不眠転生 オールナイト   作:ビット

7 / 19
コメント・評価・誤字報告ありがとうございます。励みになっております。



※序盤から割とグロテスクな描写があります。


戦闘訓練3

 巨大な氷の槍で腹を貫かれ、血を撒き散らしながら後方へ吹き飛ぶ。凄まじい冷気に血飛沫までもが凍り付き、紅色の玉が地面に当たり軽い音を立てて砕けた。

 

 俺を覆うように突き出た氷は、背後のコンクリートの壁を破壊し尚進む。

 

 やっぱり凄いな、一応相殺しようとしてみたんだが。

 

 血を吐きながら、どこか他人事の様な気持ちでそんな事を考えていると、頭から地面に叩きつけられる。後頭部が陥没し、灰色の地面に派手な紅い華が咲いた。

 

 仰向けに倒れこんだ俺の身体に冷気が纏わりつき、ゆっくりと俺の身体を凍らせていた。僅かでも抵抗したお陰か、全身が氷付けになることは無かったようだ。

 

 下半身と左腕は完全に凍っていて動かせないが、右腕は無事だ。血が足りずぼーっとした頭のまま、首もとに手を添え、襟の辺りのスイッチを探す。

 

 天敵だなぁ。俺の“不死”はとにかく拘束系の個性に弱い。完全に体の動きを止められてしまえば、俺は為す術もない。

 

尽きかけのエネルギーで放った炎は無駄ではなかった。

 

いい加減意識が飛びかねないので、右手で首元のスイッチを押す。鋭い音と共に襟の内側から飛び出た刃が、俺の首を半ばまで切り裂いた。失血と冷気で弱っていたかいもあって、俺の意識は一瞬で闇に落ちていく。“個性”が俺の死亡という事実を消滅させた。

 

身体から吹き出した白い炎が、身体を覆っていた氷を破壊する。

 

どれ位の間、蘇生に時間を割いたのかわ分からないが、恐らくほんの一瞬だったのだろう。身体を起こして目を開くと、陽の光を反射する砕けた氷の欠片の向こうに、唖然とした顔でこちらを見つめる轟の姿があった。

 

俺を“殺しかけた”氷の槍は、傾いた柱の様に、演習場のビルから俺の足元の地面迄を繋いでいた。足場にするにも申し分ない。

 

『大丈夫か不死少年!?』

 

「問題ありません」

 

『そ、そうか。いくら強力な個性があるからといって、あまり無茶をするんじゃないぞ。全力でとはいったが、あくまでもやり過ぎない範囲でだ』

 

「はい」

 

耳元の通信機から聴こえてきた、焦った様なオールマイトの声に返事をする。直接的な会話はこれが初めてという事もあって、緊張で若干声が裏返ってしまった。興奮している事がバレてしまっただろうか。どっちにせよ後でサインを貰いたい。しかしやり過ぎない云々は轟の方に言ってもらいたい。俺じゃなければ死んでいた。死んだけど。いやまぁ自殺だからセーフか。

 

上を見上げると、氷の柱の上を歩きながら、通信機で何かを話している轟が近づいてきていた。オールマイトに注意を受けているのだろう。先程より近くで見ると、身体に霜が降りてきているのが分かる。

 

途中で氷の柱を飛び降り、こちらを見据える。轟の瞳には、何処か申し訳無さそうな色があった。

 

「不死、さっきはすま――――――」

 

「轟、お前が謝罪する必要はない。俺は平気だ」

 

そうだ。謝罪などいらない。訓練とはいえ、あれは男同士の真剣勝負だった。熱くなってつい力が入ってしまったのだろう。これが俺以外で、かつ轟の攻撃を防げない相手だったならば大問題だが、彼の相手は俺だった。どうやら反省もしている様なので、これ以上何か言うのもナンセンスだろう。

 

正直に言うと、嬉しかったのだ。超人ひしめくこの社会でも、文句なしの天才である彼に、全力をぶつけられた事が。前世から憧れた、本気の天才とぶつかり合う事が出来る自分が誇らしかった。

 

だから笑う。轟の目を見て。風で髪が靡き、視界がより広くなる。どうやら帽子はどこかに飛ばされてしまったらしい。

 

本来なら演習中に勝手に演習場から飛び出す事等減点必須だろうが、俺や轟レベルの規模の個性持ちなら話は変わる。核を刺激し過ぎないよう、或いはアジトを必要以上に崩壊させないため、そして仲間を巻き込まない為に、わざと屋外で戦闘を行う事もあるだろう。

