遊戯王異伝~史上最後のサイバー流~ 作:真っ黒セキセイインコ
そしてもう一つ今回デュエル無しです。
『ママー、あの灰色の子、さいばーりゅーだってー』
『見ちゃダメよ。近づいてもダメ。サイバー流なんかと関わると変なこと吹き込まれちゃうわ』
――ちがう……。
『やーい、サイバー流の雑巾女ー!』
『学校に来るんじゃねーよ、雑巾女』
『父ちゃん達が言ってたぜ。サイバー流は最低なんだってな』
――ちがう……サイバー流は……。
『あの子、あの年でサイバー流ですって』
『まぁ、こわい。子供たちが変なこと吹き込まれないよう気をつけないと』
『子供に近寄らないでっ! 』
――……やめ、て……ちがう……サイバー流はそんな……。
『アンタなんか、産むんじゃなかった……!』
◇ ◆ ◇
「――っ!?」
早朝、街が徐々に動き出すこの時間。昨日デュエルアカデミア本土校の実技試験を受けた霧雨 紫音は凄まじい悪寒によって目を覚ました。
(
ベッドの横たわりながら無言で震えの止まらない自分の体に触れる。気持ちの悪い滑った汗に濡れた体は恐ろしいほど冷たく、まるで自分が死体になったかのような気さえするほどだった。
昨日試験で勝利した時の凛とした眼ではなく死んだ魚のような虚ろな目で、紫音は自分のいる部屋を横たわりながら見渡す。シティではもう珍しいオンボロのアパートにあるこの部屋に住人は紫音一人だけしかいない。いるとすればヤモリぐらいだろう。
一人で住むこの部屋は紫音一人で住むにしては少し広いといえる。しかし、彼女には家族といえる人間などいないのだ。一応、片方は生きているが、彼女の元に現れることなど無いだろう。そして、それ以前に紫音がその人間を許すことなどあり得ない。
そんな、ひどく孤独感を感じる部屋の中、冷たい感覚に耐えられなくなった紫音は、ベッドの傍らに置いてある彼女が最も信じるデッキを取り、ひしと抱きかかえた。
その姿は、昨日デュエルアカデミアの実技試験会場で勝利を手にし、高々と宣言した彼女の姿ではなかった。そこにいたのは、ただ何かに脅える幼い少女の姿でしかない。
(アレのことはもう忘れるのよ、霧雨 紫音。私は強くなったんだ。だから昔の、弱かったころの私なんか、『あの人』のことなんか、思い出すんじゃない……)
いつの間にか流れ出した涙を無視し、まるで自分自身を言い聞かせるかのように頭の中で自答を続ける。ただ忘れるために。ただ強い霧雨 紫音でいるために。彼女の身体が体温を取り戻すまで、それは続けられていくのだった。
そして、そんな紫音を心配そうに見守る存在がいることに、彼女は気付かなかった。
◇ ◆ ◇
二時間後、霧雨紫音はとある場所へ足を運んでいた。黒いパーカーをその身に羽織り、フードで隠れて他人からは見えない目からは、さっきまであった弱い少女の瞳では無く、毅然とした冷たく鋭い光を放っている。
黒い塗装が成された改造
戦って勝てば、この嫌な感覚を忘れられる。そう自分勝手に、子供っぽく願いながらこの場所へ来た紫音だったが、彼女が絡まれるより先に先客がすでにいた。
二人の男――片方は先日、紫音のサイバー・ツインでダイレクトアタックをされた男。どうやら生きていたらしい――とこんな場所にはどう見ても似つかわしくない小学生ぐらいの少年が向かい合い、その間にはDMのモンスターが存在していた。
大方、少年が近道としてこの道を通りかかった時にあの男達に絡まれてしまったのだろう。ちょうどこの路地裏を抜けた先には公園にほど近い道に出られるし、誰も好き好んで紫音のようにこんな場所に来る者などいない。
……と、紫音がそこまで考えていたところで、少年のLPが痩せぎすの大男――紫音に吹っ飛ばされたスクラップ使い――のモンスターの攻撃によって消し飛び、余波を受けた少年が後方へ吹っ飛んでいく。
そこでデュエルディスクからデュエル終了を表すけたたましいブザーが発せられため、どうやらあのデュエルはサバイバル形式であるバトルロワイヤルでは無く、非合法で
そしてニット帽をかぶった目に隈のある男が少年に近付き言った。
