遊戯王異伝~史上最後のサイバー流~   作:真っ黒セキセイインコ

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第三話 進化論

『デュエル!』

 

 少女とスクラップ使いのデュエルが始まる中、紫音と『ニット帽』のデュエルは始まった。別に紫音は少女を心配するそぶりは見せない。そもそもデュエルを受けると言ったのは、あの少女なのだから一人は倒せというのが紫音の考え方だ。そして、先攻は男B。普通のデッキなら多少不利なものだが、後攻に動くことが得意な紫音のサイバー流のデッキではむしろ好都合とも言える。

 ただし、この場合は相手がどう動くかに限るが。

 

「オレのターン、ドロー! オレは《レスキューラビット》を召喚」

 

レスキューラビット 星4/地属性/獣族/攻 300/守 100

 

 ニット帽の場にヘルメットを被り首に無線機をかけた可愛らしいウサギが現れる。しかし、その愛らしい見た目に反し、その効果はかの有名な『レスキューキャット』を彷彿させる凶悪な効果を秘めているため油断ならないモンスターである。

 

「オレはレスキューラビットの効果を発動! このカードを除外しデッキから同名の通常モンスター二体を特殊召喚する。オレは《セイバーザウルス》を二体を特殊召喚する!」

 

セイバーザウルス 星4/地属性/恐竜族/攻1900/守 500

 

 レスキューラビットが無線機で何処かと連絡を取る演出を成され姿を消すと、何処からともなく剣のように鋭く光る角を持つセイバーザウルスが現れた。ここがレスキューラビットの厄介なところだ。召喚時や効果発動時にその効果を無効にできなければ、二体のモンスターの召喚を許してしまう。

 1900という攻撃力は通常の下級モンスターの中ではかなり高い数値だ。しかし、攻撃の出来ない先攻ではその高攻撃力も生かしきれない……が、これは単に高攻撃力のモンスターを呼び出したわけではないのだ。いや、むしろこの後からもっと厄介な物が現れることとなる。

 

(恐竜族が二体……、ということは来るわねアレが……)

 

 紫音が静かに分析する中、ニット帽は余裕を見せつけながらさらに動きを見せた。

 

「見せてやるオレの切り札をなぁ! レベル4、恐竜族のセイバーザウルス二体でオーバーレイユニットを構築! エクシーズ召喚! 《エヴォルカイザー・ラギア》!」

 

エヴォルカイザー・ラギア ランク4/炎属性/ドラゴン族/攻2400/守2000

 

 セイバーザウルスが光の球となり、突如生じた穴に吸い込まれ爆発を起こすと、爆煙のなかより光り輝く竜が現れた。異常なほど青白く透き通るような皮膚、赤く輝く眼、先がすきとおりその内にDNAの鎖が輝く尾を持つ遺伝子の竜が三対の翼を羽ばたかせながら天高く咆哮し場を威圧する。

 その周りをセイバーザウルスが変容した二つの光球が旋回していた。

 

 エクシーズモンスター。つい数年前に()()()導入された新しい召喚方法である。

 二体以上のモンスターを素材にしエクストラデッキより特殊召喚されるという点は融合やシンクロとは似ているだろう。しかし、このモンスター群は素材となったモンスターを自らの効果発動のキーとして戦う、シンクロや融合とは明らかに異質な特性を持っているのだ。

 もちろん召喚につかったモンスターを効果発動のために使用するため、その効果の使用回数は限られてしまうが、大概の者が強力な効果を持っているうえ、それを回復させるカードを用いれば凶悪な効果を何度も使用されてしまう。その上、レベルをではなく『ランク』というレベルとは違うものを持つために、レベルに関するカード効果は一切効力を成さないという特性まで持っているのだ。

 

 エヴォルカイザー・ラギア。エヴォルという名のカテゴリーのまさしく帝王という名にふさわしい強力な効果をもつ。そして、恐竜族が主体のデッキならば素材がそろえば簡単に召喚できるため、まさしく恐竜族の切り札と称されるにふさわしいものだろう。

