どうして、わたしが■■■になる前に■■■■くれなかったのですか。
―――暗闇の中で、一対の目が開かれた。
ズリ・・・ズリ・・・
何かを引きずるような音とともにシャラシャラと、ジャラジャラと何か金属のようなものが擦れる音が聞こえる。
『ど・・て・・・。』
誰か/何かの呟く声が聞こえる。
『ど・し、て・・・?』
その声は深い悲しみと、そして、憎しみに彩られていた。
『・・・てと・・たのに。やく・・し・の・・・に・・・。』
ジャラリと一際大きく金属音が響いた。
『ひ・りに・・・ら・なら、・な・てくれ・・くらいなら・・・』
パタリパタリと鮮明に、雫の落ちる音が聞こえる。
暫く、その音のみで途切れていた音声が再度聞こえてきた。
『ああ、でも。それでも
延々と続く狂気じみた愛の言葉の羅列もいつの間にか終わり、やがてすすり泣く声は何処か喜色を浮かべる声へと変化していた。
『だから、ずっと、何度でも。いつまでも。待っているから。』
―――今度こそ、
◇ ◆ ◇
―――とても悲しいような、切ないような何か。
消化不良気味の感情が胸元まで何かを迫り上げる気がした。
ボケていた感覚が戻るとともに、外気にさらされた両頬が冷たさを感じ取ったことで、自身がさっきまで泣いていたのだろうことが分かる。
「メア、ロマニがブリーフィングの前に貴方のメディカルチェックを行うそうだから医務室に行きなさい。」
探したわよ。と所長が入室する。
入室すると言ってもある事情から現在の彼女に物理法則は粗方効かないため読んで字の如く壁を通り抜けての入室であった。流石に足が透けてたり、浮いていたりと言ったことがない分まともに見えるが。
「わー所長。ノックぐらいしてくださいよー。」
棒読みで言うと「わわわ悪かったわね!仕方ないじゃない。まだうまくこの身体を使いこなせなくて生物や任意の強く念じたもの以外に触れられないのよ!!」と面白いくらいの慌てぶりが返ってきた。
「まあ、そういうお前はあの変人からご指名を受けてるわけだがな」
その後ろからアンデルセンがひょこりと顔を出した。
「ひっ」っと所長がかわいらしい悲鳴を上げる。
そんな所長の様子を差して気に留めるわけでもなくアンデルセンは食堂の方へ歩いて行ってしまった。
固まってしまった所長の頭をよしよしと撫でる。限界まで背伸び、つらい。
またも驚く所長。
「大丈夫。そんなこともありますよね。」
誰にも言いませんから。と笑うと所長は何処かに走って行ってしまった。
ダ・ヴィンチちゃんの工房はそっちじゃないと思うんだけど・・・忙しい人だな・・・。
◇ ◆ ◇
「ああ、来てくれたんだね、メア。」
そこにかけてと相対するように置かれていた椅子を差すドクター。
「本当はもっとちゃんとした検査がしたかったんだけどブリーフィングの時間が迫ってるから軽い診察だけしておくけど、もし何か異常があった場合は特異点から早々に帰還するんだよ。」
いつものおチャラけた雰囲気は何処へやら、真剣なドクターの表情にこちらも真顔になる。
触診、聴診など一通り健康診断染みたチェックが終わると、ドクターは息を吐いた。
「・・・ふう。はい、一応これでメディカルチェック終了!うん、どこもかしこもおかしなくらい健康体だね。」
つい先日まで培養器で調整受けていたとは思えないほどだよ。とドクターは苦笑する。
そこには隠し切れない僕への罪悪感のような何かが見て取れた。
「ただ・・・。」
ドクターはその表情をすぐに消し去って、もう一度遊びのない表情になって言い淀んだ。
「ただ?」
「・・・特異点Fでの観測は立花君やマシュ、そしてもちろん君も意味証明含め様々な面から急ごしらえながらサポートをしていた。これはいいね?その中で、君に魔力の変調が数度観測されたんだ。敵性サーヴァントに襲撃された際に一回。それから、レフ・ライノールに所長ごと分解されそうになった際に一回。これは単純に君のサーヴァントとしての性能が発揮されたとかなら、まあ、僕も文句はないんだけど。明らかにこの変調数値はおかしい。マシュもデミサーヴァントで、英霊化も出来る。けれど、こんな大幅な数値の変動は起きていないんだよ。特に二度目の変調時は一時的ではあるが君の霊基が英霊に限りなく近いが全く別物に塗り替わったしね。・・・なにか心当たりはないかい?」
言われて、特異点での出来事を思い出す。
あの時は、たしか・・・。
「・・・わかりません。ただ、必死だったとしか。」
お役に立てなくてすみません。と申し訳なくなって顔を俯ける。と慌てたようにドクターが話を続けた。
「え?や、そんな気にしないで!?むしろ謝るべきはそれに対処する術を見つけることが出来ない僕の方なんだから!!うん!とりあえず無理せず元気でいてくれたらそれで充分だよ!」
あ、ココア飲むかい!!というドクターの気遣いにこくりと頷く。
ドクターの淹れてくれたココアは甘くて美味しかった。
そういえばねーとその場を和ませようと雑談を始めるドクターに笑顔を向けながらふと思う。
薄青の賢人が言っていた。
―――それ以上こっち側の力を使うのはやめろ。出ないとお前――
ノイズ交じりの誰かも言っていた。
―――そうですか。でも、今君に死なれては困ります。・・・僕もあの人も、ね。
その言葉を思い出しまたココアに視線を移す。
ブラウン一色の液体はいつの間にか半分くらいまで飲み干してしまっている。
―――僕は、あとどれくらいこうしていられるのだろう。
知らず、カップを握る手に力を籠めた。