お隣さんは幼馴染? ~俺と果南と時々ダイマリ~   作:グリーンやまこう

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作)いやー、ダイヤ姉さん。実は先週の日曜日、友人とSAO(ソード・アート・オ〇ライン)を見に行ってきましてね。すごく良かったですよ!
ダ)竿? 釣りにでも行くのですか?
作)釣り? 何のことですか? 俺はSAOを見に行ったって言ってるんですよ。
ダ)だから、竿ですわよね? いい竿はありましたか?
作)いいも何も、SAOは一つしかありませんよ? SAOは唯一無二の存在です!
ダ)い、いつの間に竿は世界で一つだけになってしまったのですか!? ……世界中の漁業関係者が心配です。
作)何を言っているか分かりませんけど、見ている間はずっと興奮しっぱなしでしたね~。
ダ)竿なのに!? そ、そんなにすごいものだったんですか!?
作)えぇ、ほんとすごかったですよ。戦闘シーンも圧巻でしたし。
ダ)竿の戦闘シーン!? も、もう訳が分かりません……ちなみに、その竿はどこで見られるのですか?
作)えっ? 俺が見てきたのは池袋ですけど?
ダ)池袋!?

※SAOの映画、最高でした。まだ見てない人は是非劇場へ!!


8話 初めてのデートは砂糖が多め 前編

 デート当日。

 

 俺は緊張の面持ちで、駅前のちょっとした広場のベンチに腰を下ろしていた。

 季節は五月の下旬。そろそろ梅雨も近づいてこようというこの季節だが、今日は呆れるくらいの晴天で、初夏の陽気を前面に押し出していた。

 

 ちなみに、この場にまだ果南は来ていない。

 どうして一緒のアパートに住んでいるのに、まだ果南が来ていないのか? 理由は果南が「デートっぽくしたいから現地集合ね!」と言ってきたからである。

 まぁ、断る理由もなかったし、果南の方から言ってこなければ、俺から言おうかなと思っていたところだったので丁度良かった。

 

 というわけで彼女の到着を待っていたのだが、

 

(珍しいな。果南の性格なら、15分くらい前についててもおかしくないんだけど……)

 

 これが鞠莉なら話は別だが、果南は約束の時間に遅れる様なちゃらんぽらんな性格ではない。……こんなこと言ったら、鞠莉に怒られそうだな。

 しかし、事実だと思うので問題ないと自分に言い聞かせる。

 

 ダイヤ姉さんは……30分くらい前には居ないと怒られそうだ。あの人、名家の出身だけあって時間には厳しいし。ダイヤ姉さんは、社会に入っても問題なく日々を送っていけるだろう。

 そんな事はどうだっていい。いや、どうでもいいとか言うと、またダイヤ姉さんがうるさいんだけど……。お願いだから、内緒だよ? 

 自分で行っといてなんだが、死ぬほどキモい。まぁ、男が女を待つというのはある意味当然なので、気長に待っているか。そのまま10分ほど座っていると、

 

「ご、ごめん祥平! 遅れちゃった」

 

 果南の声がしたので俺は振り返る。

 

「いや、大丈夫だよ。まだ約束の時間、5分前だか……ら!?」

 

 思わず声が裏返ってしまった。その理由は今現在、彼女がどんな姿をしているのかという事ある。

 

「どうしたの祥平? 変な顔して?」

 

 キョトンとする果南はさておき、まずは一言。……可愛い。とにかく可愛い。

 

 語彙力がまるでないため、こんなありきたりの言葉しか出てこないのだが、むしろこれ以外の言葉なんて必要ない気がする。

 しいて言うのならば、いつもよりも今日の果南は格段に女の子っぽい。花柄を主体とした薄いピンクのワンピース。その上にはシンプルなカーディガンを合わせている。

 丈は膝上で、彼女のすらっと伸びた綺麗な足が惜しげもなく披露されていた。これだけで十分魅力的なのだが、もう一つだけ言わせてもらいたい。

 今日の果南は何時ものポニーテールではなく、その青い髪は真っ直ぐに下ろされていた。髪がいつもと違うだけで、がらりと印象が変わる。

 普段から大人っぽいのだが、その大人っぽさがさらに増して、上品さも加わり、ガーリーっぽい服装だから可愛さもプラスされて……少し落ち着け俺。

 