 ……恐竜族を使って召喚する割に、ドラゴン族というのには些か疑問はあるが。

 

「さらにオレはフィールド魔法、《バーニングブラッド》を発動。カードを二枚伏せターンエンドだ」

 

エヴォルカイザー・ラギア 攻2400/守2000→攻2900/守1600

 

 フィールドが煮えたぎるマグマが流れ出る火山へと変わり、男Bがターンエンドを宣言する。フィールド魔法はフィールド全体に効果を及ばす魔法カードであり、バーニングブラッドは炎属性をサポートするフィールド魔法だ。そして、自らの得意なフィールドに変わったためなのかエヴォルカイザー・ラギアはその攻撃力を上昇させた。

 

「……ドロー」

 

 エヴォルカイザー・ラギアが初手に現れたのは少々痛い状況だった。あのカードは一回だけとはいえ強力なカウンター罠、神の宣告に等しい効果を持っている。そのため紫音のサイバー流とは相性が悪いのだ。それにフィールド魔法の効果でその攻撃力は2900まで上昇させられているため、少し厳しい状況である。

 

(今の手札じゃこのターンにあのカードを倒すことはできないか。……でも放っておいたら放っておいたで、()()が来るのは十中八九間違いない)

 

 ニット帽のデッキはどうやら恐竜族主体でエヴォルカイザー・ラギアが切り札とするデッキ、所謂《兎ラギア》と呼ばれる物だろう。紫音は数少ないが男が使ったカードでそう判断する。

 ならば“あのカード”が出てきてもおかしくない。あのカードエヴォルカイザー・ラギアがそろってしまったら紫音の動きはかなり制限されてしまうだろう。

 ……とは言ってもさっきの通り、紫音の手札にはエヴォルカイザー・ラギアを倒せるカードは無い。そのため、今できるのは次の自分のターンへの布石と被害を最小限に防ぐための行動のみだった。

 

「……カードを三枚セット、そして《カードカー・D》を召喚」

 

 紫音の場にカードのように薄い青く塗装されたスポーツカー、カードカー・Dが現れる。エヴォルカイザー・ラギアの効果は通常召喚にも対応はしているが、ニット帽が効果を使わせることは無かった。それを確認すると紫音はカードカー・Dの効果を起動させる。

 

「……カードカー・Dの効果、召喚時自身をリリースすることで二枚ドローできる。そして、カードカー・Dの効果によりターンエンド」

 

「ハン、威勢が良かった割にはその程度かぁ。オレのターン、ドロー! オレは《ジュラック・グアイバ》を召喚」

 

ジュラック・グアイバ 星4/炎属性/恐竜族/攻1700/守 400→攻2200/守 0

 

 男の場に炎のように燃えるトサカを持つ恐竜が現れる。炎属性の恐竜族で構成された『ジュラック』と呼ばれるカテゴリーのモンスターの一体だ。

 効果はモンスターを戦闘破壊した時、デッキからジュラックという名のついたモンスターを特殊召喚できるというもので、そのターンには攻撃することはできないがモンスターの展開を助け、自身も呼び出せるために強力な効果である。

 しかし、紫音の場には現在モンスターは居ないため、その効果も今は意味がないはずだが、男の顔からはその下卑た笑みははがれ落ちないのを紫音は見逃がさなかった。

 

「さらに俺はセットしてあった《おジャマトリオ》を発動! このカードの効果によりテメェの場におジャマトークンを守備表示で三体特殊召喚する!」

 

『いや~ん』

 

『うふ~ん』

 

『あは~ん』

 

おジャマトークン×3 獣族・光・星2・攻0/守1000

 

