ターニャとレルゲンがらぶらぶちゅっちゅする話 作:佐藤9999
PS:書き忘れていましたが、ここからはアニメ未収録エピソードについての具体的な言及もありますので、気にされる方はちょっと注意
朝日を浴びて、ターニャは寝床からむっくりと体を起こした。
そしてぽつりとつぶやいた。
「……シャワーを浴びたい」
夢見は最悪だった。
寝汗でへばりつく肌着の冷たい感触を感じながら、その一日は憂鬱に始まった。
目覚めが最悪でもターニャのやるべき仕事に変わりはない。
身だしなみを整えると、てきぱきと朝食の準備をして、レルゲンを起こす。そして朝食を皿に盛っている間に洗顔を終えたレルゲンが現れる。いつものルーチンだ。
朝食のメニューはトーストとコーヒーを中心とした、これまたいつもの。
ターニャはレルゲンと食卓を囲みながら、己の作った料理を無感動に胃に収める。
起きてすぐに身体を拭い、肌着も寝間着とともに着替えていたが、ターニャの頭の中にはじんわりと不快な余韻が残っていた。
おかしな夢を見るのは、昨夜寝る前に余計な事を考えていたせいだろうか。
夢の中でターニャは軍法会議を受けていた。
ターニャは一度軍法会議を経験したことがある。夢の情景はその際の記憶を再現しており、それなりにリアルだった。
だが、舞台以外は少しもリアルではなかった。
夢というものは突飛な設定がまかり通る。軍法会議の判事は法務担当士官ではなくレルゲンだった。そして、なぜか周囲にはたくさんの見知った顔があった。
ヴァイス中尉やセレブリャコーフ少尉、203魔導大隊のメンバー。
ゼートゥーア閣下やルーデルドルフ閣下、参謀本部の知人達。
ウーガ少佐、軍大学の同期達。
シュワルコフ中尉、戦線を共にした軍人達。
彼らが見守る中で、ターニャは自分がいかにこれまで滅私の態度で無理難題をこなし軍に貢献してきたか、恥も外聞もかなぐり捨てて必死に訴えていた。ただそれだけの夢だった。
何もかもが不愉快な夢だった。
ターニャはあまり夢を見る人間ではなかったが、軍病院で目覚めて以来、時折こういった夢を見ることがあった。
かつてレルゲンの前で我を見失ったあの時、ターニャは己が軍法会議にかけられ、投獄、悪ければ処刑される可能性すら考えていた。
ゼートゥーア、ルーデルドルフ両閣下は中央軍のメインストリームである。これは客観的な事実であり、ターニャの主観でも、二人はそれにふさわしい十分な能力を持っていた。しかし、軍という巨大な組織の中ではこの二名をもってしてもその立場は盤石というわけではない。
今回の作戦失敗の責任を追求する中で、流れによっては二人がその立場を揺らがせる可能性は大いに考えられた。そしてそのしわ寄せの最終地点が、ゼートゥーア・ルーデルドルフ派閥の末端とも言えるターニャへと定められたとしたら。
蜥蜴の尻尾切り。その時、ターニャをかばうものが居なくなるどころか、ターニャをかばうべき者こそがターニャを陥れる敵へと変わる。
ターニャはあの戦いでそれなりに成果をあげたし、それまでに積み上げてきた確固たる軍功があるのだから、そんなことは無いはず。現実的には考えられない。理性と理屈の上ではそう思いつつも、ターニャはその想像を完全に否定する事ができなかった。
五体満足だったならまだしも、もはやターニャの身体は以前のような戦いには耐えられない。参謀本部にとってターニャの利用価値は消滅した。それを加味すれば、ターニャという人間の思考の基盤となった「企業の人事」では、蜥蜴の尻尾切りは十分にあり得る。
わざと撃墜されて戦場から逃げたという負い目もあった。
完璧に偽装した、もっと言えば、十分に己の職責を果たした上で撃墜されたのだから文句を言われる筋合いはどこにも無いとターニャは心の底から思っていたが、それでも瑕疵には違いないのだ。