 とにかく言いたいのは普段とのギャップが大きく、どぎまぎしてしまうほど可愛くなっているということだ。

 ……彼女の声が聞こえた瞬間、周りがにわかに色めき立ったのも納得である。後、突き刺すような視線も強くなった。俺は今日、後ろからナイフで刺されるかもしれない。

 

「い、いや、ちょっとびっくりして。果南がいつもと全然違うから」

 

「確かに、普段の私ならこんな格好絶対しないだろうね。だけどこの格好……祥平の為にしてあげたんだから」

 

「へっ? 俺の為?」

 

「だって、この前言ってたじゃん。『普段の果南も好きだけど、もっと女の子っぽい格好をした果南も見て見たい』って」

 

「……聞いてたの?」

 

 俺の質問に、果南はこくんと頷く。まさか、あの時の会話を聞かれていたとは……。

 

 彼女の言う通り俺は以前、ダイヤ姉さんと鞠莉の前でそんな事を言った記憶がある。その時の話はまた後日するとして……。

 しかし、なんだろう。聞かれていたと思うと、すごく恥ずかしい。

 

「な、なんかごめんな。俺の好みに合わせて、服装とか格好を決めちゃったみたいで。別に、普段通りの果南でも良かったのに」

 

「ううん、気にしなくても大丈夫だよ。私もね、少し恥ずかしかったけど……やっぱり、祥平には少しでも可愛いって思われたい。だから、頑張っちゃった」

 

 顔を赤くして、だけど幸せそうにはにかむ果南。彼女が、健気にも俺の為に頑張ってくれた。

 その姿に俺の心はドキドキと早い鼓動を刻み、頬も信じられないくらいに熱くなる。

 

(うわぁ~、こんなことになるのなら俺もちゃんとした格好で来ればよかった。高いスーツを着こなして、髪もワックスでしっかりとまとめて……)

 

「祥平、何か変なこと考えてない? 心配しなくても今日の祥平は十分、か、かっこいいから///」

 

 一瞬で考えていたことがどうでもよくなりました。今日の果南は、のっけから飛ばし過ぎじゃないですかねぇ?

 

「そ、それでなんだけど……、今日の私の格好、どうかな?」

 

 何度でも言う。その上目遣いは反則だ。もじもじと、胸の前で人差し指をぐるぐると回す果南に、俺は笑顔を向けた。

 

「もちろん、最高に似合ってるし、最高に可愛い。ほんと、こんな可愛い果南の隣を歩けるだなんて、俺は世界一幸せもんだよ」

 

 俺の言葉に、果南の顔がボンッと真っ赤に染まる。流石にやられっぱなしでいるのは性に合わないからな。

 反撃できてよかったぜ。えっ? セリフがくさい? 褒め言葉だよ。なんて安心していると、

 

「わ、私だって同じだもん。こんなカッコいい祥平の隣を歩けるだなんて、すごく幸せ……///」

 

 俺の左手に自身の右手を絡ませながら、果南が爆弾を落としてきた。その破壊力たるやいなや……デート始まる前からこれでは、心臓がいくらあっても足りない。

 

「ほ、ほらっ! あんまりゆっくりしてると計画に支障が出るから、そろそろ行くぞ!」

 

 俺は半ば強引に果南の手を引いて歩き出す。

 

「うん! それじゃあ今日は私のエスコート、よろしくお願いします!」

 

「任せとけ! 絶対に楽しませてやるからな」

 

 こうして俺と果南、初めてのデートがスタートした。後ろで蠢く四人の陰に気付くことなく。

 

 

○ ● ○

 

 

「……果南と祥平、ベリーパーフェクトな始まり方よ!!」

 

「ちょっと鞠莉さん、声が大きいですわ! そこまで距離はないわけですから、もっとお静かに!!」

 

「畜生、どうして祥平にばかり……俺に幸せはないのかぁあああ!?」

 

「そこの、ゴミ虫。五月蠅いですよ」 

 

 祥平たちが歩いていく後姿を、ギャーギャー騒ぎながら見つめる怪しい四人組。別に四人組とか言わなくても誰が誰なのか、それくらい分かるだろう。

 一応説明しておくと、最初が鞠莉。次がダイヤ。そんで順平。最後が梨沙。最初の二人はいいとして、最後の二人もいるとは、何とも不思議な組み合わせである。

 