 

再びぶつかり合う氷と炎。先程俺の炎を突き破った轟の氷は、今回はあっけなく相殺され、余波で轟の足が浮いた。

 

身体能力をブースト。未だ空中に留まる氷と炎を突っ切り、轟との距離を詰める。胸ぐらを掴み上げ、地面に叩き付けた。しかし轟は瞬時に受身を取り、逆にこちらの腕を掴みながら俺の腹を蹴り上げる。

 

ついさっき風穴空けといて容赦無いな!しかし平気だと言ったのはこちらの方である。腹の底からこみ上げてくる朝食を飲み込みながら、マウントを取ったまま腕に炎を纏い、振り下ろそうとした。が、轟は俺の腕を裏拳で殴りつけ炎を回避する。

 

行き場をなくし暴発したエネルギーでバランスを崩した所に、起き上がった轟の掌底が胸に打ち込まれた。身体を貫通するかの様な衝撃に息が止まり、一瞬身体が固まる。更にその隙にと、轟は顔面に蹴りを放ってくる。靴が頬を掠めたが、首を捻る事で何とか回避。しかし轟の攻撃は止まらない。

 

ラッシュ。肩に、肘に、胸に、腹に、肋に、顔に、次々と拳が打ち込まれた。関節破壊と意識を刈り取る事を狙っているのだろう。しかし舐めるな、こちとら何度も死んできた似非ゾンビである。ちっとやそっとやダンプに跳ねられた位では意識は飛ばない。

 

身体から炎を撒き散らした。腕や指に纏った一点集中よりは格段に威力が落ちるが、それでも轟と距離を離すことは成功する。

 

余りの実力差に笑ってしまった。流石だ。家庭の事情で幼少期から修行を積んできただけの事はある。身体能力を強化しているというのに、接近戦ではまるで歯が立たない。今の俺では、例え身体能力を強化していようと、対人での接近戦等、せいぜい喧嘩の強い成人男性と同程度だろう。武術を扱う人間に勝てる訳も無い。

 

だから吸収する。見て学べ。受けて学べ。傷付くことを恐れる必要等全く無い。これは訓練だ。俺はただでは終わらない。必ず何かを得て帰ってみせる。

 

自嘲の後に浮かべたのは、最高級に前向きな笑顔だったと思う。戦闘の興奮に酔い、笑みを浮かべながら轟を睨み付けた。

 

身体に霜が降りているという事は、轟はもう氷結の力をろくに使えないという事だ。彼のもう一つの力である

炎を使えばこの問題は解決するのだが、彼は現段階ではその力は使えない。否、使わない。少し残念ではあるが、彼の問題を解決するのは、主人公である緑谷の役目だろうし、緑谷にしか出来ない事だろう。

 

先程俺を半殺しにした氷結と轟の一身上の都合により、ここから先、轟は氷結は使えない。使えはするが、動きは鈍るだろうし、威力も大した事は無いはずだ。接近戦を望むこちらとしては好都合。

 

荒れた息を整え、轟に突進する。俺と距離を離したくないだろう相手も、俺より一歩先に走り出していた。

 

すぐに縮まる距離、放ったのは右ストレート。返ってきたのはクロスカウンター。口の中に血の味が広がった。顔が衝撃で右に向けられ、脳が揺れる。しかしそんな事は無視し、無理矢理体勢を整え、身体を捻りながら左足で轟の脇腹を蹴る。予想外の場所からの反撃に轟の動きが止まる。脇腹に足を引っ掛け、重心を前に傾けた。自然に身体が倒れた所に力を加え、拳を上段から振り抜いた。

 

「ぐっ……!」

咄嗟に後ろに仰け反った轟。攻撃はかわされたがバランスを崩す事には成功した。そのまま先程轟にやられた様に、急所を狙ってラッシュを放つ。

 

5発目、顔面を狙った拳が避けられ、姿勢を低くした轟が俺の懐に入り込んだ。両腕をそれぞれ腹と胸に当てて掌底を放ってくるが、俺は体を捻ることで何とか急所への攻撃を避けた。

 

体勢を戻そうとした瞬間、足元から強烈な冷気。咄嗟に右腕を地面に向け炎を放出。後ろへと飛んだが、左足が凍り付いた。氷はもう撃てないと油断してしまっていた。不味い。

 

