お隣さんは幼馴染? ~俺と果南と時々ダイマリ~ 作:グリーンやまこう
水着を買いそろえてから一週間後。
「やっと到着でーす!!」
俺の隣で少し大きめの鞄を持った鞠莉が、嬉しそうに声を上げる。今日は前から計画していた通り、近くにできたプールへと足を運んでいた。
それにしても今日は暑い。じりじりと照り付ける真夏の日差しは、容赦なく俺たちの肌を焼いていく。
「知ってはいましたけど、ここのプールはもの凄く広いですわね」
「ほんとだよ。人もいっぱいいるし……ダイヤ姉さん、迷子にならないよう、気を付けてくださいね?」
「なぁっ!?」
「確かに、ダイヤってばおっちょこちょいなところがあるし、心配だな~」
「か、果南さんまで……私はそんなんじゃありません!! こんな年にもなって迷子だなんて、ありえませんわ!!」
果南に対して、精一杯迷子にならないと主張しているダイヤ姉さん。それを優しい瞳で果南が見つめている。
同い年なのに、同い年に見えない。ダイヤ姉さんってやっぱり不思議だ。いや、果南のお母さん属性が強いのか?
「まぁまぁ、果南も祥平もダイヤをいじるのはそこまでにしておきなさい。仮にダイヤが迷子になっても、放送で呼び出せばいいんだから問題ナッシングよ!」
「なんだかんだ、鞠莉さんが一番私の事を馬鹿にしてません!?」
うん。それは俺も思った。流石は鞠莉である。ナチュラルにダイヤ姉さんをいじってくるあたり、自覚はないのだろう。
「それじゃあ、そろそろいこっか。こんなところで話してても熱いだけだし」
果南の一言に、俺たちは止まっていた足を動かし、プールの中へ。
プールの中は入口よりも人でごった返しており、俺は若干うんざりした。人ごみは苦手だし……。暑さも相まって、酔いそうである。
「それじゃあ祥平。着替え終わったらここに集合ね!」
「了解~」
「祥平は別に女子更衣室でも問題ないんじゃない?」
「問題しかないよ!! あほか!!」
大声をあげてしまったため、近くにいた女性客から怪訝な視線を向けられる。その視線を愛想笑いで何とかやり過ごすと、俺は元凶である鞠莉を睨みつけた。
しかし、彼女は悪びれる様子もなく「シャイニー!」と言っている。殴りたい、その笑顔。というか、女子更衣室に入ったら最後、行きつく先は警察署の牢屋だろう。お先真っ暗な未来しか見えない。
若くして人生に絶望したくないため、俺は「男子」更衣室の中へと入っていく。
「全く、鞠莉のやつ変なことを言いやがって」
ぶつぶつ呟きながら、水着へと素早く着がえを済ませる。水着はもちろん、この前買ったものだ。やはりというか、女子ってセンスがいい。男の俺とは雲泥の差がある。
なんて思いながら、着がえを終えた俺は更衣室の外へ。果南達の着がえを待っていると、
「ごめん祥平。お待たせ!」
果南の声に俺は顔を上げる。
「ほぅ……」
そしてやってきた三人を見て俺は思わずため息を吐いた。
(この前は三人別々に水着を見たけど、揃ってみるとこんなに破壊力が高いとは……)
何というか、一緒に居る俺が恥ずかしくなってくる。水着の説明については省略させてもらうが、とにかく三人揃うとただただ眼福としか言いようがない。
それぞれがタイプの違う美人。神々しさのあまり、後ろから光がさしているのではないかと錯覚してしまう。
『…………おっふ』
周囲の人たちもいきなり現れた美人三人組に見惚れているのか、情けのない声をあげていた。しかもそれは男性客だけではなく、女性客もである。まぁ、同じ女性でもあの三人はずば抜けてるからね。気持ちは凄いよく分かる。
「おーい、祥平。聞こえてる?」
「はっ! だ、大丈夫だぞ、果南」
や、やばい。完全に我を忘れてボーっとしていた。果南に声をかけられた俺は、そこでようやく我に返る。そしてその瞬間、
『……チッ』
隠そうともしない舌打ちが聞こえてきた。うん、この展開は何となく読めてたよ。さて、この場所から早いとこ退散しないと、俺はプールの藻屑にされてしまいそうだ。
「よしっ、三人揃った事だし、早速行こうぜ!」
「祥平ってば、やけに張り切ってるわね。そんなに楽しみだったのかしら?」
「ま、まぁな。それより早く早く」
周りの視線に殺気が増す中、俺は冷や汗をダラダラと流しつつ、この場から退散しようとする。
「あら? 祥平、すごく汗をかいてらっしゃいますけど、大丈夫ですか? 私のタオルで――」
「いいから! ダイヤ姉さんの優しさはありがたいけど、それは後でいいから!!」
どうしてそんなに優しいの、ダイヤ姉さん!? 今はその優しさが完全に逆効果だから!!
