Jack the Ripper ~解体聖母~   作:-Msk-

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ALO_MR:01

 キリトに誘われたからという単純な理由でALOを始めた士郎と詩乃。

 

 士郎は闇妖精族――インプ。

 

 詩乃は猫妖精族――ケットシー。

 

 このように二人が別々の種族を選んだのだが、これには理由がある。

 

 二人は基本的にキリトたちのパーティに参加して特殊クエストなどに付いていく。よって、均等に種族がわかれるようにというパーティーメンバーから無言の圧力があったのだ。

 

 それで選ばされたとしても士郎は自分のプレイスタイルに合致する種族であり、詩乃も自分からケットシーを選んだので誰も損をしない平和な世界が完成した。

 

 士郎のプレイヤーネームは〈Jack〉。

 

 詩乃のプレイヤーネームは〈Sinon〉。

 

 二人ともGGOと同じプレイヤーネームを使用している。

 

 勿論、変えても良かったのだが変える理由がないということでそのまま流用している。

 

 士郎――ジャックはALOの世界でも今まで通り――いや、今まで以上に変態機動をするようになったのだが、詩乃――シノンはそう上手くいかなかった。

 

 GGOでシノンが使用していたメインウェポンはヘカートⅡ――スナイパーライフルだ。しかし、ALOにはスナイパーライフルはおろか、銃器の類は一切存在しない。同じ遠距離武器は弓ぐらいだ。

 

 仕方がなしに弓を選択したのだが……その弓を作るのにものすごく時間がかかった。

 

 やれ飛距離を伸ばせ、やれ弦の張りが弱い、やれ図体がでかい。

 

 そんな文句をキリトのパーティメンバーで鍛冶師のリズに言いまくって、怒らせまくって、ようやくひと段落ついて、今使っている弓が完成した。それでもまだ飛距離が足りないなどと可笑しなことを言っているのだが。

 

 三桁m級の狙撃を武器でやろうとする変態はALO中を探してもシノンただ一人だろう。

 

 シノンがリズにダメ出しをしまくっている間、ジャックは自分の武器の調達するために一人でクエストに挑んでいた。

 

 彼が欲した装備は、伝説級武器(レジェンダリーウェポン)の一つ、魔鎖グレイプニル。

 

 北欧神話ではフェンリルを捕縛するためにドワーフたちが作った魔法の紐、もしくは足枷と登場する。

 

 ALOでは先端にナイフの付いた鎖として用意されており、あるクエストをクリアした報酬として手に入れることができる。

 

 そのクエストは、洞窟型ダンジョンの最奥にいる狼型のボス――フェンリルをボス部屋までの道のりにある宝箱からドロップした鎖で縛り上げることでクリアすることができる。

 

 このクエストの面倒なところは、宝箱のダミーが多すぎることだ。

 

 宝箱自体は簡単に見つけることができる。だがミミックだったり、スカだったりと、地味な嫌がらせが多いのだ。

 

 その地味な嫌がらせに耐え抜き、フェンリルを縛り上げることに成功したジャックは見事に魔鎖グレイプニルをゲットした。

 

 魔鎖グレイプニル。その『エクストラ効果』は『不壊』である。

 

 文字通り何が起きても壊れることがなく、対象を縛り続ける。それ故に『不壊』。

 

 北欧神話に登場するグレイプニルがフェンリルを縛って逃さなかったという伝承を元に付与されたものだろうが、この能力は持つものが持てば凄まじい効果を生み出す。

 

 ジャックもその一人だということを忘れてはならない。

 

 さらに彼のメインウェポンであるナイフ。これもただのナイフではない。

 

 霧の濃い日限定のクエストをクリアして手に入れた『ザ・リッパー』という六本で一つのナイフ。

 

 このクエストは霧の濃い街のエリアで幼い少女の霊を見つけ、仲良くすることでクリアすることができる。

 

 一見簡単そうなクエストだが、幼い少女の霊と仲良くするのが大変なのだ。

 