 紫音の場にブリーフ一丁の形容しがたい緑、黄、黒の生き物が現れる。そいつらは爛々と輝く眼で紫音を見つめるとウインクをした。その気持ち悪い見た目の割に効果は意外と強いカードだ。

 ……が、それでもやはりキモいものはキモい。伝説の決闘者(デュエリスト)の一人でもある『万丈目サンダー』こと『万丈目 準』が主軸として使ったカード達であろうと気持ち悪いことこの上ない。

 自分の場の燦々たる惨状に紫音は若干身震いした後、この厄介な状況をよく判断した。

 おジャマトークンは破壊されたときに300ポイントのダメージを与える。そのうえ男の場にいるジュラック・グアイバはモンスターを戦闘破壊することさえできれば、後続を呼ぶことができるため非常に相性のいいカードだ。しかも、このままではトークンが一体だけが紫音の場に残り、紫音のサイバー・ドラゴンの特殊召喚を文字通り邪魔してしまうだろう。

 

「バトルフェイズ! ラギアとグアイバでトークンにそれぞれ攻撃!」

 

「エヴォルカイザー・ラギアの攻撃宣言時、リバースカードオープン、《聖なるバリア―ミラーフォース―》」

 

 紫音の場に光り輝く聖なるバリアが現れる。本来ならばその効果により相手フィールド上の攻撃表示のモンスターをすべて破壊するが、その効果発動を黙って見届ける男ではない。

 

「ラギアの効果だぁ! オーバーレイユニットを二つ取り除き、ミラーフォースの発動を無効にする。やれ、進化王の咆哮!!」

 

 最強と謳われる(トラップ)カード、ミラーフォースといえども発動を無効にされたのであればもはや壁にもならず、オーバーレイユニットを二つ消費したエヴォルカイザー・ラギアの咆哮によりいともたやすく砕かれた。

 しかし、強力なカードが無効化されたのに対し、紫音は別に驚くことも落ち込むこともなかった。これによりエヴォルカイザー・ラギアの効果は無くなったのだ。あまり仕事をしないと言われまくるミラーフォースでもオトリにはなってくれたようである。

 そして、攻撃は続行される。紫音の場のおジャマトークンが男Bの場のモンスター達の攻撃によって、文字通り消し飛ばされた。

 普通なら守備表示のモンスターが破壊されても戦闘ダメージはない。しかし、先程論じたとおりおジャマトークンはバーン効果を持つため、紫音は合計600ポイントのダメージを受けることになる。

 

「……っ!」

 

紫音(黒パーカー) LP4000→3400

 

 紫音の身体に突然電流が走る。改造デュエルディスクに備わったペナルティ機能である。ダメージを受ける度にプレイヤーへ電気を流す仕組みは、実に裏のデュエルらしいと言える。

 

「グアイバがモンスターを破壊したことにより、グアイバをデッキから召喚する。どうだぁ? 電流の痛みはよぉ! 痛すぎて意識でも飛んだかぁ?」

 

「……その程度……」

 

「ああ?」

 

「……その程度で終わり?」

 

 霧雨紫音は電撃を身体に流されたはずだ。しかし、彼女の声はその時走ったであろう苦痛を感じさせない平坦な声を出している。いくら600程度のダメージとはいえ、デュエルディスクから流れる電流は人が喋る機能や思考をほんの一時的でも狂わせるはずなのだ。しかし、紫音の言葉や動作からそんなものは見受けられない。

 男は紫音が電流で苦しむさまを、さぞ見たかったのだろう。ただですら醜悪な顔を露骨にゆがめていた。

 

「……チィッ、面白くねぇ奴だ。オレはこのままバトルフェイズを終了し、メインフェイズ2で二体のジュラック・グアイバでオーバーレイユニットを構築。なんなら見せてやるよ。もう一体の切り札をなぁ! エクシーズ召喚! 《エヴォルカイザー・ドルカ》!」

 

エヴォルカイザー・ドルカ ランク4/炎属性/ドラゴン族/攻2300/守1700→攻2800/守1200

 

