10連回したが、星の4枠は綺礼だった......
「ああ、もう!なんでこんな時に......!」
アリアは羽田空港に急ごうとしていた。
今日の19時発 ANA600便・ボーイング737ー350、ロンドン・ヒースロー空港行きに乗るためだ。
昨日、アリアはロンドンの実家からある一報を受けた。自分が敬愛する曽祖父 シャーロック・ホームズが『イカサマ師』の疑いが掛けられたのだーー数々の難事件を解決は彼による自作自演という。
『シャーロック・ホームズ』誰もが知る世界的名探偵。武偵の祖とも言われる彼の正体がイカサマ師というのをマスコミが放っておくはずがなく、報道早々、アリアの実家であるホームズ家には多くの報道陣が詰めかけた。
この自体を重くみたホームズ家は騒動を収めるの為、アリアにロンドンに戻って来いと連絡してきた。
これを聞いたアリアはすぐさまロンドンに戻ろうとするが、生憎と愛車はエンジントラブルを起こし、車輌科に駆け寄るが修理には時間が掛かるーー今日中にはできないと言われた。
仕方がないので武偵高の外ーー女子寮の前でタクシーを捕まえようと立ち往生していた。
「あたしは信じない......絶対に信じないんだから」
アリアは今にも枯れそうな声で地面にうずくまる。
代々培ってきた推理力がなく、ホームズ一族から出来損ないとして扱われてきたアリアにとって、曽祖父であるシャーロック・ホームズは憧れであり、彼女にとってのカリスマなのだ。
アリアは必死に自分に言い聞かせた。全部デタラメだ、報道自体がでっち上げだと。そうでもしないと、自分が自分でなくなりそうだったからだ。
「みんな......みんなあんな偽情報に惑わされて......バカみたい」
学校での出来事が蘇り、目元に涙が滲み出る。
武偵高では情報の伝達が恐ろしく早い。昨日の今日だというのにホームズ イカサマ師疑惑は一気に学校中に広まった。
生徒の中にはシャーロックはイカサマ師ではないと信じる者もいたが、一部ではホームズに失望したなど言い出す者まで出始めた。一時、意見の対立が原因で生徒間で乱闘にまで発展し授業停止にまで陥りかけたが、学校の生徒会と教務科の働きにより事無きを得たーー明らかに全員情報に踊らされている。
「クヨクヨしてる場合じゃないわ。しっかりしないと......曽お爺様の無実はあたしが証明する!」
自分を励ましていると、丁度そこに一台のタクシーがやって来た。手を振って停止させる。
「羽田空港まで大急ぎで!」
タクシーに乗り込むと、運転手に一方的に目的地を指示する。
運転手は一言だけ「分かりました」と言って、タクシーを発進させる。
同時に搭載されているカーナビに目的地ーー羽田空港を打ち込む。すると、カーナミビの画面にザッザーと激しいノイズが走る。
アリアは何だろうと目を向けてみると、
『ハロー、始まり始まり。大好きなピンクの騎士のお話だ』
ノイズが晴れると、画面にはシルクハットを被った怪盗風の可愛らしいキャラクターが出現した。子供番組などに出て来そうな姿、能天気で明るい声をしている。キャラクターが立つ後ろの背景には子供が書いたような青空が描かれている。
「な、なんなのよコレ?」
『自慢大好きなピンクの騎士は仲間内で勇気も知恵も一番だった。しかし、自分はどんなに勇敢でどんなに多くのドラゴンを倒したか、自慢ばかりするので皆すぐに話に飽きてしまい......こう考えるようになったーーあいつの自慢話は本当なのか?』
グィとキャラクターが画面に詰め寄る。まるでアリアに対して言い聞かせているようだ。
暫くの間、キャラクターは考え込む動作をして、
『そこで!騎士の一人がアーサー王に言った。自慢がだ〜い好きなピンクの騎士は信用できませぬ。自分をよく見せるため話をでっち上げる嘘つきにございまする』
わざとらしく大きく手を広げる。すると、今まで青空だった背景がゴロゴロと真っ黒な雷雲に変わった。
『すると王までもが疑い始める。だが、自慢好きのピンクの騎士にとって......それはまだ最後の問題ではなかった。お終い♪』
シリアスな雰囲気からとって変わって急に明るくなり、それを最後に映像が終わった。
「止めなさい!止めろ!」
アリアは運転手に命令する。タクシーは路肩にも寄せず急停止した。突然、タクシーが止まった事で後ろーー後続の車は慌てて停止した。後続の車たちは各々クラクションを鳴らし、窓を開け文句を言う。
そんな野次など御構い無しとばかりにアリアはタクシーから降りて運転席に詰め寄る。
「今のは何なの⁉︎答えなさい!」
運転手に問いかける。すると、運転手はアリアの方を向いてニィと笑った。
「お代はいらないよ」
