遡れば遡るほど。
―――それでも、貴方が私にしたことを私は許します。
―――私を止めようとしたことを許します。
―――私を暴いたことを許します。
―――私を起こしたことを許します。
―――私を生かしたことを許します。
――――――私に、平穏なる夢を
だからどうか・・・。
美しい水中からの水面を眺めながら解けていく躰。
ゴポリという水音は、果たして誰の吐いた泡だったのだろうか。
・・・たぶんこれは、誰かの終わりの夢。
誰かが終わりに願った、ささやかな祈りの様な何か。
□ ■ □
「おはよう。メア。・・・大丈夫?」
メアのぼやけた視界が最初に捉えたのは、心配そうにこちらを見る少女―――ウルクのキャスターだった。
いったい何が心配なのだろうか?
確か、昨日は少し話をして、食事を摂って、少し夜更かしをして眠りに就いたくらいである。
彼女にそんな顔をさせるようなことは一切ない筈だが・・・。
「とても魘されていたようだったから・・・。」
申し訳なさそうに言う彼女に、メアの中にあった漠然とした何かが急激に萎んでいく。
そうして、メアも自覚のない何らかの意識も。
やっとフィルター越しではなく現実に帰ってきたかのような奇妙な感覚に苛まれながらも、メアはいつもの調子を取り戻していく。
「・・・?魘されてた?」
「え、ええ。てっきり怖い夢でも見たのかと思ってたんだけど・・・。」
はて、そんな夢だっただろうか。と、メアは首を傾げた。
いつもの悪夢なら何も覚えていないくせに何故か身体が不調をきたしがちで、体調が悪い=夢見が悪いだったのでいまいち今回の夢はそうでない気がする。と内心で訝しんでいた。
「うーん・・・夢自体もあまり覚えていませんので何とも・・・。」
「・・・ああ!それとも人肌の温度で悪夢加減が緩和されたとか?」
納得したかのように手を叩いてウルクのキャスターが言った一言に一瞬おくれて固まっていたメアが真っ赤になる。
「ひ、人肌!?」
「うん。ま、此処野外だし。安心するための手段としては仕方ないと思うよ?」
どうやら(おそらく)嫁入り前の少女に抱き着いて眠るという、とんでもないことをしてしまったらしいという事実に打ちのめされたメアに、相も変わらない様子で苦笑したウルクのキャスターは続ける。
「あ、いいのいいの。気にしないで。少なくとも私は弟で慣れてるし、気にしていないから。」
私の弟とってもかわいいんだよ!ちょっと重いけどと照れたように言う彼女。
「でででででも僕は赤の他人でででっ・・・ごめんなさい。」
素直にその場で頭を下げた。
気にしなくていいのにとクスクスと笑うウルクのキャスターに調子が狂うメア。
そんなメアを見てひとしきり笑ったウルクのキャスターは今度は真面目な顔をしてメアに何か、地図の様なものを差し出す。
「おふざけはこのくらいにして。現在地が此処。他のところも一応魔力反応がないか念入りに調べてみたんだけど・・・この海域をひたすらグルグルグルグル回ってる変な反応が一つ。同じように、でもちゃんと目的があるかのように進んでる反応が一つ。それに追いかけられてるような反応が一つ。全然動かない反応が一つ。・・・て所ね。」
残念だけど、まだ貴方に似た反応は感知できてないから救援はまだね。と申し訳なさそうに彼女は言うが、果たして救援は無事に到着するのだろうか。というか気付いてもらえるだろうか。メアに関してはソレが問題だった。
「で、ここからが問題なんだけれど。」
彼女が指差したのは先程追いかけられてると言っていた反応だった。
「私、此処に介入ないし手助けしたいんだけれど。いいかしら?」
「え゛っ」
彼女の思わぬ提案にメアは硬直する。
ついこの間オルレアンでひどい目に遭ったばかりのメアはこの役不足極まりない自分と可憐な少女二人でいったいどうやって介入するというのか。はっきり言って無謀。自殺行為である。
そんな真っ青なメアと対照的にニコニコと溌溂とした笑顔で彼女は続けた。
「うふふ。だってほら。もしかしたらこの人からこの海域の事情が聴けるかもしれないし、悪人だったら適当に伸して後方集団への取引材料にして、これまた情報が得られるかもしれないじゃない?」
策はあるから大丈夫よ。と少女は屈託なく笑う。
会ったこともない相手にどう策を巡らせるのかとか、たくましすぎる彼女を前にメアが突っ込める所はなかった。
□ ■ □
水を切る駆動音が鳴り響く。
「うんうん。やっぱり作っといてよかった!BI〇KI!!・・・じゃなかった、Airbus」
「いや、うん。まあ、楽しいんですけどね・・・。」
現在二人はキャスター製作の水陸両用バイクBI〇KIならぬAirbusに乗って海上を駆け抜けている。
因みに時速80㎞。メーターは200まであるが、果たして使うときは来るのだろうか。
そんなことを考えながらキャスターの指示に沿って走行している彼らの元に船が近づいてくる。
というか向こうはこちらのあまりの速さに気付いていないらしく無防備にこちらを轢こうとしていた。
「・・・あれヤバくないですか?」
「ん?・・・ああ、あれ、ね。うん、大丈夫。そのまま進んで。」
トンッと軽く後部座席の何処かをキャスターが押すと、小気味いい音とともに何か、ビームの様なものが正面のライト辺りから照射された。
その飛距離はあまり長くもなく、途中で波に遮られたこともあって、丁度先程の船の進路方向を爆破させた。
ドオオオオンっという音とともに盛大な飛沫と水柱が立ち昇る。
「え・・・。」
「さ、行きましょう!!」
「や、でも・・・。」
「いいからいいから。」
「・・・はい。」
そのまま騒がしい船を取り残して、二人は先を急いだ。
「お願いですから、はやく見つけてください。」
デミサーヴァント ディルメア・ストルファイスの明日はどっちだ!?
突っ込みなんていなかったんだ。