『貴方は神のミスによって死んでしまいました』
「そうですか」
『貴方には特別な力を持ち別の世界へと転生する権利があります。受諾しますか?』
「勿論です」
『貴方の望む力は?』
「“死なない”能力。不死身の力」
『――――――畏まりました。それでは来世をお楽しみください』
終わりの無い生に、何の価値が有るのだろう。そんな台詞を大真面目に吐き出す日が来る事になるとは、この時の俺は考えてもいなかった。
俺が神のミスにより転生してから、15年の歳月がすぎた。転生した世界は前世で夢中になっていた“僕のヒーローアカデミア”という漫画の世界。
個性と呼ばれる超常的な身体機能を操る人間が闊歩している。
ヒーローが職業と化し、ヴィランから人々を守る事が職務内容となった異世界。
初めてそれに気付いた時は正直わくわくした。神だか天使だかに“死なない”能力、即ち不死身の個性をもらった俺は間違いなく最強。何れは憧れのオールマイトを超えるNo.1ヒーローになろうと、そんな妄想を膨らませて生きてきた。
俺は、誰からも“無個性”だと思われている。それはそうだ。1度死んでしまわないと絶対に分からない個性。わざわざ手首を切って1度死ぬのも嫌な俺は、“無個性”というレッテルを甘んじて受け入れてきた。
格好いいじゃないか。無力な“無個性”かと思ったら、実は最強の“個性”持ち。ありがちだが悪くない。
そんな余裕も、転生して3日後には消え去ってしまったが。
俺が転生した際、神から与えられた不死身の個性と、この世界に生まれた人が生まれながら持つ個性とが混ざりあってしまったのだ。
個性“不眠”。絶対に寝る事の出来ない個性。普通の人間なら間違いなく事故である。生まれて一週間後には息絶えてしまうだろう。
しかし幸か不幸か、俺は普通の人間ではなかった。不死身の個性と不眠の個性とが交わり、生まれたのは“睡眠を取らなくても死なない個性(仮)”。不死身の個性がどれほど不眠の個性に影響を受けているか分からない為、迂闊に死ぬ事も出来ない。幾夜も寝られない日々が続き、精神的におかしくなりそうだった。
しかも、もし文字通り“睡眠を取らなくても死なない個性”になってしまっていた場合、睡眠を取らない、という行為以外では死んでしまう可能性がある。おそらくそうなっている確率は低い。むしろ個性を二つ所持している状況になっているのかもしれない。けれども、もしもの可能性が俺を恐怖に追い立てる。
最強の個性、だった筈だった。いや、今でもそうなのかもしれない。ただ眠る事が出来ないという代償が付いてしまっただけで。
「気の持ちようで、物の価値はこんなに変わるんだな」
昼の街、目の下に深く刻まれた真っ黒な隈をフードで隠しながら、炎天下を歩く。俯き気味でフラフラと、視界に映るは人の足と灰色のアスファルト。
ああ、外は憂鬱だ。早くコンビニで欲しい物を買って帰ろう。
コンビニまでの道を歩いていると、ざわざわと喧騒が聞こえてくる。何だ?こんな真昼間からヴィランか?
ヴィランというのは個性を悪用する犯罪者の総称。そしてそのヴィランの脅威から人々を守るのがヒーローの仕事。俺が憧れた、ヒーローの仕事。
けれどそんなのどうでもいい。転生前の日本と比べればこの世界の治安は最悪。ヴィランが出るのは日常茶飯事。しかも俺には何の関係も無いときた。無視一択。
喧騒を無視し、歩きだそうとしたその瞬間、聞こえてきた声に、思わず足を止めてしまった。
「私が来た!」
聞いた事のある声。憧れのヒーローの声だ。
思わず目を見開いた。馬鹿な、なんでそんな大物が此処にいる。どうせ声が似ている他人だろう。
けれども振り向いた。振り向いてしまった。そこから俺の運命が狂い始めるとは露ほどにも思わずに。
視界に映し出されたのは、鍛え上げられた肉体を持つ大柄の男。
No.1ヒーロー、オールマイト。最強のヒーローがそこに居た。
あれから1時間後。コンビニで欲しい物を買った俺は、帰路についていた。
結局オールマイトはヴィランを追い、信じられない様なスピードで何処かへ行ってしまった。
オールマイトには今でも憧れている。絶やさぬ笑み、圧倒的な強さと人気。彼を嫌いな人なんて中々いないだろう。
サイン、欲しかったなぁ。
けれども仕方が無い。彼は忙しい身なのだ。会えただけでも幸運だというのに。
それでも中々割り切る事は出来なかった。ああ、あの時――――――
BOOOOOOM!!!!