「はぁ……どうしてこんなことになってしまったのでしょう?」

 

 ため息をつくダイヤに、鞠莉が笑顔を向ける。

 

「いいじゃない。あの二人を見ているのはベリー面白いんだから! それに、ダイヤだってノリノリだったじゃない」

 

「わ、私はあの二人に間違いが起きないよう、しっかり見張ろうとしてですね……」

 

「はいはい、言い訳は結構よ。ダイヤは意外とむっつりさんだから!」

 

「そんな事ありませんわ!! というか、私をむっつり扱いしないで下さい!!」

 

 再び言い争いを始める二人。もはや、見慣れすぎて飽きた光景である。

 

「な、なんてすごい光景なんだ。目の前でAqoursの二人が口喧嘩をしている……。はぁはぁ、と、取り敢えず、しゃ、写真」

 

 一人の奇特な男を覗いては……。

 

「マジでキモいので一回、いえ、二回死んでください」

 

 そして、冷ややかな視線を向ける梨沙。この空間だけ世紀末だ。

 周りの人たちもこの怪しげ……いや、怪しい四人に怪訝な視線を向けている。いつ通報されてもおかしくない。

 

「そもそも、どうしてこの四人なんです?」

 

「決まってるじゃない! 大人数の方が面白いからよ!」

 

「ま、またそんなくだらない理由で……というか、順平さんと梨沙さんはどのようにして連絡を取ったんですか? 鞠莉さんは、二人の連絡先を知らないはずですわよね?」

 

「もっちろん、祥平から聞いたに決まってるでしょ! それで二人に連絡して、快く引き受けてもらったわ!」

 

 順平はまぁ、引き受けてくれるだろう。問題は梨沙の方だ。

 ダイヤが視線を向けると、青い顔をしてふるふると首を振っていた。少なくとも、快くは引き受けていないらしい。まぁ、彼女は人見知りだし、当然っちゃ当然だろう。

 

 きっと鞠莉の勢いにのまれ、あれよあれよという間にこんな具合になってしまった。おおよそ、こんなところだと思われる。

 

「おっと、こんなことを話しているうちに、祥平と果南がどんどん遠くに行っちゃってるわ! 早く追いかけましょう!」

 

 そう言って核弾頭のように走り出す鞠莉。

 

「ちょ、ちょっと、鞠莉さん!! お待ちください!」

 

「二人が走るとならば俺も走ります。どこまでだって!」

 

「……ほんと、どうして祥ちゃんはこんな頭がおかしくて、気持ち悪い人と友達してるんだろう?」

 

 鞠莉を追って他三人も走り出したのだった。

 

 

○ ● ○

 

 

「さて、まずは映画館に来たわけだけど……おっ! 調べた通りの時間で上映してるな。座席もかなり余ってるし、よかったよかった」

 

 上映時間と座席表を確認した俺は、取り敢えずホッと胸を撫でおろす。一応、調べておいたのだが、心配なものは心配だったのだ。

 まぁでも、その心配は杞憂に終わったので問題なし!

 

「ところで祥平。この映画はどんな内容なの?」

 

「えっと、青春恋愛物って感じかな。高校生たちの甘酸っぱい恋の行方を描いたって感じ。果南、別に恋愛もの嫌いじゃないよね?」

 

「うん。嫌いじゃないから大丈夫だよ。まぁ、見てると少しだけ恥ずかしくなっちゃうってことくらいかな」

 

 苦笑いの果南に、心の中で手を合わせる。実はその情報、デートに来る前から知ってました。情報源はもちろん鞠莉とダイヤ姉さん。

 

 果南はどろどろの恋愛ものは好きじゃないけど、普通の恋愛ものなら好きだって聞いたからな。少しだけ恥ずかしがるという部分も。

 この映画を選んだのも、そうした情報を先に得ていたからである。

 

「それじゃあ時間も迫ってるし、さっさと券を買っちゃおうか」

 

 そう言って券を買った俺たち(ちゃんと学割を使いました。ちょっとでも安くしたいからね)は、定番のポップコーンとジュースを手に劇場内へ。

 

「映画館なんて久しぶりに来たから、少し緊張しちゃうね」

 

 隣で少し緊張気味な果南が可愛い。そんな果南をにこにこと見つめていると、

 