美少女であるダイヤ姉さんに汗を拭ってもらったりなんかしたら、俺の命が尽きてしまうだろう。主に外部的な要因によって……。
「うーん、取り敢えず祥平の言う通り、早くここから離れよっか」
流石、果南。やっぱり俺の惚れた女は違うぜ! ふぅ、ようやくこれでこの場から安全に離れられ――。
ぎゅっ
「ほわぁっ!?」
「何変な声出してるの? べ、別に腕を組んだだけじゃん」
頬を赤く染め、果南がとんでもないことを言いだす。いや、とんでもないことをやりだした。
右腕に感じる彼女の肌の瑞々しさと柔らかさ。しかも今日は水着ということで、感触が10倍増しで伝わってくる。これは色々とまずい。
「あ、あの、果南さん。ちょっとこれは……」
「……嫌だった?」
……嫌なわけないでしょうがぁあああ!! 俺の態度に、少しだけ悲しそうな表情を見せる果南。その瞳からは今にも涙が零れ落ちそうで……。
駄目だ。そんな顔されたら断れるわけがない。
「ごめん、全然嫌じゃなかった。むしろ嬉しい。だ、だから……離さなくても大丈夫」
俺の大好きな人に悲しい顔をさせたくない一心で、俺は首を縦に振る。すると一転、果南は嬉しそうに顔をふにゃっと緩ませた。
「うん! じゃあ、プールに入るまでずっとこうしてるね♪」
さっきよりも少しだけ距離を詰めて、俺の腕に抱き付いてくる。その仕草、嬉しそうな表情に、俺は思わず顔を手で覆ってしまった。
「……可愛すぎるだろ」
ニコニコと微笑む果南にばれないよう、そっと呟く。顔が熱い。
これは夏の日差しのせいだけではないだろう。早く冷たいプールに入って、体を冷やしたいところだ。
「ねぇねぇ、祥平。果南とイチャイチャしてるとこ悪いけど、周りの視線が凄いことになってるわよ!」
「……言われなくても、大丈夫だ。嫉妬と憎悪の混じった視線をひしひしと感じてるよ」
なんかもう、視線が刺さり過ぎていたい。ハリで全身を刺されているかのようだ。
「やったわね祥平。今プールで一番の視線を集めているのは、他でもない祥平よ!!」
「何がやっただよ!? 俺は今、その視線のお蔭で死にそうなんだ!!」
鞠莉の野郎、この状況を完全に楽しんでやがる……。畜生、俺は何にも楽しくないのに。
「理由はよく分かりませんけど、取り敢えずここから離れたほうがよさそうですわね。ほらっ、皆さんいきますわよ!」
結局、状況を見かねたダイヤ姉さんが俺たちを引っ張っていくのだった。ダイヤ姉さん、ありがとうございます。
● ○ ●
「さて、適当に歩いてきたわけですけど、ここはどこでしょうか?」
「えっと、ここはウェイブプールらしいね」
「うぇいぶぷーる?」
「実際の海みたいに、波が立つプールのことだよダイヤ」
ピンときていなかったダイヤ姉さんに、果南がウェイブプールのことについて説明している。
ダイヤ姉さんって、こういったところ来たことなさそうだもんな~。知らなくても無理はないだろう。それにしても、
「ここのプールって、どれくらい深いんだろう?」
「どうしたの祥平? 顔がベリーブルーよ?」
何気なく呟いたつもりだったのだが、鞠莉にすかさず突っ込まれた。うーん、どれだけ地獄耳なんだよ。
「い、いや、プールに入る前には、深さの確認をしておかないと危ないだろ? ダイヤ姉さんが溺れるかもしれないし」
「どうして私が溺れる前提なんです!?」
プンプン怒るダイヤ姉さん。よしっ、これで俺から話題が逸れて――。
「祥平、もしかしてまだ泳げなかったりする?」
はい。全く話を逸らせませんでした。祥平ちゃん、泣きそうです。
「い、いい、いやっ、ま、まままま、まさか、この年にもなって泳げないとか、そそ、そんなわけないだろ」
「足ガクガクさせて、冷や汗浮かべて、真っ青な顔で言われても説得力が皆無ですわ」
「ダイヤ姉さんにツッコまれるとか、屈辱です」
「ムキィいいい!! さっきから私の事を馬鹿にしてますの!?」
「まぁまぁ、ダイヤ。落ち着いて。それよりも、本当に泳げるの?」
くそっ。果南が優秀すぎて、話題を俺から全く逸らせない……。これはもう、やるしかないのか!?
「……見てろよ、果南。俺の成長した姿、しっかり見せてやるからな」
そう言って入念にストレッチをした俺は、プールの端に立つ。
(大丈夫。俺はできる子だ。俺なら大丈夫。それに、大好きな人の前で恥ずかしい姿なんて見せられない!!)
相変わらず体の震えは止まらない。だけど、男にはやらなきゃいけない時があるんだ!!
「うおりゃっ!!」
掛け声とともに、俺はプールの中に飛び込む(危険だから、飛び込みはしないでね)。そして、
「がぼっ、がはっ……し、しぬっ。……ごぼごぼごぼ」
「果南、予想通り、祥平が情けない姿をさらしながら溺れたわよ!」
「はぁ、言わんこっちゃない」
「か、果南さん。急がないと祥平が!」
「うん、わかってるよ。本当に祥平はしょうがないんだから」
呆れる様な声が聞こえてきた後、俺の意識は完全になくなったのだった。もう、説明するまでもないが、一応言っておきます。
俺は内浦で育ったのにもかかわらず、全く泳げません。それはもう、恥ずかしいほどに……。わ、笑うんじゃねぇよ!!
