お隣さんは幼馴染? ~俺と果南と時々ダイマリ~ 作:グリーンやまこう
ダ)深刻な顔をしていますけど、どうかしたんですの?
作)……取り敢えずこれを見てください。今回の話の原稿なんですけど……。
ダ)はいはい……って、なんですのこれは!? 破廉恥です、破廉恥ですわ!! どうしてこんな頭のおかしい話を書いたんです!?
作)ち、違うんです。はじめはこんな予定じゃなかったんです。もっと落ち着いたものを書く予定で……。
ダ)あなた、本来この物語はギャグをポンポン出してほんわか進めていくものでしょう!? これでは話が違いますわ!!
作)ごめんなさい、ごめんなさい。なんというか、その場のノリと勢いで書いちゃって……てへっ☆
ダ)ぶっぶっぶー!! ですわ!! 今日はとことんお説教してあげますから覚悟しておいてください!!
作)ど、どうかお許しを!!
※執筆活動はノリと勢いが大事(ただし、いい方向に向かうとは言ってない)。
カッポーン
温泉といえばこの音。温泉のお湯が身に染みるぜ。
しかし、今はこの音と温かさが、余計に俺の緊張感を高める要因になってしまっている。なぜなら、
「…………」
「…………」
俺と果南は、背中合わせで温泉に浸かっていた。
身体を洗っていざ温泉に浸かったはいいが、お互い全く口を開かない。まぁ、そうなるのもある意味当然である。
いきなりこんな状況に、しかも好きな人と一緒にお風呂に入っているだなんて、俺自身もどうしていいか分からない。
果南が今、どんな思いでお湯につかっているのかは知らないが、少なくとも俺は緊張やら恥ずかしいやらで心臓が破裂しそうである。
「や、やっぱりこの露天風呂は広いなぁ~」
「……そ、そうだね」
「…………」
「…………」
会話終了。さっきから欠片も間が持たない。一体何が原因でこうなってしまったんだ? 誰でもいいので説明を求めたい。
背中には果南の柔らかな肌の感触。温泉にタオルを巻いて入ってはいけないと書かれていたため、必然的に俺と果南は全裸になっている。
その為、少し触れあっているだけで果南のきめ細やで、尚且つ張りのある肌の感触がリアルに伝わってきていた。
(やばい……これ以上はマジでやばい)
お湯が少し熱いのもあって、頭がくらくらし始めてきている。これ以上浸かっていれば確実にのぼせてしまうはずだ。
誘ってくれた果南には悪いが、流石に退散させてもらおう。
「じゃ、じゃあ果南。俺はそろそろあがるから」
そう言って俺は立ち上がる。本当ならもっと果南の肌を味わっていたいところだったが、のぼせて俺自身の醜態をさらしたくもない。
裸で倒れた俺を同じく裸の果南が開放する。傍から見りゃ、素晴らしい光景かもしれないが、やられている本人はたまったものではない。
だって、男のアレを確実に見られるわけだしな。これで貧相とか思われたら、俺は一生立ち直れないほどの傷を負うだろう。男の皆さんなら理解してくれるはずだ。
そんなわけで俺は露天風呂から退散――。
「ま、待って!!」
果南が少しだけ大きな声を上げる。なんだと俺が振り返ろうとしたその時、
むにょん
文字通り、そんな音がした。
背中に感じる先ほどよりも柔らかく、もっちりとした感触。俺の首にまわされる、意外と華奢な腕。そして、こりっとした独特の感触。
俺の思考が一瞬にしてフリーズする。全身に熱い血が駆け巡る。なにが起きているのか、全く分からない。
分かるのは背中に感じる果南の体温だけ。
「あ、あのね、祥平。少しだけこのままで聞いてほしいの……」
ギュッと俺に腕をまわしたまま、果南が口を開く。
「祥平って……まだ私の事好き?」
耳元で囁く果南の声色には、少しだけ心配の色が混ざっていた気がした。俺は彼女の言葉に冷静さを取り戻す。
「何でそんなこと聞くんだよ?」
「だ、だって……私は、祥平の――」
「好きだよ」
俺の返事に、果南がハッと息をのむ。
変わるわけがない。ずっと好きで好きでたまらなくて……。
「果南のこと、大好きだよ。小学校の時も、中学の時も、高校の時だって。いつだって、大好きだったよ。果南のことを忘れた日なんて、一度もない」
我ながら、気持ちの悪いことを言っているなと笑ってしまう。
いい見方をすれば一途で純粋。しかし悪い見方をすれば、好きな女の子を忘れられない、重くて、ストーカーのような男だ。
そんな俺を、彼女はどう感じるのだろう?