「ちょっと、座席が狭いんだけど?」「我慢してください! みんな同じなのですから!」「梨沙さんはこの映画見たことあるの?」「あなたを見たくないので速やかに劇場の外へ出ていってください」

 

 ……なんか、知り合いの声が聞こえた気がする。でも、行き先は教えてないし、いるわけないか。

 無理やり自分を納得させ、意識を果南に集中させる。「つまらないのかな?」、と思わせるわけにもいかないからな。

 

「ねぇ祥平。今、後ろの方から鞠莉達の声が聞こえた気がするんだけど?」

 

「……気のせいだよ。ほらっ、もう直ぐで映画が始まるから」

 

 果南の意識を映画に持っていく。既に映画前恒例の宣伝CMが始まっているので、そろそろ本編も始まるはずだ。

 後ろの人たちの件については、デート後にしっかりと問い詰めよう。なんて考えていると、本編がスタートしたので、俺は改めて意識をスクリーンに集中させる。

 

「楽しみだね、祥平!」

 

「……そうだな」

 

 スクリーンじゃなくて、果南に意識が集中しそうだ……。

 

 

○ ● ○

 

 

「うぅーん! 面白かった~」

 

「楽しんでもらえたみたいだし、選んだかいがあったってもんだよ」

 

 映画を見終えた俺たちは、昼食をとるレストランまでの道のりを歩いているところだった。

 

「あの二人、途中で色々なことがあったけど、無事にくっついてよかったね!」

 

「確かにな。正直、くっついた後のほうが気になったけど」

 

 先ほどから道中は映画の話で持ちきりである。まぁ、それだけ面白かったということだ。

 

 内容を軽く説明しておくと、顔は普通、だけど父親の影響でやけに運動神経のよくなった男の子が、ひょんなことから学年一可愛いけど、どこか冷めていてクールな金髪美少女と出会う所から話はスタートする。

 その後、女の子の事を悪く言う先輩と対峙したり、旅行に行ったり、クリスマスデートをしたり、二人の仲は順調に縮まっていった。

 しかし、バレンタインでひと悶着あり、二人はすれ違い始めて……だけど最後は無事くっつく。こんな感じの話だった。

 

「バレンタインでギクシャクしちゃって、もうダメかと思ったんだけど、最後には本当の事を言ってくっついてくれたから安心したよ」

 

「あれでくっつかないほうがおかしいんだけどな。傍から見れば完全に両思いだもん、あの二人」

 

 ちなみに、後ろから「安っぽいっ……ズトーリーっ、ねぇ……」って言いながら号泣している声が聞こえてきたのは内緒。あと笑い声も……。

 果南に聞こえていないのなら、多分大丈夫。……帰ったら説教確定です。

 

「この後はどこに行くの? 時間帯的にはお昼だけど」

 

「もちろん昼食だよ。この近くにお店を予約してあるから。しかも果南が好きな、和食のお店」

 

 デートでの食事といえば普通、洒落たイタリアンや洋食のお店に行くのが定番だろう。しかし、俺はあえて和食という選択をした。それ一体なぜなのか? 

 ……まぁ、これも鞠莉とダイヤ姉さんに聞いたからなんだけど。あと、普段の生活からも何となく和食のほうが好きなんだろうな……ってのは、容易に想像ができる。

 

 これで果南が「わ、和食かぁ……」って微妙な顔したら、彼女とのデートはこれにてお終い。ありがとうございます、さようなら……。なんてことになってしまう。

 だからこそ、果南の反応が重要だ。俺は、果南の表情に注目しながら返事を待っていると、

 

「和食! やったー!! 私、洋食も好きだけど、和食のほうが好きなんだ! 祥平、よく分かったね?」

 

 満面の笑みを浮かべる果南。俺は心の中でガッツポーズ。

 流石、子供のころから大学に至るまで一緒に居るあの二人は伊達じゃない。お仕置きは少しだけ緩和してあげよう。

 

「分かるも何も、俺は果南の事を愛しているんだ。そんな果南の分からないことなんて、あるはずがない!」

 

 大勢の人たちが行きかう中でこの発言。俺の倫理とか、色々と疑われそうだ。

 

「ちょ、ちょっと祥平! 家ならいいけど、こんなところで変なこと言わないでよ!」

 

 おっと、今果南は少し口を滑らしたぞ。俺はその言葉を逃すことなく、果南にツッコミを入れることにした。

 

