遊戯王異伝~史上最後のサイバー流~   作:真っ黒セキセイインコ

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第九話 疑心

 例の特待生花咲椎奈とのデュエルよりもう四日が過ぎた頃、霧雨紫音は現在多くの生徒たちで賑わう、デュエルアカデミア内の食堂にいた。時刻は午後十二時半頃。つまり、ちょうど昼食の時間である。

 腹を減らせた学生達は己の空腹を満たすために我先にとカウンターへと押し寄せており、押しのけ押し出し押しつぶしの光景はまさに阿鼻叫喚だ。時々『誰だァを踏んだの!?』やら『重い!』やら『俺の焼きそばパンがあああ!?』やら聞こえるのがひどく騒々しい。

 やはり天下のデュエルアカデミアでもこういう光景は日常茶飯事なようだ。

 

 さてそんな食堂にいる霧雨紫音だが、彼女はあの紛争地帯に入り込んでいない。

 いや正確には午前の授業のうちに、惣菜パンを買い込んでいたのでその必要がないのだ。もちろん初日にこのことを知らないでひどい目にあったのは記憶に久しいが。

 未だに学習しない者たちに若干の優越感を抱きながら、紫音はパンにかぶりつく。

 

 ここ四日を過ごし、紫音も少しはこの学園に慣れてきていた。

 例えばデュエル学の教師が例のレッド寮の寮監栗原千鶴でかなり厳しい授業内容であったり、実技ではブルーの生徒たちの相応な実力が窺い知れ、改めてここがデュエルの専門校であること実感させられたり、ついでに教訓として昼食は先に買っておくことなどか。

 そんな風に紫音の環境はあまり好きでない学校にボロアパートと路地裏の行き来から大きく変わったといってもいいだろう。

 変わっていないとすれば、紫音に近づく生徒が例外を除きほとんどいないということだ。

 今だって、紫音の座るテーブルに相席しようとする生徒は一人もいない。それどころかわざわざ外に出て行ったりする者や、遠巻きに睨んできている者もいるのは異常といってもいい。勿論それが日常となっている霧雨紫音は、その程度を気にすることはないのだが。

 しかし、そういうものに慣れすぎている紫音だからこそ、苦手とするものがある。

 そう例えば、

 

「――――霧雨さん、こんにちわ。相席、いいですか?」

 

 先日の決闘の相手、花咲椎奈がそれである。

 

「勝手にすれば」

 

 ぶっきらぼうに紫音は返す。残念ながら今日の紫音は中々機嫌が悪い方で、『不機嫌です』という態度が包み隠されるどころか思い切りに表に出てしまっている。

 普通の生徒ならば、すぐさま離れていくであろう紫音のこの態度に、花咲椎奈は笑って返す。

 

「ありがとうございます」

 

 クスリ、と微笑みながら花咲椎奈は席に着く。

 コイツは一体何を考えているのだろう? 紫音の率直な感想はそれだ。

 なんせこの花咲椎奈という少女は、あれ以来ずっと紫音に近づいてきている。サイバー流という意味もあるが、性格的な問題もあるこの霧雨紫音にである。

 紫音は非常に他人からの視線に敏感な人間だ。小さい頃から自分を利用して利益を得ようとするものや、女だから、子供だから、サイバー流だからという理由で舐めてかかってくる連中などいくらでも見てきたのだ。だから当たり前の反応とも言える。

 だからこそ、この花咲椎奈という少女は非常に紫音が苦手とする人間だ。なんせ表裏が全く見えない。見えないからこそ、紫音は気を許すわけがない。

 そんな当の本人といえば、どうやってあの紛争地帯から勝ち取ってきたのか、食堂で一番人気の日替わりランチのハンバーグを頬張っている。

 

「そういえば、今日の午後の授業はデュエル史に、その次が実技らしいですね。確か――――」

 

「興味ない」

 

