しているのです。

「露原さーん、もうそろそろお昼休み終わるよー」
「…………んぁ?」

 肩を揺さぶられ、いかにも寝起きの人のような声を上げて我に返る私。チャイムの音が鳴り響き、廊下を行き来する男女達。彼らの足取りは少々忙しなかった。今のは予鈴だったのだろう。
 次の授業が始まりそうなので、私はそれの支度をする。

「露原さんってば、ずっと空ばかり見ちゃって……どうしたの? もしかして悩み事?」
「そんな事はないよ〜」

 心配そうな眼差しで私を除き見る女の子。とりあえず適当な言葉を返しておく。

 私のスローライフ。それをもう少し具体的に言うと、学校生活というものになるのです。
 なぜそんなチョイスを? そんな事は決まってます。実は私、露原星乃は妖怪ながらも人間を愛し人間と共存する事を望んでいるからなのです。以上。
 他に人間と親しくなるなら、いくらでも選択肢はありました。そりゃもう星の数くらいにね。でも、私が選んだのはこの学校生活というものでして。……まぁ、長い年月を生きている私ですが、これ以前にも幾つかやっている訳なのですがね。容姿はただの単なるか弱い乙女に見えがちですが、これでも経験値は豊富なのでしてよ? オホホ。
 さて、話が逸れてしまいました。軌道修正っと。
 実は昭和頃に漫画という文化が生まれ、今ではそれが更なる発展を遂げてアニメという文化にまで進化したのです。その中に学園モノと呼ばれるジャンルがあり、私はそれを見て感動を覚えたのでした。
 それ以来なのです。人間ともっともっと交流できる場所は学園が1番手っ取り早い、そう思ったのは言うまでもありません。私は即座に支度を済ませ、南の島のとある学校に編入生として入れてもらった訳なのです。細かい事はどうした? そう思われる方もいますが、大丈夫です。ここは長年積み上げてきた妖怪としてのキャリアをうまい事利用しただけです! 遠回しな言い方だと思うのでダイレクトに言ってしまいます。
 ―――んなの適当にでっち上げただけです。以上。

 そんな事を長々と話している内に、時間というのは過ぎ去っていくものです。気が付けば本鈴が鳴り終わる直前の3秒前。ちなみに、次の科目は移動教室となっており現在の位置から目的地まで直線距離100メートル弱はある。人間だったら絶対に間に合わない。
 ……しかし、そこは私。さり気なく妖怪パワーを使うのです。

「はぁー……ギリギリ間に合ったぁ〜」
「ギリギリだぞ藤井。もっと時間に余裕持て」
「すみませ〜ん」

 私より一足先に辿り着いた女の子、藤井さん。下の名前は忘れたけど、みんなが藤井さんと呼んでいるので藤井さんで良いのでしょう。というよりも、藤井さんの下の名前は誰も知らないという事実。この学校の七不思議の1つでもあったりします。……他は知らないけど。
 いつも私と一緒に遅刻寸前組という事で何かと仲が良い彼女。一番最初にここで友達と呼べる存在になったのも、彼女が初めてだったりします。
 そんな藤井さんですが、今日はいつになく私より早めに到着していた訳なのです。一体何があったんだ藤井さん!?

「あれ藤井、露原はどうした? いつもお前と一緒にギリギリで来ているんだが……」
「え? 露原さん遅れて――――」

 廊下を見る藤井さん。そこには全速(妖怪としての)で走って来る私の姿。砂埃が舞う勢いで迫り来る姿は、さながら極限まで猛り狂って突進してくる闘牛にしか見える。というより、藤井さん達にはそう見えているのでしょう。
 そんな超人じみた速さで廊下を駆け抜ける私。……なのですが、学校という場所にはある程度の規則とやらが存在しています。その中にはみんなも馴染みのある『廊下を走ってはならない』という規則もあります。確かに廊下を走ると、曲がり角で人と接触して思わぬ事故になりかねません。それは妖怪の世界にも精通する所があったりもします。
 んで、結局は何が言いたいのか。そこですよね。
 規則を守らない輩はどうなるのか? もちろん、厳しい罰則やら天罰が下ります。当たり前の事です。ちゃんとルールを設けて良い環境作りに励んでいるというのに、それを無視して単独で勝手な事されると迷惑極まりない。
 神様は私のした行いを見逃しはせず、天罰を下したのは言うまでもなかった。