「さぁ、ガキィ、負けたんだからデッキをよこしな」
「なっ!? そんな約束してないよ! あんた達がこの道を通るのに勝ったら通してくれるって……」
「はっ、お前が負ける前にこっちで決めたんだよ。ざーんねん。なぁ、相棒」
「おう」
「そんなの卑怯だ!」
やはり完全非合法の二対一のデュエル。しかも両者の同意無しのアンティデュエルだ。アンティデュエルというのは勝った方が相手のカードを奪うというもので、今では完全な法律違反であり、そして、それ以前にそれをやった人間はもはやデュエリスト失格といえる。
しかし、こう言う場所をねぐらにする連中に正統なデュエルを申し込むなど、『犬にナイフとフォークをもって餌を食べさせるようにする』というのに同じくらい無謀なことだろう。そして、そんな連中がいるところを通り、しかもただのデュエルだと信じ切ってしまった少年も少年なのである。
(面倒なところに出くわしたわね……)
紫音が暗がりで小さくため息をつく。
昔から散々人から拒絶されてきた霧雨紫音は歪んでいる。それが理由で他人に興味が無くなった霧雨紫音は善人でも、ましてや聖人君子では絶対ない。つまり別に関係の無い人間をわざわざ助けるほどやさしくなどないのだ。それ以前にそんな優しさなどとうの昔に捨て去ってしまっている。そもそも、こんな状況を見たって本当は助ける意味もないのだ。
しかし、今日はあんな連中を戦い勝つことにより、この嫌な疼きを取り除く目的があるのだ。ならば、敵などどれでもいい。
そうして、紫音が黒フードをさらに深く被ってから暗がりを飛び出そうとした時だった。
「何をしているんですか!? 貴方達!」
凛としたきれいな声。それこそ歌でも歌えば人気者にもなれるような声だ。そんな声が薄汚い路地裏に響いた。
「椎奈姉ちゃん!」
「あっ、コラッ、待ちやがれ糞餓鬼」
男達の制止を振り切り駆けて行く少年の向かう先を、暗がりから飛び出すのにどうにか踏みとどまった紫音は暗がりで隠れながら窺った。
路地裏への入口より刺す光を背に現れたのは、紫音とそう歳も変わらないであろう一人の少女だった。さっき、路地裏に反響しながら広がった凛とした声はこの少女のものらしい。
彼女は紫音のコンプレックスである灰髪とは、まったく対照的な艶やかで綺麗な長い黒髪を揺らしながら走ってきた少年を迎えた。その姿は姉弟というより母子というのがしっくりくるように見える。
「健斗くん。一体、どうしてこんなところに? 公園でみんなが心配していたんですよ」
「近道しようとここを通ったんだ。そしたら……」
少年が保護者と思われる少女にわけを話そうとした時、スクラップ使いの男が割って入る。
「オイオイオイ、姉ちゃん。邪魔せんでくれや。俺たちゃ、正当な報酬をもらう権利があるんだぜ」
一瞬、入ってきたのがセキュリティだと思ったらしい男たちだったが、どうやら歳場も行かぬ少女だったことに安心と余裕を感じたらしく、そして、その少女の容姿を見てその顔にいやらしい笑みを浮かべていた。
「……一体、それはどういうことですか? 事と次第によっては許しかねます」
「なぁに、簡単だ。そこのガキが俺達の縄張りを通ろうとしたんでな、デュエルで勝ったら通してやるっつったら、そいつが受けるって言ったんだ」
ニット帽の男の言葉にスクラップ使いがさらに付け加える。
「そんでよー、そいつ負けたっつうのにアンティなんか聞いてないとかいうんだぜ。どうしてくれんだ、お姉さんよー。なんならデュエルで勝ったら見逃してやってもいいが、……まぁ、負けた時は分かってんだよなぁ?」
男達が少女に詰め寄る。スクラップ使いが言う負けた場合、何をさせられるかなど火を見るより明らかだ。想像もしたくないほどに。そして、男達が負けたとしても『はいそうですか』で引き下がるような連中では無いだろう。むしろただ少女ならばそのまま暴力で肩を付けようとするに違いない。
普通の人間ならどういうことが起きるのか、簡単にわかるだろう。ここはそう言う場所なのだ。そう言う場所で『修行』を続けていた紫音はよくわかっている。