● ○ ●
「……んっ?」
「あっ! やっと起きたね」
目を開けると、優し気に微笑む果南と目が合った。
「あれっ? 俺は一体?」
「プールに飛び込んで溺れたんだよ。全く、こっちは心配したんだからね」
呆れる果南に俺はバツが悪くなって目を逸らす。というか、ただ単に恥ずかしかった。
だって、溺れるのを助けるのは普通、男の仕事じゃん! なのに、俺は無様に溺れ、果南に助けられた。
「もう、お婿にいけない……」
「バカなこと言わないの。それより、今はもう少し休んでいなさい!」
ぺしっとおでこを叩かれる。うーん、お姉さんモードの果南もいいなぁ。バカなことを考えている中、俺はあることに気付く。
(やけに頭の後ろがやわらかいな……)
床に寝ているのならば結構、頭が痛くなっているはずだ。しかし、その痛みは全くない。むしろ、やわらかくて気持ちのいい位だ。更にもう一つ疑問がある。
(というか、そもそもどうして果南の顔が真上にあるんだろう? 普通に考えて、果南の顔は横の方に来るはずなんだけど……)
そこまで考えて俺は気付いてしまった。自分が今果南に何をされているのかを。
「か、果南さん。ちょっといいですか?」
「いいけど、どうして敬語なの?」
「敬語のことは気にしないで下さい。それで質問なんですけど……俺は今、果南に膝枕をされてます?」
「う、うん。こっちの方が頭も痛くならないし、いいかなって思ったの」
「なるほど……」
どうやら俺は、今現在果南の膝枕を受けている状態らしい。どうりで頭の後ろがやわらかいはずだよ。
「ところで、祥平」
「ん? どうした果南?」
「わ、私に膝枕をされて、どう思った?」
キュッと目を瞑って訊ねてくる果南。その姿はいつもより格段に女の子っぽくて、俺は思わず笑ってしまった。
「しょ、祥平ってば、笑わないでよ!!」
「ごめん、ごめん。そんな事聞いてくる果南が可愛くて、つい」
俺の言葉に果南が恥ずかしそうに頬を染める。
「だって……膝枕をしたのなんて、初めてだったんだもん。本当に気持ちがいいかなんてわからないし、祥平が気に入らないかもしれないって思ったから」
どうしてそんなに自信がないのかわからないが、果南に膝枕をされて喜ばない男はいない。やわらかさといい、張りといい、ここが天国であるのかと錯覚するほどである。
「……全く。俺が果南に膝枕をされて、喜ばないわけないだろ?」
「で、でも……」
「俺はこの感触を体験できるんなら、何度だって溺れたいくらいだ。いや、今からでももう一回溺れてくる」
「そんなことしなくていいから!!」
起き上がろうとした俺の頭を、果南が何とかして抑え込む。そして、「ふぅ」とため息をつくと、俺の頭を優しく撫でてきた。
「そんなことしなくても……祥平が満足するまで膝枕してあげる。だから沢山、気持ちよくなって」
「…………」
彼女は今のセリフを、自覚しないで言ったのだろう。しかし、言われたほうはたまったものではない。
(沢山気持ちよくなってって……)
思春期はとっくに過ぎ去っているが、それでも魅惑的なセリフすぎる。俺は真っ赤な顔で果南を睨みつけた。
「……果南、今のセリフ、もの凄くエロい」
「えっ!? え、エロ!? 私、変なことなんて一言も言ってないんだけど!?」
あたふたと慌てる彼女に、今度は笑顔を浮かべる。
「だけど、そんなところも可愛いよ」
「っ!? きゅ、急にそんな事……」
ぷしゅーと、頭から湯気を出さんとする勢いで、果南の顔が真っ赤になった。だけど、口元はにへらと緩んでいて……。
(相変わらず、色々と自覚が足りな過ぎるんだよな。まぁ、そこが可愛い所でもあり、愛しい所でもあるんだけど)
俺はそんなことを考えながら、もう一度目を瞑る。
「ごめん、果南。俺もう少し休むわ。果南の膝の上があまりにも気持ちよくて」
「……ふふっ♪ 今日の祥平は少しだけ甘えん坊だね」
「確かに、否定はできないよ。それよりも、本当に果南はいいのか? ここにいるとプールで遊べないのに」
「ううん、気にしないで。プールで遊びたい気持ちもあるけど、今は祥平に膝枕をしてあげてることの方が大事だから。……好きな人と一緒に居ることが、何よりも嬉しいから」
果南の言葉が可愛すぎて、心臓がつまるかと思った。そして、ドクン、ドクンと早鐘をうちだし始める心臓。
(寝ようとした寸前に、凄まじい爆弾を落としやがって……おかげで眠気が吹き飛んだよ)
それから15分ほど、俺は色々な誘惑と戦っていたのだった。興奮を何とかして抑えきった俺は勇者だと思う。
● ○ ●
「そう言えば、鞠莉とダイヤ姉さんはどこに行ったんだ?」
膝枕を終え、彼女の隣に腰を下ろした俺は二人の行方を尋ねる。
「えっと、ウォータースライダーに行ってくるって言ってたかな? 鞠莉が元気すぎて、ダイヤが疲れてないか心配だけど」
「いや、絶対疲れてるどころか、グロッキーだと思う。鞠莉のことだし、ウォータースライダーを10周くらいしてそうだ」
俺の指摘に果南も「あー、確かに……」と頷いてる。