そこにきて、レルゲンだった。
何の前触れもなく病室に現れたレルゲンは、ターニャが見たことの無いような態度で、突き刺すような言葉を投げかけてきた。これがターニャにとって止めとなった。
参謀本部は自分を許すつもりがない。レルゲンの態度を見て、ターニャは確信した。
今にして思えば、あの時、心優しいレルゲンは、傷ついた幼い少女を更に絶望へと陥れる陰謀に苦痛を感じていたに違いない。彼の態度が不自然だったのはそのせいなのだろう。
そこから先はもはや見るに堪えない有様だった。
「まだ戦えます」「次はうまくやります」と、用意していた台詞を咄嗟に絞り出したが、それは自分でも判るほどに支離滅裂な言葉だった。
そして、困惑したレルゲンが「貴官はなぜ戦いを望む」と問いかけてきた時、ついにターニャの精神は限界に達した。その遠慮がちな言葉はなぜか、追い詰められたターニャの自制心をどうしようもなく綻ばせた。
「なぜ戦いを」 それと同じ言葉で、ターニャの心の隅には常に煮えたぎる思いがあった。
なぜ私が戦いになど行くのか。そんなことは私が聞きたい。まるで私が好き好んで殺し合いをしているとでも言いたげじゃないか。私は行けと言われたから仕方なくずっと戦っているだけなのに。
それ以外に選択肢がなかったから軍に志願した。以来、必死で役目を果たしながら過ごしてきた毎日だった。
偉くなれば死ななくて済むかと思えば、余計に危険な目に合わせられる。命の危険を感じたことも、絶望を覚えたことも、数え切れないほどあった。多少の良いこともあるにはあったが、すぐにそれを塗りつぶしてあまりあるほどの苦難が用意されていた。
ターニャは文字通り「神を恨んで」今日まで生きてきた。
その末路が、さんざん貢献してきた筈の軍から見捨てられるという状況なのかと思った瞬間、それまで味わってきたありとあらゆる痛みと苦しみが走馬灯のように脳裏をめぐり、無意識の内にターニャはレルゲンに掴みかかっていた。
その後はあまり記憶がなかった。
レルゲンが何か言っていた気がするが、いまいち判然としない。
あの時、追い詰められたターニャのしようとしたことは、結局八つ当たりだ。己の進退を告げに来たレルゲンに対して怒声を浴びせ、手をあげようとした。それは、前世で己を殺めた無能と同種の行いに他ならない。
内容は全く違うし、ターニャはすんでのところで踏みとどまったが、しかし関係ない。己の矜持に自ら刃を突き刺すようなその行いは、ターニャを失意の底に陥れた。
レルゲンとの衝撃的な邂逅から心の整理をつけるまでにターニャは一昼夜を要した。
「…ターニャ。どうした?」
ふいに声をかけられて、ターニャは自分が意識を飛ばしていたことに気付いた。
レルゲンが食事の手を止めてターニャの顔をのぞき込んでいた。
「いえ…」
対面していながら相手が視界に入らないほど緊張を緩めていたことに気付き、ターニャは驚きと羞恥を感じた。
そして同時に、己の意識が軍隊から遠ざかっていることを再認識した。
「多少夢見が悪く、ぼんやりしていました」
「…そうか。傷は痛むか?」
「大丈夫です。今朝は調子が良いようです」
「ああ。辛いことがあればいつでも言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
気遣わしげな表情のレルゲン。その台詞は既にターニャがこれまでに何度も聞いたものだった。
ターニャは時折困惑を覚える。大して深い縁があったわけでもないのに、どうしてこうも飽きずに彼は世話をしてくれるのかと不思議に思う。
世話になる以上できる限り気は使っているつもりだが、それでもやはり自分は傍に置いていて気分がいい類の人間ではないだろう。
人を楽しませる人柄でもないし、身体の障害以外にもいろいろな事情を抱えている。