「…………」
果南は口を開かない。もしかすると、呆れられてしまったのかな? だけど、その線は多分ないだろう。
なぜなら、俺の背中に感じる温かさは先ほどと、何も変わっていないのだから。むしろ、少し熱くなったくらいだ。
「……ありがとう祥平。そう言ってもらえてすごく嬉しい」
きっと果南は笑っていると思う。
だけど……それじゃ、ダメなんだよな。俺の欲しい答えはそれじゃない。俺の欲しい言葉はそれじゃない。俺は果南に好きと言って――。
「私も祥平の事、好きだよ」
文字通り、時が止まった。
鼓動が信じられないほど早くなり、頭が真っ白になる。
得も言われぬ高揚感が身体中を支配する。思考がまとまらない。口の中がからからに乾く。
さっきから何か話さねばと思うも、言葉が出てこなかった。
「大好きなの、祥平。大好き……」
何も言えない俺の背中に、果南が顔を埋める。
そして、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
『大好き』
胸が痛い。待ち望んだ、果南からの言葉。脳を焦がすような彼女の甘い囁き。俺の理性は無くなりかけていた。
「果南っ!!」
本能のままに体が動く。
今すぐ彼女の身体を抱き締めて、そのぷっくりとした唇に貪り付きたい。肉付きのよい身体を滅茶苦茶に愛したい。
「ごめん、祥平!!」
振り返ろうとした俺の体を、果南が力いっぱい抱き締めた。あまりにも強い力と大きな声に、俺は理性を取り戻す。
だけど、心にはどうしようもない喪失感が生まれていた。
「ど、どうして? 俺たち、両思いなのに……」
「……本当にごめん。全部、私のせい。私の……心の問題なの」
「心の、問題?」
彼女の言葉を聞いてもまるでピンとこない。一体果南は何に悩んでいるのだろう? 俺と果南の関係を阻む、心の問題。せめて少しでも心当たりがあればいいんだけど。
「私ね、どうしても思っちゃうの。祥平が本当の私を見てくれているのかって」
「は、はぁ!? 見てくれてるも何も、俺は果南以外の女の子なんて目に入ら――」
「亡くなった恵さんと私を重ねているんじゃないかって、どうしても思っちゃうの!!」
頭をガツンと殴られたような衝撃。久しぶりに聞いたその名前。それは、もう二度と会うことの叶わない俺の姉。
二宮恵(にのみやめぐみ)の名前だった。
「祥平、恵さんの事大好きだったでしょ? だからね、どうしても考えちゃう。『祥平が私の事を想ってるのは、亡くなった恵さんの埋め合わせの為なんじゃないか』って。私と恵さん、本当の姉妹みたいだったから」
「…………」
弱弱しく呟く果南に、俺は何も言葉を返せない。
いや、正確には言葉を失っていた。
いきなり姉の名前を出されて、その姿を果南と重ねているんじゃないかって言われて……。
果南の告白を受けた時よりも、心はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。
「ごめんね……祥平は何も悪くない。悪いのは、祥平の気持ちを信じ切れない臆病な私。せっかく、祥平が真剣に告白してくれたのに、何一つ返せないんだもん。……嫌だよね、こんなめんどくさい女。だから、こんな私は忘れて別の人に……」
忘れて……。
そう言われた瞬間、今まで考えていたことが全て吹き飛び、俺は叫んでいた。
「バカな事、言うんじゃねぇよ!!」
俺は果南の腕を力づくで解く。そして、果南の方に振り返ると、その身体をありったけの力を込めて抱き締めた。
果南の瞳が驚きで見開かれる。
「人に大好きとか言っておいて、その後忘れろとか、なに勝手なこと言ってんだ!!」
声を荒らげる俺。果南に向かって怒声を浴びせるのは、多分初めてだ。