ダイヤ姉さんは今頃、暴走特急のような鞠莉に引きずり回され、心身ともに疲れ切っているはずだ。南無阿弥陀仏。
「このまま待っていてもしょうがないし、私たちもどこかにいこっか?」
「それは構わないけど、この場から離れても大丈夫なの?」
「一応、祥平が起きたら私たちも遊びに行くとは言ってあるし、大丈夫だよ!」
グッと親指を立てる果南。さっきからそわそわしてたし、早く遊びに行きたいのだろう。
しかし、先ほどの痴態を見てもらった通り、俺には致命的な欠点がある。
「遊びに行くとは言っても、結構限られてくるんじゃないか? 俺って泳げないし、それこそウォータースライダーなんて言ったら、多分死ぬ」
滑っているうちはいいかもしれないが、終わった後に飛び込むプールが問題だ。それなりに深さのある部分が多いし、俺の足がつるかもしれない。しかし、果南は俺に向かってぱちんとウインクを浮かべた。
「大丈夫だよ、祥平。ここのウォータースライダーは!」
一体何を根拠にそんな事を言っているのだろう? 疑問に思いつつ、俺は果南に引っ張られていく。
そして、目的の場所に辿り着くと、果南の言っていることの意味が分かった。
「二人で滑れるから、大丈夫って言ったのか」
男女のカップルらしき二人が、勢いよくウォータースライダーの出口からプールの中に飛び込む姿が目に入る。
どうやらここのウォータースライダー、一人でも大丈夫みたいだが、二人までなら一緒に滑れるらしい。納得、納得。
「そういうこと♪ ほらっ、はやくいこっ!」
果南に続いて、入り口までの階段を上っていく。それにしても、階段上るの早いなぁ。流石、普段走って体力をつけているだけある。体力のない俺とは大違いだ。
そんなわけで、彼女の後をひぃひぃ言いながら上っていく。
「あっ! やっと来た。遅いよ、祥平」
「いやいや、果南が早すぎるだけだって……」
今上ってきた階段、滅茶苦茶急だったんだけど……。しかし、それをものともしない果南。腰に手をあて、頬をぷくっと膨らませていた。
「まっ、そんな事はいいとして早速滑ろ!」
果南に手を引かれて、ウォータースライダーの列に並ぶ。程なくして俺たちの番となった。
「じゃあ祥平は前ね!」
「はいはい……って、普通は男の俺は後ろなんじゃ?」
「だって、祥平が後ろだと、溺れた時大変でしょ? だからこっちのほうがいいのっ!」
男として少しも納得できないが、納得するしかない。だって俺は泳げないから。そのまま、渋々と俺が前方へと座る。
「それじゃあ私が後ろに座るね」
彼女が俺の後方へと腰を下ろす。そして他の人が見ているのにもかかわらず、俺の背中に抱き付いてきた。もちろん、テンパる俺。
「な、なな、なにをして!?」
背中にやわらかい二つの感触をダイレクトに感じる。あぁ、水着ってやばい。本当にやばい。
「……こうしないと、危ないじゃん」
ぽそっと呟く果南の耳は真っ赤に染まっている。恥ずかしいならやらないで!!
「お客様。準備ができましたら、サクッとお願いします」
スタッフの人の言葉がやけに刺々しい。まぁ、目の前で見せつけるかのようにイチャイチャしているのだ。
笑顔を忘れていない分、素晴らしい店員さんであると言っておこう。あと、店員さん以外の視線も地味に辛い。
「じゃあ、果南。サクッと滑っちゃおう」
「うん!」
なるべく意識を背中から逸らしつつ、俺と果南はスタートの体勢と作る。果南は俺と密着していることを忘れて楽しそうだ。
畜生、どうして俺ばっかり……。しかし、
「うぉおおおおおおおおおおっ!?」
「きゃぁああああああああっ♪」
背中に押し当てられている存在を忘れるほど、このプールのウォータースライダーは怖かった。あ、危うく、ちびるところだったぜ。
ちなみに、プールに飛び込んだ瞬間溺れた俺は、無事果南に救出されました。
● ○ ●
「ふぅっ! 楽しかったね♪」
「は、ははは……俺は寿命が三十年ほど縮まったよ」
キラキラと輝くような笑顔の果南とは対照的に、俺の顔はしわだらけになった気がする。
あれから10回ほどウォータースライダーを強要され、それに全部付き合ったのだから褒めてほしい。そのたびに突き刺すような視線を向けられ、プールで溺れて……よく俺無事だったな。
「あっ、ダイヤだ! お帰り~」
「た、ただいまですわ……」
果南の挨拶に、ダイヤ姉さんがふらふらしながら受け答える。これはもしかしなくても、鞠莉に引きずり回されたのだろう。
今現在の俺が似たような状態なので、もの凄い親近感。ダイヤ姉さんも大変だったんだな。するとダイヤ姉さんと目が合う。
(祥平、その顔……お疲れ様です)
(ダイヤ姉さんこそ。無事でよかった)
目だけでやり取りをする俺たち。こういう時だけ、俺とダイヤ姉さんは息ぴったりだ。
「どうしたの、ダイヤに祥平? そんな見つめ合ったりして」
「何でもないよ」「何でもないですわ」
首をかしげる果南に、俺たちは何でもないと手をふる。
「そういえば鞠莉は? ダイヤと一緒じゃないの?」