「ギリギリのセー……っ!?」

 つるん、と足元をすくわれる。何かを踏みつけたのか。いや、そうでもない。足元をすくわれるというより、滑らせたと言った方がここは適切だったかもしれない。廊下のど真ん中にどこの誰が捨てたのかも知らんバナナの皮があったわけでもないし。かといって、誰かが私の足を引っ掛けたりもしていない。……ならばなんだというのだ?
 その答えに至る間、世界は緩やかに傾いていく。

「露原さん! 廊下は走っちゃダメだけど今日は特にダメだよ!」

 藤井さんの叫ぶような忠告が聞こえてくる。
 廊下は基本走っちゃダメ。だけど、今日はいつになく走ってはダメ。……あぁ、そういう事だったのでしたか。
 すみません、一人で勝手に完結させてしまいした。とりあえずどういう事かと言いますと、
 ――――雨降っているせいで廊下が濡れていたのです。以上。

 それにしてもです。我ながら何と言いますか、妖怪にしてはらしくないヘマをしでかしてしまった。疑問が解決された時には時すでに遅し。廊下と顔までの距離は握り拳1つ分。流石に妖怪パワーをもってしても何とかできません。もう少し気付くのが早ければ話は別でしたけど。
 びたーんっ! と、顔面から盛大に転んだ。胸に抱えていた筆記用具達が床に散らばる。

「あちゃー……言わんこっちゃない」
「見るからにして痛そうな転び方だな。廊下は走るなとしつこく言われてるのに……。さて藤井、申し訳ないが露原を保健室まで連れて行ってくれ」
「え、私ですか?」
「藤井、君には内緒にしてたのだが。実は本鈴が鳴り終わった後に君がいた所は教室の外だったんだ。あと一歩分踏み込んでいれば……」
「先生、それ以上は言わないでください。旨まで言わずとも今しがた理解しました」
「よし、交渉成立だ。という訳で、露原を保健室まで頼む」
「りょーかいです」
「さて、露原がとんだ単身事故を起こしてしまったが授業始めるぞー」

 野次を鎮め、そのまま何事もなかったかのように授業を進める教師。私は藤井さんに肩を借りながら、顔中に広がる痛みに顔をしかめつつ保健室へ向かうのでした。










 ✪ ✪ ✪










「……うぅ、これは思ってた以上に痛い。薬が傷口に染みるぅ〜……」
「勢い良く転んでたからねー。でも、擦り傷だけで済んだのは不幸中の幸いだよ露原さん」
「これも日頃の柔軟体操のお陰かも」
「柔軟体操様々だね」

 保健室にて治療を済ませた後、私は授業に戻るのでありました。もちろん、遅刻の印を押されたのは言うまでもない話です。
 そして放課後を迎えた私は、そそくさと準備を済ませ学校を後にする。校門前で私が出て来るのを待っていた藤井さんがいたので、声をかけてみた所なのです。

「そうだ! ところでさ露原さん。今日はこの後何か予定とかあったりする?」
「……特に無いけど」

 急に話題を変えてきた藤井さん。予定の事を聞いてきた所で何かと察する私。別に感の鋭い女の子ではありません。普通に考えれば至極当然と言うべきでしょう。こんな話題を振られると大抵は、『何処かに行くから一緒に行かない?』みたいな誘いだったりするものです。もちろん、私にはそれを断る理由も無いので殆ど全ての誘いに乗っている訳でもあります。……尻の軽い女だと見られるですって? いやいや、そんな事はありません。れっきとした真面目な人ですよ私は。

