遊戯王異伝~史上最後のサイバー流~   作:真っ黒セキセイインコ

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第四話 入学

 部屋は住む人間によって変わるという。例えば綺麗好きな人間が使えば物がよく片づけられた部屋になる。そして、その逆もまたしかり。

 

 その部屋はまるで超高級ホテルのスイートルームに匹敵するほどの存在感があった。赤いカーペットには塵の一つもなく、さらりと見回して目に付く棚には、世界各国を渡り歩いてもなかなか手に入れることもできないであろう伝説級の名酒が鎮座している。

 しかし、これが住むための部屋では無く、仕事場としての部屋だと言えばその利用者がどれほどの権力を持つ人間なのか嫌でもわかるだろう。

 そして、そんな異常なまでの雰囲気の部屋で、その雰囲気にそぐわない声が上がった。

 

「一体、これはどういうことですか!? 鳳城(ほうじょう)理事長」

 

「『どういうこと』とは、どういうことかね、桐花(きりはな)君?」

 

 声を荒げながら、目の前の人物に疑惑の目を向けるのが、桐花と呼ばれた男。そして、そのあらぶる桐花を冷めた目で眺めるのは、この部屋の持ち主である鳳城と呼ばれた老人だった。老人といっても、その風格や眼光は怒れる桐花よりもさらに強く、正に『魔王』とも言うのならこの男のために存在するような言葉であろう。

 魔王の男はグラスに注がれた真っ赤な赤ワインをくいと飲み干しながら、桐花を哀れな子羊でも見るかのように笑みを浮かべていた。

 

「私が担当した『彼女』のことに決まっているでしょう。何故彼女があのクラスになっているのか、考えられるとしたら貴方しかいません。

 こんなことをして、もしマスコミに嗅ぎつけられたらどうするのですか!?」

 

 彼女。それは桐花が試験官として、実技試験を行ったとある少女のことだ。自分を三ターンで下した相手がとあるクラスに配属された。そんなことを誠実で愚直な桐花は絶対に納得できないのである。

 たとえ、相手が理事長といえど、桐花にとっては不正を働いた人間。だからこそ彼は魔王の前に立った。

 しかし、意外にも魔王は自分に縦突いた愚かな桐花に、怒りを見せるどころか逆にさらに笑みを深くする。

 

「ああ、そのことか」

 

「そのことか、じゃありませんよ」

 

 間髪いれずに桐花は鳳城を問い詰める。しかし、鳳城はまたも笑みを崩さずに言った。

 

「儂はな、見てみたいんじゃよ。翼をもがれた龍がどのようにして、天へと昇るのか、それとも、地を這いつくばったまま堕落に生きるのかをな」

 

 この時、魔王には何も言わせぬほどの気迫があった。これでも結構は長く生きてきた桐花でも何も言えず、ただ魔王の言葉を待つのみだ。

 

 

「――――それにな、あの少女ならスタート地点が何処であっても変わらんよ。本当に最強を目指すのなら、なおさらな」

 

 

 音が消えた部屋で、どこからか竜の嘶きが聞こえた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

『ですから、ここ、デュエルアカデミア・ドミノ校では――――――』

 

 晴天。雲もなく青く晴れ渡る午前十時の空のもと、(デュエル)(アカデミア)(ドミノ)の体育館では編入生達の入学式を、ドミノ校の学校長、浅間 哲也の長ったるくありがたいお言葉と共に行われていた。

 デュエルアカデミアの入学式は9月という日本では少々暑苦しい時期に行われる。そのため、現在入学式の行われているこの体育館には冷房設備が備え付けられているのだが、これから始まる学園生活に対する期待を膨らませる総勢300人を超える入学者達が放つ熱気の前では、もはやその冷気を感じることも難しい。

 しかしながら、御歳62歳を迎える学校長の貫禄あるお言葉に催眠効果でもあるのか、それとも長ったるい話に飽きてきてしまったのか、はたまたその両方なのか、熱いにもかかわらずパイプ椅子に座る入学者達の何人かは座ったまま舟を漕いでしまっている。

 

 そんな中、霧雨紫音は学校長の話も碌に聞かず、周りから向けられる視線に気を向けていた。

 紫音が着ているのは赤いブレザー型の制服だ。かの有名な伝説をいくつも残したデュエルアカデミア本校に封印される3枚のカードの一体、《神炎皇ウリア》を模したかのような紅蓮の制服は紫音の灰髪によく映えている。しかし、それはどちらかといえば良い方の意味では無い。