「お昼ご飯を買いに行ってくると言ってましたわ。本当は、私もついていければよかったのですけど……」
「疲れてるから先に帰ってきた。こんな感じですか?」
こくんと頷くダイヤ姉さん。まぁ、それだけ疲れていれば無理もないだろう。それにさすがの鞠莉も、一人でお昼くらい……。お昼くらい……。
「だ、大丈夫かなぁ?」
「果南の気持ち、すっごくよく分かる」
バカにしているわけではないが、もの凄く心配だ。何というか、金額も考えずに買ってきそうで……。
「二人とも、少し待っていてくれ。俺が見に行ってくるから」
俺は取り敢えず、財布だけ持って立ちあがる。
「うん。鞠莉のことよろしくね」「鞠莉さんのこと、よろしくお願いします」
頭を下げられるようなことはしてないんだよなぁ。だって、大学二年生がちゃんと買い物してるかどうかを確認しに行くだけだし……。
でも心配なものは心配なので、鞠莉が買い出しに行ったと思われる売店に向かう俺だった。
● ○ ●
「さて、売店に来たわけだけど、鞠莉はどこにいるんだ?」
あたりを見渡すも、鞠利らしき人影はどこにも見当たらない。うーん、既に買い物を済ませて戻ってしまったのだろうか?
(まぁでも、近くにいるかもしれないし、一応この辺りをぐるっと見ておこう)
そう思った俺は、取り敢えず売店近くをうろうろし始める。買い終わったばかり、ならそう遠くには行っていないはずだ。
それに鞠莉は、黙っていれば美人なのでナンパに遭遇し、物陰に連れていかれた可能性もある。
(だけど正直、ナンパされた可能性は薄いかな。鞠莉ってナンパをあしらうのとかうまそうだし。彼女があしらえないのは、よっぽど話を聞かないバカな奴くらいだろう)
なんて考えていた俺が甘かったらしい。
「ちょっと、離しなさいよ!!」
「っ!?」
見知った声、というか鞠莉の声が、少し離れた物陰から聞こえてきたのである。彼女の声は悲鳴に近かった。
少しだけ嫌な予感に苛まれつつ、物陰へと走っていくと、
「離しなさいって言ってるでしょ!! いう事を聞かないと、思いっきり叫んでやるんだから」
「うーん、俺たちもそれは困るから、やめてほしいんだけど?」
「それなら早くこの手を離しなさい!!」
「だから、少し遊んでくれるだけでいいっていってるじゃん。どうせ君、一人なんでしょ?」
「私は友達ときてるの。だから、あなた達と遊んでいる暇なんかない!」
「友達には、後から言っておけば大丈夫だって。ほらっ、早く早く」
鞠莉をナンパしたらしい男たちが、彼女を無理やり引っ張っていこうとしている最中だった。
あの鞠利が振りきれないという事は、相当頭の悪い奴らである。話を聞いている限りでも、それが嫌というほど伝わってきた。
(はぁ、まさかこんなマンガみたいな場面に遭遇するだなんて……)
頭をかきつつ、俺は彼女たちの元へ。そして、驚く男たちをしり目に、鞠莉を俺の胸へと抱き寄せた。
「何してるんですか?」
「な、なにって、それはこっちのセリフだ! お前こそ、何やってるんだよ!? そいつは俺たちと遊んでたんだぞ」
「遊んでたんならごめんなさい。でも、こいつは俺の彼女なんで。勝手に奪わないでくれませんか?」
鞠莉をしっかりと右腕で抱き締めつつ、俺は男たちに鋭い視線を向ける。これで引いてくれれば一番いいんだけど……。
「はっ! 今さら現れて何が彼女だ! そんなはったり、俺たちには通用しないんだよ!」
流石にそこまで頭は悪くなかったらしい。そこまで頭が働くのなら、ナンパなんてしないでほしいもんだよ。
「……まぁ、確かに俺はこいつの彼女でも何でもないです。だけど、大切な人である事には変わりないんで」
「そんな理屈で、俺たちが納得するとでも思ってるのかよ!?」
こいつら、本当にめんどくさいな。さて、どうしよう……?
「というか、この女の子とかっこよくかばったけど、どうせ裏ではよろしくやってんじゃないの?」
一人の男が放った言葉に、俺の肩がピクッと反応する。
「確かに。そいつ金髪だし、いかにもビッチっぽいもんな。だからお前、そんな奴をかばうのはやめとけって。やる事やったら、どうせ捨てられるぞ?」
「男の身体しか興味ありませんってか」
ぎゃははと、汚い笑いを浮かべるナンパ野郎たち。俺はチラッと鞠莉の表情を確認する。
「…………」
彼女は怒るというよりも、悲しさ顔を歪ませていた。俺を掴んでいた右手に力が入っている。
いつもは底なしの明るさを見せてくれる彼女でも、今のセリフは堪えたらしい。口を真一文字に結び、必死に何かを耐えているようだった。
鞠莉だって女の子であり、あんな酷い事を言われて傷つかないはずがない。そう思った瞬間、俺の中で糸のようなものがぷつんと切れた。
一旦、鞠莉の元から離れ、ナンパ野郎の元へずかずかと歩いていく。
「おっ? ようやく彼女を渡す気になったのか」
ここまできて、まだそんな事が言えるのかよ。自分の中での怒りがピークに達した俺は、その怒りを拳に乗せて、
ドゴッ!!
