「馬鹿な!では人食いの化け物が存在するのを黙認しろというのか」
「落ち着いてください。黙認しろとは言っていません。もしナザリック外でナザリックの者が人を食い物にしていたら戦うも自由。ですが人の代用食であるグリーンビスケットを食べて大人しくしている分には手を出さないでいただきたいというのです。もちろん他のプレイヤーが接触してきたらそういった異形種がいるという情報を渡してもかまいません。まぁ、その場合は勿論該当の者には自己防衛を命じますし、保護しますが」
「……暗に私達では勝てない、そういっているのか」
「そう取っていただいても構いません。アヴェさん、ここから先はセバスに説明してもらいましょうか」
「そうですわね。セバス、この方々に対してレベル、という目安を教えてさしあげて」
「は、畏まりましたアヴェ様」
鈍く光るの黒壇の机を挟んで向かい合うモモンガとアヴェの「ナザリックには人食いの異形種が居る」という発言にイビルアイがつい感情的になる。
だがそれを柳のように受け流しモモンガとアヴェは解説をセバスに丸投げする。
そしてセバスの感覚で蒼の薔薇の面子を計ったレベルを説く。
そしてその上でモモンガが言う。
「プレアデスの食人を行うメイドの平均レベルは60前後。そしてユグドラシルにおいて装備が同等でレベル差が10あると万に一つ程度の勝ち目しかなくなるんだよ。これはお願いでも脅迫でもない。敵対しないのが正解だよ、という忠告だ」
「……目の前で食人を行っていたら戦ってもいいんだな?」
「うん。いいよ。その場合に於いては我々ナザリックは君たちに報復しないことを誓う」
「ガガーラン?」
「ひとまずモモンガさんとアヴェさんを信頼してナザリックの人食いどもが食人しないのを祈って、それが破られたら戦うくらいしかできる事ねえだろ。割り切れ。リーダーもだぞ」
「ガガーラン貴女……いえ、そうね。その通りだわ。ここは冷静にならないと」
ラキュースがガガーランに視線を向け、その手元を見て言葉を納める。
圧倒的な実力差をセバスが隠さなくなったことで震える手を血が出るほど握りしめて彼女が言っているのだ。
あの戦闘本能に忠実で義侠心の塊のようなガガーランが、だ。
「さて、言葉だけでは信頼は得られないと思うよ。なのでひとつ君たちにも有益な提案をしようと思うんだけど?」
「私達に有益?怪しいものだな」
「八本指、と言ったかしら?貴女達が敵対している組織は」
「何故それを……いや、不思議ではないな。あの悪魔を倒した時に私は八本指を追っていた……」
「それ以後も悪いけど密かに探らせてもらってね。大体の状況は把握しているつもりだよ」
「それがどうしたのですか?貴方がたが協力してくださるとでも?」
「君達が不必要にナザリックの異形種の者たちと敵対的な行動……してもいない行為を他のプレイヤーに吹き込んでナザリックを攻撃させるなど、だね。をしないというのなら協力する用意がある」
モモンガが膝を机の方に詰めて手を組む。
熾火の様な眼が瞬く。
それをみてティアとティナがラキュースに視線をやる。
「鬼リーダー」
「信じるの?」
「イビルアイはどう思う?」
丸投げに近い問いを出されたイビルアイはやれやれ、というように王宮にあるソファよりも柔らかく、しかししっかりと体を受け止めるスプリングの効いたチェアに体を沈めて言い放つ。
「ここは虎口だ。すでに飛び込んだ私達に選択肢はない。だというなら少しでも成果を持って帰ろうじゃないか」
「はっ。確かにな」
「信じるしかないとか性質が悪い」
「強制加入って感じ」
「はいはい、ティアもティナも愚痴はなしよ。解りました。その話お受けましょう」
「すいません。脅迫になってしまって……でもこればかりはこちらの持つ力が大きすぎるが故の悲劇だと思っていただくしかありません」