 この学園において赤い制服を着る生徒、すなわち【ウリアレッド】にはレッドゾーン(危険域)という意味合いがある。危険域と言ってもその身に危険が降りかかるわけではないが、代わりにその危険が現すのは【劣等生】という言葉だ。成績や行動次第では退学もありえるとでも言えば、危険という意味がわかりやすいだろう。

 そのうえ、常人ではまずあり得ない灰髪で、しかもサイバー流最後の継承者であることを実技試験の時に堂々と宣言した霧雨紫音に奇異の視線を向けない者などいないわけが無い。

 それに、その視線に含まれるのは言うにも及ばずサイバー流に対する差別的なものだ。多少、いやほとんどが紫音を小馬鹿にするかのようなものであることは言うまでもない。

 

 アカデミアの生徒の制服は三つのクラスで分けられているのもまた理由である。中等部から高等部に上がる時に優秀な成績を残した者が入る三幻魔の最上位、《幻魔皇ラビエル》を象徴とする【ラビエルブルー】。中等部からの繰上りや入学試験で優秀な成績を残した者の入る三幻魔が一体、《降雷皇ハモン》を象徴とする【ハモンイエロー】。そして、紫音の着る真っ赤な制服――――ウリアレッドの制服の生徒は差別的な目で見られることが多い。

 ただし、これに関しては正しいと言えるのが確かだ。実力社会は人を進化させる。露骨な位制は不満を滾らせ上位を喰らう力となる。そして上位は下の者に喰われぬように精進する。これは実によくできた体制である。

 現状がいやなら上を跳ね除けてでも頂点に立てば良い。そもそもこの学園の生徒の大半が目指すプロデュエリストは実力の世界だ。

 

 唯一、不思議なものといえば実技試験でワンショットキル――1ターンで相手のライフを削りきること――をやってのけたうえ、筆記試験で一番の成績を収めた紫音がウリアレッドに属されたことだ。

 これに対し紫音は三つの仮説を立てている。一つは非常に馬鹿らしいことだが、サイバー流への差別。今の時勢ではおかしくは無いことだが、仮にも教育機関であるデュエルアカデミアがそんなことをするとは思えない。

 二つ目は何者かによる意図的な操作。だがこれはどういう意図でそれをやったのかが想像もつかない。そもそも、そんなことをできる人間はよほど地位の高い物でないとありえない。先に言った理由も考えるとさらに可能性は低い。

 三つ目はまずあり得ないが、試験結果が悪かった。またはそれだけ他の受験者のレベルが高かったなどという可能性も無いとは言えない。とはいえ、紫音が見るに試験会場にはそれほど光る者は居なかったし、ライフを払い過ぎたと言えば神の宣告などを誰も使えないということになる。

 

 ――――と、言っても現状、紫音はウリアレッドに配属されたということを毛ほども気にしていない。紫音の目的はデュエルアカデミアに入学し強くなることだ。つまり始まり(スタートライン)など何処でもいいのである。

 そして、自分に向かってくるこの視線。幾つもの悪意や嘲笑、明確な敵意。それがあればデュエルの相手などいくらでも現れる。紫音を弱者と見なし圧倒的優越感に浸りたい者達や、サイバー流事態を毛嫌いしている連中などが。

 それに幼少時より悪意を向けられてきた紫音にとってはその程度、どこ吹く風でしかない。それらがあって自分が強くなるなら都合も良い。それらを踏みつぶし、力で分からせるだけである。

 

――――掛かってきなさいよ。私は逃げも隠れもしない。全力で潰し回ってやるわ。

 

 己に向かう視線にそう心の中で訴え、紫音は煮え滾る勝利への衝動を抑えながら、これから始まる学園生活に思いをはせた。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 その後、学校長の演説はさらに続き、最終的には他の教師に止められるまで続いた。さしもの他の教師達もただでさえ忙しいこの時期に、長話を延々と続けられるのは誰だって嫌だったらしい。

 

 なにはともあれ現在紫音達一年生はこれから住むことなる寮への移動中だ。先に荷物は送られているらしくどの学生もその手に荷物は無いため、涼しい顔で周りの者たちと談笑に興じている。ここにいるのは女子だけなので、(かしま)しいとはまさにこんなことを言うのだろう。

 そして、その中で紫音は完全に孤立していた。話しかけてくる者など一人もおらず、その代り彼女に向けられるものといえば、嘲笑や話のネタとしての注目ぐらいだ。

 早速の芳しい御挨拶。普通の学生ならば少なからずショックを受けるだろう。しかし、そういうことにすでに慣れている紫音にとってみれば、一人になれるので逆にちょうど良いとも思っているほどだ。

