すいません、許してください!
なんでもはしませんから!
「はぁ……」
白すぎる美白の表情を曇らせ、アヴェがため息をつく。
悩まし気に眉根を寄せる表情はどこか熱に浮かされたようで……隣で見守るモモンガには色っぽく映った。
「あの、何か悩み事ですかアヴェさん。外に出たいとか……」
内心、最初に二人でナザリック大墳墓の地表に出たのがほとんど唯一の外出となればそうなるのも仕方ない。
そう思って尋ねたモモンガだったが、返球は波動砲級のものだった。
「いえ、産みたいなぁ……。と思いまして」
「へ?」
「ですから、私産みたいんです」
「う、うううう、産むって何を!?……ほあ、何をじゃないですよね。俺の子供ですよね。そりゃ毎晩その……してれば当然の結果というか。あ、産むな、なんて当然言いませんよ!むしろ俺とアヴェさんの子供なら何人でも欲しいっていうか……」
大いに慌てた直後、精神の沈静化によって冷静さを取り戻したモモンガが嬉しそうな口調で、そっかぁ、俺とアヴェさんの子供か……。
と彼方に旅立ちそうになっているのを、アヴェがモモンガを揺さぶって正気に戻す。
「違います。違うんですモモンガさん。すいません誤解をさせるようなことを言ってしまって。でも違うんです。モモンガさんの子供じゃないんです」
「え…………………………俺の子供じゃないとしたら……だ、誰の子供なのかな……ははは……」
乾いた笑いをたてながら、心の何かが折れたのか眼に当たる炎を消してしまうモモンガに、アヴェは気付けのびんたを見舞うと事の次第を話し出した。
「浮気でもありません!もう、モモンガさんったら。早とちりですよ。私のいい方にも問題がありましたけど現実に戻ってください」
「え、ええ。で、でもじゃあ一体何を産むんですかアヴェさん」
「お忘れですか?私の取得職業のスキルを」
「えーと、一番目立つのは<<異形の母>>ですけど……あとは壁MOB召喚用の<<万物の胎盤>>に、微妙な秒間リジェネ能力の<<原始の生命>>、あとは……」
指折り技能を上げようとしたモモンガの手を、アヴェが握りしめながら言った。
「そう、その<<万物の胎盤>>の影響か、とっても産みたいんです。私」
「は?え?えええええ?アヴェさん、<<万物の胎盤>>の影響って、MOBを呼びたいってことですか!?」
「MOBを呼ぶというか……その……あの、恥ずかしいけど話す事柄だと思ってくださいね?」
「あ、はい」
「お腹の、下の方がうずうずするんです……産みたい、産みたい、眷属を輩出したいって……ここ数日そんな感覚がずっと続いてて……」
「え!?もしかしてここ数日ずっと上の空が続いてたのって」
「……それのせいです」
「あ、それは、その、気づかなくて申し訳ない……です」
「いえ、いいんです。ちゃんと言わなかった私も悪いですし」
お互い、初心な中学生カップルの様に俯いて視線を外し合って赤面するアヴェと、白い骸骨のモモンガ。
ちょっと気まずくなった空気を変えるように、モモンガが呟く。
「この場合、アヴェさんの産む眷属ってどういう扱いになるんでしょうね」
「それは、どういう?」
「いや、守護者の皆に限らずナザリックのNPCって俺達に凄い忠誠を誓ってるじゃないですか」
「そう……ですね」
「アヴェさんが眷属を産んだら、同じNPCっていう認識になるのか。それともさっき俺が慌てたみたいにアヴェさんの御子として扱うのかどうかっていう」
「あ、あぁー。確かにその疑問は残りますね」
「ですよね。それに、実際産んだ後アヴェさんがその眷属をどう思うかが……その、ちょっと不安です」
「なんでですか?」
アヴェがきょとんと小首をかしげると、ちょっと拗ねるようにモモンガがアヴェに背を向け、腰をかがめながら言う。
「眷属が子供みたいに可愛くて、俺にあんまり構ってくれなくなったらって思うと……安易に産めば?とか言えませんよ」
「ふ、ふふふ、うふふ!モモンガさんたら可愛い!」
「か、揶揄わないでくださいよ!俺にとっては……本当に重要な事なんですから」
「ああ、ごめんなさい。いえ、揶揄ったんじゃないですよ。そんな心配をするモモンガさんが本当に可愛らしくて……こんなに好きな人を放って子供一辺倒になるような女に見えますか?」
するり、と蛇身を伸ばしてモモンガの背中に寄り添うように六本の腕で彼を抱きしめながらアヴェがささやく。
「そんな事に成りません、私の一番はいつでもモモンガさん、貴方なんですから」
「本当ですか?子供ばっかり構ったら、俺いぢけちゃいますよ」
「信じてくださいな」
背後から身体を伸ばすアヴェに、寄りかかるように背中を預けるモモンガ。
ローブ越しに触れあいそうな距離にあったアヴェの頬に、自らのちょっとごつごつする頭蓋骨を擦り付けた。
「約束ですよ」
「はい。約束です」
そうして存分にアヴェに甘えた後になってようやく、モモンガは自分を抱きしめるアヴェの腕に手を添えながら言った。
「アヴェさん。アヴェさんの気が済むなら存分に産んでください」
「……モモンガさん。今重大な事に気づいたんですが」
「なんですか?」
六本の繊手をかわるがわる撫でていたモモンガに、アヴェの、ちょっと真剣な声が届く。
「私の<<万物の胎盤>>ってモモンガさんのスキルに寄る召喚と同じ……一定時間で消えてしまう効果なのか、恐怖公の眷属召喚のように永続効果なのか……」
「あ、あー。そういえばどっちなんでしょうね……アヴェさんという依り代から分離する、という感じなら俺の死体を使った中位アンデット創造みたいに永続っぽいですけど」
「うーん。もし永続ならあんまり無計画に産むのはナザリックの経営に関わってしまうかもしれませんね……」
「そうですねぇ。でも、とりあえず一回は試してみない事には始まりませんよ。産んでください、アヴェさん」
「モモンガさん……」
「一定時間しか出現しないならそれはそれで利点がありますが……もし出産の効果が永続なら、俺とアヴェさんで沢山可愛がってあげましょうよ」
「そうですね……ふふ、聞こえていますか?貴方のパパはとっても優しい人ですよ」
モモンガの身体から手を放し、自分の下腹部を撫でながら胎の子に話しかけるアヴェの穏やかな声色に、モモンガも沈静化とは異なる落ち着きを得る。
改めてアヴェに向かい合い、下腹を撫でる彼女を見ると、その気持ちはさらに高まる。
「ええと、じゃあアヴェさん。事は出産ですから……ペストーニャを呼んで産婆みたいなことをしてもらいましょう」
「そうですね。他にも色々準備をしてから、ですね」
「そうですね。頑張ってください」
「はい。頑張ります。といっても、この身体はこと出産に関してはそんな心配事が浮かばないんですよね。もともと産むための種族だからでしょうか」
「はは、そうかもしれませんね。でも万一がありますから」
「ふふ、ありがとうございます。あなた」
「……こんな心配なら、アヴェさんの為なら幾らでもしますよ」
そんな遣り取りの後、モモンガとアヴェは再び甘い空気に没入していったのだった。