「良かった! この間さ、あそこの商店街通りの路地裏に隠れ名喫茶を見つけたの。良かったら一緒に食べに行かないかな?」
「何っ!? それは本当なの藤井さんっ!?」

 ――――グルメを除けば、ですけどね。
 まだ誰にも話していない話が1つ。実は私、見た目とは裏腹にガッツリ系のグルメ好きなのです。妖怪にしてはよく食べる方でして、それはもういくらでもイケます。
 妖怪の主食は人間……だと思っていませんか。それは誠に残念ながら先入観に捕らわれていますよ、そこのあなた。……いや、何も無い空間に向かって指差す動作にいちいち小言抜かさないで下さい。そこは生暖かい目で見ておけば良いのです。
 話が脱線しました。とにかく、妖怪はお腹が空くと人間を食べる。まぁ、あながち間違いではありません。でも、食べるのは肉体ではなく精神を食べているものです。私達妖怪というのはスピリチュアルな存在。存続していくためには何かしらの噂を広めたりして存在を知らしめて置かなければなりません。まぁ、信仰心に近いですかね。神様にも近い存在ではあったりするのです。
 しかし、中には例外もいます。てか、例外が存在しない事の方があり得ません。私みたいに人肉ではなく、人間と同じ物を食して生きている妖怪もいるのです。私の知り合いにも数人ほどいたりしますが……。まぁ、その話はまた今度の機会にしましょう。

「もちのロンよ、露原さん。あそこの喫茶店、日替わりメニュー形式なんだよね。今日は金曜日だからオリジナル豚骨こってりラーメンだったはず」
「なんと!? それは聞き捨てならない!」

 あ、ちなみに私は人間界のメシで好きな物はラーメンです。元々は私の住んでいる国の料理ではなく、他の国から伝わってきたものであるらしいです。それがこの国の舌に馴染むように色々と試行錯誤して生まれたのが、このラーメンとやらであるそうです。……そんな話をラーメン好きな小泉さんから聞きました。小泉さんとはアレです。全国……いや、世界中にあるラーメンというラーメンを愛し食べ尽くした女の子です。もちろん、人間です。彼女曰く、『ラーメンは日々進化している。例え全てのラーメンを食べ尽くしたとしても、明日にはまた新たなラーメンが生まれてくる。そんなラーメン道に終わりは無い』との事。とてつもなく貫禄ある言葉でした。
 とにかく、初めて食べた時のあのインパクト。アレは縄文時代から昭和まで一気に文明が発達したような革命的な味でしたよ。料理界の革命ってヤツです。

「こってり具合はいかほどに?」
「そりゃもう超ってつくくらいだよ。下手すりゃ完食したら瞬間、体重が5キロくらい太る」

 ごくり……と、固唾を飲む。ニヤリ、と悪い笑みを浮かべる藤井さん。完食したら5キロ太るほどの超濃厚こってり豚骨ラーメン。そんな代物がこの世に実在するのでしょうか。普通に考えればあり得ない。というよりも、誰得ってヤツですよ。……小泉さんか、私くらいしか食べそうな輩はいませんけど。

「しかぁーし、それだけではなかっとんです!」
「なん……だとっ!?」
「実はこの喫茶店、その日に提供するラーメンと言うのがね。こりゃもう……とにかくこってりとし過ぎているの。それ故に完食した者が未だにいないらしいのよね」
「ふむふむ……って、そんなにこってりとし過ぎてるの!?」
「一口目でギブアップする人が後を絶たないらしいよ」
「こってりの枠を超えてるよそれ……」

 なんでそんな代物が売れると思って作ったんでしょうね。その喫茶店を小馬鹿にする訳ではないけど。少しは食べやすさにも配慮しておけば……。

「だからなのよ! そのラーメンを完食したら、なんとお勘定がタダになるらしいのよ!」
「おお! それは財布的にも優しいね!」
「でしょ!? ……てな訳で、ここはラーメン好きな露原さんに一緒に来てもらえると有り難いのよ」
「それなら善は急げだよ藤井さん! 目的地まで軽い運動がてらお腹を空かしておかないとね。 ……あ、それと小泉さん呼ばなきゃ!」
「多分、小泉さんは今日無理かな。今頃は無人島にいるはずだよ」
「なんでよりによって無人島!?」
「無人島ていうか、今はテレビ番組でアーティストの人達が開拓してるんだけどさ。そこでしか食べられないラーメンがあるみたい。それを食べる為に小泉さん、1ヶ月前くらいから飛行機の便の予約とってたっぽい。そんで、今日が出発日だから学校終わったらすぐに向かったって訳」