鳴り響いた爆発音。
ふと音の発生源に目を向けると、流動的なヴィランに爆発ヘアーで目付きの悪い、学ランを着た少年――――――爆豪勝己が捕らわれていた。
これ、原作1話目の。という事はもしかして。
俯き気味の顔を上げ正面を見つめる。
群集の中に彼、オールマイトは居た。しかし先程見た姿とは打って変わって、窪んだ目に痩けた頬、ダボダボのシャツを着た、ガイコツの様な姿だ。トゥルーフォーム。彼の、真の姿。
走って現場に向かう彼と俺がすれ違うその瞬間、思わず俺は笑みをこぼした。
強大な敵に重症を負わされ、ヒーローとして活動出来る時間が日々無くなっている彼。しかし彼の顔には、毛程の絶望も不安も見えなかった。
平和の象徴。その存在を肌で感じた。
いつしか周りは野次馬に囲まれている。振り返ってもオールマイトの姿はもう見えない。
けれども、もう悲観したりはしない。しっかりと前を向いて歩こう。
優しい言葉を掛けられた訳でも、大災害や凶悪ヴィランから命を救われた訳でも無い。
でも
貴方の――――――平和の象徴の在り方に、憧れたんだ。
さぁ、まずは進学先を変えよう。無難な進学校からヒーロー科へ。
受験勉強、大変だろうな。個性の検証もしなくちゃいけないな、俺は本当に死なないのか。
先程まで心を病ませていた不安や絶望、諦めは無い。あってはいけないのだと思う。
最強のヒーローに、俺はなりたいから。
「――――――!!危ない!!!!」
誰かの声。声の主を確認する事は出来なかった。
ただ頭上から、巨大な瓦礫が落ちてくることだけが、視界に映っていた。
「マズイ!!すぐに救助を!!」
自らの苦手な爆炎系の個性を振るうヴィラン相手に分が悪いと感じ、巻き込まれた、逃げ遅れた人々を避難させていたところだった。
先程目に入ったもの。それは、少し背の低いフードを被った男が、巨大な瓦礫の下敷きにされる光景。
我、シンリンカムイは咄嗟に声を掛けたが、間に合わなかった。気づいた時には既に男と瓦礫の距離は2メートルも無かっただろう。反応して避けろという方が無理である。
「くっ、待っていろよ!!」
近くにいるデステゴロに瓦礫の破壊を頼もうかとも思ったが、下敷きにされている男も危険だ。
樹木を操る我が個性。腕から硬質な根を伸ばし、瓦礫をどかそうと試みる。
「ぐっ、ぬ……!」
四方に根を巻き付け、体を持ち上げる力も利用して瓦礫を持ち上げる。
「おっ……おおおおおおおおお!!!!!!」
瓦礫を引っ張り上げ、下敷きになっている男を確認しようとする。頼む、間に合っていてくれ――――――
「な……っ!!?」
視界に映ったのは、白い渦。
ビリビリと空気が震えているのが分かる。潰された男の個性?いや、これは、何て異質な――――――
バチンと、弾けるように、白い渦は消えてしまった。
「………………」
声をあげる事すら出来ない。冷や汗が頬を伝う。
ふとフラッシュバックする記憶。そうだ、確かにそうだった。瓦礫に下敷きにされそうだった時、死が眼前に近づいているというのに、あの男の目は――――――
――――――何も、映していなかった。
己を叱咤し、ヴィランが暴れている現場に走る。
馬鹿か私は。己の気の弛みで1度捕らえたヴィランを逃し、ファンの1人に長々と説教じみた事を行い時間を潰した……!
その結果がこれだ!情けない!
既に活動限界は超えている。
それでも!私には責任がある!!どうにかしなければ――――――
すれ違った黒いフードの男が、笑った。私を見て、本当に、本当に嬉しそうに。まるで幼子の様な無邪気な笑みで。
けれどもその目は死んでいた。真っ黒な深い隈が刻まれた目には生気等まるで無い。
脊髄を直接舐めあげられたかの様な寒気、圧倒的な力の片鱗。思わず暴れているヴィランの事すら忘れ、警戒しながら振り返る。
既にそこに男はいなかった。野次馬に紛れ姿を消したのだろう。
額を流れた汗を拭い、暴れているヴィランに目を向ける。けれども私の心中は、先程すれ違った男に掻き乱されていた。
あの男、ただ者じゃない。すれ違っただけでこの私が、あそこまで焦燥を覚えるなんて。
確かに感じた力の片鱗。おそらくはかつて私が葬った“オールフォーワン”に匹敵する程の力。
今の私に、勝つ事が出来るだろうか。
拳に力を込め、そんな思考を無理矢理追い払う。まだあの男が敵と決まった訳じゃない。
ひとまず男の事を頭の隅に追いやり、目の前のヴィランに集中せねば。
視界に広がったのは、先程私に問を投げかけてきた少年。モジャモジャ頭で、そばかすの、気の弱そうな少年。
“無個性”の彼が無謀にもヴィランに立ち向かった時、私は驚愕に表情を染める。
狂気との遭遇、後継者の発見。この私、オールマイトにとって、今日という日は一生忘れられない一日となった。
とあるビルの上で、俺は笑っていた。
胸を埋めつくす感情は歓喜。
「俺は!!死ななかった!!」
巨大なコンクリートの瓦礫に潰されようと、俺は生きていた。
俺の歓喜に応える様に、身体の周りを白い火の玉が飛び回る。
不死身の力は生きていた。白い霧やこの火の玉は恐らくそれの副産物。触れなくとも膨大なエネルギーを纏っている事が分かる。
人間を蘇らせてしまう程のエネルギー。世の法則すら捻じ曲げてしまう『何か』
フードが風で頭からずり落ち、色の抜け落ちた真っ白な髪が後ろに靡く。
「なれる……!!なれるさ!!俺はっ!!!!頂点に立つぞ!!!!」
だが力だけがあっても仕方ない。俺が憧れたヒーローは、ただ強いだけの『人間』じゃない。
絶対に、人を守って救える『英雄(ヒーロー)』に。
白い霧を身体に纏い、飛躍した。