 

 女子寮と男子寮は勿論のことだがかなり離れている。そしてクラスによって、また寮の場所や内容は大きく変わる。例えばラビエルブルーは比較的過ごしやすい場所で、校舎にほど近く絢爛な作りの建物となっている。中間あたりのハモンイエローはラビエルブルーには劣るが、普通にまともな生活が送れる場所だ。

 そして、ウリアレッドといえばアカデミア本校で噂の【オシリスレッド】レベルとまでとはいかない物の、校舎からは遠く一昔前のボロマンションとでもいえるだろう。ゴキブリぐらいなら平気でいそうではある。

 それを見た他の女子たちが落胆の声を上げ肩を落とした。普通の暮らしを送っていた女子は、やはりこう言う場所に住むのはキツイ物があるらしい。

 

「荷物はすでに部屋に届けてあるので、あとは寮担当の教師に従ってください」

 

 一方、一年生たちを牽引した女教師は事務的に告げると、落胆する女子たちに何も言うことなくその場を後にした。毎年けん引をしているのであれば、もう見慣れた光景となっているのかもしれない。

 そして、女教師と入れ替わるように寮から現れたのは、スーツをだらしなく着込む女教師だ。そのだらしなさと言ったら、さっきのスーツをきっちりと着込み、知的なメガネをかけたあの女教師とは全くの対極とも言えるだろう。

 

「わたしはこのウリアレッドの寮監、栗原(くりはら) 千鶴(ちづる)だ。このクラスで落ち込んでいる者もいるようだがそう落胆することはない。成績次第ではすぐに格上げとなるとなるだろう……」

 

 棒読みで極めて事務めいた言葉の羅列し終えると、栗原女教師はふーっと息を吐いた。どうやら、そういう真面目な話が苦手なようであるらしい。彼女は手に持つ何かが書かれた紙を、クシャっと丸めてポケットにかたずけると気だるそうに言った。

 

「まぁ、堅っ苦しい話はここまでにして、()()()()()『おめでとう』と言っておこう。これから君たちは晴れてデュエルアカデミアの生徒だ。

 ……成績次第では退学という言葉に怯える者もいるだろうからこれは言っておく。それなら『抗え』、この場所は勝者こそが正義だ。それも分からない者はただ堕落あるのみだぞ。

 そして、もう一つ、弱者は帰れ」

 

 威圧、いや品定めをするような眼。ゴクリと、生唾を飲み込む音が数人の生徒が鳴らす。

 これがデュエルアカデミアの教師。これがデュエルアカデミアの存在感。少なくともただただ楽しいデュエルだけを送っていた人間では、絶対に出来ない眼だ。

 女子生徒の大半がその双眸にうろたえる中、紫音は内心、獰猛な笑みを浮かべていた。

 最強になることを目指すなら、このほうが逆に良いのだ。

 

「それでは、校長先生のおかげでもう昼だ。君たちも空腹だろう、寮分けは昼食の後にする」

 

 学校長の話は長かったのは確かだ。実際、紫音の後方の女子生徒からはヤジのように腹の虫が鳴っている。それが聞こえたのか定かではないとして、栗原女教師はニヒルな笑いを浮かべる寮の入り口のドアノブに手をかけた。

 

「ようこそ、ウリアレッドへ」

 

 促され入ると寮内は外の外見と違い、意外にも整えられていた。とは言っても学校のパンフレットに載っているような豪奢なものではなく、和風の古い家屋とも言えば良いだろう。それでも紫音にはこの間、引き払ったばかりのあのアパートの惨状に比べれば幾分にも増しに思えた。

 しかし、そう感じたのは紫音ぐらいなようである。ここに来た女子生徒達の中には、比較的金持ちの多いトップスに住む様なお嬢様は居ないのだが、それでもシティ暮らしの年頃の女子はこう言う場所に免疫が無いらしく、食堂に続く廊下を行く中、時折ヤモリでも見つけたのかキャッと言う悲鳴が上がる。どうやら談笑をしている暇もないようだ。紫音に向けられていた視線ももはや存在していなかった。

 

 そして、その後の昼食といえば推して知るべきものであろう。サイバー流の紫音に近付く者などいるわけが無いのだ。しかし、その後、その一日が非常に長くなることと、意外な出会いがあることを紫音は知る由もなかった。

 

 


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