本当は好きな人に向かってこんなことをしたくない。だけど、それだけ悔しかった。簡単に忘れてと言われたことに。果南を悲しませている、自分の情けなさに。
俺の言葉を聞いた果南の瞳が、悲し気に揺れる。
「で、でも、今の私は祥平と付き合えないって言ってるんだよ? 好きなのに付き合えないって……それならいっそのこと、私を忘れてくれた方が――」
「忘れられるわけがないから、こうしてるんだよ!!」
俺はもう一度叫んだ。果南の心に少しでも響く様に……。
「どれだけ俺が果南のことを好きだと思ってるんだ! 6年以上会えなかったのに、ずっと好きだったんだぞ!? 今更、誰かの事を好きになんて、なれるわけないじゃないか!!」
「そ、そんなのわかってるよ!! 分かってるから私もこんなに辛いんじゃん!!」
いつもは優し気な果南の顔が、怒りと悲しさで歪む。そんな果南に向かって俺は言ってやった。
「待ってやる!」
「えっ?」
「果南が俺の事を本当に信じられるまで、俺はずっと待ってやるから。いつまでだってずっとだ! それまで俺は、誰とも付き合わないって約束してやる!!」
ある意味、とんでもない提案をしていると思う。だって、仮に可愛い女の子が俺の前に現れたとしても、絶対に付き合わないって宣言しているんだから。
そもそも、本当にこの約束を俺が守るのかどうかも微妙なところである。
男というのは浮気もするし、色っぽい女の子がいれば否応にも、そちらに惹かれてしまう生き物だ。
でも、それでも俺は果南のことを待っていたい。果南が、心の問題を乗り越えてくれると信じたい。
それだけ俺は果南のことが大好きなのだから。そして、大好きだからこそ、大真面目にこんな宣言をしている。
「…………」
果南の瞳が、不安げにゆらゆらと揺れていた。そんな彼女を安心させるため、俺は絶対に瞳を逸らさない。
ここで瞳を逸らせば、きっと果南は俺の言葉を信じてくれなくなるから。
そのままどのくらい見つめ合っただろうか? 果南のほうから視線を逸らす。そして、ぽそっと呟いた。
「……いいの、そんな約束して? 私、信じちゃうよ?」
「いいから言ってんだ。俺は果南以外の女の子と、絶対に付き合わない。絶対だ!!」
「……私、意外と独占欲強いから、結構めんどくさいよ?」
「独占欲強い女の子は、むしろ大歓迎だ。存分に俺を愛してほしい。もちろん、俺も果南のことを愛し続けるけど」
「……私、えっと――」
「もういいから!」
俺はもう一度、強く彼女の身体を抱き締める。
「どんな果南でも受け入れてやるし、どんな性格でもそれを含めて全部が果南だから。心配するなって!」
独占欲が強いっていうのは正直想定外だが、そんな事関係ない。さっきも言った通り、むしろ大歓迎である。
果南みたいな美人に束縛されるとか、俺にとってはご褒美だ。……手錠で縛られるのは勘弁だけど。少しだけ冷や汗を浮かべる俺。
そんな中、胸の中にいる果南が顔をあげる。その上目遣いは反則だ。
「私、さっき独占欲強いって言ったよね? 多分なんだけど、祥平が知らない女の子と話しているだけで嫉妬しちゃうと思うんだ」
「心配しなくても、俺は果南たち以外の女の子とは話さないって」
「それでも心配なの。祥平って、かっこいいし、面倒見もいいから。……だからね、少し目、瞑ってて」
彼女にされることは何となく想像できたが、俺は素直に目を閉じる。すると、俺の首元に果南の吐息を感じた。
……なるほど、そっちなのね。少しだけ期待していたのだが、人生そこまで甘くない。そのまま目を瞑っていると、
「大好きだよ、祥平」
首の横あたりに感じる、やわらかく少し湿ったような感触。多分、俺は果南にキスをされているのだろう。
「んんっ」