 流石は小泉さん。ことラーメンの事になるとその行動力たるや。もはや女子高生の領域を超えています。

「そうかぁ……それは残念。小泉さんがいたら心強いのに……」
「いや、でもほら。露原さんだって小泉さんに負けず劣らずのラーメン好きじゃん? この際、露原さんだけでも良いから来てくれると助かるよ。……一人で行った時は流石に頼めなかったけど」
「確かに、一人でしかも女子高生がラーメンを食べるのはなんか抵抗あるよね」
「それなんだよ露原さん! 私も食べたいなぁ……とか思いながらも、結局は手を付けず仕舞いでさ。他のメニュー頼んでしまうのよね。そこら辺、小泉さんは本当に凄いよね! 他人の目を気にしないあの図太さ。羨ましいよ……」
「小泉さんは特別だからね。ラーメンで例えると硬めの極太担々麺(激辛)な人だから」
「それってどんな例えよ。小泉さんに失礼じゃない?」
「個性的な人という意味だったんだけど……伝わらなかった?」
「1ミリたりとも」

 それはそれで少しヘコみます。小粋なジョークを言ってやったぜと言わんばかりのドヤ顔を決めていた私が、滅茶苦茶恥ずかしいです。今の出来事、なんとかうまい事水に流してくれれば……。

「あ、露原さん。噂の喫茶店が見えてきたよー」

 羞恥心に悶える私を他所に藤井さんは目的地である喫茶店を指す。路地裏と言うよりは、大通り沿いにある脇道にちょこんと建つ少し古い雰囲気を放つ喫茶店。換気口からは豚骨の香りが溢れ出ており、私の嗅覚と食欲を燻ぶってくる。

「それにしても、この豚骨の匂い……濃厚過ぎなのでは?」
「やっぱり露原さんもそう思う? この匂い、濃いよね。それも相当な……」
「例えるなら、加齢臭が臭い始めてきたお父さんの靴下を直に嗅いだ時のキッツい感じだよ」
「事あるごとに変な例え出すよね露原さんっ!?」
「だってこれが一番しっくりくるんだもん」
「学校のマドンナ的な存在の露原さんの意外な一面を見た気がするよ」

 どうやら私には比喩表現というスキルが足りてないようです。我ながら上手いとは思いますが、藤井さんにとってはお気に召されなかったそうです。
 と、ここで藤井さんが私の事を学校のマドンナ的存在と言っていましたね。かくいうこの私、知らない合間に学校中で有名な存在となっていた訳でして。聞くところによると、容姿の可憐さがずば抜けているとの事。要は目立つらしいそうです。ちなみにですが、私以外に先程から話にちょくちょく出て来る小泉さんも同じ有名人でもあります。私と小泉さんが二人並んで歩く姿は、金の女神と銀の女神の如く。一部では、『金の小泉さん、銀の露原さん』と呼ばれているそうです。……藤井さんも加われば銅の藤井さんと呼ばれていたはずなのに。トリオでコントでもいずれはやってみたい所です。『金・銀・どぉぉぉうっ!!』という具合に。

「……まぁ、良いわ。露原さん、お腹の調子はどうかな?」
「そりゃもう朝から何も食べてないので、超がつくほど腹ペコ丸だよ!」
「あれ? さっきお昼に特製シュークリーム5人前分をたらふく食ってた人はどこ行ったのかな?」
「うぐぬっ……! 藤井さん、その情報はどこで」
「誰にも見られないで食べ切れるとでも思った? 残念! 私の千里眼を侮ってはいけないよ露原さん! 個室トイレで隠れて食べてたのもお見通しなんだから!!」
「ぐはぁ……っ!!!」

 思わぬ精神的ダメージを負った私。見た目とは裏腹な大食漢というキャラを隠しつつ、学校生活を送ろうとしていたのに。まさか、既にお見通しとは……恐れ入ります。

「ちょっ……大丈夫、露原さん!? 予想していた以上の反応だったけど」
「だ、大丈夫だよ藤井さん……。魂があの世に行きかけただけだから……」
「それほぼ致命傷じゃない!? ごめん! 今のは流石に言い過ぎたわマジごめん!」

