新学期の始まり
東京 目黒区にある某教会ーー
「.......あなたのお話は分かりました」
私は懺悔室の一室ーー網目状の小窓を挟んだ向こう側で、ある人物の''相談''に乗っていた。
相談相手は40代の男性。無精髭を生やし、着ているシャツとズボンはヨレヨレ。白髪交じりの頭にヒドく痩せている。予め年齢を確認していなかったら、50歳と思っていたかもしれない。
「たとえこれで、命を落とす事になっても構わないと?」
「勿論だ。どの道この体は不治の病に侵され、もう長くない......私の望みは、ただ一つ......ッ」
男はキッ!と顔を上げ、
「奴にこの地獄の様な苦しみを味わわせる事が出来るなら、私の命など......‼︎」
ハッキリと言い切った。
命など惜しくないーー覚悟があるようだ。
「計画は追って伝えますので、連絡をお待ちください」
私がそう伝えると、男は教会から去っていた。
某教会から離れた場所ーー西大井広場公園
朝の公園には、ジョギング・ラジオ体操する人がいる。
私はベンチに座って、いつものアレーー野生の鳩に餌をやっていた。
本当は学園島の鳩にやりたいが、然程変わりないだろう。
最近、鳩の餌やりは糞などで問題視されているが、ここでは問題視ーー餌をやる私に注意してくる人間はいない。
座りながら手帳を開いていると、
「おはようございます。主」
「グットモーニン‼︎モリちゃん」
私の前にモランとアップルがやってきた。
モランは肩に狙撃銃のケースを担いで、不動の姿勢だ。それに対して、アップルはビシッと手を上げ、挨拶してくる。
ハハ、アップルは朝からテンションMAXだねー。
「主。間も無く、学校の始業式が始まります」
「おっと、そうだったね」
今年ーーこの春から私は2年生になる。一般中出身の私が武偵高で一年を生き残ったのは、奇跡いやモラン達のおかげかな。
専門科目は去年と変わらず、探偵科だ。
「モランは今年で高校一年生。私と同じ校舎で学ぶから、顔を見せにこれるね」
真新しい純白のブラウス。臙脂色の襟とスカートを着たモランに言う。
モランは今年で高校一年になった。専門科目は中学と同じく狙撃科を選択している。因みにランクはBだ。少し低いと思われるが、モランの狙撃の腕は余裕でAランクを超える。しかし、Bランクに留めさせたのは、私が指示したからだーーその方が都合がいい。
モランも今年で高校生か〜、あっという間だね。って、私は母ちゃんか‼︎
「はい......ボソ(主に堂々と会いに行ける!)」
うん?モランが何か言ったような気がした。おまけに顔が少し赤い。熱でもあるのかい?
「ねぇねぇ!モリちゃん。因みに私は?」
アップルがクルリとターンして見せた。
モランと同じ純白のブラウスと臙脂色のスカート。神奈川武偵中の制服だ。
アップルには、今年から武偵として編入してもらったーー専門科目は特殊捜査研究科(CVR)を選択している。この時期に編入はおかしいと思われるが、武偵中ならスンナリと編入できた。
勿論、アップルーー編入には別料金を払ったけどね。そこはしっかりとしている。
「うん。可愛いよアップル」
制服はアップルの改造だろうーー袖やスカートにはフリルが付いている。えーっと、何だっけ?前にりこりんが言ってたな......甘ロリだっけ?
「ありがとうモリちゃん!いやー改造した甲斐があったよー」
改造ね......一般の学校では制服改造は禁止されているけど、そこは武偵の育成機関だから......ね?
「それはそうと主。例の相談者......アップルの情報網で見つけて来たそうですが......信頼できそうですか?」
モランがいつものキリッとした顔に戻っていた。
イケメンだね〜。その顔なら女子ーー特に年下と同年代ならイチコロだよ。
相談者......ああ、彼の事か。
「私の情報網と観察眼に狂いなし‼︎じっちゃんの名に懸けて‼︎」
アップルは顔の横にVサインしながら、元気良く答えた。
じっちゃん......某高校生探偵のセリフか。
最近、アップルは日本のアニメにハマってしまったーーそれはもうドップリと。
休日にはよく秋葉原に行っている。
「アップル。私は主に質問しているのです。少し静かにして下さい」
「そんな‼︎ヒドイよ‼︎」
モランに注意され、アップルはガーン‼︎とショックを受けた。
「彼はとある実業家に対し、強い恨みを持っている。しかし、相手が雇っている武偵の警備は厳重......近づく事すら出来ず絶望している。死期も近く、天涯孤独の身。この世にもう復讐以外の未練なんて無いんだよ。そういう人間は信頼できる」
私は相談の為、教会に訪れた男について語る。
死が近い人間ーー特に復讐に駆られた者は何でもする。躊躇や後悔だってない。
「......そうですか。後は例の犯罪組織の件ですか、今後の不安要素になるようなら言ってください。いつでも消します」
「私も協力するよ‼︎勿論、有料でね☆」
「アップル!そこは無料、無理ならせめて割引と言いなさい!」
ははは、本当に愉快で頼もしい仲間だ。この子達となら何でも出来そうだ。
「ありがとうモラン、アップル。でも少し待ってね」
私は鳩たちに最後の餌をやり終え、軽く手をパンパンと叩く。
「今回の依頼とは別ーー『武偵殺し』の件を利用して、彼を試してみようと思うんだ」
「彼......遠山 キンジですか?」
モランが金次君を呼び捨てした。コラ!先輩を呼び捨てにしちゃダメだぞ。
気のせいか?モランの声に憎しみと憤怒が籠っているーーこのモランの様子は尋常じゃない。
金次君......まさか、モランに手を出したんじゃないだろうね⁉︎流石は巷で『ジゴロの金次』と呼ばれるだけはある。
「ああ、彼が適役じゃないかなー、と思っているんだ」
「適役?何の」
アップルが答えを求める。
「私達が仕立てる犯罪を、より多くの民衆に周知する為に必要なもの」
私はベンチから立ち上がる。
「民衆がその境遇に賛同出来る''犯人''。そして法律ーー武偵法と人間の腐敗を世間に暴く''正義の味方''。その正義の味方こそが、私達の犯罪の''主人公''なんだよ」
「主人公......‼︎」
アップルはキラキラした目で感動する。しかし、モランはチッと舌打ちしそうな顔だ。あれ?私、何か変な事を言った?
