Fate/Giant killing   作:ニーガタの英霊

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聖杯戦争1日目/長夜の終わり

 大小様々のビル群と煌めく明かりの中にその男はいた。

 

 茶色の髪と口元と顎全体を覆う口髭を蓄えた偉丈夫。身に着ける防具は獅子の毛皮を革鎧にしたものであり、年期とどこか神聖さを感じさせるものである。

 男は狙いを定めて矢を番え、弓を引き絞る。一瞬の為の後に放たれる矢は緩やかな曲線を描き、鎧を纏う兵士の側頭部に突き刺さる。

 

 これで、都合三発目。アーチャーは最初の襲撃から撤退を開始し、かく乱のために矢を放ちながら徐々に敵兵士との距離を空けていった。

 

 矢の方向と兵士に撃たれた矢の角度から兵士たちは位置を見破ったつもりだが、残念。本当のアーチャーの位置は兵士たちが向かう南側からさらに西向きの場所。弓兵のサーヴァントとして呼ばれた腕。矢の軌道をずらすなど朝飯前のことであった。

 

『アーチャー、陽動はどうだ?』

 

 そんな最中に念話によって己がマスターとの定期報告が入る。この様子だ、マスターは上手く逃げ切ったのだろう。現代を生きる人間であっても中々侮れないことはこのマスターの姿から勉強済みだ。

 

「ばっちり、といったところだな。予定通りの場所で落ち合おうじゃあないかい?」

 

 強面といった顔の作りとは別にその口調は柔らかく、ねっとりとした声色でアーチャーは己がマスターに語り掛ける。

 

『念話は繋げておこう。妙な真似をしたら令呪も辞さん』

 

 対してマスターの方の口調は厳しく、良くも悪くも堅さが抜けていない。アーチャーは人間的にはそう悪い性格でないことを熟知しつつもこのマスターはアーチャーに対する嫌悪感を隠せずにいた。

 

「やれやれ、厳しいねぇ・・・・・・」

 

『フンッ、当たり前のことよ』

 

 つれない態度のマスターに対しアーチャーは肩を竦める。

 やがてビル群を抜けた先にある小さな公園を目視したアーチャーは、己がマスターの姿を確認すると、霊体化してそっと、背後に忍び寄った。

 

「・・・・・・味な真似をする。そこにいるのは分かっているぞ、アーチャー」

 

 出来得る限り気配を決して忍び寄ったものの、その努力はあっさりと己がマスターに見破られてしまう。

 マスターが振り返ると、真剣な表情から一転して道化のようにアーチャーは笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「ありゃま、バレちまったかい」

 

「フン、何のために念話を繋いだままでいたと思う。それに、公園内はわしの範囲内だぞ・・・・・・!」

 

 掛けていたサングラスをずらし、マスターである男は静かにアーチャーを睨み付ける。その様子にアーチャーは嘆息しながら、肩を竦めた。

 恰幅の良い体型。特に腹部は突き出ており、黒のスーツと衣装が施されたワイシャツを着こんだ中年の男。それがアーチャーのマスターであった。

 彫りの深い顔に上唇の上の髭を蓄え、目にはサングラス。頭髪その他を整えた清潔な整いをしているものの、堅気とは違うガラの悪さというものがにじみ出ているのが特徴だろう。

 

「まあ、俺が悪かったこともある。そこは謝るが、少しはユーモアってものを解してもらいたいものなんだがな」

 

「・・・・・・ユーモア? 冗談はよせ、このバイセクシュアルがッ!! 貴様の言うことなど、ちっともユーモアに聞こえんわッ!!」

 

 こめかみに血管を浮かせ、アーチャーのマスターは怒りながらアーチャーを叱責するも当のアーチャーは何処と吹く風、笑みを浮かべながらその叱責を見世物のように楽しんでいるようだった。

 

「聞いているのか、貴様はッ!!」

 

「勿論だ。だがマスター、良く聞いてほしいんだ」

 

 そういうとアーチャーは手を胸に当て、瞳を閉じる。その様子に文句の一つも出そうとするものの、マスターはそれを何とか言い止めた。

 

「考えてほしい、例えばいくら女好きといっても人には好みというものがある。それは俺でも変わらないさ。ヤるならいい男、いい女が望ましい」

 

「・・・・・・なるほど、納得できる言い分だ。―――それで? お前にとってわしはセーフか、アウトか?」

 

「バリバリのセーフだ!!」

 

「死ね」

 

 アーチャーはサムズアップして、それはいい笑顔で答えた。

 当のマスターは怒りを滲ませながらも、ゆっくりとアーチャーから距離を取る。

 

「貴様、まだわしが令呪で自害を命じていないのを幸運だと思え。狙ったサーヴァントとは違ったが、優勝を狙える芽が多少なりともある英霊ということを肝に銘じておけ」

 