吸い付く様にキスを続ける果南。
キスをされている部分が燃えるように熱い。時たま漏れる、彼女の甘い声。相変わらず、裸で抱き合っているという状況。
先ほどの出来事が無ければ理性などとっくに吹き飛んでいただろう。その後一分近くキスをされていたが、
「ふふっ! 首元にキスマークを付けたから、これで祥平が捕られることはなくなるね。なんてったって、首元に私の物だって印がついてるんだから」
そういって果南はペロッと舌を出し、妖艶に微笑む。
恐らく、俺の首元には果南のキスマークがしっかりと刻まれているに違いない。俺はなんて幸せな目にあっているんだ。
それにしても……果南が大胆な行為に及んでくれたことは、素直に嬉しい。嬉しいんだけど……やられているだけはあまり面白くないな。
「ふーん。……だけど、果南。知ってるか?」
「えっ? 何を?」
首をかしげる果南に顔を寄せ、
「俺も……すげぇ、独占欲強いから」
そう言って俺は、温泉に浸かって少し湿った果南の首元に吸い付いた。
「ひゃうっ!?」
声を上げる果南を無視して、俺はキスを継続する。やめろと言われても、やめてやるものか。これは全部、目の前の野獣を本気にさせた果南が悪い。
「ば、ばかっ……やめてっ……んんっ。……私、……くびっ……弱いからぁ!」
抵抗するものの、身体にはまるで力が入っていなかった。ただ、ぴくぴくと快感から逃れようと、反応しているだけ。
それも相まって、どんどんと興奮の度合いが高まってくる。いつもとは違う、羞恥に悶える彼女の艶やかな表情は、俺の嗜虐心をくすぐった。
「今の果南、すごく可愛い」
そう言って、俺はペロッと首元に舌を這わせる。
「ふわぁっ! い、今っ……そんな事……、んぁっ……言うなばかぁ……」
瞳をとろんと潤ませて、頬を赤くさせた今の果南にそんな事を言われても、まるで説得力がない。むしろもっといじめたくなる。
「首元にキスされてるだけで、こんなに乱れるなんて。果南って本当にエッチな女の子だなぁ」
「……しかたっ……ないじゃん。んっ……だって、それだけっ……祥平の事が好きなんだから。こんな風に……ぁっ……エッチになるのも……。祥平に……こうされてるっ……、ときだけだからぁ」
……やばい。果南が今めっちゃ可愛いこと言った。顔がものすごくにやける。正直、もう少しだけ遊んでいたかったが、俺の物だってマークもしっかり刻めたので、問題ないだろう。
嬉しいことを言ってくれたお礼だ。そう思った俺は果南の首元から顔を離す。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……果南ってば、顔真っ赤」
「うるさい!! 全く、誰のせいでこんなことに……っ!?」
ぶつぶつと文句を垂れ流していた果南の言葉が急に止まる。そして、なぜか視線が下に。
「ん? どうしたんだ?」
「……あたってる」
「あたってる? それって何が……あっ!!」
彼女の言葉が突然止まったその意味。俺は分かってしまった。
裸で抱き合い、首元ではあるがキスをしあっていた俺たち。その状況で生理現象が起こらない……わけがない。
「マジでごめん、ほんとごめん」
ガチトーンで頭を下げる俺。さっきまでの威勢はどこへやら。
きっとこれは、調子に乗った俺への天罰なのだろう。流石は神様。人間というものをよく見てらっしゃる。
これからはもっと、紳士的に生きていかなければ……。というか、その場で転げまわりたいくらいに恥ずかしい。
「…………ばかっ」
今日何回も聞いた「ばかっ」、というセリフが妙に胸に突き刺さる俺だった。穴があったら入りたい。
あの時、しっかりと立ち止まっていればよかった。本能のバカやろぉおおお!!
