「■■■■、お前は隊長の下に行って現場の状況を記録してこい。」
ウルクの古い屋敷の中で、男が机越しに立つ少女に告げる。
「はい。」
短く返事を返した少女はくるりと踵を返し部屋から出ようと入口へ向かう。
「くれぐれも、ばれるな。手出しもするな。」
「・・・はい。」
きつい口調で釘を刺す男の声に、変わらぬ声音で少女は返答し、今度こそ退出した。
「どうしてっ。」
足早に道を歩く少女の呟きは誰に拾われるということもなく消えた。
◇ ◆ ◇
剣がぶつかり合う音、飛び道具がはじかれる音、地面の抉れる音。
斬り、投擲し、会話し、傷付け合う。
ぷつり。と、ウルレシュテムの頬が薄く切れる。
切られたことを認識したウルレシュテムは笑みを深め、一層楽し気に剣戟を振るう。
対するギルガメッシュは心底悔しそうに、けれどもどこか楽しそうに剣を動かし続ける。
エルキドゥはギルガメッシュのフォローに徹し遠距離からの射撃と鎖での回避行動を中心に動き回る。
良くも悪くも無駄の無い、連携と言ってもいいくらいの完成された動きはまるで剣舞でも見ているかのようであった。
「・・・ふむ、左脇があく癖があったはずですが・・・成長したのですね。」
剣戟の手を緩めずにウルレシュテムはふふっと笑った。
「ええっ、毎日欠かさず鍛錬に励んでいますから。
その剣戟を撥ね退けつつギルガメッシュが返答する。
「・・・足元がお留守です。」
袈裟懸けにしようと振るった勢いをそのままに足に向かって振りぬいた。
肉の裂ける音と舞う鮮血とわずかに漏れる苦痛の声。
かなり深めに足が切れたらしい。が、その普通ならば歩行は不可になるであろう傷の部位に即位時に贈った天の帯で固定、擬似修復し、戦闘を継続させる。
一連の動作にウルレシュテムは素直に驚き目を見開く。
「随分器用なことしますね。驚きです。」
流石の自分もそんな使い方したことない。
まあ
「はっ。
皮肉をいうギルガメッシュの胸部を軽く突く。
思っていたよりも容易く彼の身体は後ろに傾き、地面へと倒れた。その無防備な首元に天の帯で作り出した疑似IXAを突き付ける。
「まさか、ナルカミが破壊されるとは思いませんでした。・・・けれど」
ポツリと言葉を漏らす。
「けれど、いまだ
静かな声には確かな殺意が籠められていた。
その問いかけにまたもはっと鼻で笑ったギルガメッシュは突きつけられた武器を素手で掴み、空いている手でウルレシュテムの胸元を掴んで顔を近付ける。
「なあに、
寂しげな笑顔で「ではな。」と言った途端ぶつりと糸が切れたかの様に倒れこむ。
「っ」
急に重くなった身体につられるようにウルレシュテムもギルガメッシュの上に倒れ込んだ。ウルレシュテムは体勢を整えようと起き上がろうとするが、その行為はいつの間にかがっちりと腰に回された腕のせいで成されることはなかった。
彼女が気絶したかに見えたギルガメッシュの方に顔を向けると、丁度ぎょろりとこちらへと動かされた眼球と目が合う。
「
おそらく切り替わったであろうはずのギルガメッシュが先程と同様。否、それ以上に凶悪で凄惨な笑みを浮かべていた。
まずい。
咄嗟にそう思ったウルレシュテムは瞬時に短剣を形作る。
ただ距離を取ることが目的のそれはお世辞にも業物とは言えない代物だ。
そんなことはお構いなしに出来上がったそれをギルガメッシュの顎付近を通り過ぎるよう振る。が、その瞬間ギルガメッシュごと鎖で拘束されていた。
「!!!」
何とか抜け出そうと身を捩るウルレシュテムだったがそれは無駄な徒労というものだ。
なんせ、この鎖は生ける兵器エルキドゥの用いる天の鎖だったのだから。
シャラシャラと音を鳴らしながらエルキドゥが二人に近づいて来る。
