Fate/Giant killing   作:ニーガタの英霊

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山の老翁

「ライダー、早速反応があったわ!」

 

「ほぅ・・・・・・早い仕事じゃのぅ」

 

 それは周囲に放っていた使い魔からの連絡であった。

 

「場所は八頭龍山中腹。結構遠いわね」

 

 メアリ達が拠点を置くのは都市部である新市街であり、八頭龍山はそこからさらに遠く住宅街や農業区を超えた先にある。

 

「うーん、にしてもなにコレ。私の目がおかしくなっちゃったのかしら」

 

 メアリが疑問に思うのは当然であろう。なぜならそこに映っているのは苦戦しているとは言え、サーヴァント相手に五分に持ち込むただの人間の姿があったからだ。

 

「ほぅ、型や技は玉虎流に近いな。骨指術系統じゃな」

 

「知ってるのライダー」

 

「多少はな、こう見ても儂は武官じゃ」

 

 そう呟くとライダーは戦いについて説明する。

 

「こういった拳法は当身が多い。元来は力のない女性向きの技でな、柔を以て豪を制すを基本としている。こやつの場合突き技が見事じゃ。見てわかる通り、相手の急所を見定めて一撃で仕留めている」

 

「そうなの?」

 

「うむ、何かしらも呪いを使って撹乱しとるが、当てている攻撃は間違いなく必殺の一撃じゃな。見事な殺人拳よ」

 

 そう言ってライダーは八十八の功夫を褒める。個人的武勇においては間違いなく達人。この若さでこれだけの技が出来るということは感嘆に値するものである。

 

「なんにせよ、サーヴァント相手に打ち合えるなんて只者じゃないわね。行くわよライダー」

 

「行く?」

 

「ええ、速く八頭龍山に向かいましょう」

 

 その発言に、ライダーは眉をひそめる。

 

「・・・・・・好漢、烈女としては見事な心構えじゃが、何もそなたが行くことはないだろう」

 

 魔術師にとって最も大切なのは人命でなく如何に心理を探求出来るかである。メアリの行動は魔術師としても、戦略としても正しいとは言えないだろう。

 

「・・・・・・なに言ってるのライダー? 死にかけている人が居るなら助ける。当たり前のことじゃない」

 

 至極、当然のようにメアリは言い放つ。

 その答えに対しライダーは困ったような、どうも言い表せない表情になると深く息を吐き出して頷いた。

 

「そうじゃな。全く正しい」

 

「ふふっ、当たり前じゃない!」

 

 嘆息しながらライダーは表に向かう。彼らの拠点は新市街の貸家。小難しいことは他人に任せ、用意した拠点はそこそこの広さであり、やや不便ながらも拠点としては悪くない立地だった。

 

『聖杯戦争において神秘の秘匿は最重要とされるものだ。一見して人通りの多い立地は弱点のようでそうではない。人混みの中ほど相手は躊躇する。要は一般人を人質にしていることと同義だ。まぁ、あまり好ましい手とは言えないけどね、少なくとも俺は嫌いだ』

 

 こうした助言もあり、メアリは八頭龍市の中心部である新市街を選択した。また、移動の観点においても中心部であれば様々な方向に行きやすいといった戦略的一面もある。

 デメリットと言えば霊脈としてはあまりにお粗末であり、その点は期待できないという面が挙げられる。

 

 何はともあれ、メアリはライダーの言葉に自尊心をくすぐられながらも移動の用意を行う。

 

「ところでじゃ、そなた乗馬の経験は」

 

「ないわ! 世の中には自動車という文明の利器があるのよ!」

 

 堂々と、何の恥ずかしげのなくメアリはいい放つ。

 実際に運転などしたこともないというのにこの自信の有り様。ライダーは正直なことは美徳だなぁ、と思い行動に移る。

 

「ならば移動はこちらじゃな」

 

 ライダーはそう呟くと、周囲に靄がかかり、その中から馬車とそれを操る御者が現れる。

 

「乗ると良い。御者よ、八頭龍山に行ってくれ」

 

「かしこまりました、宰相様」

 

 御者は直ぐ様御者台から飛び降りると恭しく頭を下げる。ライダーはそんな様子を気にせず、馬車の戸を空け、メアリに入るように視線を送った。

 

「・・・・・・あんた、一介の将軍って言ってなかった?」

 

 メアリは戸惑いの視線を向け、ライダーに問いを投げ掛けた。

 

「偉くなれば、立場が昇れば、儂の様な武弁でも宰相職を兼ねることある。最も正しい役職は中書令じゃったがな。事実上のことをいっているだけで儂はそれほど優れた男ではあるまいよ」

 

「そう言うものかしら」

 

「そう言うものよ、現にこの国でも軍人が宰相職を兼ねた実例もある。珍しいこともなかろう」

 

 何てことのない様に言うものの実際はとんでもないものである。名を知らぬとはいえ、一国を主導する立ち位置にいたそれをまるで何の感慨も無くいい放つことに普通は器の大きさだとか、その清廉さを讃えるだろう。

