そもそもエ・ランテルの情報を得たのがユリ・アルファがガゼフ・ストロノーフと共に戦った後、シャドウデーモンとアウラの配下の低位テイムモンスターに索敵の範囲を広げていき、捜索の網にかかったのが一日後。
その後本格的にシャドウデーモンによる情報収集を始めた。
ここからしばらくたった頃にはズーラーノーンなる地下組織が何かを企んでいるのは発覚したが、モモンガとアヴェは大したことのない物として放置していた。
不死の軍勢の発動報告自体もアルベドが細かい話でも事あれば報告するように命じられていたから届けられた話であり、本来なら至高の御方にとっては些事とアルベド並びにデミルウルゴスの段階で切り捨てられていた情報だ。
しかもプレイヤーではなく現地民がマジックアイテムを使って絞り出すように使ったそれは、ナザリックにおいてはプレイヤー絡みではない第七階位呪文とはその程度の存在なのだ。
「うわー、これは面倒なことになってますね」
「そうですねえ。不死系のモンスターばかり……でも見た感じのレベルではモモンガさんの魔力系魔法詠唱者としてのスキルでなんとでもなるかしら」
「あ、スケリトルドラゴン。懐かしくないですか」
「ああー、第六階位以上の魔法なら効くのが解るまでクソゲーって言ってたんですっけ、モモンガさん」
「はははは、だって魔法が頼りの魔法詠唱者の魔法が効かないんですよ。しかも魔法で排除しようにも強制で第六階位以上とかわりに合わないってウルベルトさんと話してましたよ」
和やかに遠隔視の鏡で都市を防衛しようとする冒険者達と墓場から溢れ出るアンデッドの光景を見ながら話している二人。
その心の中にはさした波紋は起こっていない。
人間は人間、自分たちは異形種、という意識が強くあるのはユリ・アルファを強行偵察に出した時に確認している。
「さて、どうしますモモンガさん」
「そうですねぇ……正直敵の底が知れてるからそういう意味ではさして興味を惹かれないんですが」
「ですが?なにかありましたっけ」
「叡者の額冠、とかいいましたっけ。ユグドラシルにはなかったレアなアイテムっぽいのでちょっと欲しいなーと」
「ふふ、相変わらずのコレクター気質ですねぇ」
「お恥ずかしい……まぁ興味があるのはそれくらいですね」
「どうします?出るなら階層守護者達の反応的にソロでの出撃はできませんよ?」
「名誉が欲しいわけじゃないですからねー。大々的に出て行ってどーんとかは考えてないんですよ。叡者の額冠で魔法生成装置になってる少年は墓場の奥地に放置されてるっぽいのでこっそりいこうかと」
「それだったらソリュシャン・イプシロンでしょうか?確かあの子が盗賊系のスキル保持者ですよね」
「ですね。あとは前衛が欲しいけど誰がいいかな……」
「仮想敵が死霊術士やアンデットならシャルティアに強欲と無欲をもたせればいいのではないですか?」
「んーいざ逸れた時に転移門使えるのもシャルティアだから、そこらへんですかね」
「なぜ迷ったんですか?モモンガさん」
「いや、純粋な盾役ならやっぱり純粋タンクのアルベドかなーと思ったんですけどね」
「ですが?なんでしょう」
「彼女忙しいじゃないですか、守護者統括っていう立場のせいで。趣味の収集品拾いに行くのに時間を割かせていいのかなーって」
「ふふ、優しいですねモモンガさんは」
「いや、実はよくわからない組織運営をしてもらってるんだから当然の気遣いじゃないですか?」
「そうですけれども……NPCの忠誠の高さを想うと連れて行ってもらえない方が悔しがるかも?なんて」
「あ、ああー。確かに……どうしよう……」
「では考え方を変えましょうか。普段からナザリックに目立った貢献をしてくれているアルベドには我慢してもらって、今の所仕事に緊急性のないシャルティアに仕事をしてもらうというのは」
「それ!それでいきましょうアヴェさん!じゃあさっそく伝言飛ばします!」
「はい、解りました。ではこのベッドもしばらくお別れですね」
「……ーですよね。じゃあ俺も装備を整えますんで」
「はい、いってらっしゃい」
「では。えーと、そこのメイドよ。装備を身に着けるのを手伝え……って感じですかね」
「よろしいのでは?凄く嬉しそうですわよ」