● ○ ●
「はぁ~……死にたい」
脱衣所で浴衣に着がえた俺は、思わず頭を抱える。
理性を失っていたとはいえ、いろいろとやばいことをしただけでなく、あろうことか自身の分身を押し当ててしまった。
普通なら嫌われてしまっているだろう。いや、多分嫌われた。
(畜生……せっかく、せっかく、果南との距離が縮まったっていうのに。俺はなんてことを……あぁ!! あの時に戻れたら!!)
しかし、過去にはどう足掻いたって戻れない(ドラ〇もんがいれば別)ので、諦めるしかない。
俺はがっくり肩を落としながら脱衣所の外に出る。
((;´д`)トホホ……これで果南との関係はまた振出かぁ。泣けてくるぜ)
しかし、神様は哀れな俺に挽回のチャンスを与えてくれたらしい。
涙で頬を濡らしている俺の視線の先に、大好きな青い髪が写った。
「あっ!」
「……遅いよ祥平」
少し不満げな顔で腕を組み、俺を見つめる果南。ま、待っててくれたのか!?
俺は慌てて彼女の元に駆け寄る。
「ご、ごめん果南。えっと、それで……」
「何? どうかしたの?」
「……怒ってないの?」
びくびくしながら質問をすると、果南は俺から視線を逸らしつつ答えた。
「もちろん、怒ってるよ。セクハラで訴えたいくらい」
やばい。そんな事をされれば社会的に死ぬ。
この年で死ぬとか笑えないので、俺は誠心誠意を込めて頭を下げた。
「本当にごめん!! 悪気はなかったんだ」
「……悪気が無ければ、私を辱めたりしないよね? 私、すっごく恥ずかしかったんだけど?」
ひぃいいいい!! 果南の後ろに鬼が見える。これはもう、何を言っても機嫌が直らないパターンだ。
突き刺すような冷たい言葉に、俺は色々と悟ってしまう。
「ま、マジでごめんなさい」
尋常じゃないほどの冷や汗を流しながら最終手段、【DOGEZA】をかまそうとしたところで、
「土下座なんてしなくていい」
こりゃ、お終いだ。目の前がばらばらと崩れ去るような、そんな感覚。もう打つ手が何も残っていない。
これはもう死んで償うしかないだろう。俺の人生、早かったなぁ。一度でいいから、好きな人の唇にキスしたかった。
哀れな人生の幕引きにふさわしい遺言を考え始めた俺だったが、
「んっ」
なぜか目の前に差し出される、果南の右手。い、一体果南は何を考えているのだろう?
この右手を使って切腹しろとか、無茶苦茶なこと言わないよね?
「えっ? な、なんでしょうか?」
「部屋に帰るまでの間、手を繋いでくれるのなら許してあげる」
「へっ!? そ、そんな事でいいの?」
「そんな事とか言わない!! 私にとってはすごく大事なことなんだから……」
「ご、ごめん……もうちょっと大きな声で」
「何でもない!! それでどうするの? 繋ぐの、繋がないの?」
「つ、つつ、繋がせていただきます!!」
咄嗟に俺は、果南の右手へと左手を伸ばす。そして、しっかりと握り締めた。
心地の良い温かさがじんわりと左手に広がる。繋がれた手を見た果南は、満足げにニッコリと微笑んだ。
「ふふっ! よろしい♪」
「っ!?」
いつも通りの笑顔を見た瞬間、俺の鼓動がとんでもなく早くなった。そして、改めて自覚してしまう。
もちろん羞恥に悶える果南も可愛いし、エッチな果南もいわずもがな。
だけど、一番好きなのは……
やっぱりいつもの果南なんだって。
「ほらっ! ぼーっとしてないで早く部屋に戻るよ! 明日に影響が出ちゃうからね」
少しだけ強引に引っ張っていく果南に、俺も慌てて足を動かす。