「ええと、ごめんね。母さん。・・・話しちゃった。」
気まずそうに頬を掻くエルキドゥにウルレシュテムは絶句する。
彼女の頭の中ではあれほど言うなと言ったのにとかもっと別の方法があったろとか恨み言のような思考が出ては消え出ては消えていく。
「姉上」
いつの間にか短剣を素手で掴んでいたギルガメッシュが短剣を放り投げ、血が乾いた方の手でウルレシュテムの髪を梳くように撫でる。
「なぜ貴女がそうまでして死に急いでいるのかは
きっと、
おそらくこの男はその言葉通りの事を平気の平左で実行する。それこそ周りの迷惑などお構いなしに。
それはつまり、ウルク第一王朝の崩壊を意味する。全てが終わる。続くものは無い。世界は
三人の間に沈黙が満ちた。
◇ ◆ ◇
少女は走る、走る。
敬愛するあの方の最期を見届けるという任を請け負ったのだ。
正史を乱すあの邪魔な魔女を殺すチャンスが来たのだ。
早くしなければ、早くしなければ
それが相反する感情であるとは知らぬままただただ衝動的に走る。
ひた走る少女の片手には剥き身の輝く矢が握られていた。
◇ ◆ ◇
「脅迫するみたいでごめん。我儘だってわかってる。けど、僕もギルも母さんには生きていてほしいんだ。だから、協力してほしい。」
穏やかな声でエルキドゥが沈黙を破る。
そんな我が子といまだ笑顔のままの弟の様子を見たウルレシュテムは溜息を吐くと口を開いた。
「・・・簡単に言ってくれますね。神に見つかったらそれこそ一貫の終わりだというのに。」
取り敢えずこの鎖解いてくれません?というウルレシュテムはいつものように微笑んでいた。
「・・・
ただ、淡々と言葉を紡いでいく。
表情すら既に微笑みは無く、何も映していない。
「神々は恐れているんですよ。
ここでギルガメッシュは何故わざわざ自身を送り込むときにあのような命を受けたのかを納得する。要は、どんなに有能であれ有害であれ。どのみち神は
ギルガメッシュは鎖を解いても尚放さなかった腕に力をこめた。
顔はウルレシュテムの肩に乗せられており表情を窺い知ることはできない。
ウルレシュテムがギルガメッシュの背中をあやすように軽くトントンと叩く。
そんな二人を穏やかな笑顔で見ていたエルキドゥが「僕も入れて」と言って走り寄り抱き着く。あのお茶会の時間が戻ってきたようで和やかな雰囲気がその場を包んだ。
ざくりと、何かの刺さる音。
ぶちぶちと躰の組織が断裂する。
「・・・?」
謁見の間の出入り口付近から飛んできたであろう黄金の矢が、背中を向けていたギルガメッシュ。ではなく、ギルガメッシュに抱きしめられていたウルレシュテムの脇腹に当たる。
バキリと、肉体どころか魂さえも傷をつけるような痛みがウルレシュテムの全身を駆け抜けた。
「あ、Aa、あ・・・。」
ずるずるとウルレシュテムの身体が崩れ落ちてゆく。
こうして、後に魔女と、ティアマトの化身と呼ばれることになる女の物語は完結した。
「あ、あああああああああああああっ」
誰かの絶叫が響く。
遠のいてゆく意識の中で女は思う。
ああ、どうか嘆かないで。
「あねうえっ姉上っ」「母さんっ」
どうか、あの
もういいの。
どうかわたしを
「・・・絶対に死なせるものか。」
そう呟いたのは誰だったのか。暗闇に沈んだ彼女は知る由もない話である。
という訳で神代編完結です。
長いような短いような長いような・・・。
本当に読んでくださってありがとうございます。
いろいろ付け加える物事はあったりするのですがそれはまた今度という事で。
ちなみにちょいちょい出ていた少女も神代編のその後の話で(書く機会があれば)書きたいと思います。
それでは次章もよろしくお願いします。
閲覧ありがとうございました。