「どういう意味よ」
「早くしないと飛行機に乗り遅れるよ」
それだけ言ってタクシーはその場から走り去っていった。アリアは追いかけようとするが、不意に立ち止まる。今から追いかけてあの映像は何だったのか、と運転手を尋問すべきか、もうすぐ出発するであろう飛行機に乗ってイギリス ロンドンの実家に帰るか迷ったのだ。
羽田空港まではまだ遠い......歩けばギリギリ間に合うが。
零視点ーー
時刻は午後18時30分ーー
現在、私はマンションの自室に引きこもっている。部屋の窓にはカーテンをして、外からは中が見えない。
中央の一人がけソファに背を預け、膝に乗せたマダムの頭を指で弄る。マダムは少しだけ嫌そうだ。
すぐ向かい側のテーブルには、携帯と起動したパソコンーー『スパイダー』が表示され、立ち上げた複数の画面に映る人物たちと面談中だ。
「それでアリアは予定通りに羽田に向かったかい?」
『バッチリ。少し戸惑っていたけど、すぐに歩き出したよ。今頃、羽田に到着してるよ』
ドルマークと真っ赤な林檎のアイコンが表示されている画面から話しかけている相手はアップルだ。彼女にはタクシー運転手に変装してアリアを羽田に誘導する役目を与えた。どうやら、うまくやってくれたようだね。
『モリちゃんって、タチが悪いね〜。あんな映像を見せるなんて。アリアったら血の気の引いた顔しながら眺めいたよ』
「そうかい。それはよかった」
アリアは私からのメッセージを受け取ってくれたようだ。
乗り込んだタクシーから流される自分が置かれた状況を暗示するムービー。子供番組風にしたのは洒落のつもりでやった。
あれくらいの映像の一つや二つ、私なら簡単にすぐに作れる。
ーーピロン!
『スパイダー』に新しいアイコンーー二つの髑髏に拳銃とナイフが突きつけられたアイコンが表示された。これはボニーとクライドだね。
『おーイ、モリー。暴動騒ぎはかたづいたゾー』
『メッチャ怠い仕事押し付けんなよ〜』
二人してダルそうな声をしている。聞く限りクタクタな様子だ。
こっちも頼んでおいた仕事が片付いたようだね。
「お疲れ様。リハビリにはもってこいだったろう?」
『あんなモン、リハビリの内に入るかヨ。なぁ、クライド?』
『オうさ、学生の暴動騒ぎを黙らせるなんて、猿でもできるぜ』
私が2人に頼んでのは、武偵高内で勃発した学生間の暴動騒ぎを収めるという依頼だ。
昨日、報道されたシャーロック・ホームズ イカサマ師疑惑。武偵同士の情報伝達って本当に早いよね〜。あっという間に全校生徒に広がった。
その結果、生徒間でシャーロック無実派、疑惑派という二つの派閥ができた。無実派の殆どはシャーロックに憧れて武偵になった人間。憧れの存在を信じる姿勢は素晴らしい。
疑惑派は憧れの存在が嘘つきだった事がショックのようだ。殆どの者が暴走し出した。あの連中の行動は憧れという感情の裏返しだろう。
この二つの派閥ーー武偵の暴徒化は一般の暴徒と違って骨が折れたよ。何たって銃撃戦にまで発展したし。
「清掃委員長と副委員長としては放っておけない案件だったでしょう」
ボニーとクライドは学校の委員会ーー清掃委員会に所属している。勿論、私がそうするよう手引きした。武偵高での清掃委員というのは、一般高の清掃委員と違って、学校の"汚物"を徹底的に排除するのが仕事だ。
『オメェが俺らを無理矢理就任させたんだろうガ』
『ヤってるコッチの身にもなれよ。面倒くせぇんだぞ』
学校全体の暴動とあって、生徒会が対応する(教務科は動かなった)羽目になったが、それだけでは収める事ができないので各委員会ーー機能している委員会に応援を要請した。
ボニーとクライドが所属する清掃委員会もその一つだ。2人を委員会に入れてよかったよー。この2人は銃撃戦は大得意だからね。
「ごめん、ごめん。このお礼は今度するからさ。取り敢えず、お疲れ様。新しい指示がでるまで休んでおいて」
ーーピロン♪
また新しいアイコンが表示された。今度のは可愛らしいチワワのアイコンーーモランだ。
「モラン、配置についたかい?」
『はい、予定通りに』
現在モランには東京湾に出てもらっているーー丁度、19時発ANA600便・ボーイング737ー350、ロンドン・ハースロー空港行きが真上を通過する位置に待機するように。
真っ黒なボードで夜の湾内に出るので、パッと見たくらいではわからない。人目の心配はないだろう。
「例の装備は持ってきているよね?」
『勿論です』
簡潔に一言だけ返事が返ってくる。モランに持たせている装備とは携帯式対空ミサイルーースティンガー。
飛行機を爆破するのにミサイルは必要ないと思われるが、念の為に用意した。