 しかし、ここにいるのはただの人生経験の浅い少女であり、そしてある意味で純粋な箱入り娘である。

 

「へぇ・・・・・・、なるほど。ライダーがそう言うならそう言うものなのね。わかったわ!」

 

 この様に、いとも簡単に納得する。

 

「さて、これからがそなたの初陣じゃ。覚悟はできておるか?」

 

「勿論よ、覚悟なんて決まってる。やるべきことは分かっている。進むべき道がある。ならばそれに前進すればいいだけのこと」

 

 ライダーはメアリに問いを投げかける。

 その問いに対し、メアリはあらかじめ用意してあったかのように答え、ライダーの目を見返す。

 すべては自らの力を示す為。メアリ・セルウィンは決して付属品ではないと、証明するために。そこに偽りなどないと信じて、彼女は進む。

 

「・・・・・・そうか、そなたのいうことは分かった。今はそれで納得しよう。――馬車はかなり揺れる。幾分昔のものでな、そこは承知してもらいたい」

 

「ええ、わかった、わっ!?」

 

 馬車が走り出した瞬間に感じる唐突な衝撃。肉体が持ち上がって尻が叩き付けられる。

 

「え? ちょ・・・・・・、待って・・・・・・、激しす、ぎッ!?」

 

 響く嗚咽をBGMに彼らは騒動の先である八頭龍山に向かう。我が儘で幼いマスターの様子に嘆息しながらも見捨てるという選択が無い時点でライダーもよっぽどの善人であることは誰も指摘することはなく、譲歩に譲歩を重ねるというのが圧倒的に優位であるサーヴァントという不思議な光景がそこにあった。

 

 

 

 

 

「素晴らしいな」

 

 闇夜に潜みながら時折聞こえる争いの音。

 

「鍛え上げた肉体、技術、精神に加え、元からの素養。どれも一級だ。ハァ・・・・・・素晴らしい。これこそ人のあるべき姿だ。興奮を抑えきれん」

 

「・・・・・・」

 

 喜悦を浮かべその実、慢心もなく確実に八十八を追い詰めるハサン。

 

「特に、近年の人々の力はすさまじい」

 

 宙に浮かんでいるハサンは何かしらの聞きなれない言葉を紡いでいくと、突如として暗雲が立ち込める。

 

「――ッ!?」

 

 刹那、暗雲が轟き、光を放ったかと思えば、一瞬にして八十八の頭上目がけて稲光が落ちる。

 

「ハァ・・・・・・、人は奇跡によって様々なことを人非ざる行為を行っていた。これを本来魔法という。しかし、人は空を移動し、雷の力すら制御し、挙句の果てに自らを七度滅ぼすことが出来る破壊の業すら可能とした。ハァ・・・・・・、これを見事といわず何という――!」

 

 その声色からは歓喜があった。ハサンは紛れもなく全霊を籠めて人間というものを讃えている。

 

「人間は、不可能を可能にする生き物だ。嗚呼、なればこそ。ここで終わるというなよ、少年よ・・・・・・!!」

 

 轟々と降り注ぐ暴雨と紫電となって降り注ぐ雷。度重なる自然の波状攻撃と共に、数十人に分身したハサンは手をこすり合わせると、火炎を生成する。

 一発でも当たれば致命傷となる一撃。八十八はそんな極限状態の中、なおも懸命に避ける。

 

 服が雨に濡れて張り付く。風で巻き起こる腐葉土によって視界が遮られ、木々は降り注ぐ雷によって炭化し、薙ぎ倒される。

 そんな中、余裕の状態で徐々に八十八の逃げ道を塞いでいくハサン。

 

 気が付けば、避雷針となり、隠れ蓑となっていた木々は無くなり、八十八のいる一帯は禿げ山と化していた。

 

 やがて、四方八方より降り注ぐ波状攻撃からは逃げられず、ハサンは意識を刈り取られる八十八の姿を幻視した。

 

「――制限(リミッター)解除・・・・・・」

 

 瞬間、宙に跳んだ八十八の肉体が確かにぶれた。

 

「―――なッ!?」

 

 ハサンは目を向く。約束された必中をなんと空中を蹴りだすことで回避を可能とする。こんなことがあり得るのか。

 否、それだけではない。歪な肉が裂けることと共に繰り出される妙技は人の肉体の限界を容易に超えている。

 普通であれば、人はあの速さでは動けない。あれ程の剛力は振るえない。さもなくば、人間の身体は容易に自壊する。

 

 肉体の限界を超え、一段階その先へと踏み出した八十八の強さはまさに圧倒的。

 空間を撃ち抜き、遠距離攻撃を可能とした一撃は空中を足場として三次元的移動を可能とする。まさに人が生み出した魔拳と言えるだろう。

 

 そしてその恐るべき技、そして直感と嗅覚はそのまま真っ直ぐ、宙を浮遊するハサンの元へたどり着き、必殺の一撃を食らわせる。

 まさにこれこそ格上殺し、見事なる逆襲劇である。

 