 予想していた以上の反応を見せてしまった為か、慌てる藤井さん。あっちにおろろ、そっちにおろろ。オロオロロンの状態でありました。
 別に図星突かれて死にそうになった訳ではありません。藤井さんが一体私の行為をどこから傍観していたのか。そこが得体の知れない恐怖となって、私の精神を蝕んだ。ただそれだけです。軽く逝っちゃいそうになったのは本当ですが。
 学校の七不思議の1つである藤井さん。下の名前だけ謎の黒いベールに包まれた、至って普通の女の子。しかし、侮ってはいけない。時折ベールの隙間から見せる化物の姿は、この妖怪である私でも恐れるものがあります。本当に、人間というのは謎ですね。それ故に愛着が湧いて溜まりません。……かくいう私も妖怪の中では異端児みたいな存在ですからね。人間を愛してやまない妖怪など滅多にいませんよ。まったく……。

 謝り続ける藤井さんをなんとか説得させる私。元の藤井さんに戻るまで暫しの時間は掛かった。藤井さんは謝り始めると止めるまでに一苦労する所もあったりします。何故だか肩が凝ってきますよ。はい。
 元の藤井さんが返って来た後は、未知なる料理を食すべく喫茶店の中へと入るのでありました。








 ✪ ✪ ✪








 夜です。陽も完全に沈みきって、満点の星空煌めく夜です。……あ、夜と言えば妖怪達が活発に動き出す時間帯でもあります。人間達がぐっすり眠りについてる所を押し掛けて襲う。それが本来の妖怪と言うものです。
 私もそんな妖怪の一人です。ですので、夜になると妙に気分もウキウキになってきます。別に変人ではありませんよ? 妖怪の性と言うやつですから。
 しかし、今日の私はというと……

「う……うぉえええええええ!!」

 自宅のトイレにて、絶賛嘔吐中でいるのでした。
 なんで吐いてるのかですって? そんなの察してくださいよ。まぁ、これからきちんと話しますけれども。
 あの後、藤井さんと私は例の喫茶店にて超濃厚こってり豚骨ラーメンとやを食したわけなのです。もちろん、ラーメン好きな私からするとこの程度で悶絶する事はありませんでした。
 こってりとした濃厚な出汁。やや硬めの弾力ある麺。それに絡みつく出汁と脂はキラキラ輝いており、まるで宝石のようでした。更にその上に山ほど盛り付けられたトッピング(チャーシューの山盛り詰め)。どれを取っても史上最高という一言に尽くす、絶品中の絶品でした。一口入れるや否、私の中でビッグバンが炸裂しましたね。次元を超えた美味に感動の涙が止まりませんでした。また行きたい。そう思ったのは言うまでもありません。
 しかし、それは1杯目までの話です。

『ごふっ……』

 隣で同じ物を食していた藤井さんはというと、一口目で轟沈していましました。それも口から泡まで吹いて。だらしねぇ……この一言につきました。

『あちゃ……これじゃ、そっちの気ぃ失った嬢ちゃんはお勘定タダにはならないねぇ』

 厨房にいたこの喫茶店のオーナーはやれやれと言った顔でそう語る。

『……私が藤井さんの分まで食べます!』
『良いのかい? それ1杯完食するだけでも相当酷だったろう。無理しなくてもええんやで?』
『大丈夫! 美味しかったから!』
『そう言われるとウチもこれ作った甲斐があったもんよ』
『では、2杯目いっきまーす!』

 ……流石に2杯目となると、あの超濃厚こってり感というのはキツく感じた。しかし、せっかく来たんだから食べておかないといけない。藤井さんにだけ勘定を払わせるのもかわいそうだったし。ここは私が1肌脱ぐ出番なのかもしれない。そんな使命感に囚われた私は無理を押して2杯目へと突入してしまったのでした。
 その場はなんとか耐え抜いて切り抜ける事はできました。ですが、帰路で猛烈な痛みと嘔吐感が込み上がってきたのです。ダッシュで家に着いたら、トイレに直ぐ様向かった訳であります。そして今に至るのでした。