 ファーストコンタクトではクエストフラグが経ったと思ったらすぐに呪系の魔法を繰り出してプレイヤーを呪い殺そうとする。

 

 それでもめげずにコミュニケーションを取ろうとすると、少女の霊が心を開いて仲良くしてくれる。最終的には「お母さん」と呼ばれればクリアだ。……ちなみに男でも「お母さん」と呼ばれる。他意はない。

 

 クリア報酬はナイフ、『ザ・リッパー』とザ・リッパー専用のオリジナルソードスキル――OSS。どちらも極端な性能である。

 

 ザ・リッパー専用のOSSを発動するには三つの条件をそろえる必要がある。

 

 時間帯が夜。

 

 対象が女性。

 

 霧が出ている。

 

 この三つの条件を揃えた上でザ・リッパーを装備しなければならない。制約は地味に面倒なものだが、その分その効果も凄い。

 

 本人はあまりその辺りを気にしている様子はない。なぜなら、あまりにも強すぎて使ったらつまらなくなるから。

 

 ジャックとシノンは、共にそれぞれが自分に合う武器を手に入れた。そして飲み込みの早い二人は、随意飛行も短時間でマスターしてしまった。

 

 近接のジャックに超遠距離のシノン。二人は紛れもなく、ALO最強のタッグである。

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 新生アインクラッド第24層主街区の少し北。そこにある大きな木の生えた小島。その木の根元に毎日午後三時になると現れ、立ち合い希望プレイヤーと一人ずつデュエルをする『絶剣』というプレイヤーの噂がシノンによってジャックの耳に届いた。

 

 デュエルの勝者には報酬として十一連撃のOSSをプレゼントするという何とも太っ腹なものだ。

 

 

「で? その情報を俺に伝えてどうさせるつもり? まさか絶剣と戦えとでも?」

「別にそんなんじゃないわよ。まぁあなたと噂の絶剣のどっちが強いのかはちょっぴり興味あるけど……」

「はぁ……」

 

 

 シノンの膝を枕にしてソファに横になって目を閉じていたジャックは、目を開いてシノンと視線を合わせる。

 

 

「そんなの俺に決まってるだろ」

 

 

 当たり前のように紡がれたその言葉に、シノンも一瞬だけ固まってしまう。

 

 

「対人戦において俺に勝てる可能性があるのは今のところ()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……それってキリトのこと?」

「そんなわけあるか。あれはただのゲーム馬鹿だよ。どれだけやっても負けないね」

 

 

 何を馬鹿なことを言っているんだとばかりに、呆れ気味にジャックは言った。

 

 そもそも、ジャックとキリトたちでは戦闘スタイルがあまりにも違い過ぎる。

 

 キリトたち――元SAO攻略組は、ソードスキルの使用を前提として戦闘を組み立てている。

 

 確かにキリトも対人戦の打ち合いでソードスキルを使うことは少なくなったが、決め手としてソードスキルを使うことには変わりない。

 

 対してジャックはと言うと、対人戦に限っては一切ソードスキルを使わない。

 

 フィールドなどに出現するMobに対してはソードスキルをどんどん使う。その理由も、それがMobを倒すのに一番効率がいいからというだけのこと。

 

 対人戦でソードスキルは必要がない。なぜなら人を殺すには首を落とすか心臓を刺せばいいから。そんな単純なことに隙ができるソードスキルを使う必要がない、というのがジャックの持論だ。

 

 

「その人ってALOをやってるの?」

「やってたらあいつに報告しないといけないからなぁ……。いないことを願ってる。今は確認できてないよ」

「そう……」

 

 

 一瞬シノンの表情が陰るが、ジャックはあえて見えなかったフリをする。こういう時のシノンは自分のことを心配しているときだと知っているからだ。

 

 

「まぁ気にするな。九割以上の確率でそいつはALOは愚か日本にもいないよ」

「……ますます気になるのだけれど」

「気にするなって」

 

 