 阿武木八十八は頭のネジが吹っ飛んだ男だ。

 人間には常にリミッターがかけられており、人間の脳はその100%の力を引き出すことは先ず無いと言う。何故なら人間はその100%の力に耐えきれ無いからだ。

 体感時間は人の十倍、握力はオラウータン並み、感覚器官は異常なほどに発達。それゆえに自壊によって死にかけた事は一度や二度ではなかった。

 

 しかし、八十八は本来なら人間に耐えきれないその力を精密な動作で耐えるために鍛え上げた体躯と技量で補っている。

 曾祖父と共に山に籠り、ひたすらにその自壊する身体と向き合った。涙を流し、辛い日々を送れたのは曾祖父、祖父、そして両親の愛と彼個人による精神の強さと先天的にそれが合っていたと言うことになる。

 

 これぞ、人間の鍛錬の極み。火事場の馬鹿力を継続的に行え、如何な状況であろうとも最高のパフォーマンスを可能とする阿武木八十八の切り札である。

 

 ただの人間が勝てる筈のない英霊をその身ひとつで打ち破る。そんな奇跡を成したゆえに、ハサン・サッバーハは笑い、嗤い、嘲う。

 

 八十八の戦闘感と言うべき感覚が警鐘を鳴らしたのも束の間、必殺の拳が当たる瞬間、それは突如として訪れる。

 

「■■■■―――!!!!」

 

 耳をつんざき、心の臓が震える程の恐怖に八十八は得体の知れない恐怖と、狂気が身を染める。風と共に運ばれる吐息はまさに毒の風、あらゆる病巣が詰まった悪魔の声。

 

「ギ、グァッ―――!!」

 

 身体の自由が利かない、身体が拒絶反応を示し宙を舞う肉体は翼を折られた鳥のように地に墜ちる。

 最早精神でどうにかなる領域ではなく、八十八は死の宣告を告げられた。

 

「嗚呼、よもや俺の宝具を使われることになるとは―――。ハァ・・・・・・!! 素晴らしい、やはり俺が見込んだ通りだっ!!」

 

 気が付けば、周囲には死体が散乱していた。それはついさっきまで八十八と拳を合わせた襤褸の男たち。それが何十人も骸を晒し、死んでいる。

 

「紹介しよう。これこそ我が魔術の研鑽の成果。悪魔の王(シャイターン)である!」

 

 

 

 

 

魔王顕現(イブリース・シャイターン)

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:100人

 悪魔の王(シャイターン)イブリースの召喚、その使役。

 技量の優れた魔術師、多くの生贄、正しい召喚方法に則って、悪魔の王イブリースを召喚し、使役する。

 ―――以下詳細不明。

 

 

 

 

 

 これぞまさに魔導の極み。真に極めた召喚術は高位の悪魔でさえも使役を可能とする。

 これぞハサン・サッバーハがハサン・サッバーハたる所以。彼は優れた暗殺教団の指導者であり、同様に卓越した魔術探求者たる秘法のひとつであった。

 

 アサシンにしてキャスター。本来の一クラスのみでの現界ではここまでスムーズにシャイターンの召喚は出来なかっただろう。しかし、二つのスキルを組み合わせることで、聖杯戦争の序盤でありながら彼はこの宝具の実現を可能とした。

 

 まさしく絶対絶命。切り札は既に切り、最早命運はここまでか。

 呪いと病巣が肉体を侵し、指先ひとつすら動かすことは不可能に近い。

 

「ガフッ、―――!!」

 

 突如として口を通して血霧が吹き出し、肉体の痺れと思考の鈍化、そしてリミッター解除による肉体の負担は既に限界を超えていた。

 

 ―――死ぬのか? こんなところで?

 

 不意に、自分の命がここで奪われることを幻視する。

 人生というのは唐突だ。人はいずれ死ぬ。そんなことは当たり前のこと。だが、だからといってそれを肯定できるかはまた別問題。

 

 ―――いっそ諦めたほうが良いのだろうか。いやそれは違う。

 

 例え肉体が限界を叫ぼうと、例えどれ程の戦力さに見舞われようとも、そんなことで諦めきれるほど阿武木八十八は物分かりのいい男ではない。

 

 諦めたらそこで終わりた。なればこそ全力で足掻く。眠るのは死んだ後に好きなだけ出来るじゃないか。

 

「いい目だ。ハァ・・・・・・、実に好ましい。だが無意味だ」

 

 意志が折れて居なくともこれ程の戦力差を覆すことなど不可能。それこそ、奇跡でも起きない限りこれは約束された運命と言っていい。

 

 阿武木八十八は諦めない。息も絶え絶えとしても心はちっとも折れてないのだ。どれ程の絶望が目の前にあるとしても、立ち向かう勇気は決して萎えたりしていないのだ。例えどれ程の困難が待ち受けていようとも、それに立ち向かい、越えることが出来るものこそ何より尊いと信じているからだ。

 

 迫り来る、魔王の腕に絡みとられる。その寸前にハサン・サッバーハは見た。その叫びに呼応するかのように奔流する魔力の風を―――。


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