 現れたのはエヴォルカイザー・ラギアと同じように不自然なほど白い体色を持ち、ノコギリのような歯を覗かせた巨竜だった。巨竜はエヴォルカイザー・ラギアの隣へ立つと立つとその威容がよくうかがえる。

 そして、それだけでも壮観な光景だが男の行動は終わらなかった。

 

「さらにオレは手札から《オーバーレイ・リジェネレート》を二枚発動! このカードはフィールド上のエクシーズモンスター一体のオーバーレイユニットになる。オレは二枚ともエヴォルカイザー・ラギアのオーバーレイユニットにする。これでターンエンドだぁ! 最後の自分のターン、さぞ大事にしな」

 

 紫音が想定しうる最悪のパターンだった。せっかく消費させたオーバーレイユニットを回復したエヴォルカイザー・ラギアと、天罰と同等の効果を二発分持つエヴォルカイザー・ドルカ。この二体がそろってしまったのだ。

 しかし、その中で紫音は以外にも冷静なものであった。確かに危ない状況だがそれでも紫音はあきらめることはない。このターンのドローにかける、それのみだった。

 

「……ドロー。セットカードを起動。魔法カード、《ブラックホール》」

 

「セットしてあった魔宮の賄賂を発動! ブラックホールの発動を無効にして破壊する。どうやら、ラギアのオーバーレイユニットを消費させようとした見てぇだが残念だったなぁ」

 

 フィールドの現れた黒い渦がフィールド上のモンスター達を飲み込もうとした時、男Bの発動した魔宮の賄賂によって阻まれ消滅した。

 エヴォルカイザー・ラギアの効果を消し去ろうと打ったブラックホールは無駄打ちとなってしまったが、紫音は別に気に留めることなかった。そのことに対し無関心な様子で魔宮の賄賂の効果によりカードをドローする。ブラックホールはセットしてあったがために手札は減っておらず、むしろ増えたのは紫音にとってはうれしいものだった。

 

「手札から《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚」

 

プロト・サイバー・ドラゴン 星3/光属性/機械族/攻1100/守 600

 

 サイバー・ドラゴンとよく似たモンスターが現れる。しかし、サイバー・ドラゴンの試作品だからなのかその攻撃力は低い。

 

「フィールドでサイバー・ドラゴンと扱うモンスターか。面倒だが、まあいい。ほっといてやるよ」

 

 勝利を確信した男が顔をさぞ嬉しそうに歪ませる。所詮、攻撃力1100のモンスターが出ただけ。確かにこのカードを潰しても紫音の動きは変わらない……が、次の紫音の行動で男Bは致命的なミスを犯すことになる。

 

「……手札から《融合》を発動」

 

「させねぇよ。行けラギア! 進化王の咆哮! テメェがサイバー流だって言うのは割れてんだ。通すわけねぇだろ」

 

 そう、男はこの時ミスをした。この時、エヴォルカイザー・ラギアの効果を使ってしまったことが全てを分けてしまったことに。エヴォルカイザー・ラギアがいる限り大丈夫だと、紫音の手札の数も見ずに使ってしまったのだ。

 

「……この程度で終わりだと思った? そう思ったのなら、もうアンタに勝利の可能性はない」

 

「ハッ、なぁに言ってんだか。オレの場には攻撃力2800以上のモンスターが居るんだぜ。ラギアの効果はもう使えねぇが、ドルカの効果は残っている。テメェがどんな強力な効果を持つモンスターを召喚したって、勝ち目なんかねぇよ」

 

 未だに自分が勝つことを揺るがぬものと考えているニット帽。ある意味それはデュエリストらしいとは言える。最後まで自分の勝利を疑わないのは正しいことだ。……しかし、その慢心が全てを分けてしまった。

 

