「ええ、では先ほど話した通りの手筈でお願いします。」
それから、くれぐれも
「何、他ならぬお前からの頼みだ。無碍にはせぬ故、安心するが良い。・・・ところで、肝心の其奴の精神が入って居ないようだが・・・。」
「・・・おや。勢い余って座標をずらしてしまったみたいです。・・・一日ほどで元に戻るでしょう。」
それまでは不用意にこの身体を使うわけにも行きませんし高みの見物ですねとメア?は無邪気に笑った。
「×××、×××、こちらにお出でになってください!かなりの数の外商が来ています!とても賑やかて楽しいですよ!。」
「わかったからそうはしゃぐでない!また転ぶぞ!」
「大丈夫ですよ!もう、しんぱいしょうわっ!!」
「言ってる傍からこれでは説得力に欠けますね。×××。」
「あ、あははは・・・申し訳ありません。××。」
何のことはない日常の一コマ。
普段とは打って変わって年頃の少女のように、否。それよりも一層子供らしくはしゃぐ少女。
そんな少女を窘めつつ慈しむ青年と自身。
大切な二人。大切だからこそ手放したモノの一部。
近く終わりが来るであろうことは知っていた。
それが未来にとってどうしても必要なことだという事も。
だからこそ、緩やかに、ただ穏やかに見守ることにした。
二人がこのまま安寧の中で終われるように、そう願いながら。
それなのに、ああ。
何ともまあ無慈悲で、無惨で、滑稽な終わりなのだろう。
幾通りもある、あったはずであった途からこの終わりが選ばれるなど。
燃え盛る業火に、倒壊する建物。
逃げ惑う人々。
つい数刻前までは生きていたであろうこちらに向かってきた逆賊の、ぐしゃぐしゃにされた死体。
ともすればそれを辿るかのように玉座へと向かっていく自身は、玉座より三段ほど前で足を止める。
そこにあったのは、王として崇め奉られていた少女の亡骸と、そんな少女に寄り添う少女にとって唯一無二の存在だった男であった。
「―――――――――。」
大切だった少女の冷えた肢体を見ても、同じく大切だった男の伏した情状を見ても。
不思議と、自身から涙も嗚咽も漏れることはなかった。
悲しみやら憎しみと言った感情が強すぎて泣けなかったというわけではない。
何も、想うことなど不思議となかったからだ。
薄情なことに、心に残した存在であれど、感情を明け渡せるほどではなかったのだろうかと冷静に、そのとき自身は分析した。
そんなことを考えて首を傾げていると、突如少女の亡骸が光の粉に包まれてその場から消失した。
遺体に添えられていた男の手が名残惜しげに宙を切る。
「もう、
いささか早いような気もするが、肉体も持っていかれた事例は初めてだ。
―――さしずめ後継者候補ってところですかね?
あれに後継者、否。後継機なんて必要なのだろうか?と不思議に思いながら何の気なしに天井を見上げているとズルズルという音の後にドシャッという鈍い音を拾ってピントを玉座に戻す。と、残されてしまった男の身体がバランスを失って玉座から転げ落ちていた。
「おやおや、これはいけませんね。」
わざとらしく茶化す様に言いつつ男の元へと歩を進める。
と、胸倉を掴まれた。
「・・・貴様は、知っていたのか。」
「何のことですか?」
わざとらしく惚けた様に言うと更に胸倉を掴む手に力が籠ったのが分かった。
「貴様は予めこうなることを知っていたのかと聞いているっ!!」
「ええ、まあ。一応は」
応えるとほぼ同時に腕が離れる。一瞬の後、斬馬刀にも似た巨大な刃を持った男の武器が目の前に迫る。
溜息を吐いて応戦する。
―――――こんなことをしたって、無駄なのに。
◇ ◆ ◇
ブチッ ブチブチッ
無惨に引きちぎられた人形が放り投げられる。
引きちぎったであろう人物・・・竜の魔女、ジャンヌ・ダルクは心なし不機嫌そうに落ちた人形を思い切り踏みつけた。部屋の中にはジャンヌと大量の人形とぬいぐるみだけという居室にしては奇妙な部屋の中で、彼女はその場に座り込む。
「何よ、何よ何よ何よっ!!私なんか眼中にないとでもいいたいわけ?」
今し方あった居城崩壊の戦闘において、彼女はてっきり自分が狙われていると思っていた。
今城を戦場に選ぶのは余程の
しかし、どうだろう。まるで殴り込みか何かのように始まった戦闘による崩落は、自身たちがたまたま捕らえた捕虜の少年と誰かの身勝手なものだった。おまけにまるで歯牙にもかけない存在だとでもいうかのようにジャンヌやジルの脇を過ぎ去っていったのだ。現実を見せられたかのような気分だ。最悪だと彼女は思う。
――――どうして!私は誰よりも誰よりも深い闇から帰ってきた
別に被害者ぶりたいわけではない。
ただただ・・・自分がまるでいないもののように扱われているという事実。
それが許しがたいものだった。というだけだ。
金切り声じみた怒鳴り声とともにさっきとは別の人形を掴んで思い切り両足を毟り取る。
人間としての握力なら見た目通り少女の力であったのだろうが、今の彼女は英霊であり、その基準には当てはまらない。よって、人形はまたも無惨に引き裂かれ、宙を舞い、冷たい床に落ちた。
続いて、彼女は何度も床を蹴る。蹴るというよりも何度も何度も地団駄を踏んでいる。
「ジルもジルよ!何故あんなにも呑気にッ・・・!」
「わっ」
ビタンッと思い切りその辺にあったぬいぐるみを叩きつけた。
できるだけ人に近い見た目の方がスッキリすると思って人形を選んでいたのだが、衝動的に近くの山から引っ張り出したぬいぐるみを叩きつけた、のだが・・・。
「・・・わ?」
ぐるりと部屋を見回す。 何もいない。
・・・となると。
彼女の眼は先程投げたぬいぐるみに向かった。
「ねえ、ちょっと。」
言いながらぬいぐるみの首・・・というか胴と頭の繋ぎ目を乱暴に掴む。
が、今度は何の声もしなかった。
「・・・貴方。喋れるんでしょう、喋りなさいよ。」
やはり反応は返ってこずまたイライラが募りだした。
そこでジャンヌはふと、手段を変えればいいだけではないかと内心でほくそ笑んだ。
「ふーん。そう。私の勘違いだったのね、もういーらない。」
先程の人形たちの元に放り投げると扉に向かうべく背を向けた。
「あーあ、つまんない。ジルは城の修繕に忙しいし、この遊びにはあきたし・・・暇で暇で死んでしまいそう。・・・ああ、そうね。あるじゃない一つだけ。あの一行ならきっと忌々しいくらい私を楽しませてくれるはずだわ。早速ファブニールを用意して」
そう言いながらドアを開けようとする彼女の手にふわりとぬいぐるみ特有の柔らかい手が乗っかっていた。
「ま、待ってくださいっ。」
その手を辿ればやはりさっきのぬいぐるみだ。
―――これで当分は退屈しなさそう。イラついたら・・・まあ、壊せばいいでしょうし。
震えるぬいぐるみを見てジャンヌはニヤリと笑った。