遊戯王異伝~史上最後のサイバー流~   作:真っ黒セキセイインコ

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第五話 邂逅

 黒パーカーと改造決闘盤が入ったアタッシュケースを、ベッドの下の格納庫の奥の方へと押し込む。

 とうより少ない紫音の私物はたったそれだけで半分が片付く。後は着替えとカードケースを押し込んで、片付けは終了した。

 小さく息を吐くと紫音は屈めた腰を伸ばし、髪の毛についた同色の埃を払いながら、割り当てられたこの部屋の全貌を眺めた。

 

 ――殺風景な部屋。

 

 それが紫音の最初に抱いた感想だった。箪笥(たんす)は無く、収納スペースもベッドの下ぐらいで、家具と言えば二段ベッドと机だけ。しかも二段ベッドが用意してあるのに、この部屋に同室の人間はいなかった。どうやら紫音だけちょうど一人になるようにあぶれてしまったらしい。

 寂しいという感覚になったわけでない。むしろ一人が好きな紫音にとっては好都合であるわけだが、本来二人部屋であるはずのこの部屋は、どうしても広く寒々しく感じられるのだ。まだ慣れていないというのも確かだが、前まで住んでいた狭いあの部屋に、慣れてしまっていたというのもまた理由なのかもしれない。

 しかしながら、最低辺と言われている割には、結構整った綺麗な部屋とも言えるのは確かだった。むしろ壁にひびが無いだけ紫音が居た部屋よりはずっとましだろう。これ以上に豪華を言われるイエローやブルーがいかほどなものかと考えたらきりが無いような気がした。

 

 部屋に行ったあとは、暫くの間、自由にして良いと栗原女教師は言っていた。学校の施設を見て回るのは各々(おのおの)でするようにというの学校側の意思表示らしい。

 確かにここでは、外ではめったにお目にかかれない巨大なデュエル場や、今日は開いていないがデュエルアカデミアでしか手に入らない限定パックが売っている購買などがある。そのため、下見も兼ねて自由に立ち回れるのはデュエリストにとっては嬉しいのは確かだろう。

 きっと同じようなことを考えた生徒がたくさんいて混んでいるのは間違いない。だが、人混みは嫌いな紫音でも、今回ばかりはそういう決闘者としての好奇心の方が勝った。それにこの部屋でボーっとしているより、外に出た方が気持ち良いだろうというのも本音である。

 そう決めたら紫音の行動は素早い。そんなに中身の入っていない財布と学園支給の携帯端末、同じく学園支給の決闘盤、そしてデッキを持つと部屋に鍵をかけてふらりと外に出る。決闘者たる者、決闘はいつでも行えるように、デッキとデュエルディスクは持ち歩くものだ。

 そうして、ウリアレッドの寮を離れ、最も近い場所だった大規模デュエル場の入口へと辿り着いた。

 

(やっぱり、人が多いわね……)

 

 やはり紫音と同じ考えの生徒は多いようだった。入口にはトイレに行く女子よろしく、幾つものグループがあちこちに見てとれる。どうやら、もう友達などというものを作り出しているらしい。

 

(バカらし……、どうせいつか蹴落としあう癖に、数だけは作りたがるんだから)

 

 別に友達などを作りたくない一匹狼の気質がある紫音は、酷く蔑んだ目で彼らを見た。うわべだけの言葉で繕い、偽善だらけの友情ごっこを演じる。紫音は絶対にそんな寸劇(馬鹿らしいこと)はもう信用したくなかったのだ。

 入口で邪魔ったらしく(たむろ)する幾つかのグループの隙間をくぐり抜けるように迂回する。

 しかし、その時、一人の女子が紫音の進行方向をふさいだ。

 

「あら、たしか貴女サイバー流の方だったわね」

 

 歩みを止めて相手の顔を見る。立っていたのは青い制服――すなわちラビエルブルーの女子だ。

 背丈は女性の平均より高いぐらいで、その高潔さと自尊心の高さを表すような、紫色の髪と瞳はその性格を如実に表しているだろう。

 紫音の無言の肯定に、彼女は艶めかしく笑うと、まるで司会者のように近くにいる生徒たちをまくし立てはじめた。

 

「『私はサイバー流、霧雨 紫音。さっきサイバー流を笑った連中も、サイバー流を罵った連中も見てなさい。私が、いいえ、サイバー流が最強であることをアンタ達に見せてやる』

 な~んてあれだけ仰々しく宣言したのに、最低辺のウリアレッドなんて笑えちゃうわ。一体どこが最強なのかしら?」

 

 彼女の後方に居るおそらく同じグループと思われる生徒たちも、その言葉に顔に嘲りの色を浮かべクスクスと失笑する。

 

「それが何か?」

 

「別に~、ただやっぱりサイバー流って、攻撃力ばかりの脳筋だから弱いのかしらって思っただけよ~」

 