一応、建前上の理由は知っている。
年端もいかない少女に過酷な戦いを強いた挙句、その体に深刻な傷を負わせたことに責任を感じていると、かつてターニャが尋ねた際に彼自身が答えた。
まあ、理屈は理解できる。
レルゲンは何度か病床のターニャの見舞いに現れ、ターニャに対して「どうして軍人になったのか」に始まり、様々な質問を投げかけてきた。
その時のレルゲンは妙な迫力を纏っており、ターニャは先日の失言と矛盾を生じさせないために、結局特に隠さなければならない部分を除いて、ほとんど自分の今生の人生すべてを包み隠さず語る羽目になった。
別に同情をひこうなどと考えたことは無いし、嘘をついたわけでもなかったのだが、なるほど我ながら悲劇的なストーリーだったとターニャは思う。
要点は3つだ。
帝国という国と、帝国軍という組織の構造上、ターニャは軍人になるしかなかった。
戦争など早く終わればいいと思いつつも戦いに行かねばならなかった。
攻撃的な態度や効率を最重視する姿勢を見せたのは、ただひたすら「模範的な軍人」であろうとした結果だ。
この話はよほどレルゲンの琴線に触れたらしかった。
その結果、彼はターニャを破滅させんとする参謀本部の陰謀の矛先をどこかに逸らし、しかも軍籍を維持したまま傷病休暇をもぎ取り、行き場の無いターニャを己の家に招いてくれた。
どんなマジックを使ったのかそれとなく尋ねてみたが、レルゲンは「参謀本部は君の卓越した功績をちゃんと評価している」などと嘯くばかりだ。
凄まじい男だ、とターニャは畏怖を覚えたのを記憶している。
しかし、やはりレルゲンもそれ相応のリスクは負ったはずだ。
だいたい、普通に考えれば、彼自身が戦いを命じたわけでもない以上、ターニャの負傷を彼がそこまで深刻に思う必要はない。一人の大人として責任を感じるにしても、ここまで親身にしてくれる理由にはならない筈だ。参謀本部の怒りを鎮めてくれただけでも十分なのに、身を削ってまでその後のアフターケアをしてくれるのはある種異常だ。
恐らく彼自身にしか分からない何らかの理由があるのだろう。
気にはなる。だが、彼から話さない以上、それはターニャから踏み込むべき領域ではなかった。
助けてくれるというのだから助けてもらうまでだ。そこに何の文句も不満もない。
しかし、こうまで親切にされては、本当にこの家にいつまでも居ついてしまいそうだった。
そんな思いから、ターニャはつい不用意な軽口をたたいた。
「あまり甘やかさないでください。一人で立てなくなってしまう」
微笑を添えての言葉だったが、レルゲンは一瞬表情をこわばらせた。
そして、真面目そのものの表情でレルゲンは答えた。
「…その時は、君が立てるようになるまで面倒を見るだけだ」
私はその覚悟の上で君を家に招き入れた。そう言って、レルゲンはカップの残りのコーヒーを飲み干した。
ターニャは、その言葉への答えとして適切な言葉を咄嗟に思い浮かべられなかった。そして言葉を探した挙句、下手な返事をひとつして沈黙した。
自分の冗談のセンスに問題があるのか、それとも彼が深刻に考えすぎているだけなのか。
朝食を食べ終わるまでの間、ターニャは多少居心地の悪い時を過ごした。
ターニャは強い人間なのでこんな優しい言葉を貰ったことがないのではないかと思います。仮にあったとして、かつてのウーガ大尉の「軍を辞めた方がいい」みたいなターニャからしてみれば見当違いな話で、白い目で見返したことでしょう。
しかし、ここにきてターニャは誰かが助けてくれるような都合のいい展開を心の奥底で本当に欲していて、レルゲンはそれを惜しみなく与えようとしています。
キュン…!(ターニャの乙女心が疼く音)
レルゲンさんが何を考えているかはまたいずれ…