遊戯王異伝~史上最後のサイバー流~   作:真っ黒セキセイインコ

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第八話 対立

 閃光が少女を穿つ。それは正真正銘、この決闘を終わらせる一撃となり、静寂に包まれた決闘場に甲高いブザー音を鳴り響かせた。

 勝者は灰髪を腰まで伸ばしたサイバー流の継承者である少女――霧雨紫音。彼女はここの集まった観戦者たちの想像を大きく裏切り、特待生花咲椎奈から勝利をもぎ取ったのだ。

 

「――――ッ……」

 

 気が抜けて倒れそうになるのを紫音はなんとか耐えながら、紫音は対戦相手――花咲椎菜を見据える。本当に強い決闘者だった。もしラストターン、サイバー・エルタニンを引かなければ、もし前のターンにダブル・アップ・チャンスを伏せていなければ、紫音は今頃あの漆黒の魔術師使いに敗北していただろう。

 この気疲れだって、そんな激戦を強いられたからこそだ。しかし今の紫音にあったのは、それだけではない。路地裏での命の削り合いでは、決して感じ得ない爽快感というものが久しぶりに胸の内に感じられたのだ。そして未だにくすぶる闘志も。

 しかし、この決闘がこの感情のうちに終わるものでないことを紫音は気づいていた。

 なんせこの決闘はあのブルーの女子が仕組んだことだからだ。幼い頃からずっと悪意にさらされ続けていた紫音はわかる。あの女子の笑みの下には凄まじい悪意が潜んでいることに。そして、その悪意の矛先が、その時ちょうど居合わせた花咲椎奈にも向けられていることも。

 

(どうする……?)

 

 デュエルアカデミアは己の実力が物を言う場所だ。だからこそ紫音は誰にも負けてやるつもりはないし、陰口を叩かれようが無視をする自信がある。

 だからこそ紫音は勝ったのだ。特待生の称号を持つ強敵、花咲椎奈に。

 しかし、あの女子の狙いが紫音の想像の通りならば、この決闘はどちらが勝っても負けてものちの学園生活に支障が出る可能性がある。

 実際、人間の完成というものは千差万別なのだが、それでも少なからず『厄介な敵意』を抱く人間が出ないとは限らない。それが今まで紫音が表沙汰に出ようとはしなかった理由の一つだ。

 だからといって、見られていた人間である紫音が何かを言えるわけでもない。行動した人間と、行動を人間が同じ考えを持つわけがないように、観戦者たちは勝手に決めてしまう。

 今の『静寂』がそうだった。この耳も痛くなるような静寂は、ここにいる人間が今の状況を飲み込めていないという証明だ。もし誰かが『この決闘は怪しい』といえば、それに染まるその一歩手前なのだ。

 

(今はまだ時じゃない……なら長居はしないほうが懸命ね)

 

 花咲椎奈をどうするか?

 紫音の脳裏にそんな思考が浮かんだが、気にしている余裕はない。この静寂にいるだけでもサイバー流を復興させるという目的にヒビが入るかもしれないのだ。

 別に紫音自身が何を言われても気にすることはないのだが、サイバー流に不利益が生じるならばできるだけそれは避けたい。

 決闘の疲れで座り込んだ花咲椎奈を見て紫音は小さく毒づく。自分が他人を気にしているという事実に微かな苛立ちがあった。そもそも、そんな思考を抱いていること自体が霧雨紫音にとってまず有り得ないことなのだ。

 

「――――――」

 

 思考のさなか花咲椎奈が何かを言ったような気がした。

 しかし紫音にそれを気にする余裕は皆無で、それ以前にこれ以上今まで作り上げてきた『霧雨紫音』に変化を生じさせてしまうことを恐れていたのだ。

 

「…………」

 

 結論、紫音がここでやれることは何もない。やれることはこれ以上の情報漏えいを控えることだ。

 ズキリとしてきた頭痛に耐えながら紫音は立ち上がると、花咲椎奈に背を向けようとして――――。

 

 

「いやー、いい決闘をありがとうなー二人共ー!」

 

 

 よく響く拍手の音と、ひどく気の抜けた明るい声だった。

 全員の視線が声のもとへと集中していく。デュエルリンクの近くに立っていたのは、ハモンイエローの女子生徒だ。

 当の本人は数十人に及ぶであろう視線を全く気にせず、デュエルフィールドの真ん中へとやって来る。

 彼女は立ち去ろうとして固まったままの紫音と、状況をまだ飲み込めていないであろう花咲椎菜に一瞬だけ視線を向けると、胸元から取り出したマイクで盛大に声を上げた。

 