「俺達は譲歩しました。恩には恩を、仇には仇を。この言葉に従って我々は行動します。皆さんにはその事をご理解いただければ幸いです」
「解りました。蒼の薔薇は故無くナザリックと敵対することはしません」
「ふふ、穏便に話がまとまってよかったですわ。セバス、皆さんへの歓待の準備を」
「はっ。畏まりましたアヴェ様」
「歓待、ね。ここで人を食わせてお仲間認定はなしだぜ?モモンガさんよ」
「そんなことしませんよ。このナザリックには一般のメイド……ホムンクルスですがね……もいましてね、彼女たちは通常の食材の料理を大量に食べますから。彼女たちと同じものをださせますよ」
「そうそう、ナザリックのBARからお酒も出させますから飲みすぎない程度にお楽しみくださいな。美味しいですよ」
顔だけは美しいアヴェにそういわれて微笑みかけられて、ラキュースたちは微妙な顔をするのだった。
「美味かったなぁ……」
「材料がこの世の物とは思えなかったけどね……良い意味で」
「天上だった……」
「でもあそこは地下墳墓だから地獄?」
「どちらにせよろくな場所ではないさ……何だ貴様らその顔は!たるんどる!」
「でも、なぁリーダー」
「あの美味はねぇ……ため息が出るわ」
「鬼リーダーは普段いいもの食べてるから」
「いや、正直あそこの食事には私達も心動かされそうになった」
「ええい!バカ者どもが!食い物で懐柔されるな!」
「わーってるって。はー、それにしても美味かったなぁ。はんばっかも酒も。なぁ?」
「その通り」
「あの美味はまた味わいたい」
「貴様ら!」
魔法詠唱者らしからぬ素早い動きでガガーラン、ティア、ティナにチョップをいれたイビルアイをラキュースが制する。
「はいはい、じゃれ合いもそれくらいにね……さて、どんな風に力を貸してくれるのかしら、あのモモンガさんとアヴェさんは」
「それは確かに気になるな」
「怪物たちのやることだ。ろくなことにはならんだろうな」
「恐ろしいなー」
「リーダーに迫る触手の脅威」
「なんで私なの!?」
「処女で姫騎士」
「くっ殺せ」
「貴女達は時々わけのわからないこというわよね……」
「いえーい」
「いえーい」
「褒めとらんからな……まったくこの双子は」
「がはは!まぁあの爺さんの気当たりを前にいつもの調子を保ってくれるのは心強いぜ」
「ふん。そういうことにしておいてやるか」
この数日後、如何に力のある貴族でももみ消せない形で八本指の全ての部門の証拠が王都に拡散し、王都に粛清の嵐が吹くことになる。
デミウルゴス率いるナザリックの一団がほくそ笑むような形で。
全てが終わったモモンガの私室で、アヴェがモモンガに寄り添っているとモモンガが口を開く。
「ねえアヴェさん」
「はい、なんですかあなた」
「その内イビルアイさんの言ってた空中都市とか、全ての呪文を記した呪文書とか見てみたいですね」
「その時にはモモンガさんとナザリックの誰かのお供によるPTだと思いますけどね」
「すいません。折角こんな綺麗な世界にこれたのにアヴェさんを自由に出してあげられなくて」
「いいんですよモモンガさん。消えていくだけだった筈のナザリックと、リアルで会う約束をしたとはいえそうそう会えるかどうかは解らなかったモモンガさんと一緒に居られる今があるだけで」
「アヴェさん……」
「ねぇ、だからモモンガさん。今のうちにリアルの名前教えてくださってもいいでしょう」
「……そう、ですね。俺の名前は鈴木悟、でした。今は、モモンガです」
「ありがとうございます。私の名前は……」
これ以降は二人だけの秘密。
ただ一つ言えることは、異世界にもアインズ・ウール・ゴウンの名は高らかに鳴り響いたという事だけ。