「ふごっ!?」
思いっきり、ナンパ野郎のうちの一人をぶん殴ってやった。威力が強すぎたのか、殴られた一人は完全に気を失い、取り巻きの二人もあんぐりと口を開けている。
しかし、こんなもんで怒りが収まるわけがない。続けざまに見ていたもう一人にアッパーをかます。
「んぎぃっ!?」
白目をむいて倒れた二人目も動かなくなった。これであと一人。
「て、てめぇええええ!!」
やけになって突っ込んできた三人目。俺はそいつの動きを冷静に見極めると、再び渾身の力で右ストレートをお見舞いしてやった。
「んぐぉ!?」
痛みに顔を歪ませた三人目が、ゆっくりと後ろに倒れていく。そして、気を失って動かなくなった。
俺が振り返ると、鞠莉が信じられないと言った感じに目を見開いている。
「鞠莉、取り敢えずここから離れよう」
確認をとることなく彼女の右手を握ると、この場から離れるために歩き出す。あいつらはこのままでいいだろう。誰かに言ったところでどうせ、自分たちの悪いことには変わりないんだし。
そのままずんずん歩き続けていると、
「……どうしてあんな危ないことをしたのよ?」
少しだけ沈んだ声が後ろから聞こえてきた。俺は振り返らずに答える。
「そりゃ、鞠莉に酷い事を言ったからな。その報復として殴ってやった。ただそれだけ」
「……自分が怪我するかもしれないのに」
「鞠莉の身体に痣ができるよりは、よっぽどましだよ」
「……どうして祥平はそんなに優しいの? 私が傷ついたほうが、よっぽどましだったのに」
彼女の歩みが止まった。それに合わせて俺も歩くのを止め、鞠莉のほうを振り返る。彼女の瞳には涙が溜まっていた。
「もしあの時、祥平が殴られて、傷つけられてたら、私……、果南に……」
「……ったく、そんなこと考えてたのかよ」
いつかのダイヤ姉さんと一緒である。俺と果南のことばかり考えて、自分のことは後回し。これは二人の悪い癖だと思う。
だからこそ俺はあの時のダイヤ姉さんと同様、鞠莉のオデコにデコピンをお見舞いしてやった。
「いたっ!」
いきなりデコピンをされ、目を白黒させる鞠莉。
「……鞠莉ってさ、何も考えてないように見えて、実は一番俺たちのことを考えてくれてるよな」
プラチナブロンドの髪を俺は梳く様にしてなでる。
「鞠莉は俺たちの事を大事に思ってくれてるみたいだけど、それは俺と果南だって一緒なんだよ。鞠莉の事をすごく大事に思ってるし、大切な友達だと思ってる。もちろん、ダイヤ姉さんもな」
本当にダイヤ姉さんも、鞠莉も優しい。俺にとっては勿体なさすぎる友人だ。
「だからこそ、傷ついてほしくないのは当然なんだ。さっき殴ったのだって、優しいからじゃない。鞠莉が傷つけられたから、大切な友達を侮辱されたから殴った。本当にそれだけなんだよ」
多分、あの場面に俺以外の、果南やダイヤ姉さんでも同じように殴っていただろう。もちろん、根拠なんてものは存在しない。
だけどそんな気がする。理由なんてこれくらいで十分だ。
「それともう一つ言っておく。さっき自分が傷ついたほうがましとか言ったけど、二度とそんな事を考えないでくれ。誰傷ついたって、俺は嬉しくない。……まぁ、さっきカッとなって、自分から殴りに行った俺がいえることじゃないけどな」
傷ついてほしくないという気持ちは、彼女達も同じである。だからこそ、さっきみたいな軽率な行動はこれから控えなければならない。
じゃなければ、俺が傷つくことによって、彼女たちがより一層傷つくことになってしまうから。
「えっと、まぁ、だからな鞠莉。今後は俺たちのことだけじゃなく、もっと自分のことも考えてくれ。鞠莉はいつも適当なことばかり言ってるけど、俺たちに甘えてくるようなことはほとんどいてこない。俺はもっと鞠莉に甘えてほしいし、果南達もきっとそう思ってる」
なんか言ってるこっちが恥ずかしくなってきたけど、致し方がない。多分、鞠莉のほうがもっと恥ずかしいと思うから。
その理由に、彼女の顔が真っ赤に染まっている。
「しょ、祥平はよく今みたいなことを、平気でポンポンと言えるわよね!?」
「平気なわけあるか!! こっちもめちゃくちゃ恥ずかしいよ!!」
「うぅ……祥平にまさかあんなことを言われるだなんて、想定もしてなかったわよ」
鞠莉が手で顔を覆い、恥ずかしさに耐えている姿はものすごく珍しい。畜生、スマホを持ってくればよかった。
しばらく恥ずかしさに悶える彼女を眺めていると、
「……祥平は私に甘えてほしいのよね?」
「ま、まぁ、そうだけど」
「それなら、はいっ!」
未だに頬を染めたまま、鞠莉がこちらに右手を差し出してくる。
「えっと、これはどういうこと? お金をよこせと?」
「ち、違うわよ!! 全く、こんな時ばっかりは鈍感になるんだから……」