氷で足を空中に固定され、無様に背中を打ち付けた。そんな隙を轟が見逃す筈もなく、こめかみを狙った鋭い蹴りを放つ。両腕を地面につけながら炎を放射。無理矢理身体を起こし、更に足からも炎を放出して氷を砕く。しかし轟の蹴りは容赦無く俺の右腕を破壊した。

 

痛覚は遮断しているので痛みは無い。しかし、右腕が使えなくなるのは、別の意味ではかなりの痛手だった。なんちって。

 

何故かふと頭に浮かんだ下らない洒落に自分で笑ってしまう。左腕を背中に回し、右肩の後ろにあるスイッチを押すと、そこから致死量の猛毒が俺の身体に打ち込まれた。

 

身体が痙攣し白目を剥く。泡も吹いた。一秒も掛からずに意識を失い、瞬時に蘇生した。腕も元通りになっている。再び身体から放出された炎の隙間から見た轟は、どうやら少し引いている様だった。

 

確かに、事情を知らない人が見れば、俺は突如身体を震わせ白目を剥き、泡を吹き出すヤベー奴である。ちょっと恥ずかしかった。

 

照れ隠しも兼ね、照れ笑いを浮かべながらやけくそ気味に突進する。今まで以上の速さと鋭さをもってラッシュを繰り出してくる轟の攻撃を何とか捌きながら、嫌われてしまっただろうかと内心少し落ち込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な氷で破壊したビルの壁から眼下を見ると、白い炎の竜巻が巻き起こっていた。今まで放ってきた炎とは比べ物にもならない膨大な量と勢いで、数十メートル離れたこちらでも風が感じられる。一瞬のうちに炎は霧散し、白い竜巻の中から無傷の不死が現れた。あいつを視界に入れた途端、頭の中に妙なノイズが走る感覚を覚えたが、その感覚もすぐに消え、俺の記憶から忘れられる。

 

唖然とした。全身全霊、殺す気で放った氷結は、いとも容易く無傷で防がれてしまったらしい。殺してしまったかもしれないという恐怖から解放され、安堵の溜め息が漏れた。

 

不死の足元まで伸びる氷の柱の上を歩き、近づいて行く。無傷だったとはいえ、あいつの防御が間に合わなかったら確実に殺してしまっていただろう。誰が見たってやり過ぎだ。まずはその事について謝罪をしなければならないと感じた。

 

『轟少年、いくらヴィラン役とはいえ、やり過ぎだ。度が過ぎた危険行為は減点対象だからな』

 

「……はい。すみません」

 

『謝罪は私にではなく不死少年にな。本気になる事は決して悪い事じゃないが、やり過ぎには注意だぞ』

 

分かっているさ。分かっていたさ。それでもあいつに気圧された。訓練とは明らかに違う殺意すら感じる寒気に、目の前の危険を排除しようと本能的に身体が動いてしまっていたのかもしれない。

 

血が凍る様な狂気はきっと、俺の勘違いなのだろう。狂気なんて、まともな人間が纏うものではない。

 

今まで、同年代の中では、自らが最強である自信とその裏付けがあった。だが俺は大海を知らぬ井の中の蛙だったらしい。クソ親父を超え否定する為に磨き上げた力が通用しないとは。

 

地面との距離が2メートル程になった時、氷の上から飛び降り、不死の目を見つめる。白髪の長い髪の隙間から、微かにあいつの瞳の光が見えた。

 

「不死、すまな――――――」

 

「轟、お前が謝罪する必要はない。俺は平気だ」

 

そういって、また不死は笑った。感じたのは穏やかな狂気。NO.1ヒーローになるという妄執と狂気に取り憑かれた父エンデヴァーを、ずっと間近で見てきた俺だからこそはっきりと分かるそれ。

 

暗い瞳は歓喜の光を放ち、顔は何処までも不気味に笑っている。その瞳に俺は、恐怖を抱かずにはいられなかった。

 

勘違い等ではなかった。殺されかけてどうして笑える?どうして歓喜できる?常に死と隣合わせの戦士でも、死を恐れぬ聖人でも、死を目の前に歓喜の感情を抱くこと等無いだろう。

 

死すら恐れず、むしろ自らを殺しに掛かってくる者を求めているのなら、それはなんて危うい望みなのだろうか。何故ならその望みは、ヒーローであっても、ヴィランであっても叶えることが出来るだろうから。

 