「……なら、勝手にすればいい。手札からパワーボンドを発動。手札のサイバー・ドラゴンとフィールドのプロト・サイバー・ドラゴンを融合。融合召喚、サイバー・ツイン・ドラゴン」

 

 紫音の後方に突如、パワーボンドによって生じた巨大な渦が現れ、それが収縮するとその竜は現れた。紫音のエースモンスターの一体サイバー・ツイン・ドラゴンの顕現である。そして、その攻撃力はパワーボンドの効力によりさらに上昇した。

 

サイバー・ツイン・ドラゴン 星8/光属性/機械族/攻2800/守2100→攻5600

 

 その光景は奇しくも男Bの相棒――スクラップ使い――と戦った時に似ている。男Bはそれを悟ったのか、そしてサイバー・ツインの効果を知っているのか、その瞳孔を限界にまで広げながら途切れ途切れに言った。

 

「まさか……、最初から、揃って、やがったのか?」

 

「……いいや違う。さっきのドロー。それですべてが揃った。あとはアンタの判断ミス」

 

 正確には男が発動した魔宮の賄賂の時、その効果によりドローした時にそれは揃った。そして、紫音はあえて賭けに出たのだ。もしも相手が融合を無効にしなかったら、紫音が召喚したのはサイバー・エンド・ドラゴンであり、男はこのターンに敗北することは無かった。

 完全なる判断ミス。それが男が今、敗者になろうとしている簡単な理由である。

 

「ま……、待ってくれ! オレが……、オレ達が悪かった。だから見逃してくれ。もう何もしねぇから……」

 

 もはやプライドも減ったくれの無い状態に男は陥っていた。無様に鼻水を垂らしながら自分に襲いかかる痛みを回避しようと躍起になる。もしも良心のある人間ならば見逃してくれたかもしれない。自分達がさんざんやってきたことは上手いこと無しにして。

 ――――が、霧雨紫音にそれを言っても意味はない。何せ霧雨紫音は善人でも悪人の()()()()()()()、人間であるからだ。

 紫音は男に冷たい視線を突き付けながら言った。

 

「……会ったことを後悔すれば。バトルフェイズ、サイバー・ツインでエヴォルカイザー・ラギアとエヴォルカイザー・ドルカを攻撃。エヴォリューション・ツイン・バースト!」

 

「ひっ……」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴンのアギトから青白い光線が発せられ、二体の遺伝子の竜へ迫る。フィールド魔法バーニングブラッドにより強化された二体の竜だったが、攻撃力5600には塵にも等しく青白い閃光の中でただ消え去った。

 

「おぼっ、おっばぼばばっばぁあ……!」

 

男B ライフ4000→1200→ 0

 

 男は声にならない叫びを上げながら汚い地面を転げ回り、やがて気絶した。そしてそれとほぼ同時、少女の方でもデュエル終了のブザーが鳴り響く。立っていたのはあの少女だ。

 ――――があっちのデュエルは違法デュエルディスクのデュエルではないために、スクラップ使いはいまだに健在でこちらで相棒が敗北したのを確認し口をパクパクとしながら、瞬間、顔を激怒の赤に変えた。

 

「相棒がやられただと……! こうなりゃ、テメェ等逃げ切れると思うんじゃねェぞォ!」

 

 やはりの行動だった。いや相手が己と同じくらいの背丈なら、諦めて逃げかえっていただろう。

 しかし、黒パーカーを着て顔のうかがえない紫音を含め、あの少女や少年の体格ならば簡単に捕まってしまい、地獄人生まっしぐらの未来となる。

 だからこそ、こう言うことが予想できていた紫音はスクラップ使いが動くより先に動いた。動いたと言っても懐からある物を取り出し、下へ投げつけただけだったが、それより真っ白な煙を放出し、路地裏は白い煙に覆われる。紫音が投げたのは所謂煙玉だったのだ。

 そして、全てが覆われるより先に紫音は駆け出した。男の隙をつき真横を通り――男が追ってこれないよう足払いで転ばせるのを忘れずに――少女と少年のもとへと到達する。

 