「へぇ~。家ならいいんだ」

 

「っ!? え、えっと、あの、今のは何というか……」

 

 ニヤニヤする俺に、果南が真っ赤な顔で狼狽えている。そして、最終的には「うん……」と頷いた。あぁ、もう。今すぐ抱き締めてあげたい。

 しかし、そんな事をすれば警察のお世話になるから、ギリギリのところで踏みとどまる。すると、

 

ぐぅ~

 

 何とも緊張感のない音が二人の間に響いた。

 

「……あははっ! 祥平ってばどれだけお腹すいてたの?」

 

 笑い声をあげる果南に、顔を赤くする俺。これはシンプルに恥ずかしい。

 畜生、せっかくいい雰囲気でデートをしてこれたのに……。なんて思っていると、

 

ぐぅ~

 

 今度は俺じゃない。それじゃあ、この音を出した犯人は誰か? ……一人しかいないだろう。

 見ると、果南が真っ赤な顔でお腹を押さえていた。

 

「……俺以外の人もお腹ペコペコ見たいだから、早いとこお店に向かおうか。なっ、果南?」

 

 笑いを堪えつつそういうと、果南が横腹をベシッと叩いてきた。しかし恥ずかしさが勝っていたのか、さほど痛くなかった。

 

 

○ ● ○

 

 

「果南ってば、終始顔を真っ赤にしちゃって、可愛い~」

 

「最後は、きっとお腹がなってしまったんでしょう。普段はあんな果南さん見ないですから、新鮮ですわね」

 

 笑っていたダイヤだったが、

 

ぐぅ~

 

『…………』

 

 三人の視線が、涙目でお腹を押さえる一人に集中する。何ともまぁ、見事としか言いようがない。

 その後、十秒ほどシーンとした状況が続いたのだが、

 

「……フラグ回収、乙です」

 

 梨沙が口を滑らした。もちろん、地獄耳のダイヤはその言葉を見逃してはくれない。

 

「う、うるさいですわぁ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

「あははははっ!! ダイヤも、梨沙も面白いわね!!」

 

 噴火するダイヤの大声を聞いて、梨沙の肩がビクッと震える。順平は笑うまいと必死に堪えているが、鞠莉は楽しそうに笑うばかり。

 ほんと、鞠莉は将来大物になりそうだ。

 

「い、いい、今のは仕方なくです。果南さんだけに恥ずかしさを味わわせるのでは、不公平ですからね。いいですか? あくまで、仕方なくなのです!!」

 

 今の言い訳は、世界一苦しい言い訳かもしれない。仕方なくお腹が鳴るって、一体どういうことだろう? 

 そんな彼女の肩を順平がポンポンと叩いた。

 

「ダイヤさん。誰にだって間違いを犯すときはあります。そういう時は素直に過ちを認めて、素直になりましょう。神はみんなに平等なのです!」

 

 仏のような笑みを浮かべる順平。そんな順平の頬をダイヤが思いっきり引っ叩いた。

 

「少し黙っていなさーい!!」

 

「ありがとうございまーす!!」

 

 叩かれた頬を真っ赤にしても、なお笑みを絶やさない。彼は仏か、それともただの変態か……。十中八九後者だろう。

 その後、拗ねたダイヤの機嫌を直すため、三人はかなりの労力を費やすのだった。

 

 

○ ● ○

 

 

「ところで、この後はどこに行くの?」

 

 目の前でワカメのサラダを口にしつつ、果南が訪ねてくる。ちなみにこのお店はバイキング形式になっているのだが、果南はワカメのサラダばかりを食べていた。これは相当気に入ったらしい。

 そういう俺も、さっきから蕎麦しか食べていなかった。べ、別にいいだろ!? 蕎麦が大好きな大学生が居ても! 目の前には、ワカメばかり食べている女子大生がいるんだから!