きっと不死はヒーローに憧れた。だからこそヒーローを志しここへ来たのだろう。これがもし悪党にでも憧れていれば結果は全く違う物になっていたかもしれない。

 

繰り出したラッシュは、この相手の意識を刈り取るにはまだ俺の技術が足りていないらしい。薄ら笑いを浮かべながら放出してきた白い炎をバックステップで避ける。

 

笑いながらこちらを睨み付ける瞳に気圧されそうになり、心が騒ぐ。恐怖は焦りとなって不死の反撃を許し、次は逆にラッシュを叩き込まれた。

 

貪欲にこちらを見つめる狂気の瞳。何かを望む獣の目。不死の望みに気付いた瞬間、俺の身体は一瞬硬直する。

 

――――――命懸けの戦闘。きっとあいつはそれを求めてる。

 

死への歓喜ではなく、死を向けられた歓喜。浮かべる笑みは死線を潜る楽しさ故。必要最低限しか個性を使わないのは、霜が降りている俺が個性を使えないのを看破し、より白熱した戦いを望んでいるから。

 

俺はもう個性が使えない、という相手の思い込みを利用しての奇襲。足を凍らせバランスを崩し、相手の意識を確実に刈り取る事を狙った蹴りは躱された。しかし相手の右腕を破壊する事に成功した。伝ってきた感触に、相手の骨を完璧に砕いた確信を得る。

 

戦いを望む狂戦士は、きっと何をしようと止まらない。なら足を破壊して動きを止めるか、意識を失わせて強制的に戦闘を終了させる。

 

既に授業の事など頭に無かった。とにかくこの戦いを終わらせたい。終わらせるべきだと本能が叫んでいる。その叫びに応えようとファイティングポーズを構え、敵の初動を見極めようと目を凝らす。狙いは短期決戦。相手が個性を使ってこないうちに決めてやる。

 

後から思えば、きっと不死は俺の考えを読んでいた。だからこそ腕を破壊されたのにも関わらず、噴き出したように笑っていたんだ。

 

戦闘中、いきなり震え出す不死の身体、めいっぱいに白目を剥き、口からは泡を吹き出す。そんな凄まじく不気味で冒涜的な動作の後に、白い嵐が吹き荒れた。足の後ろを凍らせ地面に張り付き、吹き飛ばされない様に堪える。

 

呆然と不死を見つめる。笑うしかない様な展開でも笑う事なんて出来なかった。恐らく個性によって再生したのだろう、先程俺が破壊した腕は元通りになっていた。

 

全身全霊の氷をも無傷で防ぐ防御力、恐らくまだ底を見せていないだろう攻撃力、砕けた骨を一瞬で治癒する再生能力。出鱈目だ。

 

仕切り直しだとでもいうように、笑いながら踊りかかってきた不死にラッシュを打ち込んだ。先程は滅多打ちにされたその攻撃に、不死は対応してきていた。

 

繰り返される攻撃と防御・回避。俺の攻撃に対応し、どんどん腕を上げる不死との戦闘は膠着状態になっていた。お互い有効打が与えられず、ただ時間だけが過ぎていく。ヒートアップし早くなり過ぎたリズムを落ち着けるためにお互いが同じタイミングで後ろへと飛んだ。白髪に隠れた目を睨み付け、また攻撃に移ろうと右足で踏み込んだ瞬間だった。

 

ビルから聴こえてきた破壊音に俺と不死の足が止まる。揺れるビルを二人揃って見つめると、左耳に付けていた通信機から、オールマイトの声が聴こえてきた。

「ヒーローチーム……WIIIIIIIIIIN!!!!!!」

 

その言葉に、何故だか体中の力が抜けた。膝をついて荒い呼吸を整えようとする。顔を上げると、不死も座り込んで息を整えている所だった。

 

終わりは実に呆気なく、勝敗はドロー。しかし相手は途中から個性を攻撃にはほとんど使わなかった。距離を取られて個性で攻められていれば、きっと俺は敗北していただろう。

 

流石は雄英とでも言えば良いのだろうか。出鱈目な狂人は、俺の慢心を容易に砕ききってみせた。

 

俺の目標の為にも、俺が更に上へと登る為にも、こいつだけは必ず超えていかねばならない。演習場から出てきたクラスメイトが俺達に掛けてきた声を聞き流しながら、俺はそんな目標を打ち立てていた。

 

 

 

 

 




轟君の個性はオリ主には天敵です。というか身体の自由を奪える個性は大体天敵。

観覧ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。