「さて、話はここまで。早く学校に行かないとね」
私はポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。時刻は6時ジャストだ。
車なら余裕で間に合うが、その前に......
「お伴します。主」
「あっ、ゴメンねモラン。学校に行く前に金次君の所に行かないと」
その一言でモランの顔が死んだ。
「何故......ですか?」
「いや......だってね〜金次君、お寝坊さんだから、誰かが起こしに行かないと、遅刻するからさ。始業式に遅刻とか、後輩に示しが付かないでしょう?」
金次君は本当にお寝坊さんだ。私の推理いや、分析では目覚ましをかけ忘れ、おまけにトランクス一丁で寝ているだろう。
そんな金次君を心配して幼馴染の白雪さんは、昨日から伊勢神宮に合宿しているだろうーー金次君を起こしに行く為だけに。
白雪さんなら絶対にやるーー私の全財産賭けてもいい‼︎
「そう言う訳で、金次君の様子見がてら男子寮に行ってくるよ」
私は公園の外に止めてある愛車ーーポルシェ356aの所に向かう。
向かいながら、私は金次君と白雪さんの朝のやり取りを考える。
白雪さんの事だから、起こしに行くだけじゃなく朝食も持って行く。メニューは、玉子焼き、エビの甘辛煮、銀鮭、西条柿あたりかな。
まだ確定じゃないが、豪華食材だーー運動会にでも行くのかな?まあ、これくらい去年からやってたし、今更、金次は驚かないだろう。
「モリちゃん!行ってらしゃ〜い」
「お気をつけて主......」
アップルとモランに見送られながら、私は公園を後にした。
モランが泣いているような気がするが、気のせいだろう。
別視点ーー
「いや〜朝から良いモノが見れたね、モランちゃん!アレは、もうデキてる〜ね☆」
「......」
アップルが某魔法師アニメの猫の様な声で喋るが、モランは何も答えない。ただジッと立っているだけだーーその姿は豪傑武蔵坊弁慶のようだ。
「......してやる」
「えっ?何だって?モランちゃん。おーい」
アップルはモランの前に移動し、背伸びすると彼女の目前で手を振る。
「駆逐してやる......‼︎この世から......一匹残らず‼︎」
モランの顔は憤怒していた。目には悔し涙を浮かべ、はるか向こうーー男子寮がある方角を眺めていた。
「それ進撃の◯人じゃん⁉︎モランちゃん知ってたんだ」
アップルはモランが某アニメのセリフを知っていた事に感心した。
モランとアニメについて語れると思ったが、
「因みに何を駆逐するの?あと、所属は何処にする?調査兵団?それとも......」
「遠山キンジを駆逐してやる......‼︎主に近づく悪いムシめ‼︎」
「いやいや⁉︎駆逐したらダメだって‼︎それにキンジは、1人しかいない!もし駆逐しちゃったら、モリちゃんの計画が狂ちゃうよ‼︎」
ズカズカと走って行くモランを、アップルは慌てて止める。
ここで止めないと本当に駆逐するイキオイだ。
「退けぇぇぇぇぇぇぇ‼︎私は......主を助けに行くのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「ここを通りたければ、私の屍を超えてからにしろ‼︎」
アップルは冗談半分でモランに対し、通せんぼするが、
「ならば超えてやる‼︎」
モランは肩に担いだ狙撃銃に手を掛けた!
「ちょっ⁉︎待っ......!」
アップルは慌てて、臨戦態勢に入った。
2人の女子が公園のど真ん中で、乱闘を繰り広げたが、何故か騒ぎにならなかったーー道行く人は過ぎ去るし、ラジオ体操する集団は知らん顔で体操を続けた。
丁度その頃、零が愛車のエンジンの吹かし、公園から去った。
それを合図に公園内にいた全ての人間が、2人の女子の喧嘩を止めに入った。
次回はキンジ視点の寮のやり取りから始めます。
先延ばしにしてすみません。