「オーケイ、マスター。安心しろ、俺の弓に敵う奴はそうはいないさ、アポロン神に次ぐ弓の腕と呼ばれたこの俺を信じてくれ!」

 

 そう言って、強く拳を握りしめるアーチャーの様子に深くため息を吐きながらアーチャーのマスターは頭を抱え込むのであった。

 

「クソッ、これがヘラクレス以上にわしにとって相性のいいサーヴァント? 冗談にもほどがあるだろう・・・・・・」

 

 手に入れられる触媒の中では最上級の物を取り寄せ、いざ望んだ英霊召喚。狙うはギリシャ神話における最強の英雄と呼ばれるヘラクレスをこの男は狙った。しかし、いざ召喚したサーヴァントはあいにくの外れ。確かにヘラクレスに近い英雄であったものの、最初に狙ったそれとは期待外れと言わざるを得なかった。

 

「過ぎたことはしょうがないとはいえ、これはな・・・・・・」

 

「マスター! 見てくれ、この上腕三頭筋をッ!!」

 

 誇らしげにポージングを取るアーチャーに目を背けたいを言う気持ちを抑えながら嘆息する。

 

「貴様の気持ち悪い趣味は兎も角、収穫はあった。初戦としてはまずまずだろう。出来るなら、毒矢の一つや二つは撃ち込みたかったものだがな」

 

「そればかりはその場のタイミングによるな。ただ、不可能は無いといっておこう。この俺の名に懸けてな・・・・・・!」

 

「フン、吐いた唾は呑むなよ・・・・・・」

 

 電灯に照らされた薄暗い公園の中、スーツを肌寒い風に揺らされながら彼らはゆっくりと闇の帳に消えていった。

 

 

 

 

 

「それで、何か言うことはあるかしら・・・・・・」

 

 赤く腫れた目蓋でキッと睨み付けながら、メアリは己がサーヴァントに問いかけた。

 

「・・・・・・そなたの安全を想うならば、あそこに置いておくのが最善であると思ったまでのことじゃ。儂もエンペラーも戦闘を得意とするサーヴァントではないからのぅ。正直言ってそなたらを安全を確保することは難しかったからな。

 ―――その点で言えば儂の宝具を使えば大体の問題は解決する。現に許可は問った筈じゃが?」

 

 淡々と理由を明瞭に語るライダーであったが、人間というのは不思議なものであり、いかに理屈が通っていようとも感情というモノがそれを受け入れられないということがある。

 現にメアリもまたそういった人間であり、人間味があると言えばいいのだろうが、こういった場所においてはヒステリックだとかめんどくさい女に分類される存在であった。

 

「だ、だからといってもやり方があるでしょう!! なんなのよあの人たちは!! いきなり現れたかと思えばこっちを笑顔で見つめて、よくわからない豪華な料理やら、パフォーマンス集団とか現れたのよ!! しかもよくわからない言語で喋ってるし・・・・・・! あれよ、私たちは被害者よっ!! 拉致被害者って奴だわ!! 謝罪と賠償を請求するわっ!!」

 

「それは新羅―――今の朝鮮の専売特許じゃぞ」

 

「そんなことはどうでもいいのよっ!!」

 

 右を向けばチャイナ、左を向けばチャイナ。皆笑顔のままにこちらを大層もてなそうとしているのは分かる。口を開けば旦那様の盟友だからと口をそろえ、ようやく白人(コーカソイド)が出てきたと思えば突如として舞を始める始末。

 こういう時八十八のような図太い神経であれば、なんてことなく順応するのであるのだが、生憎メアリは何処まで行っても小市民的根性が染みついている。終始恐縮しっぱなしであり、人見知り故にあれやこれやと話しかける家人たちにタジタジであった。

 

「よくわからない人の中に無理やり連れ込まないでよぉ・・・・・・」

 

「なんや姉ちゃん、難儀な性格やなぁ・・・・・・コミュ障っていうんかこういうの?」

 

「さあな、俺もよくわからん」

 

「・・・・・・そういや兄ちゃんもコミュ障やったな」

 

 かたや箱入りお嬢様のコミュ障。かたや山育ちのコミュ障。どちらが勝っているか負けているかは兎も角、あまり一般的な育ちや家庭環境にいなかった二人である。そりゃ気の利いた言葉とか言えねえわなとエンペラーはある種納得するのだった。

 

「兎も角、危険には脱することが出来た。初戦ということを考えても大きな収穫じゃろう」

 

「収穫?」

 

 ライダーの言葉に対して訝しむ八十八であったが、それを制してメアリはライダーの発言に対して答えを述べた。

 

「・・・・・・敵サーヴァントのことね」

 

「然り、儂らは新たにこの情報を手に入れた。このことに関しては文句はないじゃろう?」

 