計画とはあらゆる事を想定して実行に移すものだ。仕掛けた爆弾が必ずしも爆発するとは限らない。アリアとりこりんの戦闘で故障するか、見つかって解体されるやもしれない。
まぁ、解体される確率は限りなく低いが......解体する前に終わる。
「頃合いを見て、防衛省に飛行機がジャックされました。機体は致命的なダメージを受け、空港に緊急着陸するつもりですって、タレコミするから、モランが出張る必要はないかもしれないけど」
『いいえ、構いません。必要なくとも私は主の命令に従います』
武偵とはいえ高校生。防衛省はアリアが無事に緊急着陸できるとは思わないだろう。となれば、小を切り捨て大を生かす。できる限りの処置を取るだろう。
『お話し中、悪いけどモリちゃん』
「うん?どうしたんだいアップル」
『あー、そのね。飛行機ごと『武偵殺し』ヤるのにわざわざ爆弾を使う必要があったのかなー、って思えてきちゃってさ』
『何ですかアップル。主の計画に不満でも?』
「こらこら。2人とも画面越しで喧嘩しない。アップルの疑問は最もだね。飛行機ごと始末するなら、幾らでもやりようがある。燃料フィルターを詰まらせてエンジンを停止させ墜落させるなり、簡単な方法でもやれる」
最初に考えたプランの一つを説明する。
燃料はエンジンに供給される前に必ずフィルターを通し、不純物を取り除いた状態で初めて供給される。
そのフィルターに砂でも詰まれば、燃料はエンジンに供給されない。燃料がなければエンジンは動かない。それだけで飛行機は簡単に墜ちる。パイロットと計器に不具合が起これば尚更だ。
墜落場所が東京湾ーー海なら証拠は洗い流される。あー、今にして思えば爆弾を仕掛ける必要なしだった。突発的な行動ーー後悔先に立たずだね。しかし、それだと爆弾を改造したヘルダーに悪いし。計画変更したら「私の出番がない‼︎日陰者は嫌だぁぁぁ‼︎」って、叫びそうだ。
「あえて爆弾にしたのは『武偵殺し』を懲らしめたかったからかな」
『ぷぷ、何それ?爆弾使いが爆弾で吹き飛ぶ様でも見たかったの〜?モリちゃんって本当にタチが悪いね。まさに悪女だね』
「私は悪女じゃないよ。大袈裟だよ」
『いや、説得力ないよ』
アップルの呆れ声に続いて、ボニーとクライドも『全くダ』『ドの口が言いやがる』と言い出す始末。君達......覚悟はできてるよね?
モランだけは『主は悪女ではない!』と庇ってくれた。優しい......今度一緒に遊びに行こうか。
♪〜♪〜
テーブルに置いてある携帯が鳴った。着信音はシューベルトのピアノ5重奏曲『鱒』だ。私はコレが気に入っている。1年の頃から変えていない。手を伸ばし取ってみると、着信画面には金次君の名前が。
「やっほー、金次君。どうしたんだい?あっ!もしかしてお休み前の電話かい。少し早過ぎない?」
『違ぇよ。お前に連絡したのは『武偵殺し』の次のターゲットが分かったからだ』
電話越しの彼の声は少し焦っている。息遣いも荒いし、走りながら電話しているようだ。
「へぇー、そうなんだ......聞かせて」
『今までの事件は『可能性事件』だったんだ......』
金次君はそう言って語り出した。
過去『武偵殺し』にやられた人間はバイクジャックとカージャックだけではない。事故って事になっているが実際は『武偵殺し』の仕業で隠蔽工作で分からなくなっているだけーー代表的なのがお兄さんのシージャック事件。
模倣犯に成りすまし事件を起こしていたのはメッセージ。初めからアリアを狙っての犯行。ターゲットはアリア。急にロンドンに戻る事になった彼女の乗る飛行機をハイジャックするつもりだと。
「それでどうするだい?アリアに警告でもする?なら、私の方でやっておくけど......」
嘘だけどね。アリアには『武偵殺し』共々消えてもらう。
『駄目だ。あいつ携帯の電源を切ってるようで連絡が着かん。お前から連絡しても無駄だろうよ』
そりゃ、連絡が着かないだろう。君の携帯からはアリアには繋がらない。私がそうしたのだからさ。
「ならどうするんだい?空港に連絡して離陸をやめさせる?空港にはアリアが乗る飛行機だけじゃなく、他にも着陸や離陸する飛行機があるんだよ。連絡したところで無駄だよ」
『アリアを見捨てろってか⁉︎』
金次君が怒鳴る。今までに聞いた事のない迫力のある声だ。電話越しにも関わらずブルっと全身が強張る。
「いや......私はただ可能性を言っただけ......」
自分の発している声とは思えないーー吹けば飛ぶような覇気のない声で金次君と喋る。ど、どうしたんだろう?自分でも信じられない状況だ。落ち着け。
「金次君......君はどうしたいんだい?」
『アリアを助ける』
ーーはぁ?