 一刀両断。

 紫音は全く興味がないとでも言いたげにメロンパンにかぶりつく。

 実際、紫音にとってデュエル史という授業はあまり好きではない。なんせほとんどの内容が『この時代に何が起きた』程度のもの。具体的に言えばデュエルモンスターズに関わる事件などだ。

 そして、そのデュエル史の中で取り上げられやすい事件では、『サイバー流の真実』なるものが存在する。しかし真実とは名ばかりのもので、紫音にとっては馬鹿らしいの一言だ。

 ついでに、ここぞとばかりに紫音に教師が敵意を燃やしてくるのだから、たまったものではない。

 しかし、そんな紫音の無言の拒絶に気づいているのか、気づいていないのか。そもそも、何を考えているのか全くわからない花咲椎奈はのんきに紫音に話しかける。

 

「あれ、興味ないんですか? 今日の実技はこの間の弓塚陽花さんが決闘をするらしいのですが」

 

 突然湧いて出た名前に黙々とメロンパンをかじる紫音の動きがピクリと止まった。

 〝弓塚陽花〟

 それはかなり記憶に久しい名前だ。正確にはつい四日前に出会ったばかりである。

 あの時は、あのブルーの女子――――確か名前は香焼美久里だったか――――に仕組まれた決闘をデモンストレーションということにして、その場を収められた。

 実際あの時は、かなりの危機であったといってもいい。あのままでは紫音の最終目標に、ヒビが入るところだったのだ。ある意味では恩人であるとは言えるだろう。

 しかし、それとは同時に背に氷塊でも突っ込まれたかのような、ゾッとする寒気も感じたのである。

 最後に耳打ちされた時に見せたあの眼は、まるでこちらを品定めでもしているかのようだ。

 

(……アレが、ね)

 

 確かに興味がないのかといえば嘘になる。ついでに言えば、ちょっとした敗北感も。

 しかしながら、誰かから振られた話題をやたらめったらに買わない紫音は、相変わらずの返答を返す。

 

「……興味ない。――――ごちそうさま」

 

 メロンパンの最後のひとかけらを口に放り込むと紫音は席を立った。もともと少食である紫音の昼食は、人気メニューで量も多い日替わりランチよりはるかに少ない。

 デミグラスソースのかかったハンバーグにフォークを刺したまま、キョトンとしている花咲椎菜を横目に、紫音は食堂をあとにした。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 霧雨紫音は他人を本当の意味では絶対に信じない。

 理由は簡単。それは自身の今までの経験だ。

 

 例えば、身寄りのいない少女が一人暮らしを始めれば、それを同情してくれる人間がいるだろう。

 だが、その同情に裏があるとすれば、如何なものなのか?

 

 例えば、友と言えるものがいたとしよう。

 だが、そう思っていたのが自分だけだったとすれば?

 

 所詮は結果論。だが霧雨紫音の場合はそうやって人格は形成されていた。

 信じても、それが嘘なのなら、最初から何も信じなければいい。代わりに自分だけを、自分の魂とも言えるデッキだけを信じればいい。

 それならば、疲れることはない。傷をつくこともない。怒ることもない。

 それならば、ずっと一人で生きていけるはずなのだ。

 だから。

 放課後に校舎の裏側へと来ていた紫音は、わざと聞こえるように囁いた。

 

「――――いい加減、出てくれば?」

 

「…………」

 

 紫音の問いかけに答えるように出てきたのは数人の男女。昼間からずっと、ほかの生徒とは違う目で紫音を見ていた者たちだ。

 制服の色に統一性はないため、格差によるいびりなんてものではないようだ。いや、すでに紫音は答えに気づいていた。それほど慣れたものなのである。

 だから、すでにわかりきっている(フレーズ)を語った。

 

「サイバー流」

 

 ピクリ、と確かに学生たちが反応する。

 ああ、やっぱりか。紫音は何度も視聴した映画でも見るかのように、心の中でつぶやいた。

 やがて、一人の男子が歩みでてくるのを見て、目を細める。

 

「理解が早くて助かるネ」

 