「・・・・・・そういうことかいな、爺さんせこいのう」

 

 苦虫を噛み潰したように、エンペラーは憎々しげにライダーを見ながら出し抜かれたことに気づいた。

 

「安易なスキル譲渡は身を滅ぼすということじゃな。こればかりは実戦経験の差というものよ」

 

 ライダーの見た目は初老の男性。蓄えた髭や髪には白髪が混じり、刻まれた皺は年期という物を感じさせる。

 基本的にサーヴァントとは全盛期の状態で呼ばれるものだ。要は召喚された年代こそがその英霊にとっての全盛期。英霊における側面などで年代は変わることもあるが、普通に考えれば十代後半から三十代前半で召喚されるのが聖杯戦争のサーヴァントにおける常識。

 そして目の前のライダーはそんな常識から大分劣化した五十代という歳で召喚された。単純な大局観というだけではなく、武人としての心構えや、卓越した指揮と交渉の巧みさ。

 

 間違いない。ライダーにとって全盛期とはこの老いた姿そのものであることにエンペラーは気づいたのだ。

 

「(年老いた状態で肉体面のステータスが一律Cランクという平均値。若いときに武勇に優れたという印象はなかったがそういうことかいな。この爺、肉体的にも全盛期がこの歳っちゅうことかいッ! 遅咲き―――大器晩成にも程があるやろ自分・・・・・・)」

 

 中国大陸出身で遅咲きの将という特徴から割り出すにしても、いかんせんエンペラーは西欧の英霊。こと東洋に関しては門外漢もいいところである。

 

「・・・・・・恐ろしい爺さんやなライダー。あんさんだけは敵に回しとぉないわ」

 

「褒め言葉として預かっておこうかのぅ」

 

 賞賛しながらも、ピリピリとした雰囲気を醸す両雄。だが、そんな一言をぶち壊すような一言が二人を襲う。

 

「そうそう、あのサーヴァントの能力は左からBABCB。クラススキルはBランク以上、後は千里眼がBランクだからかなりの英霊みたいだわ。大英雄クラスといっても過言じゃないわね」

 

「へぇ、大英雄ねぇ・・・・・・。接近に持ち込めば行けると思うか?」

 

「サーヴァントにもよるわね。彼のラーマーヤナに語られるラーマは古式ムエタイの開祖。ギリシャ神話のヘラクレスだって素手で獅子を絞め殺せる剛勇の士。弓兵だからといって近接戦闘が出来ないとは考えられないわ」

 

 キリッと、自慢げに敵サーヴァントであるアーチャーについて自慢げに語っているのは己がマスターであるメアリであり、そしてそれを聞いているのは友好関係にあるとは言ってもまだ完全に組むと判断を組めていない八十八である。

 

「・・・・・・そなた、何を言っているのか分かっているのか?」

 

 卒倒してしまいそうな気分を何とか押し込み、ライダーは恐る恐る自らのマスターに語り掛ける。

 

「え? 情報の共有って普通のことじゃないの? 仲間に隠し事なんて私、駄目だと思うわ!」

 

「(そ奴は仲間ではなく仲間候補でしかないというに・・・・・・)」

 

 馬鹿が付くほど真っすぐなその言葉にライダーは言葉を失い、頭を抱える。

 

 それは、紛れもないメアリの善意からきた言葉であること故にライダーは怒るに怒れない。なぜなら彼女はそれが悪いことだとは思っていないからだ。寧ろここで咎める方がメアリのコンディションを落とすことにも繋がる為にどう足掻いても損でしかないことにライダーは気づく。そういった存在を何人も見てきたための考えであり、真実であった。

 

「見た感じ毒矢だからロビンフッドかしら、それともヘラクレス? そもそも毒矢だからといってそう絞るのも視野の搾取ね。貴方はどう思うかしら?」

 

「いや、知らん。弓って言ったら河北の阿波研造が本物の弓術師って曾祖父(じじい)が言ってたぐらいだ」

 

「アワケンゾー? どんな英霊なのかしら?」

 

 もはや何も言うまい。好き勝手に話し合う己がマスターとその盟友候補を横目にライダーはすでに諦めの境地に達していた。

 

「・・・・・・なんや、御愁傷様やな」

 

「・・・・・・な、なんの。足を引っ張る中央の官僚どもに比べればまだマシなほうじゃよ・・・・・・おそらくは・・・・・・」

 

 エンペラーの同情の視線を感じながらも、ライダーは声と目じりを震わして言いようもない感情を治めるのであった。

 

「(・・・・・・生前であれば、間違いなく胃が荒れていたのぅ)」

 

 そんな風に心の中で愚痴をこぼしながら、ライダーは己がマスターの純粋さというか真っ当さにある種辟易するのであった。

 


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