彼の一言に私は頭が真っ白になった。膝に乗せたマダムが私から逃げるようにカサカサと床を這って去っていく。そんな事はどうでもいい。
『武偵憲章2条「依頼人との約束は絶対に守れ」俺はアリアにこう約束した。強襲科に戻ってから最初に起きた事件を一件だけお前と一緒に解決してやるって』
「だからって金次君が出張らなくても......」
『『武偵殺し』の件はまだ解決していない』
『武偵殺し』存在自体が金次君をこの様な行動を起こさせたのか?
「金次君がアリアを助けたいというのは分かった。それで?私にどうしろと?」
『アリアを助けるのに力を貸してくれ』
真っ直ぐとこれぽっちも迷いなどない台詞を呟く。
「はぁー、分かったよ。私も成り行きとはいえ、君と一緒にアリアとの依頼を受けだからね。それで何処で落ち合おうか?まずは合流してプランを練ってから......」
正確にはプランの変更だけどね。仕掛けた爆弾もあるし、巻き添えは御免だ。
『すまんが合流は現地になるぞ』
「現地?まさか......」
私はサーッと血の気が引いていく感覚に襲われた。
『俺は羽田空港にいる』
「何をやってるんだよ君は⁉︎プランも立てずに敵のホームグラウンドかもしれない現場に乗り込むなんて!馬鹿なの⁉︎」
「ああ!馬鹿で結構だよクソったれ‼︎体が動き出したんだから仕方ないだろう!』
猪突猛進。考え無しの行動とはこの事か......誰かが彼を発起ーーヒスらせたのか?身近で考えられそうなのは白雪さん?彼女はS研の合宿でいないし......
「今すぐ止まりなさい!キンジstop!私が行くまでその場で待機いいね?」
『すまんな。もう羽田の第2ターミナルだ。それで......』
「......それで?」
『金属探知機なんのそのでゲートに飛び込んだところだ』
終わった......何もかも手遅れだ。全ては遅すぎた。恐らく彼の目の前には飛行機が見えているだろう。
「状況は分かった。私も直ぐに向かうから辺りを警戒して」
それだけ言って私は携帯を切った。
「プ......プハハハハハハハハハハ‼︎ヒヒッヒヒヒ、ハハハハハ!」
『主⁉︎』『モ、モリちゃん⁉︎』『『どうしたモリー⁉︎』』
私はお腹を抑えながらみっともなく笑い出した。き、金次君......君って奴は本当に私の思い通りにならない。考えつきもしない行動をすぐに実行に移すんだから。
「ハハハハハハハハハハ!あー、あー、お腹痛い。各自その場で待機。私の指示があるまで勝手な行動に移さないでね」
全員にそう指示して『スパイダー』の電源をプツンと切る。
そして直ぐに装備を確認すると玄関に移動し、立てかけてあった愛用のステッキを手に取り外に出た。
「うん?誰だい君は?」
外に出て早々、見慣れない小さな、女の子と出くわした。
10歳ぐらいに見える体躯を、大きめの古めかしい軍服で包んだ少女だ。鐔の影で濃緋の瞳を隠すほど目深に被った海軍帽には、どこの国の物か分からない、見た事のない帽章がある。ダブついたコートの襟は高く折られ、横顔が隠れるほどだ。髪型はアリアと同じツインテールだが、色は水色。
「会いたかったぞ」
きりっ、と私を見ながら、フランス語訛りのある英語で喋り始めた。
姿や声は10歳ぐらいになのに、不思議と大人の知性を感じさせる。
子供の体に、大人の知性。何処ぞの子供探偵を沸騰させるが、今はそれどころじゃない。
「悪いけど、先を急いでいるのでね」
私は英語で謝罪を述べてから、少女の横をツカツカと通り過ぎる。
去り際に少女が何か言ったような気がしたが、私の耳に入ってこなかった。
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「教授からの言伝だ。『シャーロックは兎も角、私が役者って無いだろう。この馬鹿め』以上だ」