結局、果南と恋人同士なるのはまだまだ先になってしまったが、結果的にそれでよかったのかもしれない。
焦る必要なんて何もなかったのだ。一歩ずつ前に進んでいって、ゆっくりと関係を深めていけばいい。
その先に二人で笑っていられる未来が待っているのならば。
「手を繋ぐのって何気に初めてだから、少し緊張しちゃうね」
「繋ぐって言ってきたの果南じゃん」
「う、うるさいなぁ……」
果南と過ごす何気ないこの一瞬に幸せを感じる俺だった。
● ○ ●
「ねぇ、果南に祥平。一つ聞きたいんだけど」
次の日の朝(正確には、温泉に入ってから約四時間後)、朝食を食べている最中、鞠莉が声を上げる。
ちなみに俺は、寝不足の影響でものすごく眠い。果南も眠そうに目を瞬かせている。鞠莉は鞠莉で、羞恥事件からある程度立ち直ったみたいだ。
「ん? どうしたの鞠莉?」
「いや、たいしたことじゃないんだけど……どうして二人とも、首元に絆創膏なんてはりつけてるの? しかも同じ位置に。……キスでもしたの?」
『ぶっ!!』
果南と俺が同時にふき出す。
いや、聞かれるとは思っていたけど、まさかいきなり正解を引き当てるとは思ってもみなかった。この人の勘はマジで侮れない。
「き、キスだなんて破廉恥ですわ! 祥平はともかくとして「おいこら」、果南さんがキスをするなんてありえません! 果南さんは純粋で素直な性格なんですから! そうですわよね?」
「そ、ソウデスネ……あはは」
ダイヤ姉さんの期待を裏切るまいと、果南が必死に取り繕っている。しかし、これで騙されるのは単純なダイヤ姉さんくらいだ。
問題の金髪お嬢様は、きっと騙されてくれないだろう。
俺は会話に入らないよう静かに味噌汁を啜っていると、鞠莉がすり寄ってきた。
「ねぇねぇ祥平。私が寝た後、果南と何かあったの?」
「……こ、この焼き魚美味しいなぁ」
「それ、焼き魚じゃなくて筑前煮なんだけど……?」
「はっ! ま、間違えちゃった♪」
「苦しい、苦しいわよ祥平!!」
自分でもどうして、焼き魚と筑前煮を間違えたのか不思議である。味とか食感とか全然違うんだけどなぁ……。
「これは確実に何かあったわね。祥平、正直に白状しなさい。もしかして、本当にキスしちゃったの?」
「黙秘権を行使します」
「ふーん、あくまでしらを切りとおすのね……それじゃあ!!」
いつもなら考えられない身のこなしで、鞠莉が俺の首元に手を伸ばす。
味も分からないまま筑前煮を食べていた俺は、機敏な鞠莉の動きに反応できるはずもなく、
ペリッ
無残にもはがされる絆創膏。そしてその下から出てきたのは、四時間前につけられたキスマーク。俺は色々な意味で頭を抱えた。
「ワォッ!」「なぁっ!? は、破廉恥ですわ!!」
キスマークを見て目を輝かせる鞠莉と、顔を真っ赤にするダイヤ姉さん。果南も俺と同じく頭を抱えている。
「祥平の首元がこうなってるってことは……ダイヤ、果南を抑えて!」「承りましたわ!」
「へっ!? ちょ、ちょっとダイヤ!! やめてってば!!」
どうしてこういう時ばかり、チームワークというのが凄まじくなるのだろう? ジタバタ暴れる果南の首元に鞠莉は素早く近づき、
「そりゃ!!」
俺の時と同じく、絆創膏を勢いよく引き剥がした。当然のことながら、こんにちはするキスマーク。
はぁ……もうどうにでもなれ。
「果南の首元にも同じキスマーク……これは昨日の夜、相当お楽しみだったみたいね!」「か、果南さん……信じていたのに。破廉恥ですわ!!」
静かな朝食の時間を返してほしい。というか、どうしてキスマークがばれる羽目に?