 よっ、と言ってジャックが起き上がる。

 

 

「それじゃあ行ってみるか」

「え……?」

 

 

 ポカンとしたシノンを見て、ジャックはニヤリと笑って言う。

 

 

「噂の絶剣のところだよ」

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 噂の絶剣と戦おうという者はジャックだけではなかった。彼の他にもう一人名乗りを上げたのだが……それがアスナだった。

 

 どちらが先に戦うかということでじゃんけんをしたのだが、ジャックはあっさりと負けた。その様子を見ていたシノンが猫耳をピクピクさせたのだが、ジャックは口に人差し指を当てて内緒にするように合図をした。

 

 そして。

 

 アスナと絶剣のデュエルが終わったのだが……。

 

 

「ALOであいつに勝つのは苦労しそうだな」

「どういうこと?」

 

 

 ジャックが漏らした言葉に、シノンは緊張しながら尋ねた。

 

 対人戦ではSAOで茅場を倒して英雄とまで呼ばれたキリトにでさえ楽勝と謳っている彼が、「苦労しそう」と言ったのだ。聞き返さないはずがない。

 

 

「あいつの十一連撃のOSSは正直欠片も脅威じゃない。あれだったらお前の狙撃のがよっぽど怖い」

「そうなの?」

「所詮人体の稼働区域内での動きだから読めないこともないし、何よりたった今、生で見せてもらったからな」

 

 

 当たり前のように言ってのけるジャックに、苦笑いをするシノン。

 

 

「多分単純な速度ならあいつの方が俺よりも速い……ことはないな」

「どっちなのよ……」

「わからないか? 俺が『俺よりも速いことはない』とすぐに判断できない速さなんだぞ?」

「――っ。そういうことね」

 

 

 少し考えてみればわかることだ。

 

 ジャックはGGOでもALOでも最速プレイヤーとして名が通っている。

 

 曰く、瞬きをしたら殺される。

 

 曰く、100m程度なら一瞬で近づかれて背後を取られて殺される。

 

 曰く、残像が見えるほどの速度で移動する。

 

 そんな噂が流れるほどのスピード重視の――最速プレイヤーが「自分の方が速い」とすぐに判断できないということは、それだけで驚くべきことなのだ。

 

 

「それで? あなたならあの子に勝てるの?」

「――翼の使用を禁止にして完全に陸戦限定にして、本気を出せば五分。アレを使ったら一、二分かな。翼の使用を有りにしてもそこまで変わらないかな。一〇分以内には勝てる」

「大きく出たわね」

「対人戦にそんなに時間はかからないって知ってるだろ? 現にアスナだって五分ぐらいしか経ってないし」

 

 

 確かに、と納得してしまうシノン。

 

 思い出してみれば、ジャックがデュエルをするときはいつも制限時間を一分に設定し、タイムアップする前に相手を倒していた。

 

 

「アスナもキリトも確かに強いよ。絶剣も強い。だがどうあがいても俺に勝てないものが一つだけある」

「いったい何……?」

「経験だ」

「経験……? それならキリトたちも充分あると思うけど……」

 

 

 キリトもアスナもSAO生還者(サバイバー)だ。

 

 約二年間という長い間SAOに捕らわれ、剣を振るいモンスターを倒して生き残った紛れもない強者。

 

 だからこそシノンにはジャックの言っている「経験の差」というものがわからなかった。

 

 

「ゲーム内でしか剣を握っていない奴だぞ、キリトは」

「あ……」

 

 

 気づいてしまった。

 

 思い出してしまった。

 

 過去にジャックがどんなことをしていたのかを。

 

 ジャックの体が、なぜ自分よりも小さくて可愛いのかを。

 

 その体で今までどんなことをしてきたのかを。

 

 そのおかげで自分と出会えたことを。

 

 

「そのことは俺とお前だけの秘密だ。他言無用で頼む」

「もちろんよ。私とあなただけの秘密をそう簡単にバラすわけないでしょ」

 

 