「これにて、この弓塚陽花(ゆみつかひばな)主催の独断デモンストレーションはこれにて終了でーす。皆さん仕込み役の香焼美久里さんと協力してくれた二人に拍手拍手ー!!」

 

 ペコリと弓塚陽花がお辞儀をすると僅かに間を持ってしだいに拍手が広がっていく。

 なんだデモンストレーションだったのか、という声も聞こえるあたり大概の観戦者たちはなんとか納得は出来たらしい。

 唯一、納得していないものといえば、未だにジリジリする視線を向けてくるあのブルーの女子とその取り巻き達と、いつの間にか手伝ったことにされている紫音や花咲椎菜だけだ。

 とりわけ他人に強い警戒心を抱きやすい紫音の視線はかなり冷ややかである。

 そんな疑念を向けられているにもかかわらず、弓塚陽花はそれを欠片も気にせぬように言葉を続ける。

 

「それじゃあ、これにて解散! 夕食の時間は六時やけど一応暗なるまでにまでに寮に戻るようになー」

 

 それが皮切りとなったのか、ポツリポツリと観戦者たちが席を外していく。

 それを見届けた弓塚陽花はマイクを口元から外すと、出口へと歩いていく。そして紫音の横を通り過ぎる際に小さくこう言った。

 

――――今日は助けたったけど、次は気を付けや。

 

 さっきとは明らかに違いすぎる声色に、紫音がすぐに振り向いたが、すでに弓塚陽花の姿は曲がり角へと消えていた。

 あの女といい、花咲椎菜といい、さっきの弓塚陽花といい、この学園には油断ならない人間が多い。そういう結果が紫音の脳に刻み込まれた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 弓塚陽花は小さく息を吐く。

 当たり外すに夕日の赤に彩られ、数刻もすれば夜の帳に包まれるだろう。すでにほとんどの生徒は寮に戻り始めているらしく、弓塚もまたイエローの寮への帰り道だ。

 そして、そんな赤い世界で弓塚陽花は壁に寄りかかるブルーの女子を見つけた。

 

「……“なんで邪魔をするの?”って顔やな。ついでにいつもの取り巻きはとうに帰らせとるようやし」

 

「…………」 

 

 さっきまで圧倒的余裕感で言葉を発していた紫の髪の少女は何も答えない。あるのは中等部ではなかったはずの敵意のこもった視線。

 弓塚陽花は友人だった少女のこの反応に嘆息を吐く。

 

「なんと言うか、今のアンタを“アイツ”が見たらきっとショックを受けるで」

 

「……それで? それがどうしたのかしら?」

 

「いんや、ただ、哀れやと思ってな」

 

 紫髪の少女――――香焼美久里は無表情で弓塚を睨みながら口を開く。

 

「それは、貴女のことじゃなーい? なんせずっと勝てなかったものね、彼に」

 

「……ああ、うん。そうやろうな。あの“カマ野郎”も勝てなかったアイツは、もうここにはええへんよ」

 

 でもな、と弓塚陽花は付け加えて言う。

 

「アイツは帰ってくるよ、絶対。だからウチはアイツに勝つまでは絶対に負ける気はない。そんで、それはあんたもおんなしなんやろう……でもなウチはあんたのやり方は気に食わへん」

 

「それで、邪魔をしたというのかしら? さも私がこの決闘をしくんだように、ね。……なら、決めたわ」

 

 香焼美久里は悪魔のような微笑みを浮かべながら、決定的な意味を持つ言葉を紡ぐ。

 

「これ以上私の邪魔をするというのなら、貴女を徹底的に潰してあげる」

 

「…………」

 

 弓塚陽花の無言に香焼美久里の顔がさらに深い笑みへと変わる。

 ここが分かれ目だった。過去を共にした者同士の決定的な分かれ道。

 そして、この物語の主人公たる少女は知らぬうちに、この争いに巻き込まれることを、この時は知る由ものなかった。

 

 

 




 まず最初に約3ヶ月ぶりの投稿になってしまい本当に申し訳ございませんでした。
 しかも久々に投稿したと思えば3000字程度しかないという体たらく、本当にすみません。
 次回はこんなに遅くならぬように善処させていただきます。

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