 嗜虐心の塊の様な笑顔で彼女は言う。それは見事な侮辱だ。それも紫音だけでなくサイバー流への。

 勿論、侮辱された側の紫音の胸の内では怒りの炎が燃え上がる。カッとなって目の前が赤くなり、怒りが身体中を駆け回った。

 しかし、紫音はそれを抑え込んだ。これは絶対に買ってはいけない『喧嘩』なのだ。

 紫音に対する侮辱による挑戦。それで紫音の激情をわざと振り起こし、その上で自分が絶対有利に立つための、向こうからの罠なのである。勝ったら負けの。

 これを買ってしまったら、間違いなく向こうは紫音がその弱いという言葉に図星なのだと周りに言いふらすだろう。事実はどうであれ、ああ言う連中はそうしてしまう。

 そうなれば、例え勝ったとしても紫音には『まぐれ』という言葉が張り付いて、サイバー流が最強であることを証明することが難しくなる。 

 それに入学早々問題を起こすのは、さすがに紫音でもしたくは無い。だからこそ、この憤りを今は鎮めるしなかった。

 

「それだけ? なら、そこからどいて。邪魔よ」

 

「あら、怖~い。けど意外ね~。わたし、てっきり簡単に引っかかってくれると思ったんだけどな」

 

 さらりと自分が喧嘩を売ったことを肯定するようにブルーの女子は答える。

 

「……何が言いたいの?」

 

「貴女は今年の新入生の中で、注目されている生徒の中の一人なのよ。そういうわけで、カマを掛けさせてもらったんだけど、喧嘩を売られて買わないなんて、期待はずれね~、サイバー流の決闘者って」

 

「……そんなに――――」

 

「?」

 

 鎮めた怒りがまたも燃え盛る。こちらを誘いこむ罠だとしても、もうここが限界だった。

 紫音にとってサイバー流への侮辱は三度まで。それ以上は許せない。

 そんなに言うのなら見せればいい。そんな獰猛な感情が噴き出す。さっきの冷静さも、もはや存在しない。そして、もう止める意味も見出せなくない。

 もう喉元までせりあがった言葉は、もはや止めることはできず、気付いた時にはもう口から飛び出していた。

 

「――――そんなに言うなら買ってやるわよ。アンタの喧嘩っていうのを」

 

 紫音の言葉にブルーの女子は、その口角をさぞ楽しそうに歪めた。

 紫音は持ってきていたデュエルディスクを腕に装着しデッキをセットすると、辺りには騒ぎを聞きつけた生徒たちが集まってきていた。

 正に一触即発の空気。

 いつ決闘が始まるかもしれない中、とうとうブルーの女子が言葉を発した。とんでもない発言を。

 

「――――ごめんね~! 私、デッキを忘れちゃったのよね~」

 

 思わず『はぁ!?』という声を漏らしていた。野次馬達の心境も同じらしく、困惑の面持ちである。表情を変えていないのは、あのブルーの女子とその後ろに控える者たちぐらいだ。

 一体、この女は何を考えているのだろう。紫音は信じられなかった。あれだけ喧嘩を売っておいて、デッキを忘れたなど、一体どういうことなのだ。

 そんな紫音の心境を知ってか知らずか、ブルーの女子はまたクスクスと笑う。

 

「いや~ね、貴女の話は有名でね~、気になったから、ちょっと遊んでみたかったのよ」

 

「それで、あそこまで言っておいて、デュエルは無しだと言うの?」

 

「ええ。でも――――」

 

 ブルーの女子が辺りを見渡す。紫音と彼女の口論は、多くの生徒を呼び寄せていたようだ。

 勿論、決闘が行われると見て、それを観戦しようと近づいてきたのだろう。しかしながら、さっきの発言により、そのすべてが困惑を顔に浮かべ、至極残念そうな顔をしている。

 そして、その野次馬達の中の一点を見つめると、ブルーの女子は玩具を見つけた子供のように笑みを深くした。

 

「せっかく集まってくれた周りの人たちには悪いから、代役を『彼女』に頼もうかしら」

 

 そう言うと彼女はその一点に人差し指を向ける。全員の視線がそこに集中し、地割れの如く人垣が割れて行く。そして、その彼女は立っていた。

 嗜虐的に微笑む少女と同じ青い制服を着込み、紫音の中途半端な灰髪とは全く違う、綺麗で純粋な黒髪の少女。

 名前は知らない。ただし、一度だけ会ったのは覚えていた。霧雨紫音としてでは無く、黒パーカーとして、あの路地裏を訪れた時、彼女は光を背に現れた。

 

「――――ねぇ、特待生の花咲椎奈さん」

 

 数多の視線の元、花咲椎奈は呆然とした表情で立っていた。

 




 すみません、更新がまた遅れました。
 次話はもう少し早く仕上げられるように努力します。

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