「うぇ……まだ吐き気が残ってる」

 激しい嘔吐感に未だ頭を悩ませる私。さて、このままだと明日は学校を休まなければならない事になる。早く体調を整えないといけません。
 妖怪というものは基本的に病や体調不良というのを起こしません。しかし、妖怪もこうして時折想定外の出来事が起こったりすると体調を崩す事だってあるのです。今回は藤井さんがこってりラーメンを完食できず、代わりに私が完食した事による胃もたれが原因かと。

「ご主人〜大丈夫ですか?」

 机の上に突っ伏している私に声を掛けてくる者。それは空間をふわふわと漂いながらやって来ました。
 あ、そうでした。この子はミロク。白い毛玉のような外見をしている私の従者です。ですが、こう見えてもミロクは竜の一族の末裔です。ぽっちゃり体型が一族の掟を破っているとかどうとか。そんなどうでも良さそうな理由で一族を追放され、犬死になりかけていた所を私が拾った。そんな従者です。

「あぁ、ミロク。ちょっと胃もたれで気分が悪いだけだよ」 
「胃もたれって……ご主人、何を召し上がりになったんですか?」
「超濃厚こってり豚骨ラーメン」
「それは人間の食べ物でしょうか?」
「うん、そうだね。人間が食べても悶絶するような代物なんだよ」
「なぜそのような物を作ったのか理解に苦しみます。彼らは自殺志願者の塊か何かなのでしょうか」

 ちなみにこのミロク、人間嫌いな節があるそうなのです。

「自らリスクを犯して発明する物が、いつかはきっと大発見に繋がる。そんなロマンがあるから故のものだと思うよ。実際私が今日食べてきた物だって、リスクは少なからずあるとも革命的な味であったのは事実だからね」

 何かを発明するには必ずリスクと言うものが付いて回ります。今の世の中は電気と言うものが満ち溢れ、昔よりも夜は明るい世界になりつつあるのです。電気を発明した人も何かしらのリスクを背負いつつ、ようやく発明させる事に至って現在でも伝説として語り継がれているのです。
 しかし、一方で妖怪は住処を失いつつあり今現在はというと絶滅の危機を迎えているのです。今まで私が知り合った妖怪仲間達も今じゃ顔を見る事は愚か、生存しているのかどうかすら分からない状況です。

「少しはミロクも人間見習いなよ?」
「……分かりましたよご主人」

 渋々うなずくミロク。まだ納得はいってない様子です。ミロクは知らないと思いますが、今の世の中はとてもじゃないけど妖怪達にとっては生活し辛いのです。今のご時世、人間をみだりに取って食うと刑務所行きです。下手すればこっちが死刑判決くらわされてもおかしくはありません。実際、知り合いがこの規則が馬鹿馬鹿しいと思い、無差別に食い散らかすような事をしました。その後の彼はというと、駆け付けてきた迷彩柄の人間達や鉄の砲台が付いた車、空を駆け抜ける鉄の塊に成す術もなく蹂躙されました。……あの後、猛烈な大爆発と共に散ったのは言うまでもない話です。
 そんな中、私達妖怪が生き抜く為に必要なものは『人間との共存』なのです。

「あ、そう言えばご主人! ご主人が不在中に郵便物が届いてましたよ」
「そうなの、誰から?」
「実は……宛先や名前などが書かれていない代物でして。コレなんですが……」

 ミロクから手渡された物。それは白い封筒であった。表面には文字も何も書かれていなく。かと言って裏面を返してみると何も書いていません。宛先くらい書いておけよ。これ、届け先間違えてたら偉い事になりますから。極端な話、国を揺るがすくらいの内容の書かれた手紙とかだったら私の命が危なくなるくらいです。何も冗談で言っている訳ではありません。先日テレビで実際にそういう事例があったという話を聞いてますから。……妖怪社会より物騒な人間社会です。
 ですが、こういった事というのは極めて稀です。とりあえず、開けて中を確認しない事には何も始まらない。私は封を切って、中身を取り出す。
 中には丁寧に三枚折りされた手紙が1枚。これといって他に何もありません。