クエスチョンマークを浮かべる俺に鞠莉が深いため息をついた後、俺の左手をしっかりと握り締めてきた。
差し出してきた右手の意味を理解した俺は、苦笑いを浮かべる。
「……ごめん。俺、果南のこと以外になるとさっぱりらしい」
「知ってるからいいわよ。それよりも、ここから果南達のところまで、しっかりエスコートお願いね」
彼女らしい言い方、仕草で甘えてきてくれたらしい。それが嬉しかった俺は彼女の右手をしっかりと握り締めた。
「それでは、果南達の元までしっかりエスコートさせていただきます。鞠莉お嬢様」
うやうやしくお辞儀をした俺は、鞠莉の手を引いて歩き始める。
「……そこは鞠莉のままでいいわよ」
鞠莉がぽそっと何かを呟いたが、プールに流れていた音楽にかき消されてしまった。
● ○ ●
「えぇっ!? 鞠莉ってばナンパされてたの?」
「うん。正直、祥平が来てくれなかったら危なかったわ」
鞠莉と祥平が帰ってきて、お昼ご飯を済ませた私たち。今は祥平に荷物持ちを任せて(彼がもう泳ぐのはいいと言ってきかなかった)、流れるプールで遊んでいる最中だった。
(祥平と鞠莉が手を繋いできて何事かとは思ったけど、そんな事が……)
帰ってきた時は二人とも恥ずかしがって理由を教えてくれなかったので、今こうして聞いたというわけである。
最初、二人の様子を見た時は少しだけ心配になったけど、それなら仕方ないよね。
「ちなみに、祥平と一緒に手を繋いで帰ってきたのはなぜですの?」
「……だって、祥平がもっと甘えていいっていうから」
前言撤回。ものすごく心配になってきた。だってあの鞠莉が、頬を染めて女の子の顔をしてるんだもん。
「ねぇ、鞠莉。まさか、祥平のこと好きになっちゃった?」
遠回しに聞いてもしょうがないので、私は直球的な質問を鞠莉に投げつける。すると鞠莉が目に見えて慌て始めた。
「ち、違うのよ果南。確かに助けてくれた時にはちょっとかっこいいなぁとは思ったけど、全然好きとかそういうんじゃなくて!!」
「うん、わかった、分かったから。そんな必死に否定しなくても……」
多分、好きになったわけではないと思うけど、ちょっと意識しちゃったって感じかな? いずれにしても強力なライバルになるかも……。
「鞠莉さんってば、慌ててしまって。可愛いですわ」
「ダイヤにいじられるとか、屈辱……」
「バカにしてますの!?」
ダイヤにいじり返せる元気があれば、大丈夫だろう。さて、私は祥平の所にでも戻ろうかな。泳げないとは言いつつ、寂しがっているに違いない。
かれこれ私たち、30分以上遊んでるからね。それに、鞠莉とのことも気になるし……。
「二人とも、私は祥平の所に帰るね」
「分かったわ! それじゃあ私たちはまだ遊んでるわね。ダイヤ、午前中に行ったウォータースライダー。また行きましょう!」
「ま、またですか!? 私は――」
「レッツゴー!!」
ダイヤ……生きて帰ってくるんだよ。鞠莉に引きずられていったダイヤを見送った後、私は祥平の元へ。
すると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「だ、誰、あの女たち!?」
祥平と親し気に話す二人の女性。時折ボディタッチも加えながら、楽しそうに話しかけている。私の予想が正しければ、きっとあれは逆ナンというやつだ。
(確かに祥平はカッコいいけど、まさかこんなことになるだなんて……)
彼女たちから見えない位置で、三人の様子をうかがう。すると、何かを話していた祥平が二人に向かってニコリと笑顔を浮かべた。
その瞬間、私の体温がスッと下がる。頭の中が真っ白になる感覚。気付くと私は祥平の元へと走り出していた。
そして、何かを話していた祥平の腕をギュッと握り締める。
「えっ、なに……って、果南!?」
驚く祥平を無視し、私は二人の女性を睨みつけた。
「この人、私の彼氏なんで。……祥平、行くよ」
「お、おいっ!? か、果南!?」
これ以上、祥平と会話させるわけにはいかない。そう思った私は、無理やり祥平を引っ張っていく。
「……なるほどね。あれが彼、愛しの果南ちゃんか。すごくかわいい子じゃん」
「私たちになびかないのも納得だね。二人とも、お互いが大好きみたいだし」
後ろから何か話し声が聞こえてきたけど、私は気にせず祥平を引っ張っていくのだった。
● ○ ●
人がいない物陰まで祥平を連れてきた私は、ようやく動かしてきた足を止める。
「はぁはぁ……よ、ようやく止まってくれた」
祥平がホッと胸を撫でおろしているが、私の怒りはなにも収まっていない。さっき絡んできた、女性二人を睨んだように祥平を睨みつける。
「ねぇ、祥平。さっきの何?」