畜生、こうなったら俺にも考えがあるぞ。俺は、近くに置いてあったスマホを取り出す。
調子に乗っている鞠莉に、目にモノを見せてやるわ!! ……果南にも被害が及ぶけど、後で謝っておけば問題なし。それじゃあ、反撃といきますか。
「おいっ、鞠莉。これをよく見ろぉおおおお!!」
俺は既に起動状態だったスマホを操作し、動画を再生させた。
そして、流れ出す昨日の果南と鞠莉のやり取り。いきなり黒歴史が流れ出した為、鞠莉の顔が真っ赤に染まる。
「きゃあああああ!! やめて!! 早く消して!!」
「ちょっと!? 何この動画!? 祥平、昨日私は何もしてないって言ったじゃない!!」
「うるさいうるさい!! 無理やり絆創膏を引き剥がした罰だ!!」
「それって私は関係ないよね!?」
「ちょっと三人とも、うるさいですわよ!! 今は食事中なのですから、静かにしてください!!」
いつも通りギャーギャーと言い合いを始める俺たち。ここが個室じゃなければ、確実に苦情が来ていただろう。高い旅館で本当に良かったぜ。
その後、俺たちは気が済むまで言い合いを続けていたのだった。食器の片づけにきた女将さんに白い目で見られたのは言うまでもない。
● ○ ●
「全く、鞠莉さんが絆創膏をはがしたりしなければ、もっと京都観光を楽しめたのに」
新幹線から流れている景色を見ていたダイヤが、不満げに呟く。
「あれは祥平がいけないのよ! 昨日の動画を流したりするから」
「まぁ、確かに祥平も悪いですけどね。……というか、ダメージが一番大きいのは果南さんだと思うんですけど。完全にとばっちりですし」
京都観光を終えた鞠莉達は、今現在新幹線に揺られている最中だった。ちなみにダイヤの言った通り、今朝の出来事が原因で、今日回る予定だった観光名所の半分も行けていない。
その為、ダイヤは若干機嫌が悪かった。
「まぁまぁダイヤ。旅行なんてまた何時でも行けるんだから。次はダイヤの行きたいところ、全部回ってあげる!」
「……また行ってくれるのなら、許してあげますわ」
ここで、行ってくれるだけで許してあげるダイヤはやっぱり優しい。
「だけど、この旅行で二人の距離が縮まってよかったね」
「確かに……どんなことがあったのか、詳しいことを聞くことはできませんでしたけど」
「まぁ、それを聞くだけ野暮ってものじゃない? それに、あの光景を見てるだけで十分だしね♪」
パチッとウインクを決めた鞠莉が見つめる先には、
「ぐーぐー……」「すぅすぅ……」
肩を寄せ合い、仲良く寝息をたてる果南と祥平の姿があった。
そして、二人の手はしっかりと握られている。しかも恋人繋ぎ。
「あれで付き合ってないっていうんだから、ほんとに困っちゃうよ。手を繋いのだって、どちらからともなくだったし……」
やれやれと鞠莉が首を振る。
新幹線の席に腰を下ろすなり、果南と祥平は自然な感じで手を繋ぎだしたのだ。二人が驚くのも無理はない。
「今日の観光中も、隙あらばイチャイチャしていましたからね。二人はバレてないと思っているみたいですけど」
「祥平のほうからアプローチするのは普通だけど、果南の方からも甘えてたからね。『手、繋いでもいい?』って感じに。イチャイチャするのは構わないけど、できれば二人きりの時にやってほしいわ」
口ではこういっているものの、実は二人の進展が嬉しい鞠莉とダイヤ。自然と口元が綻んでいた。
「でも、二人が新たな一歩を踏み出してくれて本当に良かったです。私、ずっとこのままいくんじゃないかって少し心配でしたから」
「ほんと、ダイヤの言う通りよ。もしこのままの状態が続くようなら、荒療治も考えてたんだけど……二人が少しづつ前に進みだしてくれてよかったわ。いつまでもうじうじとして前に進まない果南を見るのは、やっぱり嫌だもの」