「……ここから離れる。死にたければ残っていればいい」

 

 無論、少女達の答えは当たり前のものだった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 曲がりくねった路地裏を右へ左へ何度も曲がりながら走り続けるとやがて、彼女達は表通りへと飛び出した。表通りといっても人通りは疎らなものだったが、あの息苦しい路地裏から出れたというだけでも肺が新鮮な酸素を求めて激しく暴れ、安心感により少女と少年はぺたりと地面に腰を付けた。

 後ろの路地裏の入口からは男がおってくる気配はない。どうやら、うまく撒くことができたらしい。

 それを確認すると少女は息をやっと整え、黒パーカーへと礼を述べようとした。しかし――、

 

「あれ……? あの人は……」

 

 そこに黒パーカーの姿はなかった。確かにさっきまで一緒に路地裏からぬけて来たはずなのに、煙のように居なくなっている。

 

「ほ、本当だ。あの兄ちゃんがいない……何処にいったんだろ?」

 

 隣で少年が喘ぎながら答える。……少しあるものを間違えてしまっているが。

 兎にも角にも黒パーカーは何処にもいない。確かに得体のしれない人間だったが、礼の一つも言えなかったのはやはり歯がゆい。

 

「そういえば、あの兄ちゃん。サイバー流みたいだったけど、皆が言うみたいに悪い人そうじゃなかったよね?」

 

「そうですね。今度、会えたら一緒にお礼を言いたいです」

 

 何となくこの時、少女――花咲 椎奈(はなさき しいな)は近いうちにあの黒パーカーと会うような気がした。そう、本当近いうちに思いがけぬ場所で。

 

「じゃあ、とにかく今日は帰りましょう。皆が待ってますよ」

 

「うん」

 

 花咲椎奈と少年はそう言うと、まだ日の高い街を歩きはじめた。自分達の居場所へと。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 重たい身体を引きずるように、霧雨紫音は己の家への帰路についていた。今日は気分を正すために家を出たのに何故か疲れた感覚だけが残っている。

 理由は何なのか彼女にはわからない。強い霧雨紫音に戻るという目的を、一つだけ成し遂げることができたのは間違いないが、それでも爽快感は感じられず、まるで頭の中がぐちゃぐちゃにつぶれたトマトのように固まらない。

 紫音は思い足取りで自宅のアパートの階段を上り、部屋へたどり着きカギを閉めるとそのままベッドの上へと倒れ込んだ。今は昼時のはずだが空腹は感じない。何かよくわからない気持ち悪い物が腹の中にあるような錯覚さえしていた。

 

 そして、そうやってベッドの上に転がりながら部屋を見渡すと、PCに何かメールが来たという旨のランプが輝いていた。

 何か気になった紫音は痛む身体に鞭を打ちPCに近付き起動させる。真っ黒な画面が青い待ち受けへ変えるとメールの内容を確認する。そこにはこう書かれていた。

 

(DA……、デュエルアカデミアからのメール……?)

 

 デュエルアカデミアからのメール。この時期に、しかも昨日試験を受けた紫音に届くということは、理由はただ一つ。つまりそれは――――、

 

(……合否通知ってこと)

 

 震える腕でマウスを動かしながらそれをクリックする。

 そして、中身を見て紫音は驚愕した。もちろんそれは合否通知であったが、問題はその結果だった。

 

『霧雨 紫音 合格  配属クラス――――』

 

 ドミノシティのデュエルアカデミアのクラスは三つで分けられる。一つは成績優秀者が入る『ラビエルブルー』。一つは成績中級者が入る『ハモンイエロー』。そして最後に成績が低い生徒の入るクラス。その名も――、

 

『ウリアレッド』

 

 それがさんさんと紫音の合否通知に、ご丁寧にも赤字で書かれていた。

 

 


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