 女の子は秘密に弱いのだ。

 

 ましてや、それが自分の好きな人との秘密ならなおさらだ。

 

 それに彼との出会いを他人にベラベラと喋るシノンではない。

 

 

「それで? あなたは彼女に挑むの?」

「絶剣がアスナを連れて行ったからな……」

「でもやりたいんでしょ?」

「あぁ。あのOSSと実際にやりあってみたい。見るのと実施に受けるのとでは違いがあるから」

「なるほど……。そしてあなたがいま躍起になってるOSS作りに役立てるってわけね」

「……」

 

 

 図星を突かれたのか、ジャックが気まずそうに視線をずらした。

 

 その様子をシノンはニヤニヤしながら見る。

 

 

「図星なのね」

「……どうあがいても五連から先に行けないんだよ」

 

 

 観念したのか、彼はしっかりとシノンの目を見て断言した。

 

 その返答にシノンは少し驚いた。

 

 現在ジャックの使うことのできるOSSは五連撃である。五連撃OSSという土台があるのだから、もう一撃加えるぐらい彼なら余裕。その先も同じ調子でトントン拍子に事が進むと思っていたからだ。

 

 しかし、どうやら事はそこまで簡単なものではないらしい。

 

 

「正直なところ、対人戦でそんな連続攻撃をすることがなかったから連続で攻撃を当てるイメージが湧かない」

「あぁ、なるほどね。GGOではほぼ一撃で仕留めてたものね」

 

 

 ジャックのGGOでのプレイスタイルは相手に認識されることなく首を狩り取るというものだ。故に追撃は必要なく、一撃必殺を体現していた。

 

 一撃で仕留めるのならソードスキルを使う必要がないという超理論を持つ彼にとって、OSSは連続攻撃でなければならないのだろう。

 

 彼が手に入れた例のOSSは単発から五連撃のランダム。せっかく作るのに同じ攻撃回数ではつまらない、とか思っているのだろう。

 

 

「だからと言っていきなりアレを超えるのは無理じゃない?」

「でもやる。そのための絶剣とのデュエルだ。それ以外にデュエルする価値はないし」

「……それを本人が聞いたら真っ先にデュエルをしてくれるかもね」

「誤解を与えないように言い換えるのなら、別にやりたくもないデュエルをする必要もない」

「同じよ」

 

 

 シノンからの一撃にジャックは黙り込んでしまった。

 

 戦いならほとんど負け知らずのジャックだが、言い合いだとシノンにはほとんど勝てない。だから彼は偶に可愛いいじわるをするのだ。

 

 この前カフェへの送り迎えにバイクで行ったのがいい例だろう。

 

 

「拗ねないの」

「別に拗ねてない」

「拗ねてるじゃない」

「拗ねてない」

「もぅっ! よしよし」

「あ、頭撫でるな!」

 

 

 よしよし、とジャックの頭を撫でるシノン。その姿は、彼女たちを知らない者たちが見たら仲の良い姉妹か女友達に見えただろう。

 

 しかし、残念ながらジャックは男だ。

 

 どんなに可愛らしくても、どんなにキュートでも。

 

 彼が男という事実は決して覆らない。使用しているキャラの性別もしっかりと男になっている。

 

 いやいや、と首を振るジャックに満足したシノンは、ようやく彼の頭から自分の手をどける。

 

 

「はぁ……。子ども扱いするな。あんな容姿だけどお前と同年齢だぞ」

「残念なことにね。そして性別も男。まぁそのおかげであなたと恋仲になれたんだから文句はないわ」

「……あまりリアルのことはここで言ってほしくはないな」

「あら? 私じゃご不満かしら?」

「不満なんてあるわけがないだろ」

 

 

 ジャックにじっと、ふざけるなと目で訴えられた、シノンは自分の頬が少し熱っぽくなるのを感じてそっぽを向く。

 

 

「ばか……」

 

 

 シノンの呟きと主に、二人の間に甘ったるい空気が流れた。

 


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