「うわー、ホントだ……うわ、泣くな、泣くな、着替えるだけだから。一般メイドでも出来そうな奉仕の中でも最上級?はは、まいったなぁ」
「ふふ、ハーレムですねモモンガさん」
「アヴェさんがそれ言わないでくださいよ。さて、準備準備」
モモンガは骨身でもわかるほど……軽い足取りで姿見の前に行って普段身に着けている神話級装備を一般メイドに手伝わせて身に着け始める。
あちこちへと伝言を飛ばしながら。
その背中は未知を求めに行く楽しみに浮きたっていた。
それを見てアヴェは微笑む。
ユグドラシル末期のギルド維持費を稼ぐだけのプレイを続けていた時のモモンガには無かった、皆がいたころの様な冒険の喜びを感じているのをじっと見つめる。
「うむ。装備良し、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンもレプリカだけど中々いい感じだ」
鼻歌が出そうな声色で着付けたメイドの前でばさりとローブを翻すモモンガ。
アヴェはにこにこ見ているが間近で至高の存在の決めポーズを見た一般メイドは膝をついてモモンガを拝んでいる。
「では行ってきます。アヴェさん」
「はい、いってらっしゃいモモンガさん」
軽く杖を掲げるモモンガにアヴェはゆったりと手を振る。
久々に張り切るその姿に、アヴェは今回の冒険とも言えないような小イベントが上手くいくのを確信するのだった。
「うむ。無事に墓地内の目標地点に転移出来たな。よくやったシャルティア」
「光栄でありんす」
「ソリュシャン、付近に潜んでいる敵はいるか?また罠の有無はどうかな」
「はっ。どうやら標的の付近に二体ほど護衛と思しき人間がいますわ。お任せいただければ即座に無力化できます。罠に関しては特に設置していないようです」
「ふむ。魔法詠唱者の集団だから仕掛ける技術がなかったのか、それとも事を起こせば霊廟内までたどり着く人間がいないと思ったのか」
顎に手をやりわずかに思考するモモンガに赤い装甲の全身鎧の腕部を強欲と無欲に替え、スポイトランスを構えた完全武装のシャルティアが言う。
「至高の御方がそんなこと気になさる必要がありんしょうか?ぺキリと踏みつぶせば良いと思いんす」
「シャルティア、そういう油断は良くないな。現に俺達は今からユグドラシル時代には無かったアイテムを奪いに行くんだから警戒しすぎということはないからね」
「は、はい!浅慮をお許しなんし、モモンガ様!」
「うん。今後気をつけてくれればいいから。なんでも無暗に油断するのは良くないよ」
「それでしたら……アヴェ様や一般メイドを除くナザリックの全軍でくればよかったのでは?」
「まだナザリックを表に出すべきではないと思ったので少数精鋭、というわけだよ。貴重な盗賊系技能の持ち主であるソリュシャン・イプシロンとワールドアイテム対策をした単体戦闘能力最強を誇るシャルティア。これが現状における隠密行動の最適解……だと思う。うん」
正直八肢の暗殺者を何体か加えても良かった、という言葉をモモンガは何とか飲み込む。
だが、よくよく考えると至高の存在とあがめる相手でも誤るというのを知らせるためには絶好の機会なのではないか、と思い直し口を開く。
「いや、だが八肢の暗殺者なら数体連れてきてもよかったなソリュシャンを守らせることもできるしその方が万全だったね。ごめん」
「そんな!モモンガ様が謝られることないでありんす!」
「そうです。モモンガ様が私共下僕に頭を下げられるなんてもったいない……」
「不完全とはいえ責任者だからね。誤ったら頭の一つも下げるよ」
からからと暗く湿った墓場に似つかわしくない笑いを上げるモモンガを前にシャルティアとソリュシャン・イプシロンは慌てる。
「おっと、静かにしなければいけないな……ではソリュシャン。障害の排除を頼むぞ」
「はっ。お任せくださいませ」
「周囲の守りは私にまかせなんし」
「お願いしますわシャルティア様。それでは罠もないようですし、中の人間二人を排除してまいります」
「うむ。頼んだ」
こうして、若干の失敗を交えつつ無事にソリュシャンが護衛に残っていたズーラーノーンを丸のみ暗殺しモモンガ達は叡者の額冠を手に入れたのだった。