 柔和に笑いかけながら、えらく鼻につくような口調で男子生徒は言った。制服はキチンと着込まれており、銀縁のメガネはいかにも知的で、高潔さをうかがわせる。それも結局中身の話ではあるが。

 

「アンタがこの連中のリーダー?」

 

「ご名答。僕は卯方、卯方(うがた)(かけす)。以後よろしク」

 

「それで、私に何の用?」

 

 睨めつけるように、紫音は周りを見渡す。数は六人。その全てが学園から支給される決闘盤(デュエルディスク)を腕につけている。もはや目的なんて、考えずにもわかった。

 静かに自分の決闘盤を構えると、男子生徒は感心したようにおどけてみせる。

 

「いやはヤ、ご理解が早いようだネ。キミがサイバー流でなけれバ、彼女にでもしたいところだヨ」

 

「それは絶対に嫌ね。少なくとも朝からずっと監視してくるような奴となんて、まっぴらゴメンだわ」

 

「おやおヤ、それでは僕たちがストーカーのようじゃないカ」

 

「事実でしょ?」

 

 そう、朝からずっと彼らは紫音を監視していたのだ。授業中も、休み時間も常に監視していた。そんなものはストーカーとしか表現できない。ただ、唯一の違いを述べるとすれば、それがストーカー独特の粘着く悪意ではなく、敵意を孕んだ差別的な悪意であることだ。

 

「まア、そういうことにしとておこうかナ。――――でハ、そろそろ始めよウ。何をするかハ、わかっているんだろウ?」

 

「ええ。でもその前に一つだけ質問するわ」

 

「どうぞどうゾ」

 

「アンタたちをけしかけたのは、一体どこのどいつ?」

 

 わざわざこんな回りくどいことをする人間の名を、紫音は単純に知っておきたかった。心当たりはもちろんあるが、それであっているという保証はないのだ。ならば聞いておくことに、こしたことはない。

 ただし、あの男子生徒がそれを、そうやすやすと言ってくれる保証はどこにもない訳だが。

 そして、答えは案の定だ。

 

「ざんねン。それは答えられないネ。――――でモ、キミが勝てたら教えてあげようかナ。勝てればだけド」

 

「……そう」

 

 そう返されるのは、承知の上であった。いや、むしろその方が都合はいい。なんせ倒すだけでいいのだ。何人だろうが、汚い手を使われようが、倒すだけでいい。その方が簡単だ。助けられず、助けず、一人で生きる。そのほうがずっと楽だった。

 この間は、自分でもわからない衝動で、二対一での決闘を強いられた少女を助けたが、そんなもの単なる気まぐれのはずなのだ。

 

「それでは始めよウ」

 

 脳裏にちらついた影を振り払いながら、デッキをセットした決闘盤を構える。向こうが構えたのは男女二人だった。その二人のうちに卯方ふくまれていない。高みの見物と言ったところか。

 二対一だろうが関係ない。すう、と息を吸って一喝。

 

「デュエ――――」

 

「――――――そのデュエル待ってください!」

 

 『ル』まで言いかけていた紫音は、いきなり聞こえたその声に舌を噛みかけた。

 非常に聞いたことのある声だ。いや聞いたことがある以前に、ほぼここのところ毎日聞いている声である。恐る恐る振り向いて、絶句した。周りの生徒たちも、あまりのことに固まっている。

 

「ありゃあリャ、これはこれは珍しいお客様ダ」

 

 クスクス笑う卯方は、目を細めながら、その介入者を見ていた。

 そこには、前にも似たような状況で現れていた少女――――花咲椎奈が立っていた。

 

 

 

 




 椎奈さん、三回目のご降臨。


 更新が遅れてしまい、すみませんでした。卒業、そして入学準備といろいろ忙しかったわけですが、四ヶ月も更新停止は流石にまずい。しかも、どんどん文章レベルが下がってきているというのは……。
 早く更新すると言ったのに、こんな情けない結果になってしまい、本当にすみませんでした。
 次回こそ、更新はできるだけ早くにできるようにします。

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