 

「この後は、プラネタリウムに行こうと思ってるんだ」

 

「えっ!? プラネタリウム!?」

 

 今日イチで果南が反応した。その食いつきぶりに少しだけたじろぐ。しかし、この反応は想定済みだ。

 これもあの二人から聞いた……というわけではなく、子供の頃、果南と一緒によく星を見ていたことを思い出したからである。

 

「果南って星を見るのが好きだろ? だから丁度いいと思って。この店からは少しだけ離れてるけど大丈夫か?」

 

「もちろん! 全然問題ないよ! それよりも、早く行こっ!」

 

 あれほどおいしそうに食べていたサラダを、あっという間に食べちゃったよ……。よっぽど早く行きたいんだな。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ蕎麦を食べ終えてないから」

 

 そわそわする果南を見て、俺は急いでそばを啜る(勢いよく啜り過ぎてむせた)。

 

「ほらっ! 早く早く!」

 

「は、走っていかなくてもいいんじゃないのか? それに、俺まだお腹一杯だし」

 

「お腹が一杯だなんて、甘えたこと言ってる場合じゃないんだよ!」

 

 なんだかもの凄い剣幕で怒られた。これには松岡〇造先生もびっくりである。本当はのんびり行くつもりだったのだが仕方がない。

 

「……よしっ、それじゃあ走るか!」

 

「やったー!! 祥平、大好き♪」

 

 うーん、今の状態で言われても嬉しさは半減だな。ゆっくりのんびり、プラネタリウムまでの道を歩けたら最高だったのに……。

 会計もそこそこに、果南はお店を飛び出してプラネタリウムまでの道を走り出す。その後姿を、俺は必死に追いかけるのだった。

 

 

○ ● ○

 

 

「ふぅ! やっと着いたね。祥平は大丈夫?」

 

「な、何とかな……」

 

 実際、なにも大丈夫じゃなかったが、無理やり笑顔を作って果南にグッと親指を立てる。

 お化けみたいな体力をしていると常日頃から思っているのだが、やっぱりお化けだった。俺はこんなにバテバテなのに、当の果南はケロッとしている。

 男がバテバテなんてかっこ悪いので、少しは運動をしないと……。滴る汗をタオルでしっかりと拭い、俺は何度か深呼吸を繰り返す。……よしっ、やっと落ち着いてきたな。

 

「それじゃあ、チケット買いに行って、早速入ろうか」

 

「うん!」

 

 元気よく頷く果南に、走ってきた疲れが吹き飛ぶ。うん、走ってきて良かった。そのままチケットを買い、中へと進んでいく。

 

「わぁ~! 中は意外と広いんだね!」

 

「確かに……俺も検索したら一番上に出てきたからここにしたけど、こんなにしっかりしてるとは思わなかった」

 

 驚きつつ、適当な席に座った俺たち。

 

「ねぇねぇ祥平。この座席、後ろに下がるよ!」

 

 果南が座席を後ろに倒して楽しそうにしている。なんだか今日は随分子供っぽいなぁ。

 でも、あんまりはしゃぎ過ぎないでね。さっきからワンピースがひらひらして、すっごく危ないから。チラッと、本当にチラッと白いものが見えたけど、見えなかったことにしよう。

 

「おっ、本当だ。これならよく星が見える……な!?」

 

「そうだ……ね!?」

 

 俺と果南は同時に固まってしまった。その理由は座席を倒したため、お互いの顔が目の前に来てしまったからである。

 

「…………」

 

「…………」

 

 目を逸らすことができない。身体も、顔も熱くなってくる。

 

 こうして近くで見るとよく分かるのだが、今日の果南はうっすらと化粧を施していた。

 普段はめんどくさがって化粧など滅多にしないので、可愛さに磨きがかかっている。まぁ、元々すっぴんでも十分可愛いのでする必要がないんだけど……。

 そんな果南の整った顔が目の前に広がっていれば、嫌でもドキドキしてしまう。そして、いつの間にか俺の視線は彼女の唇の虜となっていた。

 普段よりもプルンと瑞々しい彼女の唇。きっと唇を魅力的に、そして魅惑的にする口紅でもつけているのだろう。

 

「か、果南……」

 

 思わず彼女の名前を呼び、頬に手を添えた。彼女の唇が吐息のかかる距離にある。

 

「しょ、祥平……」

 

 彼女も応えるかのように俺の名前を呼んだ。その声は少しだけ震えている。しかし、彼女と俺の視線が切れることはない。

 むしろさっきよりも熱っぽく、ねっとりと絡まり合っている。俺たちの距離はどんどんと近づいていき――。

 

「ここがプラネタリウムという所ですか?」

 

「ちょっと! だから声が大きいと何度言えば……ガミガミ!」

 