「さっきのって……あれはただ話してただけで」
「そんなの絶対に嘘じゃん!!」
思いのほか大きな声が出た。私はキュッと両手を握り締める。
「だって祥平、楽しそうに話してた。二人と話して笑ってた。祥平、逆ナンされてニヤニヤしてたもん!!」
「……逆ナンされてたのは認めざるを得ないけど、別に楽しそうにはしてなかっただろ!」
「じゃあ何で笑ってたの!? 楽しくなければ絶対に笑顔なんて浮かべない!!」
祥平に叫びながら、私は自分の心の狭さが嫌になっていた。
彼女たちに対する嫉妬だっていうのは分かっている。なのに、祥平を責める言葉が止まってくれない。
「果南は俺の事を疑いすぎだ。俺は果南に何回も言ってるだろ? 大好きなのは果南だって!」
「分かってる。分かってるけど……」
彼の事を必要以上に責めてしまう理由は分かってる。私は祥平のことが大好きで、大好きだからこそ、
「……心配なんだもん」
祥平は優しくて、性格もよくて、尚且つかっこよくて……。
「心配なの……」
気付いた時には私の傍からいなくなってしまいそうだった。
こんな私より可愛い女の子も、性格のいい女の子も、沢山いる。だから私は何時も心配なのだ。
いつか捨てれらるんじゃないかって……。
「……果南が思ってる程、俺はモテたりしないけどな。今日のケースだって、かなりのレアケースだよ」
「…………分かんないじゃん、そんなの」
「わかんないかもしれないけど、そういうもんだよ。後、さっき俺があの二人と話してたことを教えておくな。俺はずっと「大好きな人がいるから、ごめんなさい」って言ってたんだよ。その時、笑ってたのは多分、果南の事を考えてたからだと思う」
「でも……」
逡巡する私の頬に、祥平の左手が優しく添えられる。いつの間にか距離を詰めていた祥平と視線が絡まり合った。
「目、閉じて」
あれだけ私は祥平の事を否定していたのに……。祥平はそんな私を、優しく受け止めてくれる。
私は彼の優しさに甘えたくて目を閉じた。
どんどんと二人の距離が縮まっていき、そのままお互いの唇が触れ合った。
今回は触れるだけの優しいキス。でも、今回はこれでいいような気がした。10秒ほどで顔を離す。
少しだけ恥ずかしくなった私は、どこを見ていいか分からず、視線を右往左往させていると、
「果南、大好きだよ」
まさかの不意打ち。
「……ずるいよ。今そんな事言われたら、私」
嬉しすぎて死んじゃう……。
顔を見られたくなくて手で覆っていると、祥平が予想外の事を話しだした。
「というか多分、俺は果南以上にもっと心配してると思うぞ?」
思わず目を見開いて彼の顔を見る。私が心配するのなら分かるけど……祥平の心配する理由。全く見当がつかない。
「へっ? どうして? 別に祥平が心配することなんて何も――」
「それがあるんだよ。だって果南、すごく可愛いから。誰かに捕られるんじゃないかって、すごく心配」
また不意打ち。
キスをした時以上に顔が熱くなった。
「な、何言うの急に……私はそんなに可愛くなんてないよ」
「だから心配なんだよ。そうやって自覚のないこと言うから」
「じ、自覚のなさなら祥平も同じじゃん! すごくかっこいいのに、自覚がないから今日だってナンパされるんだよ!」
しばらく自覚がないの押し問答を繰り返す。そして、二人同時に吹き出した。
「……お互い、同じことで心配してたんだな」
「……うん。そうだね。お互いがお互いをとられるんじゃないかって心配してた」
お互いの事を好きでたまらないからこそ、余計な心配をしてしまう。何というか、私たちらしい心配事だった。
そこで彼が真剣な顔つきに代わる。
「果南。俺はこれから、どんなことがあっても果南の傍から離れたりしない。約束する」
「っ!!」
祥平の言葉に、思わず両手で顔覆った。
(ばかっ……祥平ってば、本当に優しすぎだよ)
少しだけ泣きそうになる。だけど涙をこらえて私は笑顔を浮かべた。
「私だって同じだよ。どんなことがあっても祥平の傍から離れたりしない。絶対にだからね」
この先の人生、何が起こるのか分からないけど、これだけは言える。
祥平を超える人なんて、絶対に現れないと。
「それじゃあ、元の場所に戻ろうか。二人が待ってるかもしれないし」
「うんっ!」
頷いた私は、祥平の右腕に抱き付く様にして腕を絡める。そんな私を、祥平が少し驚きながらも優しげな瞳で見つめていた。
(すごく、幸せ)
ここのいいドキドキに身を任せ、私と祥平は鞠莉達の元へ歩いていく。きっと私たちの仲は、これまで以上に深まっただろう。
嬉しくなった私は、いつも以上に顔を綻ばせるのだった。
何とか投稿できてよかったです。
今回も読了ありがとうございました。感想やお気に入り等、お待ちしております。