「ご主人、何やら手紙みたいですね」
「そうだねミロク」
「もしかすると、ご主人宛の匿名ラブレターではないでしょうか?」
「え、ちょっと何!? ラブレターだなんて50年ぶりよ!」
「50年ぶりって……ご主人、一体何者?」
「そこは乙女のヒ・ミ・ツだよミロク。あまり深く関与すると怖い妖怪に食べられちゃうよ〜?」
「それは勘弁してくださいご主人! いくら何でもミロクが雪見大福みたいな見た目してるとはいえ、食べないでください! ミロクだって生きてます!!」
「へぇ……ミロクってば、私の事怖い妖怪だと思ってたんだぁ〜?」
「……へ?」
「だって、『食べないでください』って私に言ってたんだもん。これってつまり……私の事を怖い妖怪って思ってる何よりの証拠だよ? 墓穴掘ったねミロク」
「…………いや、ほらご主人。これは言葉のあやってものでして」
「下手な言い訳していると本当に食っちまうよ?」
「…………すみせんでした」
「まったく……ミロクももう少しは言葉選んでよね。私だったからまだこれで済んだものの、外出たら食べられる所じゃ済まないんだからね。今日は罰としてトイレ掃除と風呂場掃除、それと私の枕代わりになる事」

 時折、ミロクは自分で墓穴掘るような言動を取る事があったりします。まぁ、従者として新たな生活を送らせてまだ間もない事もあるので。そこら辺は目を瞑ってあげてるわけなのです。
 さて、ミロクを叱ってて手紙を読むのを忘れていました。三つ折りにされた紙を開いてみる。そこには、1文と右下にこの手紙の差出人らしき名前が添えられていた。

「これは…………なるほど。遂にこの時が来たのね」
「ご主人、何やら先程までとは打って変わって深刻そうな顔になってますけど。……一体どうしたんですか? もしかして、まだ気分が悪いとか」
「ううん、そうじゃないの。ちょっと用事ができたの。悪いけどミロク、さっきの罰は帳消しにするわ」
「本当ですか!?」
「ただし、その代わりに約束して欲しい事があるの」
「なんなりと」
「――――私が帰ってくるまで家の留守番、お願いね」
「…………かしこまりました。お気をつけてご主人」
「それじゃ、ちょっと行ってくるね」

 荷物を持ち玄関の扉を開ける。私を見送るミロクが廊下でふわふわと漂っている。しかし、その表情はどこか不安気で従者としては頼りない感じもする。
 でも、私はミロクができる子だと信じています。可愛い子には旅をさせよ。そんな言葉をつい最近の国語の授業で習いました。意味はそのまんまの意味で、広い視野を持つ事もあった気がします。まぁ、ミロクにとってはこれが初めての従者としての仕事みたいなものです。いきなり大事を任されたんだから、その緊張とプレッシャーもいうのは相当なものであるのも把握済みです。
 そんな訳でここはミロクに一喝入れておくべ気だと思ったので、

「帰ってきて部屋が散らかったりしてたら、マジで食っちゃうからね!」
「それホントやめてよご主人! 心臓に悪いですからっ!!」

 より一層気を引き締めて仕事に取り掛かってもらいたいので、脅しの言葉を入れておくのでした。

「久しぶりに会うなぁ……あっちの世界で何してるんだろうね紫」

 旧友の名を口に、私はバス停へと向かう。バス停にはちょうど良いタイミングでバスが待っていた。
 乗り込むと、運転席に座る髑髏の運転手が口を開く。

「行き先はどちらまで?」
「そうだね、ここからだと少し遠いかもしれないけど。博麗神社までお願いね」
「もしかしてお嬢さん、向こうの世界に行く気かい?」
「ちょっとばかり知り合いの顔を見に行くだけだよ」
「……ちょいと長い旅になるけど良いかい?」
「目的地まで辿り着く間の光景を眺めるのも、長旅の醍醐味ってものよ運転手さん」
「はは……粋な事言ってくれるじゃねーの。そんじゃ、席につきな。これより地獄行きバスは行き先を急遽変更、回送になります。他の登場者の皆様にはご迷惑掛けますが、これもお嬢ちゃんの頼みと言うことで目瞑ってくだせぇ。それでは、発車しまーす」

 プシュー、という音と共にバスは緩やかに発進する。行き先はかつての旧友がいる世界――――幻想郷。






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