「いやー、プラネタリウムなんて小学校以来だな。梨沙さんは来た事あるの?」

 

「あなたに言う必要はありません。というか、私に話しかけないで下さい。今ここで夜空の星にしますよ?」

 

 後ろで大声、というか見知った声が聞こえ、我に返った俺と果南は急いで座席を元の位置まで戻す。

 なんてこった。せっかくのチャンスだったのに……。

 

 俺と果南は改めて顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。

 

「な、なんか見知った声が聞こえてきたから驚いちゃった……」

 

「あ、あはは、奇遇だな果南。俺も見知った声が聞こえてだな……」

 

 帰ったら果南と一緒に説教だな。乾いた笑いを浮かべていると、『間もなく始まります』というナレーションが流れてきたので、俺と果南は改めて頭上に視線を向ける。

 

『これが○○座で、こちらの方向にあるのが○○座です』

 

 なるほど、全然わからん。いや、もちろん知っている星座もあるのだが、ほとんどが初耳の星座ばかりだ。

 おかげで眠いのなんの……。しかし、

 

「すごい……」

 

 隣で目を輝かせる果南をしり目に、眠れるわけがない。それにつまらなそうにしていると果南が傷つくしな。

 彼女を傷つけないためにも死ぬ気で目を開け、尚且つ内容を頭に入れる。ものすごく難しいです、先生。

 その後も、ナレーションを聞きつつ俺は必死に眠気と戦っていたのだった。

 

 

○ ● ○

 

 

「色々と見てたらすっかり遅くなっちゃったね~」

 

 すっかり夕焼けに染まった空を見上げて、果南が大きく伸びをする。あの後、説明を聞き終えた俺たちは、館内にあったグッズショップなどを覗いたりしていた。 時間を潰すのにはもってこいだからね。この後の予定もあるし……。

 

 そんな俺は、グッズショップなどたかが知れてると高を括っていたのだが、意外と広くて様々なグッズが揃っていたのには驚いた。

 ネット評価が高かったのも納得である。お菓子やキーホルダーはもちろん天体観測用の望遠鏡まで置いてあり、果南が目を輝かせていた。望遠鏡を見て、「むむぅ……」とうなる果南が可愛かったです。

 

 その為、買ってあげてもいいかなと思い、値段を見ると……ごめんなさい。流石にそれは買ってあげられません。

 なので俺は、別の物をこっそり買ってあげることにした。渡すのはこの後でいいだろう。雰囲気的にも、そっちの方があってるしな。

 

「……なぁ、果南。家に帰る前、少しだけ時間ある?」

 

「えっ? もちろん大丈夫だけど……何かしてくれるの?」

 

「ちょっと行きたいところがあってな。むしろ、今日のメインイベントとも言っていい」

 

 プラネタリウムは、最後をより楽しむための布石と言ってもいいだろう。だから『次は今の時期に見れる星座です』というナレーションが流れた時には、脳みそを覚醒させた。

 じゃないと果南に怒られるかもしれないし……。

 

「メインイベントって言うくらいなんだから、よっぽどの所に連れていってくれるのかな?」

「普通の人にとっては『ここ?』感じの反応だけど、果南にとっては『すごい……』って感じの反応になると思うよ。また少しだけ距離が離れてるけど、果南なら問題のない距離だから安心して」

 

「私なら問題ないってところが若干腑に落ちないけど……まぁいいや。それじゃあ、再びエスコートよろしくお願いします!」

 

 そう言って俺の手をとる果南。今日はこうして自然と手を握ってくることが多い。おかげで心臓がバクバクしっぱなしだ。いや、嬉しいからいいんだけどね! 

 左手に幸せを感じつつ、俺と果南は目的地に向けて歩き始める。

 

「二人を追いかけなくていいんです?」

 

「……最後くらいは二人っきりにしてあげましょう。それに、今から帰らないと不自然な感じになっちゃうからね」

 

 ……帰ってくれてありがとうございます。というか、もう声が聞こえちゃってるよ!




 いやー、一話に纏めようとしたら今現在、文字数が17000文字を超えてて、流石に分割しました。いくら毎回毎回凄まじい文字数で出しているとはいえ、これは無理っす(笑)。

 そのため近いうちに後編を出すと思うので、もう少し待っていてください!
 最後に評価や感想、お気に入り、ありがとうございます! 感謝です!!

 それではまた次回!

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