「……前に進めていなかったのは、果南さんだけでしょうか?」
「えっ?」
ダイヤが目の前でギュッと手を合わせる。
「私、果南さんよりも祥平のほうが心配なんです。人の気持ちを気遣える分、自分の気持ちを押し殺して我慢しているんじゃないかって。事故直後だけでなく、お葬式の最中ですら、涙を流していなかった。大切な家族が……二人もいなくなっているのにですよ!? そんな事、普通はあり得ないんです……」
「……言われてみれば祥平、あの時一滴の涙も流していなかったわね。私たちも含め、その場にいた全員泣いていたのに。祥平のお父さんですら、泣いてたのに……」
当時の鞠莉とダイヤは小学生ながら、あまりに衝撃的な出来事だったため、今でも記憶が色濃く頭の中に残っていた。
それだけ辛く、悲しい出来事。
当事者である祥平に与えた心のダメージは相当なものだったと思う。
だけど、彼は泣かなかった。
それは彼の心が強かったからなのか。それとも、ただ単に感情を殺していただけだったのか。祥平の気持ちは、祥平にしかわからない。
「話してくれるまで待ちましょう、ダイヤ。祥平がどんな気持ちであの場に臨んでいたのか。それは本人しかわからないもの。きっと無理やり聞いても、彼は答えてくれない。彼がそういう性格だって、幼馴染のダイヤなら分かるでしょ?」
「……で、ですが!!」
「大丈夫。心に負った傷を我慢できる人間なんて、絶対にいない。それにきっと祥平は本当に辛くなったら、絶対にダイヤを頼ってくる。だって彼が私たち三人の中で一番信頼しているのは他でもない、ダイヤなんだから」
ニッコリと微笑む鞠莉に、ダイヤも少しだけ笑顔になる。こういう時、底抜けの明るさを持つ鞠莉の存在はとても大きかった。
「ダイヤは本当に優しいね。……羨ましいねぇ、祥平は。果南だけじゃなく、ダイヤにまで愛されてるだなんて」
「あ、愛しているというのは語弊が生じるのでやめて下さい!! 私は果南さんから祥平をとるつもりなんて毛頭ないですから!! それに、祥平の心配をするのは幼馴染として当然の事です」
少しだけ頬の赤くなったダイヤを、鞠莉がニヤニヤと見つめる。しかし、いつの間にか二人の視線は、目の前ですやすや眠る果南と祥平に移っていた。
相変わらず気持ちよさそうに眠る二人。
「全く、人がこれだけ心配してあげてるのに、二人はこれだもんな~。私たち、なんかバカみたい」
「まぁまぁ、そう言わずに。果南さんと祥平が幸せそうな顔をしてるに越したことはないんですから」
「確かにそうなんだけど……むぅ、やっぱり気にくわない」
そう言って鞠莉は、眠っている二人に向かってスマホを向け、
パシャリ
しっかりと写真に収めた。撮影した写真を見つめ、鞠莉は満足そうに微笑む。
「……嫉妬しちゃうほどお似合いよね。写真なんて撮るんじゃなかったわ」
「表情と言葉が一致していませんわよ?」
「あらら、バレちゃった……というか、ダイヤだって写真撮ってるじゃない」
「……今日だけ特別ですわ♪」
唇に人差し指を当てウインクを決めるダイヤ。
普段はあまり見ることのない、彼女のお茶目な姿に思わず二人は笑いあう。ひとしきり笑った後、鞠莉とダイヤは揃って同じような表情を浮かべた。
「これで果南と離れたりなんてしたら、許さないんだから」
「本当です。だから祥平、頑張るのですよ」
鞠莉とダイヤ、それぞれの気持ちが届くよう優しく呟くのだった。
取り敢えず、色々やっちゃった感がある第5話です。悪いのは私じゃない! 悪いのは全部書いていた時のテンションだ!!
……すいません、許してください。悪気はなかったんです。これに懲りず、これからも投稿を続けていくのでどうか応援よろしくお願いします。
最後に一つ。
侍ジャパン、感動をありがとう!!