しかし、少女が出した答えは紫音の度肝を抜くものであった。
「いいでしょう、そのデュエルお受けします。私が勝ったらアンティは無しで、帰らせていただきます」
馬鹿か!? 危うく大声で飛び出しかけた言葉を紫音がふさぐ。どう考えても無謀だ。というかそもそも男達が言うデュエルには勝敗など関係ない。
セキュリティも法律もそして下手をすればデュエルですら己を守ってくれないこの場所では女子供はデュエルは極力避けるべきなのだ。
だからこそ、紫音は黒パーカーをわざわざ纏って、顔を見せず性別も分からなくしてデュエルを行っている。
あの少女は逃げるべきなのだったのだ。何とかセキュリティのいる表通りに抜ければ助かるはずなのに。
「へぇ、度胸があるじゃねーか、姉ちゃん。度胸に免じて電流の流れるデュエルは無しにしてやるよ」
スクラップ使いが下卑た視線を少女に送りながらいう。その下卑た視線で何を見ているかを今頃理解したのか、少女は身震いし少年が心配そうに彼女を見上げる。
「し、椎奈姉ちゃん。大丈夫?」
「大丈夫です、だから今は下がっててください……」
言って少年を後ろへ下がらせる。できるだけ出口に近い方へと少年を追いやり、少女は男Aへと向き合った。
「私の相手は貴方でよろしいのですね」
「あぁ、いい忘れてたわ。このデュエルは俺達二人を相手にしてもらうぜ」
「二対一……!? そんな……」
「そんじゃぁ、デュエルといこうじゃないか」
「くっ……!」
さきほどの少年の時と同じように男が二人少女の前に並び立つ。その光景を見て、紫音の脳裏にとある光景が浮かんだ。何人もの人間が怯える一人の少女を囲い侮蔑の眼を向け、嘲笑を当て続け一種の優越感に浸り、それを悦とする光景。誰も自分を自分達を認めてくれず、助ける者も一人もいなかったあの時。
その時の光景がどういう訳か目の前の光景に重なる。男達の少女に向ける下劣な目線が、誰も助けてくれないこの場所がその時の光景を彷彿させたのだ。
紫音は自分の頭がよくわからない熱に侵されるのを感じながら、ダンッ! と無理やり硬いアスファルトに音を響かせながら、今度こそ暗がりより飛び出した。その音に驚いたその場にいる人間達の視線が紫音へと集中する。
「お前っ! この間の……」
「何だぁ、相棒、アイツのこと知ってんのか? あの変な黒フード」
「嗚呼、あの野郎にオレは負かされたんだぁ」
男達がぎゃあぎゃあと騒ぐ中、紫音はそれを無視し無言で少女の隣へ並び立つ。
「へ……、あ、あの貴方は……?」
「……片方もらう。一人は倒せ」
紫音が答えになっていない答えを返した瞬間、紫音の黒いデュエルディスクより鎖が発射され、ニット帽の男のデュエルディスクに連結した。これは本当はセキュリティが相手をデュエルによって拘束するのにあたり使われた機能だが、紫音は改造デュエルディスクにこの細工を施していたのだ。そして、この鎖はデュエルで決着がつくまで絶対に外れることは無い。
「なっ……、テメェ何しやがる!?」
「……アンタ達を倒しに来ただけ。そういう訳で相手をしてもらう……」
紫音の言葉に男が苛立ちを隠さず舌打ちをした。よほど『お楽しみ』を奪われたのが癪に障るらしい。だが紫音にはそんなもの関係ない。今はこの憤りと、元来の目的である嫌なを疼きを取り除くためデュエルディスクを起動させた。
「チイッ……、相棒、そっちの女は任せた! オレはこっちの黒パーカーを殺る」
「しゃあねえなぁ、だが気を付けな。そいつサイバー流だぞ」
「ハン、お前と違って時代遅れの連中になんかに負けっかよ」
ニット帽の男がただですら醜悪な顔をさらに歪めながら、サイバー流へと毒を吐く。しかし、それに対し紫音は反応を見せることは無かった。連中が自分をサイバー流を強者と思わないのなら、圧倒的な力で見せつけてやればいい。それが答えだ。
そして、少々距離をとると紫音がニット帽の男、少女がスクラップ使いと向かい合い
ちなみに冒頭で雑巾と呼ばれているのは紫音の髪色から来ています。
次の投稿はできる限り早くするのでそれでは。